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デスゲームの世界で魔王になりました  作者: 古葉鍵
序章 一般人と人形姫
3/21

魔王 が 現れた! 003

「危ないとこだったねー」


 殺伐とした空気を和らげるような、スローテンポな声が少女のすぐ背後で発せられた。

 少女ははっとして振り返る。

 そこにいたのは、宙に浮かぶ羽の生えた小さな少女。


「……妖精……さん?」


 妖精のような外見の少女は、人間に当てはめれば12歳くらいだろうか。

 身長20センチに満たない小さな体を、ふわふわとした印象を与える薄緑色のワンピーススカートで包み、背中からは美しい二対の半透明な銀翅を生やしている。

 顔の造形は非常に整っており、銀色の長い髪と相まって神秘的な幼生の美を醸し出している。

 低年齢の幼女や少女に興味を持つような特殊性癖の男性でなくとも、攻撃するのを躊躇ってしまうのではないかと思えるほどの容姿である。

 これが歴戦の狩りプレイヤーであれば、可愛らしい外見とはいえモンスターはモンスターだと警戒心を抱いただろうが、そうではない少女の反応は純粋な驚きで満ちていた。


「今のは……貴女が?」

「うん。レベル20のよわよわな《サハギン》なんて、レベル78のティアにかかれば一撃だよ!」


 すごいでしょ! とばかりにえっへん、と胸を張る妖精。

 その微笑ましい態度と外見からはとてもそうは思えないが、その言葉を信じるならばモンスターを倒し、自分を救ってくれたのはこの小さな妖精だということになる。

 意外さも大きいが、何より妖精が自己申告したレベル数値が凄まじい。

 少女は驚きに目を丸くした。


「レベル……78!?」

「そだよ~」


 激戦区で戦う最精鋭プレイヤーたちはレベル80を超えているらしい、と噂で聞いたことはあったが、これまでユキはそんな超高レベルの存在と身近に接したことは一度もなかった。

 保護を依頼しようと考えていた知人プレイヤーでさえ、最近ようやくレベル60になったとかなんとか言って自分の気を引こうと自慢してたくらいなのだ。

 実際、イースという住人に限定して言えば、レベル60というのはほぼ最強ランクのプレイヤーと言っていい。

 目の前の妖精が果たしてプレイヤーなのかどうかはわからないが、何にせよレベル78というのは破格すぎる。間違ってもこんな場所にいていい存在ではない。

 絶句し、半ば痛みも忘れて硬直する少女に、妖精は不思議そうな表情を浮かべて声をかけた。


「肉体欠損状態のままだとライフポイント減少デバフで死んじゃうよー? 治さないの?」


 なぜそこまでプレイヤー事情に詳しいのだろう。

 ある程度の知識と人並みの猜疑心があればこの妖精に対して誰もがそうした疑惑を抱いただろうが、少女にはそのどちらも欠けていたし、妖精が指摘したように状況的にそれどころではなかった。

 慌てて仮想ウィンドウでステータスを確認すると、確かに部位欠損デバフのアイコンが点滅しており、確認に要した数秒の間にライフポイント(LP)が 14/64 から 13/64 に1ポイント減少した。


「あっ、あっ、あの、これ、どうすれば……?」


 回復アイテムなど何一つ所持してないどころか、状態異常の治療方法すらろくに知らないズブの素人プレイヤーである少女は、放置すれば命に関わるとわかっていても対処の手段がなく、縋るような声と視線を妖精に投げかける。

