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デスゲームの世界で魔王になりました  作者: 古葉鍵
序章 一般人と人形姫
6/21

魔王 が 現れた! 006

「お前、はっ……!」

「ユニっ、後ろ!」


 偽悪的なアリスの態度に看過しえぬ後ろ暗さを感じ、不信感を決壊させたユニが糾弾しようと口を開きかけたところで、ユキの切迫した声がそれを遮った。

 はっとして振り返ったユニの目の前に大きく黒い影が迫っていた。

 もはや回避も防御も間に合わないタイミング。ユニは反射的に両腕で顔を庇い目を瞑った。


「アーススパイク」


ズドッ!!


 アリスが小さく呟いたかと思うと、大通りの舗装された石畳を砕いて地面から生えた(・・・)土の槍が、空中の黒い影を下から勢いよく貫いた。

 刹那の間に起きた出来事の一部始終を目撃したユキは、目を見開いたまま硬直している。

 被害に遭いかけたユニは予想した衝撃や痛みがないことに疑問を抱きながら恐る恐る目を開けた。


「ひっ!?」


 ギチギチギチ。

 ユニの眼前20センチほどのところでおぞましいモンスターの顔が今もなお蠢いていた。

 気の弱い者なら一発でトラウマになりそうな光景に、ユニもまた短く悲鳴をあげて腰を抜かした。

 しりもちをついたユニは器用に膝下だけを動かしてサササッと素早く後ずさり、モンスターから大きく距離を取る。

 ユニの視線の先には、胴体を盛大に串刺しにされながらもなお、手足と羽をばたつかせ、大きく鋭い顎をガチガチと開閉する巨大なバッタがいた。

 先立ってアリスが《黒死イナゴ》と説明したそのモンスターは、現実世界のイナゴを体長1メートル弱まで巨大化させ、全身のところどころに不気味な黒い斑点を描き加えたような外見をしていた。

