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デスゲームの世界で魔王になりました  作者: 古葉鍵
序章 一般人と人形姫
7/21

魔王 が 現れた! 007

「話を、戻すけど。アリス、もう一つだけ……聞かせて欲しい」

「何ですの?」

「あなたの……レベルは?」


 あれほどの規模の大魔法を行使しうる存在(アリス)の強さが具体的にどれほどのものか、若者らしい憧れと興味を抱いたユニは端的に訊ねた。


「80ですわ」

「!」


 ユキに問われたときと寸分変わらぬ台詞でもって答えるアリス。

 答えを聞いてユニは瞠目したものの、動揺したりはしなかった。

 そして「ふぅ……」と小さくため息をつく。


「……正直、予想以上。でも、それだけの強さがあったのなら、これまでの全てのことに、納得がいく」


 レベルの高さそのものが直接的な根拠に繋がるものではないが、余裕に溢れた言動と佇まい、異常なほどに広い知覚領域といった、アリスの異常性全てが「無理もない」と、ユニの胸にすとんと収まったのだった。


「それは重畳ですわ」


 時代がかった物言いをするアリスが少し可笑しくて、ユキがクスッと笑った。

 「重畳」という言葉の意味がわからず、内心で首を傾げたユニだったが、ユキの笑顔に刹那見惚れてしまった拍子にささやかな疑問を忘れてしまう。

 アリスの存在感が頼もしく、モンスターを殲滅したこともあって、どこか弛緩した雰囲気の中で三人が和んでいると、


「なぁ、さっきのスゲェ魔法、あんたらがやったのか?」


 三人の誰に対してとはなしに、いつの間にか近くにいた若い男性から話しかけられた。

 腰にロングソードのような剣を下げ、肩当てや脛当てといった防具を装備した戦士風の装いをしている20歳半ばくらいの男性プレイヤーだった。

 状況的に無粋、と言ってしまうのはやや酷なものの、空気を読まず話に割り込んできた男を、露骨に顔を顰めて嫌悪感を露わに、ユニがじろりと睨む。


「……何?」

「い、いや。たまたま目撃したんだが、さっき空中にでかい魔法陣みたいなの出してただろ? それでこのへんにいるバッタ共を纏めてやっつけたのは嬢ちゃんたちかなと思ってよ……」