 「んー……?」と首を傾げる妖精。どうやら少女の言いたいことが上手く伝わっていないようだ。

 焦りを深める少女に応えたのは別の声だった。


「ティア、その子を治療してやれ」

「はーい。フェアリーライト!」


 突然聞こえた第三者の声に少女が驚いたのも束の間、素直に応じた妖精が固有魔法(エクストラ)を行使する。

 次の瞬間、妖精の全身が光に包まれかと思うと、ふよふよと接近してきて少女の胸元に接触した。

 胸元から、暖かい何かが少女の全身に巡っていく。

 余りの心地よさに陶酔する少女。

 それはほんの2、3秒の出来事だったが、我に返ってみれば右足の痛みは消えていた。

 視界の上部に表示されているライフポイントも 64/64 と全快している。

 慌てて右足に目をやれば、切断されたはずの膝の先がある。元に戻ったというか、再生したのだろう。

 まるで魔法のような、いや、真実魔法による奇跡を体験して、声もなく少女が驚いていると、ざっ、ざっ……と不意にこちらへと近づいてくる足音に気付く。

 はっとして少女は身を硬くするも、暗がりから現れた人影が紛れもない人間……若い男性の姿をしているのを認めてほっ、と安堵の息を漏らした。


「お手柄だったな、ティア」

「えへー、まおーさまに褒められたぁ」


 胸を撫で下ろした少女がまじまじと姿を現した青年の様子を観察している最中、当の彼は妖精に親しげに声をかけた。

 声をかけられた妖精は喜色も露わに舌足らずな返事をしてふわりと浮き上がると、声の主へと飛んで行き、頭部のあたりに纏わりつく。

 聞く者が聞けば、妖精の台詞に不穏な単語が混じっているのを聞き咎めただろうが、幸いと言えばいいのか、その手の知識に疎い少女はそれに気付かなかった。


「ってコラ、街中ではレンと呼べって言っただろ」

「はぁい。ごめんなさいレンさま」


 素直に謝る妖精に気をよくしてか、僅かに顔を綻ばせた青年は妖精を両手で優しく包みこむと頭の上へともってくる。

 妖精は逆らわず手から頭の上にぴょこんと飛び移り、ぬいぐるみの「たれ○○○」シリーズのようにうつ伏せに横になったかと思うと、弛緩した両手を青年の額にぶらんと垂らす。

 その一連の行動がコミカル過ぎて可笑しかった少女は、笑いの衝動を堪え切れず「ぷっ」と噴出してしまった。


「あ、すみません、つい……」


 青年はともかく、妖精は紛れもない命の恩人なのだ。

 そんな相手を笑ってしまったことにばつの悪さを感じた少女は咄嗟に謝り、一時は失った右足の調子を確かめるように恐々と立ち上がってぺこりと一礼した。

 青年は少し慌てたように片手をひらひらと振って応じる。


「ああいや、気にしないでいいよ。いつものことだからさ」

「は、はあ……」


 それはいつも笑われているから平気、ということなのだろうか。

 素直に納得するのも微妙に失礼な気がして曖昧な返事をする少女。


「それより、君は今の街の状況を知ってるか?」

「は、はい。私、東門の近くに住んでいるんですけれど、大量のモンスターが門を壊して街の中に雪崩れ込んできたので、ここまで逃げてきたんです。そしたら、先ほどの怪物にいきなり襲われて……」

「なるほど。アレ(・・)は多分、水路を通ってここまで侵入してきたんだと思う。失礼ながら見たところ君はレベルが低いようだし、遭遇してしまったのは災難だったね」

「はい……」


 心底実感を込めて少女は頷いた。

 実際、災難どころか危機一髪だったのだ。警告の声と妖精の助けが僅かでも遅ければ今頃自分はLPを全損し、デザイアウイルスに侵食されてデータの海に散っていたかもしれない。

 改めて身に起こった出来事にぞっと身を震わせたところで、少女はあることに気がついた。


「あの、最初の声は貴方が……?」

「ん? ああ、うん。君を見つけたとき、俺の位置からだとまだ距離もあってフォローできなくてね。危ない場面ぽかったから声をかけたんだけど。ティアが先行してくれてたおかげで助けが間に合って良かったよ」

「へへー」


 穏やかな表情で事情を説明する青年と、その頭の上でにへら、とだらしなく笑み崩れる妖精の二人を見て、少女はどこか温かい感情が胸に宿るのを感じていた。

 少女は改めて目の前の青年を観察する。

 上半身は仕立ての良い長袖の黒いシャツを着て、その上からベストの胸下をカットしたような灰色のレザーアーマーを装着している。

 下半身は灰色のジーンズっぽいズボンを穿いてこげ茶色のベルトで締め、足先から脛の中ほどまでを黒のロングブーツで覆っている。

 自分より頭一つ以上高い身長と、服越しの印象では太くはないが細くもない体躯。

 瓜実顔で贅肉のない鋭角な顎の輪郭が精悍な印象を醸し出しているものの、微笑んでいる表情は優しげで善良そうに見える。

 年齢は20歳くらいだろうか。恐らく数歳程度の違いとはいえ、少女からすれば世代の違う大人である。

 男性ということもあって若干の気後れはあるものの、小さな妖精の存在がそれを緩和してくれていた。


「あの、本当に助けてくださってありがとうございました。私は《水澄(みすみ)=テスタロッツァ=癒祈(ゆき)》っていいます。名前と金髪はイタリア人とのハーフだからです。ユキって呼んでください」


