プロローグ~act.Y~
俺は自分の名前が嫌いだ。
俺は自分の顔が嫌いだ。
俺は自分の身体が嫌いだ。
俺は自分の出自が嫌いだ。
俺の中に好きな所はどこにもない。
* * * * *
俺の名前は荒海湧泡。「ゆわ」だなんて女みたいな名前。俺が嫌がるのをわかっていて“ちゃん”付けしてくる奴がいる。ムカつく。
俺の顔は中性的で、女だけじゃなくて男まで寄ってくる。小さい頃には色々あったけど、幸いなことに男との経験は未遂で済んでいる。今後もそんな経験は絶対にしたくない。
俺は子供の頃から身長が低かった。26歳になった今でも、身長が160cmに届かない。「チビ」って言ったら…わかるよな?
俺の家は昔から海運業を営む会社を経営している。この町の海はいつも荒れていて、今の造船技術ではどうということでもない波だけど、先祖が海運業を始めたとされている200年くらい前は海があるのに漁師がいない集落だったらしい。そんな場所で海運業を成功させた俺達一族の行動をこの町の奴らは異常に気にするし、やり過ぎなくらいに気を使ってくる。名前や顔、身長で俺をさげすんでいた奴らも海運会社社長の息子だということを知ると、急に媚びてくる。もしくは金を目当てに群がってくる。嫌だ、嫌だ。気持ちわりぃ。
こんな俺だから、俺は俺が嫌いだ。いいや、嫌いだった。今はどうでもいい。自分が好きとか嫌いとか考えるのはやめた。自分がしたいと思うことだけすることにした。
会社の仕事は嫌いじゃない。船やトラック、バイクみたいな乗り物を運転するのは割と好きかもしれない。秘密の仕事は楽しめていると思う。家族は好きだ。これだけで十分。
余計な気が使いたいと言うなら、勝手に使うといいさ。
俺は曖昧に話して、適当に行動する。誰に何も言われても、俺は俺が想う通りに行動するだけさ。