 あからさまな態度のユニに気圧されたのか、バツの悪そうな表情で理由を語る男性。

 先ほどの大魔法がユキたち一派、正確にはユキかユニのどちらかの仕業だと思っているようだった。

 どうやら遠くて小さなアリスの存在には気付かなかったらしい。


「私も見てた! いきなりパッって光ったと思ったら、私を襲ってたモンスターが急に動かなくなって、それからパッと消えてなくなっちゃったし!」


 ユキたちが何かを答える間もなく、また別の方から今度は女性に話しかけられる。

 武器防具の類は装備していないことから、ユキと同じような一般人なのかもしれない。

 20歳くらいに見えるその女性は、やや興奮した様子でユキたちに何かを期待するような眼差しを向けている。


「凄かったよなぁ、アレ! 上も花火みたいでよぉ……!」


 更に別の男性が感心した声をあげる。

 意図的ではないのだろうが、ユキたちには口を挟む隙を与えないと言わんばかりの見事な連携が成立していた。

 俄かに騒がしくなってきた周囲に驚いてぐるっと見渡せば、いつの間にか自分たちを6、7人の男女が取り囲んでいた。

 口々に賞賛めいた事を言ってくる彼らの顔には、程度の差はあれ、一様に希望と期待感が浮かんでいるのが見て取れる。

 ユキにもユニにも、彼らが何を求めているのかを即座に悟った。

 要するに、身の安全である。寄らば大樹の陰、とでも言おうか。

 しかも、人だかりはそれだけで他人の興味を引くためか、現在進行形で一人、また一人と少しずつ人数が増えていってる。

 とにかく何か言わねばなるまいと焦るユキの脳裏にいくつかの候補が浮かぶ。


1 みんな落ち着いて

2 あなた方が見たのはプラズマです。全てはプラズマで説明できます

3 気のせい、もしくは集団幻覚です

4 うるさいだまれ


 ユキは無難に1を選択することにした。

 心情的には4を選びたかったとは言えない。


「皆さん、ちょっと落ち着いて!」


 宿屋(の食堂)仕事のおかげで、大勢の人々に注視されることや姦しく声を投げかけられることに耐性のあるユキが、大きな声を出して周囲の盛り上がりを掣肘した。

 美少女からの思わぬ気迫が功を奏したのか、ぴたっと喧騒が止む。


「いきなり取り囲まれて、色々言われても困ります。それと、さっきのはこの子がやってくれたことです」


 そう言って、何かを捧げ持つように掲げたユキの両腕に、場をよく弁えているアリスがふわりと下降してきて手の中に収まった。

 ユキはアリスを優しい手つきで胸に抱き寄せる。

 そんな二人の様子を、周囲の者たちは不思議なものを見るような目つきで眺めている。


「……とにかく、私たちのことは放っておいて」


 ユキとアリスを不躾な周囲の視線から守るように体をずらしたユニが、抑揚のない声で告げた。


「で、でもよぅ……。またさっきみたいなモンスターが襲ってきたら……」


 最初に声をかけてきた戦士風の男が不安そうな表情と声で弱々しく反論する。

 同様に、もはや群衆と言って差し支えないほどに増えた周囲の人々の顔も暗い。


「そ、そうよ! それにアレ! でっかいドラゴン暴れてるじゃない! 怖いのよ!」


 男の反論の尻馬に乗るように、別の女性が遠くを指差しながら自身の怯えを直截に言ってのけた。

 ユキとユニは半ば失念していたが、遠目に巨大なドラゴン、正確にはヒュペリオン(三つ首のヒドラ)が大通りに面した建物を粉砕しながら暴れている姿が見える。

 観察してみれば、パパパッと魔法らしき煌きがヒュペリオンの周囲に連続して瞬き、対抗したように三つの頭のうちの一つが炎らしきオレンジ色のブレスを吐き出している。

 イナゴ相手とは規模の違う激戦を繰り広げているようだ。

 恐らく冒険者ギルドの関係者か、実力のある有力プレイヤーたちが応戦しているのだろう。

 あの場にいた群衆は既に逃げ散っていると思うが、逃げ切れず犠牲になった人も大勢いただろうと容易に察しがつき、ユキは暗い気持ちになって視線を外し、うなだれた。


「ユキ……」


 心を痛めているユキの表情を窺ったユニは、ヒュペリオンの存在を指摘した女性へと視線を向け、キッ、と睨んだ。


「な、何よ……」


 気圧されてか、女性は思わず半歩後ずさった。

 女性から視線を外さぬまま、ユニは傲然と言い放った。


「例えドラゴンがいようと、巨人がいようと、ユキと私にはあなたたちを守る義務も、理由もない。……それでも、大人なの?」

「っ!」


 冷徹な台詞の最後に付け加えられた一言は、痛烈な一撃となって、女性のみならずこの場にいる全ての者に大きな衝撃を与えた。

 ゲーム的な強さ弱さはこの際問題ではない。

 本来であれば何かあったとき真っ先に守られて然るべきなのは、義務教育も終えてないような年頃の少女であるユキとユニなのだ。

 そんな《守るべき対象》に、必死になって縋りつき、頼りにしようとする大勢の大人たちの、なんと情けなくも浅ましいことか。

 まだしも「恥を知れ」などと罵られた方がダメージは少なかっただろう。

 群衆はぐうの音も出ず、揃って暗い表情で項垂れた。

 異なる理由からユキたちも口を閉ざした為、痛々しい静寂が場を支配した。

 沈黙を最初に破ったのはアリスだった。


「ユキ様、またぞろお客様がお見えになる頃ですわよ」

「――え?」


 それまでの話の流れを全く無視したアリスの言動に、ユキはわからない顔をして聞き返した。


「恐らくあそこにいるデカブツ――ヒュペリオンの眷属どもですの。孤立した人間を狙う虫共と違って、人が多く集まった為に目を付けられたようですわ」

「それって……」

「ええ、この場に危険が迫っている、ということですわね」


 相変わらず冷静そのものな口調でアリスが答えると、ユキを含めた群衆全ての顔にさっと緊張が走った。

 「ど、どうする」「逃げるか?」「でもここに留まった方が……」などとざわめきが広がる。

 彼らが近くにいる者と相談している内容を単純化すれば、「ユキたちの庇護をあてにできるかどうか」という、実に身勝手な前提でこれからの方針を検討している。

 ユニに指摘されたこともあって、大人としての誇りや良識のある何人かはそれに気付いて顔を顰めていたが、口に出して注意することもしなかった。

 そうした喧騒の中にあって最初にはっきりとした行動に出たのは、またしても戦士風の男であった。


「た、頼む! 情けないことはわかってるが、俺はまだ死にたくねぇんだ! 何が何でも、とは言わねぇ。出来る範囲でいい、俺やここにいるみんなを守ってやってくれねーか!? この通りだ!」


