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“簡単な”依頼~act.Wa~

私は今、ある依頼を引き受けるために狼の姿で森の中を歩いています。

 木々を渡る風が、私の毛を撫でながら様々な匂いを運んできます。

 ここは、人間達が“国定公園”と呼んでいる場所の一つです。ただ、私が現在実際にいる場所はここであってここでない場所。普通の人間には来ることが出来ない場所です。そんな場所の集落に向かうための扉を探し、私は周りに注意を払って歩き続けます。

「この樹ですね」

 私の目の前にある大樹は、見た目には何の変哲もない樫の樹です。しかし、明らかに他の樹とは違う匂いがします。

 私は人型になり、依頼人の指示通りに幹をそっと押しました。

 ガタン……。

 鈍い音と共に目の前の空間がゆっくりと開いていきます。

 樫の樹の門を潜り抜けると、人間の世界では殆ど見られなくなった生活が広がっていました。

 目の前を歩く人々の姿は人間に似ています。たた、人間よりは耳が長く尖っている。

「誰?」

 私の姿を見た女性は、怯えたような声を上げると、足早に近くの家に入って行きました。

「おい」

 女性が入って行った家から男の声がした。それと、私の周りには矢をつがえた何人かの気配。

 排他的な村とは聞いていましたが、ここまでとは……。

 私は彼らにわからないように心の中でため息をつくと言いました。

「私は人狼族で、名前を和雨といいます。あなた方の友人、ルシードの紹介でここまで来ました」

「ルシードだと?」

 ルシードの名前に何か思うところがあったのか、男は家の中から出てきました。そして、私の正面に立つと、腕を組んで無遠慮にジロジロと私を値踏みするかのように見てきました。私はそんな彼の顔を無表情でじっと見つめていました。

「お客人、長老の家に案内するので、わたしについてきて下さい」

 背後から若い男の声がかかる。後ろを振り向くと1人の青年が立っています。元々の性格なのでしょうか、その青年はこの中の誰よりも柔らかい表情を浮かべていました。

「わかりました」

 私は目の前の男を無視して、青年に近づきました。

「こちらへどうぞ」

 青年が歩き出したのについて、私は歩き始めました。すると、周りの木々に身を隠した者達や家から出てきた男も私の後ろからついてきます。何かしたら容赦はしないということでしょうか?

 私は早くも仕事を受けたことを後悔し始めていました。「大した仕事じゃない」というルシードの言葉を信じてしまったことを。


* * * * *


 気まずい。

 案内された村長の家は、他の家と同じ木製の家でしたが大きさは普通の家の2倍くらいありました。家の中に通されるとすぐに広間があり、奥で数人の男がしかめ面をして床に座っていました。

「村長。お客様をお連れしました」

 私を案内してくれた青年が声を発すると、奥で座る5人の男の内真ん中に座る白髪交じりのエルフが声も無く一つ頷きました。

「こちらにお座りください」

 青年は入口の近く、村長の真正面に置かれた草を丸く編んだ敷物を示した。

「ありがとうございます」

 私がお礼を言って、敷物に座ると「それでは、失礼いたします」と言い、青年は家から出て行きました。

 それからそのまま、沈黙が流れています。私から何か言うべきなのかと思い口を開こうとした瞬間、向かって一番左側に座るこの中では最年長に見えるエルフに咳払いで遮られてしまいました。

 本当にどうしましょう。

「人狼族と言ったか?」

 沈黙に耐えられなくなりもう一度口を開こうとした時、目の前の誰かから唐突に声をかけられました。

「え?」

「早く答えよ」

 突然のことに途惑っていると、咳払いで私の言葉を遮ってきたエルフから高圧的に急かされました。

「はい。人狼族の和雨と申します」

「人狼族は絶滅したのではなかったか?」

  向かって一番右側に座る5人の中では一番年が若そうに見える(それでも、人間の4・50代の見た目)エルフがにやにやと下卑た笑いを浮かべて私を挑発してきました。しかし、私にとってはそんな聞き飽きた挑発に心を動かされることはありません。