 少女ことユキは、お礼と共に簡単な自己紹介を行って再びぺこりと頭を下げた。見事な金髪のツインテールが背中からさらりと重力に引かれて下へ流れる。

 ちなみにわざわざ人種まで説明したのは、外見(特に髪の色)が作られたものではなく天然だということ、ひいては元からのアカレコプレイヤーではなく、デザイア事変によってこの世界へと誘拐された200万人のうちの一人であることを遠まわしに伝えるためである。

 青年はユキの礼儀正しい挙措に感心したような表情を浮かべたが、ある意味で驚いてもいた。

 ネット世界においては匿名性が大きな意味をもつ。

 もっともらしい偽名である、という可能性もないわけではないが、リアルのフルネームを出会ったばかりの異性に教えるとは、命の恩人だからと警戒心が薄れているのか、それともやや頭の足らない子なのか。

 他人を素直に信じることのできる純真な子なのだろう、と青年は好意的に解釈することにした。

 少女の名前を把握したことで、青年の視界においてユキの頭上に《癒祈》とネームが表示される。

 アカレコでは対象プレイヤーの名前を知らないと視界に表示されない仕組みになっている。

 割と律儀な性格をしている青年は、自分だけ本名を名乗らないわけにもいかないか、と考えて自己紹介を行う。


「ああ、うん。俺は見ての通り日本人で、名前は《出雲(いずも) (れん)》。レンって呼んでくれ。なんとなくわかったかもしれないけど、先住者だよ」


 自己紹介の中にあった《先住者》というのは、元からアカレコの住人であった六万人のプレイヤーたちの俗称だ。

 先住者たちは、程度の差はあれその多くが高レベルプレイヤーである。

 本来プレイヤー間に身分の違いはないが、実力的にも資産的にもより多くを有している彼らは一種の特権階級にあると言っていい。

 たとえば半年毎に選挙で選ばれるイースの街を除いた各都市の領主には先住者が多く集う有名・実力派ギルドが名を連ねるが、それは定期的に発生するモンスター襲撃イベントに対して街を防衛しうるだけの戦力を期待されているからであって、その戦力の源泉は即ち先住者の数や能力に大部分依存している。

 領主に収まったギルドには税金の設定や居住区の開発、販売といった様々な旨みがあり、ギルドによって差はあれどもその莫大な利益の大部分が先住者たちの懐に納まっているケースが多い。

 先住者には実力や利権を嵩にきて傲慢な態度言動で蛇蝎のように嫌われる者がいる一方、ゲームクリア目的である《邪神デザイア》を倒すために《魔界カルナザル》の攻略を目指し、謙虚に自己研鑽に励むことで尊敬や名声を得る者もいる。

 結局は個人差なのだが、先住者は何かと妬まれ、色眼鏡で見られることの多い立場であった。

 世情に疎いユキでも、さすがに先住者がどういった者たちなのかは知っていた。


「あ、やっぱりですか。レンさん、凄くお強そうですもんね」


 にこり、と控えめに微笑むユキ。

 美少女の賞賛を受けて、うっ、と怯むように顔を赤らめるレン。

 先住者だからと少女の声色に含むような響きは感じられない。


(いやはや……金髪で、可愛くて、性格も良さそうで……こんなコもいるんだなぁ)


 さりげない視線でレンはユキの全身を検分する。

 客商売をする店のお仕着せの感がある、黒と白を基調としたノースリーブのエプロンドレスを身に纏い、首には十字架をあしらったチョーカーを装着している。イタリア人とのハーフだという話だし、クリスチャンなのかもしれない。