 ユキの前に飛び出した戦士風の男は必死の形相で懇願すると、いきなりがばっと土下座した。

 大の大人が土下座するところを初めて見たユキは、誠意よりもいたたまれなさを感じて、慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっと止めてください!」

「いや! 嬢ちゃんがうんと言ってくれるまでやめねぇ!」

「は、恥ずかしくないんですかっ!?」

「何と言われようと俺にはこれくらいしかできねぇ! だから頼む!」

「わかった、わかりましたから! お願いですから立ってください!」


 承諾してくれるまでは、と土下座を止めない男の勢いに負けて(というより単に恥ずかしくて)、ユキはついに折れた。

 ゆっくりと立ち上がった男は、「へへへ……」とバツが悪いような、情けないような表情をして笑う。

 ユキは俯き加減に「はぁ……」と盛大なため息をついた。

 そしてアリスを抱え直すと、相対できるように目の前に持ちあげた。


「アリスちゃん、勝手に決めてごめんなさい。でも、聞いてたとおり、できるならこの人たちも守ってあげてほしい。お願いします」


 真摯な表情で頼み込んだユキは、アリスを捧げ持ちながら器用にぺこりと頭を下げる。


「……仕方ありませんわね」


 瞼を伏せ、呟くように答えたアリスは、再びユキの手をぽんぽんと叩く。

 それが解放を希望しているのだと察し良く理解したユキは掴んでいた手を離した。

 自由になったアリスは先ほどと同じく、またしても緩慢な速度で宙に浮かび上がる。

 固唾を飲んでその様子を注視している群衆から「おぉ……」と感嘆とも驚きともつかぬ声がそこかしこで発せられた。

 アリスは5メートルほどの高さにまで上昇したところで静止し、何かで遮っているのかドレスが風にそよぐ様子もない。

 何も起こらないのかと、群衆のうち気の短い者たちが考え始めた頃、変化は唐突に起こった。

 ゴッ、と、上空から叩きつけられるような強風がユキたちを打つ。

 直接的な被害を受けるほど強力なものではなかったが、風に篭められた敵意のようなものを実感し、群衆たちの間に怯えが走った。


「ふん、小賢しい奇襲などまるっとお見通しですわ」


 凛とした言動を常とするアリスにしては珍しいくらいに、鼻で笑いながら微妙に可愛げのある口調で呟く。

 アリスが言ったところの「小賢しい奇襲」というのは、つまり今の強風のことだった。

 群衆たちにはただの強風程度のものにしか感じなかっただろうが、それは範囲を拡大したアリスの結界に阻まれて威力が激減したからである。

 本来であれば、レベル30程度の者であればまとめて数人を薙ぎ払って即死させるほどの攻撃力を秘めたカマイタチの吐息(ウインドブレス)だった。


(ブレスを撃ってきたグレイワイバーンを筆頭にワイバーン、ワイバーンパピーといったところかしら。彼らにとってこの地は来るのも億劫な辺境でしょうに、わざわざ長旅ご苦労様ですわ)


 一瞬でほぼ正確な敵の陣容を見抜いたアリスは、内心で皮肉ってから、雑事などさっさと終わらせるに限ると決めて大技の使用に踏み切った。


「天高く 雲は流れ 悠久果つるとも風は在り まつろわぬ天の竜 凍嵐となりて荒れ狂え」


 魔法を発動させるキーワード《力ある言葉》を残し、詠唱を終えたアリスの周囲で加速度的に風が勢いを増しながら渦巻いてゆく。

 不思議なことに風は下方にいるユキたちや周囲の建築物に何ら影響を及ぼすことなく、術者と敵対者以外の者には実感しにくい脅威を現出させる。

 もし明るいうちに遠くからそれを見たならば、誰しもが目を剥いて恐怖を感じただろう。

 アリスを中心としたそこには直径約20メートル、高さ数百メートルにも及ぶ巨大な竜巻が発生していた。

 しかも恐ろしいのは暴風やそれに伴って発生しているカマイタチだけではない。

 30センチから1メートル大ほどの縦長の氷塊、いや、氷槍と言っていいようなオブジェクトがいくつも竜巻の中を高速でぐるぐると回り巡っている。

 一度取り込まれてしまったが最後、カマイタチの刃と氷槍によってズタズタにされてしまう光景が容易に連想できるような凶悪な竜巻。

 実感しにくいとはいっても、色のついた風のようなものをなんとなく視認することはできるし、何よりアリスの位置より更に上空で氷塊が舞い、きらきらと光を乱反射しているのだ。