「そう思われている方が多いみたいですね」

「本当に人狼族なら狼になってみろよ。俺が、狩ってやるから」

 更に挑発してくるエルフに冷ややかな瞳を向けます。

「お断りします。見世物ではないので」

 視線と同じくらい冷たい口調で断ったにもかかわらず彼はにやにや笑いを止めようとしません。

「あ、あのう……」

 おどおどとした小さな声。その声に一番右側のエルフは一瞬蔑む様な顔をしましたが、すぐに真顔に戻り真ん中の顔を隠した村長らしき人物に顔を向けました。残りの3人のエルフは既にそちらを見ていました。

「ボクは村長のリュエです。和雨さんは…どうしてこの村に……」

 元々話すことが苦手なのか、外のエルフと同じく村の外から来た私を恐れているのかはわかりませんが、小さく震えるように話す声は最後には消えていきました。

「私は様々な人々の依頼を受けながら旅をしています。この村に来たのはルシードからあなた方が人を探していると聞いたからです」

「ルシードの奴、戻ってこないと思ったら……」

一番左側に座るエルフが苛立たしげに呟きながら立ち上がり、私と村長の前にスッと座りました。

「和雨殿申し訳ない。私は先代の村長のイディアルと申します。今は村長の相談役をしております」

 向けられる瞳は厳しく意志の強さが見えます。

「人探しは儂が村長の頃にルシードに依頼したことです。それで、あやつは今どこに?」

「わかりません。私と同じ時に街を出ましたが、その後どこに行くかは聞いていません」

 私は別れ際のルシードを思い出しました。訳が分からないくらいに上機嫌で私に手を振っていたのは、自分の仕事を人に押し付けて自由の身になったことを喜んでいたということですか……。

「はぁー」

 イディアルさんは盛大なため息を一つつき、また私に目を向けます。

「仕方がありません。和雨殿。人探しの依頼、受けて下さらんか?」

「もちろんです。そのために来ました」

 イディアルさんは大きく頷くと依頼の内容を話し始めました。

 依頼の内容は、数年前に村を出たルディウスという名のエルフを探し、今何をしているのかを突き止めることでした。彼は人間の世界に憧れを抱き、誰にも何も言わずに出て行ったらしいです。最初は勝手に出て行ったのだから気にする必要はないと村長も思っていたようですが、何年も経つうちに人間に見つかっているのではないかと心配になったようです。ただし、その心配はルディウスさんの身を案じるものではなく、ルディウスさんが人間達に見つかることによってエルフ族の存在が人間達に露見しこの村での生活が出来なくなるのではないかという自分勝手な心配でしたが……。

「わかりました。何か彼の私物や彼を描いた絵など手掛かりになる物はありませんか?」

「お待ちください。確認してみます」

 イディアルさんが後ろを振り返ると最初に彼が座っていた場所の隣のエルフがサッと立ち上がり家を出て行きました。

 再び沈黙が流れます。

 数分後戻ってきたエルフの手にはネックレスと1枚の紙が握られていました。その紙には子供が描いたような誰かの姿が描かれていた。

「ルディウスの妹に聞いたのですが、村を出る数日前に貰ったネックレスと小さい頃に自分が描いた絵しかないようです。自分で持っていたそれら以外の持ち物はルディウスが村を出た後に怒った父親が処分してしまったようです」

 イディアルさんはエルフから受け取ったものを私に差し出しました。

「こんなものでもよろしいか?」

「はい。お借りしていってもいいですか?」

 私はルディウスさんの妹に会いに行ったエルフの顔を見て問いかけました。

「大丈夫です…というか、兄に渡して欲しいと頼まれましたので……」

「わかりました。見つけたらお渡しします」


 そうして私はネックレスに微かに残った匂いを頼りにルディウスさんを探し始めました。あの排他的な村を出た彼が少しでも幸せになっているといいと思いながら……。

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