 金色の髪とツインテールという髪型の組み合わせが、未だあどけなさを残す美貌と調和し、無垢な印象を与えつつも不思議な色気を醸し出している。


「ティアはレンさまの使い魔で、《エルダーピクシー》のティターニア! ティアって呼んでねー」


 両腕をばたつかせて元気よく自己紹介する妖精ことティア。感情の高ぶりを意味しているのか、背中の翅がほぼ垂直にぴん、と真上に立っている。

 まるで幼子のような微笑ましさに思わずレンとユキの表情がほころぶ。


「まあ俺たちの方はそんな感じだ。ところで、ユキちゃんはこれからどうする? どこか頼るあてがあるならいいけど、ないなら、恐らく冒険者ギルドの各支部に臨時の避難所が設営されてると思うから、そこに身を寄せるといいかもしれない。ただ……モンスターはプレイヤーの多い方へと寄っていく性質があるから、一概にそこが安全だとは保障しかねるけどね」

「あ、ユキって呼び捨てでいいです。えっと、私は中央区画に住む知人がいるので、保護をお願いしようかとここまで移動してきた途中だったんですけれど……考えてみれば、私のような足手まといが個々に高レベルの方々のところに殺到すると、モンスター退治に手を割けなくなって街の防衛が危うくなりますよね……?」


 ユキはやや暗い表情で事情を説明するとともに、行動の是非をレンに問うた。

 レンは片手を腰に当てながら「んー……」と唸る。


(イースの街はプレイヤーも多いが、領主ギルドが存在しないこともあって横の繋がりや連携意識が薄い。実力に自信のある連中は個別で迎撃に出るだろうけど、夜だし各個撃破されて被害が増えそうだな……。ユキの言うとおり中央区画に住む廃プレイヤー層が出張って無双しないと中低レベル層の住人に犠牲が増えそうだ)


 ちなみに細かい事を言えばイースにホームを構えていないレンに街防衛の義務などないのだが、馬鹿正直にそれを口に出すほど愚かではないし、何より無関係とはいえ無辜の人々が犠牲になるのを放置しておくのは後味が悪い。

 久しぶりにイースに戻ってきたらとんだ事態に巻き込まれたと言えるが、ある意味でのタイミングの良さといい、ユキという少女を救ったことといい、何か運命的なものを感じていたりもする。


「今回の襲撃……従魔(じゅうま)に偵察させた感じでは相当大規模のように見受けられるから、確かに高レベルプレイヤーのリソースが奪われるのはちと拙いな」


 従魔というのはプレイヤーに従うモンスターのことで、厳密に言うと忠誠度で分類される名称の一つである。

 忠誠度が高い順に使い魔、従魔、下僕に分けられる。

 従えた経緯にもよるが、大抵は忠誠度低で反抗的な下僕から始まり、プレイヤーの能力、共有した時間や付き合い方によって忠誠度が高まり、分類がランクアップしていくのだ。

 例によってその手の知識がないユキは従魔という単語に若干の疑問を覚えるものの、時間が惜しいという切迫感から質問することは避けた。


「はう、ですよね。……あの、私は多分大丈夫ですから、レンさんは街の防衛に向かってください」


 ユキはそう言って気丈に微笑むものの、多分(・・)大丈夫、と言うあたりに隠しきれない不安が覗いている。

 レンの心情的には街の防衛より、知り合ったばかりとはいえ美少女の身の安全の方に天秤が傾いていたが、意向を直截に伝えてはいらぬ警戒や軽蔑を招きそうでそれは憚られた。

 仕方なく、レンはあまりおおっぴらにはしたくない手札の一枚を切ることにした。


「わかった。でも、さっきのようなことがまたないとも限らない。だから、ユキには護衛をつけるよ」

「えっ……?」


 そう言うやいなや、レンはと、と、と、と3歩ほど後ずさる。

 一体何を始めるのだろうと訝しむユキの目の前で、レンは朗々と眷属召喚の詠唱を始める。


「我が言霊は(カルマ)を宿し アカシャの因果を呼びたもう」


 レンが上に向けた右掌を胸の高さに掲げると、そこに青白い鬼火がぼっ、と(とも)る。

 その異様な雰囲気に息を飲むユキ。


「蛇よ悪魔よ 王が権能に従い終末を喰らえ 代価は汝が欲望の結実なり」


 詠唱が進むに従って右手の鬼火が火勢を増し、大きく揺らめきながら燃え盛る。


召喚(コール)白百合の人形(ホワイトリリィドール)!」


 詠唱の完了と同時に鬼火がふっ、と唐突に消え失せる。

 直後、レンとユキに挟まれた路地の地面に青白く発光する魔法陣が出現したかと思うと、先ほどまでレンの右掌の上で燃え盛っていたものと同じ色の炎がゴウッと吹き上がって二人の視界を刹那遮った。