 とてつもなく恐ろしいことが起きているのだと、そしてその最中に自分たちは立っているのだと、ユキたちや群衆に悟らせるには十分すぎる状況だった。

 恐怖と戦慄に身を凍らせる人々の視界には映らないが、遥か上空では小さくない混乱が起こっていた。

 無論それは人間であるはずはなく、アリスが迎撃しようとしている飛竜たちである。

 ピュイィィィ、と、木枯らしのような悲鳴をあげ、竜巻から生まれる乱気流に必死に抗いながら少しずつ遠ざかっていく。


(ふふ、慌てて竜巻から距離を取ったようですけれど、無駄、無駄、無駄ですわ。竜巻は防御を兼ねた、ただの砲台でしてよ)


 好戦的な思惑を裡に秘め、竜巻の成長も頃合だと判断したアリスは、何かを迎え入れるように両手を広げて力ある言葉を解き放った。


フレース・ベルゲル(風雪呼ぶ凶鳥の落羽)!!」


 これまでは単なるデモンストレーションだと言わんばかりの暴威が瞬時にして吹き荒れる。

 広大な知覚領域を有するアリスによってロックオンされている飛竜たちへと、竜巻から大小数百もの氷塊が全方位に連続射出される。

 魔法(竜巻)が完成するまでの間に稼いだ距離など何ほどということもなく、飛竜たちは次々と亜音速で飛来する氷の槍に貫かれて絶命し、断末魔の叫びと共に空中に光の華を咲かせていく。


(大地を頼り、そこら中にある建物の陰に降りればまだしも生存の芽があるというのに、そうしない……いえ、思いつきもしないのは、空に生きるモノの宿痾というべきかしら)


 遠くで散っていく飛竜たちの末路を眺めながらアリスは内心でひとりごちる。

 魔法が成立してより十も数えないうちに、70匹ほどもいた飛竜の群れは僅か一体を除いて全滅した。

 戦果を把握したアリスが《スピリチュアル(SP)ポイント》と呼ばれる魔力の供給を止めると、役目を終えた竜巻は急激に勢いを弱めて大気に解け、氷塊もまた虚空に消え失せる。

 竜巻の遥か上空まで逃げたグレイワイバーンだけが唯一、下腹部と右翼を射抜かれても即死はせず、飛行能力を失うに留まって墜落する。

 もっとも、そのまま墜落すれば高所からの落下ダメージによって即死するだけであり、結局は多少遅いか早いかの違いでしかない。

 レベルの高さによる耐久力の問題というよりは、単に運が良かっただけと見るべきだったが、理由はどうあれ生き残った飛竜に興味を惹かれたアリスは、落ちてくる巨体を見上げて目を細めた。


(レベル60クラスの魔物ですら容易に即死させる私の《フレスベルグ(大魔法)》を受けて命があるなんて運が良いこと……。このまま墜落死させるのはいささか惜しい気もするわね)


 アリスの言うとおり、種族レベル55前後のグレイワイバーンが今の魔法を耐えるには致命的にレベルが足りないはずなのだ。

 そこからレベルを10積み上げてやっとライフゲージがミリ残る程度であるからして、今回生き残ったのはまさしく奇跡だと言うほかなかった。


(飛行型の眷属が欲しかったところだし、従属化魔法を試してみようかしら。レベル差はともかく系統も種族も属性も異なる以上、まともな成功率は期待できないけれど、失敗して墜落死したところでそれもまた天命というもの……)


 いささか自分にとって都合の良い割り切りをして、アリスは従属化魔法を詠唱する。

 プレイヤーがモンスターを従属させる方法は複数あるが、モンスターがモンスターを従属させる方法は二つしかない。

 とはいえ系統の異なるモンスターにはそのうち一つが使えないので、実質的には今まさにアリスが使おうとしている従属化魔法が唯一の手段だった。


「恩寵を求むる者 我が与えし揺籃にて憩え 《ドミニオンダイス(支配の運命)》」


 先ほどの大魔法に較べるとやや短い詠唱を追え、アリスは白くか細い右手のひとさし指を落下中のグレイワイバーンへと向けた。

 すると指先に小さな直円の平面型魔法陣が出現し、おもむろに回転を始めた。(といっても、傍目にはルーレットのように模様がくるくる回っているようにしか見えないのだが)