 ユキとユニが呆然として見つめる中、黒死イナゴは結局そのまま何もできずに貫通状態による持続ダメージでライフポイントをゼロにし、ポリゴンの欠片へと変換されて消える。


「人の話はきちんと吟味した方がよろしくてよ?」


 ドヤ顔というほどではないが、やや得意げな表情で皮肉めいた物言いをするアリス。


「今のは、あなたが……?」


 ユニはしりもちをついた姿勢のまま、首だけで振り向いて訊ねた。

 アリスは涼やかな口調で問い返す。


「他に誰かおりまして?」


 確かにそうだ。

 今のはレベル1の一般人であるユキに使える魔法ではなかった。であれば消去法的に実行者はアリスしか残らない。

 ひねくれた見方をすれば、多少距離があるものの周囲に他のプレイヤーがいないわけではない。

 だがその可能性をわざわざ指摘するほどユニは愚かでも恩知らずでもなかった。


「あり……がとう、アリス」


 ユニが素直に礼を述べると、アリスはにっこりと微笑んだ。


「ようやくわたくしの名前を読んでくれましたわね、ユニ・チャーム?」

「う……」


 気恥ずかしいのか、ユニは顔を赤くして視線を逸らした。

 しかし何かに気付いたように、はっとした様子で機敏に立ち上がる。


「人が、襲われている……!」


 イースの空を塞ぐ黒死イナゴの大群を思えば当然予想できたことだったが、襲われたのはユニだけではなかった。

 大通りに姿を晒している者たちは真っ先に狙われたようで、黒死イナゴに食いつかれてたり、数匹にたかられているような悲惨な光景が大通りを中心に広がりはじめていた。

 「ぎぃやぁぁぁぁ!!」「寄るな! 来るな!」「たす、助けてぇぇえええっ!!」「死にたくねぇぇぇっ!!」といった悲鳴があちこちから聞こえてくる。

 黒死イナゴかそれともプレイヤーのものかはわからないが、あっという間にライフポイントをゼロにして爆散する光の粒子が遠目にちらほら見て取れた。


「こうまで後手に回ってしまってはどうしようもありませんわね。ユニ、貴女も死にたくなければこちらへ来なさい」


 目を細めて惨状を観察し、他人事のようにそれを語ったアリスは、有無を言わさぬ口調でユニを呼ぶ。

 アリスの態度にではなく、どうしようもない現実に顔を顰めながら、ユニは素直に従ってユキとアリスの方へと寄ってくる。

 そしてユキに寄り添うように側まで来たところで、彼女がカタカタと震えていることにユニは気付いた。


「ユキ……大丈夫?」

「う、うん……へいき、だよ」


 ユキは弱々しい表情と口調で答えた。

 誰の目にも明らかに強がりだとわかるほどにユキは怯えていた。

 ユニは、ユキの右腕の二の腕あたりを両手で柔らかく掴み、上目遣いの視線で顔を見上げて言った。


「落ち着いて。私もユキを護る、から。アリスに較べれば、頼りにはならないかもしれない、けど……」


 年下の少女にそこまで親身に気遣われて、情けなさも多少あったが、ユキは嬉しくて泣きそうになった。

 ユキはアリスを左手に抱えなおし、右手で目元を拭うと、気を取り直してユニにぎこちない笑みを向ける。


「そんなことないよ。すっごく心強いし、嬉しい。ありがとう」

「……うん」


 二人の間に温かい空気が流れる。

 しかし、空気を全く読もうとしないアリスが注意でもって遮った。


「ユキ様、悠長に喋っている場合ではありませんわ」

「「はっ」」


 和みかけた雰囲気が霧散し、ユキとユニの表情が真剣なものに改まる。

 アリスはやや呆れた表情で二人に聞こえない程度のため息をついた。

 そして自分を抱えているユキの腕を軽くポンポン、と叩いて注意を引き、要望を伝える。


「ユキ様、ここまでありがとうございました。手を離してくださいな」


 台詞の内容から、手を離したが最後、アリスがどこかへ飛び去ってしまうんじゃないかと根拠のない危惧を抱きつつも、ユキは両腕を下ろして彼女を解放した。

 拘束を解かれたアリスはふんわりと浮かび上がり、地面から2メートルほどの高さで静止する。


「アリス、何を……?」


 初めてアリスが自分から動いたことに小さな驚きを感じながら、ユニが訊ねた。


「虫共に上空でちょろちょろされるのも不愉快ですし、とりあえず周辺を一掃しますわ」

「……そんなこと、できるの?」


 黒死イナゴの件から、アリスのことを自分以上に強い、と認識していたものの、今の台詞は流石に誇張に聞こえて、ユニは思わず確認した。

 しかしアリスは取り合わずに、ユニの知らない魔法の詠唱を始めた。


「踊れ月光の精霊 無垢なる狂気もて死へと誘え」


 アリスが右腕を振り上げ、手の平を上に向けた。

 ィィン、という霊妙な音が響き、アリスの頭上に直径3メートルほどの球形の立体型魔法陣が生まれる。

 表層には楔形文字と幾何学的な模様が混在して描かれており、内部は30センチ程度の間隔で横に平面型魔法陣が積層している。

 魔法陣は淡く燐光を発しながら明滅し、周囲を明るく照らし出した。

 神々しいと言えるほどの光景に、ユキもユニも、そして異変に気付いて魔法陣に視線を向けた者も、揃って目を奪われた。

 この場の主役であるアリスは、声高らかに最後の台詞を詠った。


オーロラ・カーテン(絶命せし極光の帳)!」


 魔法陣が瞬時にぎゅっと収縮したかと思うと、膨大な光量を秘めた球へと変換される。

 そして一瞬の間をおき、眩い光の波動を全方位に放射した。


「「きゃっ!?」」


 間近で膨大なフラッシュを焚かれ、両目を瞑って悲鳴をあげるユキとユニ。

 しかしそれ以外は音も衝撃もなく、大掛かりな演出だった割には……と、内心で違和感を覚えつつ二人はようようと目を開けた。

 カメラのフラッシュ以上の強い光で網膜を灼かれて涙が滲み、未だ回復しきってない視力で周囲の状況を改める。

 街灯の明かりがあるとはいえ、それでも薄暗いせいで大して遠くまでは見通せないが、魔法が発動する前と較べて何かが変わった様子はなかった。


「上を見てみるといいですわ」


 アリスに言われて二人が揃って上を見上げた瞬間、タイミングよくそれは起こった。

 まるで同色の花火のように、小さな白光の爆発が連鎖的に次々と発生してゆく。

 そしてきらきらと光の燐粉を撒き散らし、空いっぱいを華々しくも幻想的に彩った。


「わぁ……!」


 ユキが無意識に声を上げて感嘆する。

 ユニもまたすっかりその光景に心を奪われ、静かに見入っていた。

 火花というよりは儚く解ける雪のように、光の燐粉は地上に達するまでもなく僅かな時間で消滅し、スペクタクルな一幕はあっさりと終息した。

 それを惜しむかのように、再びユキの口からほぅ、とため息が漏れた。


「……アリスちゃん、今のは?」

「もしかしてアレは、モンスターの……?」


 ユキもユニも、なんとなく今の出来事の理由を察してはいたが、アリスの口からはっきりと答えを聞きたくて訊ねた。


「ええ。醜悪な虫ごとき存在(もの)であっても、死して消える際は美しいものでしたわね」


 優雅な微笑を湛え、空中から二人を見下ろしながら、遠まわしな形容で肯定するアリス。


「でも、一体何が、どうなって……?」

「見たこともない魔法だった。詳細を教えて欲しい」


 やや興奮状態にあるのか、二人の質問はそれだけに留まらなかった。

 アリスは苦笑して答える。


「今のは高位の光属性魔法で、効果は一定範囲内にいる魔物を即死させるものですわ。範囲を広く設定すればするほど効力が弱まること、使用者より相当レベルの劣る対象にしかまともな成功率を期待できないこと、遮蔽物に光の波動を遮られることなどが難点ですけれど、今のような状況であれば露払いに便利なんですの。とりあえず周囲400メートルほどの範囲にいた虫共はほぼ殲滅しましたわ。大通りを優先して狙ったことが虫共にとって仇になりましたわね」