 それはほんの一瞬の出来事であったが、そこには確かな変化が訪れていた。

 そう、炎の消滅と共に消え去った魔法陣の中央に、恐るべき魔物が出現していたのである。


「魔王様におかれましてはご機嫌麗しく存じ上げますわ」


 純白のゴシックロリータなドレスのスカートの裾を摘み上げ、小さく頭を下げつつ一分の隙もない淑女の挨拶を行う魔物。

 だが残念なことに向いてる方向が決定的に間違っていた。魔物はレンに背を向けユキの顔を見上げている。

 玲瓏な響きの声に誘われて顔を下向けたユキとばっちり目が合い、魔物はこてん、と可愛らしく首を傾げた。


「……魔王様、背が縮みまして?」

「いやいや、人違いだから」


 時差ボケならぬ召喚ボケで深刻な見当識障害を引き起こしている魔物に、レンが呆れた表情で突っ込む。


「あら、わたくしとしたことが大変なご無礼を。申し訳ございません」


 くるりとレンへと振り返り、ぺこりと頭を下げて謝罪を口にした魔物は、体長30センチほどの幼い少女の姿をしていた。

 セミロングで切り揃えられた金糸のようなブロンドの髪、暗闇でも自ら輝いているような金色の瞳。

 あどけない少女のようでありながら、どこか妖艶さを匂わせている。

 それはまるで二次元のアニメキャラを立体化し、精巧に作られたドールのような外見であり、その手の趣味を持つ者ならばある意味垂涎とも言える存在だった。


「お前と話してるとたまにおちょくられてるのかと不安になるな……。まあいい、それよりもアリス、お前に役目を与える」

「はい、なんなりとお申し付けくださいませ」


 顔を伏せ、片膝を着いてレンに傅くアリス。

 造り物じみた美しさが示すように、彼女は自律人形(オートマタ)という種族に属する人型の魔物だった。


「お前の後ろに立っている女性――名前をユキというが、彼女の護衛を命ずる」

「承知しましたわ。期間はいつまでですの?」

「俺が迎えに行くまで、かな」

「《姉妹》の使用は許可していただけるのです?」

「ああ、それはお前の裁量に任せる――が、基本的な行動はユキに指示を仰げ」

「つまりユキ……様、を仮の主として従え、ということですの?」

「そうだな。そう考えてもらって構わん」

「……わかりました。魔王様の仰せとあらば従いますわ」


 アリスは本来の主以外から指示を受けるということに若干の抵抗を覚えたようだったが、さして逡巡することもなく了承した。

 使い魔であるアリスは必要があればいつでも本来の主であるレンと意思疎通を行うことができる為、仮の主従関係をあくまで体裁だと考えていた。

 仮の主だろうとも、気に入らない態度を取られたり命令を受けた場合はレンに言いつけて反故にしてやればいい。

 護衛の役目さえしっかり務めていれば、主とて自分の意向をないがしろにするようなことは求めないだろう。


(あー……それとな。お前には言ってなかったが他人がいるところで魔王様と呼ぶな。レンと呼べ)


 一般人であるユキの手前、おおっぴらにその手の話題を出すことを避けたかったレンは、使い魔(アリス)に念話を飛ばす。

 アリスはきょとん、とした表情になって、


(なぜですの?)


 と、聞き返してくる。


(魔王という職業(クラス)のオフィシャルイメージは《悪》とか《人間の敵》とかなんだよ。だから変に有名になったりして悪目立ちしたくないんだ)

(なるほど、深謀遠慮がおありですのね。承知いたしましたわ)