 それが3秒ほど続いた後、魔法陣はぴたりと静止して金色の強い光を放った。と同時に、落下中のグレイワイバーンの全身が同じ色の光に包まれる。

 「あら……」と、冷静なアリスにしては珍しく小さな驚きを発し、「センス・レビテーション(浮遊能力付与)」と唱えてグレイワイバーンに浮遊魔法をかけてやった。

 地面激突まであと数秒といったところで急激に落下速度を減殺したグレイワイバーンは、死にかけの割には元気よくじたばたと空中でもがきながらゆっくりと降りてくる。

 ヒュペリオンほどではないにせよ、体長6、7メートルはありそうなグレイワイバーンの巨体はアリスの目の前まで降りてきたところで静止した。

 もがくのをやめて大人しくなったグレイワイバーンの全身を、アリスはやや高い位置から斜めに見下ろした。

 名前のとおり暗灰色の鱗をもつグレイワイバーンは飛竜種の亜種で、一般のワイバーンより若干レベルが高い。

 ちなみに飛竜種が近親種である竜種と決定的に違うのは、両腕が翼そのものになっているところだ。

 よって竜種ほど器用に手で攻撃したりできない代わりに、飛行速度は大抵の竜種を凌駕する。

 馬鹿馬鹿しいほどに体格差のある二体のモンスターの対峙を、事情のわからないユキたちが恐々と見上げている。

 そんな人々の視線を気にしたふうもなく、アリスはひどく優しい声色でグレイワイバーンに語りかけた。


「本当に運が良いコですのね、あなた」


 従属化成功という両者にとって幸運な結果に満足したアリスが微笑むと、グレイワイバーンはピュィィ……と弱々しく鳴いた。

 アリスはグレイワイバーンに近づくと鼻先に手を当て、「ヒーリングオーラ(癒しの光)」と短く唱えて回復魔法を施す。

 みるみるうちにグレイワイバーンのLPが回復していき、僅か数秒で全快した。

 LPが回復しきった後もアリスは慈愛の眼差しを向けながらグレイワイバーンの鼻先を撫で続ける。

 新たな主人の寵愛に心地よさを抱いているのか、グレイワイバーンは目を細めて「グルルル……」と喉を鳴らした。


「《ブレス(吐息)》。今からそれがお前の名。いいわね?」

「ピュイィ」

「よろしい。以後わたくしに忠勤を尽くしなさいな。――ひとまず、『我が胸に還れ』」


 アリスはグレイワイバーンに名前を付けてやり、短く意思疎通を図ってから自分の電幽領域(ストレージ)に招き入れた。

 するとブレスの巨体は死亡エフェクトとは異なる色合いの粒子にほどけ、アリスの胸の辺りに吸い込まれていった。

 モンスターに止めを刺したとでも勘違いしたのか、足元の群衆から「おぉ……」と、何度目になるかわからない感嘆の声が漏れる。

 ちなみに《ブレス》と名前を付けた理由は、最初の奇襲でアリスにカマイタチの吐息をぶつけてきたことに由来する。

 別に根に持っていたからではなく、単にそういう名前の付け方をするのがアリスのネーミングセンスなのだ。安直といえばそれまでだが。

 後始末を終えたところでアリスは何かに気付いたようにぴくりと反応した。

 顔だけ振り向いてある方向を一瞥する。

 視線の先には――プレイヤーを相手に無双しているヒュペリオンの巨体がある。


(生臭い視線ですこと。眷属を殲滅されて敵対心(ヘイト)を上げたようですわね)


 視線というよりは敵意のようなものだったが、ヒュペリオンの注意がはっきりと自分に向けられたことに気付いたのだ。


(もっともあの様子なら即座にこちらへは来ないでしょうけれど。いずれにせよ、面倒事は避けた方が良さそうですわね)