 もっとも、だからこそこの魔法を撃ったのですけれど、と付け加えて長い説明を終えた。


「即死……」

「殲滅……」


 凶悪な魔法の効果と劇的な結果を具体的に教えられて、ユキとユニは揃って絶句した。

 ややもしてから気を取り直し、ユニが掠れた声を搾り出す。


「……アリス、あなたは一体、何者……?」

「最前にも申し上げた通り、魔物で、ユキ様のしもべですわ」

「人に従うモンスターの存在は、私も知ってる。だけど……、レベル1の一般人でしかないユキが従えるにはあまりにも……不相応な強さ。今更アリスのことを、敵だと疑うつもりはないけれど……明らかにおかしい」


 《調教術》というスキルと、モンスターテイマーという職業が存在することは一般知識としてユニも知っていた。

 モンスターを従えるための難易度やらリスクやら様々な制約が重くて、あまり実用的ではないというか、人気のない職業だと噂されていることも知っている。

 だけど目の前にいるアリスという魔物はどうだ。

 底知れない強さの片鱗と、プレイヤーと会話を交わす高度な知性、言動の端々に窺える主人(ユキ)への忠誠心など、どれ一つ取ってみても破格に価値のある存在ではないか。

 ユキに従っている背景はわからないが、低レベルの存在が手にするにはあまりにも過ぎた力であり、一種のバランスブレイカーだとさえ思える。


「疑問を抱くのはもっともですわね。まあ貴女にでしたら教えてもいいでしょう。……ユキ様」


 言って、アリスは視線でユキに許可を求めた。


「あ、うん。私は気にしないよ」


 ユキはひらひらと手を振って了承した。


「貴女がお疑いの通り、わたくしの真の主は他におりますの。ユキ様との主従は、いわば貸し与えられた一時的な関係に過ぎませんわ」

「なるほど……それなら、納得できる。でも、あなたほどの存在を、ユキに付けたのはなぜ……?」


 結果論で言えば、アリスの強さの恩恵に預かれているユニとしてもありがたい限りだが、一般人に与えるにしては大げさすぎる戦力だ。


「さあ、わたくしごときがレン様の御心を量るなど恐れ多きことですし、わかりかねますわ。護衛としてユキ様の傍近くに仕えよ、と命じられただけですの」


 過剰にへりくだることで主であるレンを相当持ち上げつつ、アリスは突き放すように言った。


(なるほど、レンという人物がアリスの本当のマスター。名前の響きからすれば男女のどちらとも取れるけど……)


 ユニが性別を気にしたのは、レンに格別興味を抱いたからではなく(無論正体を知りたいという欲求はある)、ユキとの関係が気になったからだ。主に男女の関係的な意味で。

 同性であるユニの目から見ても、ユキは凄く可愛い。

 仮想現実の世界ではアバターの外見をカスタマイズしている人が多いこともあって、先住者に限って言えば金髪はさして珍しくもないけれど、デザイア事変後は日本人の素の外見……即ち黒髪のプレイヤーが圧倒的多数である。

 未だ蕾とはいえ、美しい容姿と金髪というファクターを有するユキはさぞ異性にモテるに違いない。


(……ウザキモい私なんかと違って)


 最後は自分と較べてしまってやや悲しくなりながらも、ユニはユキの魅力をそう分析していた。

 若いがゆえの恋愛に対する好奇心も手伝い、結局ユニは思い切って訊ねてみることにした。


「もしかして、レンって人は、ユキの……恋、人?」

「ええっ!? ちょっ、待って! 違う、全然違うから! えっと……そう、恩人! 危ないところを助けてくれて、アリスちゃんを護衛にって付けてくれた、親切な人!」


 唐突に、話の流れからは予想もつかない質問を投げかけられて、ユキは焦った。

 目まぐるしく表情を変えながら、必死に言い訳じみた弁解をする。

 ある意味親密さを勘繰れそうな態度ではあったが、希望的観測もあってユニは素直にユキの否定を信じた。


「良かった。ユキは、潔白」

「はい? 潔白?」


 やや使いどころのズレた表現を使って、ユニは露骨にほっとした。

 なぜならユニは重度の男嫌いだったから。


(でも、ユキの反応からして、レンという人物が男であることはほぼ間違いない。アリスには悪いけど、レンとやらは……敵)


 密かにレンを「ユキに近づく悪い虫」認定したユニは、敵愾心も露わにぐっと拳を握った。


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