世界なんて1%だってあげないんだからねッ
怖い魔王が幼女だったら可愛いですね。
仕える方は途方にくれるでしょうが。
ネミの魔王とは幼女であった。
勇者は始めこれをいぶかったが、ふてぶてしく王の玉座に座っているからにはそれは王である。
――貴様が魔王か!
勇者はそう怒鳴った。それを聞いた魔王は身をすくめて答えた。
――は、はい……。
声は震え、目には涙をためて、もはや陥落寸前である。
――ネミの森に住まう、世を統べる魔王とはこんな幼女なのか……!
魔王とは王の中の王、恐怖によって世界を統治する者の称号である。勇者は魔王を求め、各地の魔王信者を倒しながらその居場所を探し、ついにネミの森にたどり着いたのだ。
――おじさんは、挑戦者の人ですか……?
――お、おじさんは、勇者の人です……。
勇者は狼狽した。魔王は倒すべき者、戦士の間で伝わる伝説ではそのように認識されている。そして魔王を倒した者はその魔王の玉座を引き継ぐのだ!
しかし、今眼前の魔王を見て、果たしてこれを斬る事のできる冷血漢がいるだろうか。その魔王とはひ弱な幼女である。その幼女に恐ろしい魔力がある様には見えない。と言っても、前の魔王を殺さない限りにはその玉座を奪うことはできないのである。
――嬢ちゃんは、前の魔王を倒したの?
魔王は答えない。
――前の魔王はどうしたの?
――死んじゃった。
「君が殺したの?」とは聞けない。聞けないが、きっと前の魔王は死んでしまったから、この幼女が玉座を引き継いだのには違いないのである。
――魔王のおじちゃん、病気で死んじゃった……。
――なるほど、そういうわけか。
事情は分からないが、前の魔王は病気に際してこの幼女に魔王の座を託したのだ。なぜよりにもよって幼女なのか。
――おじちゃんはね、魔王をやっつけに来た勇者なんだ。コワーイ魔王を殺して世界を平和にするんだ。
――魔王のおじちゃん怖くないよ。
魔王はぐずりと鼻をすすった。今にも泣き出さんばかりである。勇者はうーんと頭をひねった。目の前の幼女が魔王ならば、これを殺すべきだが、しかしこれを殺すのは人の道に外れている気がする。掟通り自分が魔王に成り代わるならばそういう事も辞さないのだろうが、彼はそういう連鎖を断ち切りに来たのである。
――それとも私を殺すの? 魔王だから……。
――おじょうちゃん魔王なの?
――うん、魔王。
魔王には強大な力が宿るとされている。それは連綿と受け継がれてきたネミの魔王の力である。しかし、前の魔王は病気で死んだということだ。だったら、別に強大な力などないのでは?
――あのね、魔王のおじちゃんに、次の挑戦者が来たら、世界の半分を譲って帰ってもらいなさいって。
――いや、おじちゃんは挑戦者じゃなくて勇者だよ。だから世界は欲しくないんだよ。
勇者はできるだけの愛想を顔に浮かべた。持っていた剣も鞘に納めた。
――挑戦者じゃないの?
――違うよ。
――じゃあ世界の半分はあげない。
魔王はほっぺたに力を入れて、必死に涙が零れ落ちるのをこらえている。
――おじちゃん私を殺しに来たの?
勇者は思案した。幼女の魔王が世界を恐怖で満たすのであろうか? 普通に考えてそんなことはあり得ない。しかし、勇者は実際に魔王を信奉して暴虐を重ねる魔王信者の姿を見ているのだ。その魔王信者はことごとく勇者が打ち滅ぼした。しかし魔王という存在がいる限り魔王を信奉するものは後を絶つまい。ならばこれは打ち滅ぼすべき、例え相手がいとけない幼女であったとしても。
勇者は再び、剣を鞘から抜いた。
――やっぱり、魔王は殺さないといけない……!
勇者はゆっくりと玉座に近づいた。抜き身の剣を引きずりながら。
その時、一本の矢が勇者のこめかみを貫いた。これを放ったのは幼女である。何が起こったのか悟ることもできずに勇者は絶命した。
――おじちゃんとの約束なの……、いうことを聞かない挑戦者は殺すって……。ごめんね勇者さん…。
幼女に弓を引く力などあったろうか、いや、あったとしても正確に勇者を射ることができようはずはない。
そう、ネミの魔王はかつて存在し、今も存在しているのである。
ちょっと怖くなったのでめんご。