 アリスとしては正直ヒュペリオンにあまり関わりたくなかった。

 勝てない相手ではないがユキやユニを守りながら戦うにはリスクが大きいとアリスは判断していた。

 ヒュペリオンとて現在交戦中の人間たち()に加えて自分(アリス)まで狙おうとするほど愚かだとは思えない。

 ヒュペリオンの件にそう結論を下したアリスは、倒れこむように前のめりの姿勢ですーっと降りていった。

 アリスは地上2メートルほどの高度で静止すると、姿勢を正してユキに報告した。


「ユキ様、こちらへ向かっていた魔物は全て撃退しましたわ」

「――うん、ありがとうアリスちゃん。ご苦労さまでした」


 優しい表情でユキが答えた直後、わっ、と群衆が感情を爆発させた。

 「よっしゃー!」「俺たち、助かったんだな」「うう、良かったわぁ……」と、近くにいる者と肩を叩き合い、顔を見合わせながら喜んでいる。

 ユキは突如湧いた歓声にびくっと体を竦めるも、周囲につられてかユニと顔を見合わせてふふっと笑い合った。

 ひとしきり歓声を上げ、言葉を交わした群衆のボルテージが落ち着いてくると、彼らの興味と視線は功労者であるアリスへと向かう。

 「何が何だかよくわからんかったが、凄かった!」「ありがとね、おチビちゃん!」「惚れたぜ!」などと、口々にアリスを賞賛する。

 中には手を合わせて「ありがたやーありがたやー」と、まるで守護神を崇めるかの如き表情で祈りを捧げている者までいた。

 そんな騒ぎの中、もはや群衆の代表者というか、意思代弁者として認められた感のある戦士風の男が、アリスの正面、見下ろされる位置に進み出る。

 空気を読んでか、群衆の喧騒は徐々に下火となっていった。

 周囲が落ち着いた頃を見計らって、戦士風の男は口を開く。


「ちっこい嬢ちゃん、この場にいるみんなを代表して礼を言うぜ。モンスター共を倒してくれてありがとうな」


 そう言って、戦士風の男は律儀にぺこりと頭を下げた。


「礼など不要ですわ。もとよりユキ様の護衛が私の務め。そこにたまたま、貴方達がいただけのこと」


 謙遜ではなく、事実本心からそう思ってるアリスは素っ気なく返した。


「ったく、かてぇ嬢ちゃんだな!」


 戦士風の男は、冷淡なアリスの切り返しに苦笑し、やや大げさな仕草でがりがりと頭をかいた。

 そして表情を真顔に改めると、やや声を顰めてアリスに訊ねた。


「それにしても、見た感じとんでもねぇ竜巻だったが、一体何をしたんだ? やっぱ魔法か?」

「……何の変哲もないただの攻撃魔法ですわ」


 説明する義理などないと言外の意思を込め、アリスは露骨に適当な答を返した。

 明らかに非友好的なアリスの態度にも、戦士風の男はめげずに質問を続ける。


「そう言うけどよ、あれだけすげぇ魔法を扱える嬢ちゃんは実際大したもんだと思うぜ。良ければ参考までにレベルを教えてもらえねーか?」


 相当な実力を有していることから、恐らくは先住者だろう。体が人形みたいに小さいのは魔法か、特殊なアイテムの効果によるものか。流石に職業特性ってことはあるまい……。

 先入観もあって、魔物かもしれないなどとは思いもしない戦士風の男は、アリスのことをひとまずそう分析していた。

 恩人のことを知っておきたいという、どちらかといえば善意に基づく質問であったが、出会って間もない人間にあれやこれやと馴れ馴れしく話しかけられてアリスはストレスを感じ始めていた。


「……80ですわ」

「んなっ、そりゃすげえ!」


 どこかうんざりとした表情を浮かべつつも、アリスは素直に答えた。

 すっとぼけた先ほどと態度が違うのは、アリスなりの判断もあるが、何より回答に要する労が少なかったからだ。

 アリスにとって本日三度目となるレベル公開発言に、戦士風の男のみならず群衆からも大きなどよめきが生まれる。


「そんだけ強けりゃ多分イースのトッププレイヤー様だぜ……。恐れ入った」


 少なからずアリスの機嫌を取ろうとする目的もあったのだろう。

 戦士風の男は感心したふうを装ってさりげなくアリスを持ち上げると、両腕を組んでうんうんと納得顔で頷く。

 今やアリスのことをすっかり自分たちの守護者認定してしまった群衆も、「80レベル超えてる人初めて見た」とか「そんだけ強けりゃあのドラゴンも倒せんじゃね?」とか「この子の側なら安心よね」などと、概ねが自分たちに都合の良い解釈でもって騒ぎ始める。