 道理を説けば大抵アリスは素直に従う。

 逆に道理の通らないことに対しては融通が効かない性格でもあるが。

 変なところで真面目だからなあ、とレンはアリスを想って内心で苦笑する。

 ともあれ問答の労を割かずにあっさり納得してくれたのはありがたい、とレンは表情を緩めて頼りになる使い魔を見やった。

 なお《魔王という職業》と言ったのは、モンスター(魔物)を従えていることに対する比喩的表現などではない。

 事実彼のステータスの職業欄には《魔王(Demon king)》と記載されている。


「あ、あのぉ……その子は一体……?」


 眷属召喚に要した一連の演出からずっと、ユキは状況から置いてきぼりにされ、ぽかんと口を開けて目の前で起きた事象を眺めていたのだが、よく解らぬまま事態が進行してゆくことに不安を覚えて口を挟んだ。


「ああ、この子はアリス。ティアと同じく、俺の使い魔だよ」

「よろしくお見知りおきくださいな」


 視線をユキに向け、使い魔を紹介するレンの台詞を引き継ぐように、振り返ったアリスが淑女の挨拶を行う。


「わ、私は水澄=テスタロッツァ=癒祈っていいます。こちらこそよろしくお願いします」


 フルネームを名乗り、やや慌ててアリスに向かって深々とお辞儀を返すユキ。

 しばし仮初の主となる予定の少女に、アリスは優雅な笑みを湛えながら再び声をかける。


「ご丁寧な挨拶、痛み入りますわ。私とレン様のお話をお聞きになられていたかと思いますが、しばらくの間ユキ様の護衛としてお側に控えさせていただきます」

「えっと、はい。よろしくお願いします」


 先ほどと寸分違わぬ仕草で再びお辞儀をするユキの振る舞いに、アリスは内心で満足していた。


(良かった、どうやらきちんと礼節を弁えた方のようね。レン様の手前だからかもしれないけれど、態度に嘘はなさそうだし今のところは合格点を差し上げますわ)


 高度なAIルーチンで動いているとはいえ、アリスもティアも括りとしてはNPCである。

 そんな存在に上から目線で評価されているとは知らず、ユキはアリスのことを「少し堅そうだけど、性格の良さそうな子で良かったぁ」などと暢気に考えていた。

 もし一連のやり取りを知識があるプレイヤー……もっと限定的に言えばモンスターテイマー(魔物使い)のクラスにある者が見たら、驚きで卒倒しかねないほどの事態だったのだが。


「それじゃアリス、後は頼んだ。俺は東門の防衛に参加してくる」

「はい、後事はお任せを。いってらっしゃいませレン様。ご武運をお祈り申し上げておりますわ」


 慇懃な台詞とは裏腹に、さして心配しているようには見えないアリスの態度にレンは苦笑を浮かべる。


「うっかりドジらないようにね~アリス」

「それはこっちの台詞でしてよ!」


 しばらく大人しく沈黙を保っていたティアがにまにまと人の悪い笑みを浮かべながら同僚たるアリスをからかい、容易く激昂したアリスが月並みな切り返しをする。

 非常に能力が高く優秀な使い魔であるアリスだが、天然というかどこか抜けているところがある。そのことに多少自覚があるだけにティアの揶揄は痛かったらしい。

 使い魔たちの微笑ましいやり取りに苦笑を深めながら、レンはユキへと視線を向ける。


「ユキも、アリスがついてるから大抵の事は大丈夫だと思うけど、気は緩めないようにね。高レベルプレイヤーの庇護下であれ冒険者ギルドの避難所であれ、今のイースに絶対安全な場所はないと思うから」

「はい。さっきみたいな事がないように危険を感じたらすぐ逃げるつもりです」

「うん、それがいい」


 言って、レンはユキの頭にぽん、と手を載せた。触り心地の良いふんわりとした髪の感触に思わず目を細める。

 異性からの突然のスキンシップにユキは吃驚して「ひゃっ」と珍妙な声を漏らしてしまう。


(ちょっと馴れ馴れしすぎたかな……?)


 若干の後悔と気恥ずかしさを抱きつつ、レンはユキの頭から手を離した。

 どちらかと言えば男性の苦手なユキであったが、まるで父親か兄のようなレンのスキンシップに嫌悪感を感じてはいなかった。

 とはいえ羞恥心は大いに刺激されたようで、ユキは頬を桃色に染めて俯いた。そして顔を伏せたまま、控えめな声でレンに話しかける。


「れ……レンさんもお気をつけて」

「ありがとう。それじゃ、また後でね」


 ユキが嫌がっているふうでなかったことに密かな安堵を抱きながら、レンは踵を返して裏路地の暗闇に消えていった。


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