「ちょ、ちょっと皆さん、待ってください。アリスちゃんはプレイヤーじゃ……」


 このまま静観していてはアリスの望まぬ立場に祭り上げられる、と危惧したユキが、流れを変えようと訂正の台詞を言いかけたところではたと気付いた。


(アリスちゃんはプレイヤーじゃなくてモンスターなんです、なんて、そのまま説明したら色々拙い気がする……)


 即座に迫害される、などということはないだろうが、無駄に混乱を招く可能性は高い。

 少なくとも、怯えられたり怖がられたりと、色眼鏡で見られるのは避けられないだろう。

 アリスの正体をどう当たり障りなく説明したら良いものかと、ユキが適当な言葉を見つけられないでいると、最前からストレスを溜めていた本人がついにキレた(・・・)


「――黙りなさい」


 アリスは底冷えのする声で高圧的に言い放った。

 自分たちを睥睨するアリスの態度に畏怖や威厳を感じたのか、熱狂しかけていた群衆がぴたりと鎮まる。


「先ほどから黙って聞いていれば四の五のと煩わしい。トッププレイヤー? 生憎とわたくしはそのようなモノではありませんわ。わたくしは唯、ユキ様のしもべであってそれ以外ではない。わたくしに何かを望むのであれば、我が主にこそ頭を垂れて言葉と礼を尽くしなさい」


 正体をぶっちゃけた、というほどではないものの、明確にプレイヤーと異なる存在であることを明かしたアリスは、群衆の対応と興味をユキに丸投げした。


(ひ、ひえぇ……。アリスちゃん、そこで私に振りますか……!)


 群衆の視線の約半分が自分に向けられたのを明敏に察知して、ユキは顔に縦線を入れておののく。


「ああそれと。真下からわたくしを見上げるような変態(・・)は即座に抹殺しますからそのおつもりで」


 小さな体躯と、ひらひらとした裾の長いスカートのおかげもあって、真下からであっても容易にその奥を覗けたものではないが、以前とんでもない変態嗜好をもった高レベルの男性プレイヤーに粘着された経験をもつアリスは、念の為とばかりに釘を刺した。

 腕の一振りでその場にいる全員を皆殺しにできそうな存在(アリス)の警告を受け、恐れをなした男性たちが、すざざっ! と浮遊するアリスから距離を取った。

 男性たちからしてみれば謂れなき疑いというべきだったが、女性たちからの視線がじとっとしたものに変わる。

 主に空中で活動するアリスにとっては割と切実な問題だったのだが、外見そのままの幼い少女のような潔癖さを思わせる言動に、多くの者たちは少なからず微笑ましさを抱いた。

 結果、きつい言い回しと態度を取った割にはそれほど反感を買わずに済み、それどころか「やだあの子ちょっとカワイイ」とか「ゴスロリにツンデレは鉄板ですぞぉぉぉ!」などと好意的(?)な反応もちらほら窺える。


「そ、そりゃあ……すまんかったな、ちっこい嬢ちゃん。そっちの事情も考えねぇで勝手に騒いでよ」


 戦士風の男は、やや戸惑った表情をしつつも、大人の対応で謝罪した。


「ご理解いただけて何よりですわ」


 ツンと取り澄ました表情で答えたアリスは、主従の関係を群衆に印象付けるかのように、ユキの左肩上あたりにふわりと降りてくる。

 その姿を追うように戦士風の男は視線を下げ、そしてアリスからユキへと眼差しを向けた。


「ええっと……それじゃあよ、そっちの嬢ちゃん……名前はユキ……でいいのか? あんたにまず言っとくぜ。みんなを助けてくれて、ありがとよ」

「あっ、いえ、その、私は、一切何にもしてませんから、お礼なんて……」


 先ほどアリスに対してそうしたように、自分に対しても丁寧に頭を下げられて、ユキは慌てて両手を胸の前でぶんぶんと振りたくった。

 本人(アリス)がどう言おうと、他人の功績を自分のものとして誇れるほどユキの面の皮は厚くなかった。

 今や、戦士風の男からだけでなく、この場にいるほぼ全ての群衆から視線を集めていると思うのは、決して自意識過剰などではないはずだ。

 内心でアリスをちょっと恨めしく思いながら、ユキは顔に乾いた愛想笑いを貼り付けた。


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