魔王 が 現れた! 020
■重要なお知らせ■
一人称で綴られた旧一章(013~019)を全改訂しました。
大小様々に変更されてますので、お手数ですが第一章の最初(013話)からお読みいただけると幸いです。
(最新話は旧一章の019話とストーリーがリンクしていません)
■宣伝■
異世界の女吸血鬼(主人公)が現代の日本に転生し、成長してゆく様を描いた別タイトル《黄昏に無聊をかこつ》を公開しました。
ご興味やお時間がありましたらぜひご一読ください。
http://ncode.syosetu.com/n8090bk/
(↑同サイト内URL↑)
「ん~、お兄ちゃん……?」
間近で話し声が飛び交ったせいで目を覚ました愛理が、眠そうな声でレンを呼んだ。
レンは少しすまなそうな表情をして、愛理の後頭部を優しく撫でる。
「起こしてごめんな、愛理。眠ければまだ寝てていいよ」
「うん……そうする……」
半ば夢心地で返事をした愛理は、はふ、と小さく欠伸をして再び眠りについた。
実の兄のようなレンの態度を見て、ユニは(まさか、本当に兄妹……?)と訝しんだが、ユキは何かに気付いたようにハッとした。
「あの……レンさん。今、その子のこと……《愛理》って呼びましたよね?」
ユキはどこか不安そうな眼差しをレンに向け、おずおずと訊ねた。
「ああ、うん。……もしかして、ユキの知り合い?」
「はい、そうかもしれないです。少しその子の顔、見せてもらえますか?」
質問の意図を察し良く読み取ったレンが聞き返すと、ユキは真顔で頷き、要請した。
愛理はレンの左肩に頭を乗せるようにして眠っているため、正面からでは顔が見えなかった。
諒解したレンが背中を向け、ユキが半歩近づいて愛理の顔を覗き込む。
直後、ユキの表情に確信の色が浮かんだ。
「……やっぱり……」
「知り合い、か」
独白気味に呟かれたユキの台詞を引き継ぐように言い、レンは振り返った。
「はい。私が住んでいた宿屋の近くで美容室を営んでいた女性のお子さんです。近いこともあってよく利用してましたし、自宅に招いてもらったこともありますから。……あの、レンさんとはどんな関係なんです?」
「はっきり言えば、赤の他人だよ。……東門の近くで崩れた建物の生き埋めになっていたところを助けたんだ」
どことなく不安げな口調のユキの質問に、レンは痛ましげな表情を浮かべて答えた。
知人が凄惨な事件に巻き込まれていたことを知って、ユキは驚愕に目を見開いた。そして、恐る恐るといった様子で再びレンに訊ねる。
「そ……それじゃ、まさか……優理さんは……?」
「……もう、亡くなられていた」
事故の内容を聞いた時点で最悪の可能性も覚悟していたユキは、レンから答えを聞いても動揺しなかった。
代わりに、アリーを抱く腕にギュッと力が篭る。
「……そのことを、愛理ちゃんは……?」
「知ってる。……愛理を庇い、その目の前でのことだったらしい」
「そう、ですか……」
デザイア事変から三ヶ月が過ぎた頃に知り合って以来、ユキは桜坂母娘とかなり親しくしていた。
特に母親の優理はおっとりとした優しい女性で人当たりが良く、ユキにとって歳の離れた姉のような存在であった。
そんな女性が亡くなったと知らされて、ユキは切なく深い悲しみに襲われたが、涙は出なかった。
きっと優理の死をどこかで信じていないからだと、ユキの頭の中で冷静な部分がそう告げていた。
「ユキ、大丈夫……?」
「……うん。ありがと、ユニ」
沈鬱な表情で俯いたユキを案じて、ユニが横から見上げるようにして声をかける。
ユキは力ない笑顔をユニに向け、礼を言った。
「ともかく。愛理を早くベッドで休ませてやりたいし、中央区画にある俺の屋敷に行こうと思うんだが、二人ともどうかな?」
「はい……。ご迷惑でなければ、お願いします」
「……私も行く」
湿った空気を入れ替えるようにレンが建設的な提案をし、気を取り直したユキと、(男の家にユキだけを行かせるわけにはいかない)などと考えているユニは揃って頷いた。
しかし、ユキはすぐにハッとして群衆たちの方へ振り向き、困ったように言う。
「あ、でも……あの人たちを放ってゆくわけには……」
どこまでも人の良いユキの志操を好ましく思い、レンは感情の命じるまま右腕を伸ばし、ユキの頭にポン、と手を載せる。
「れ、レンさん……?」
一度体験済みだからか、ユキはさして驚くことなくレンを上目遣いに見上げた。
「ユキは優しいな」
お色気要員なリリシアとは真逆に、上目遣いだとむしろ幼さが際立つユキの表情に保護欲をかきたてられ、レンは髪が乱れぬよう丁寧に頭を撫でる。
「ふわっ」と声を漏らし、心地よさげに目を細めるユキ。
親密そうにスキンシップを取る二人の姿に、ユニと群衆(主に男性陣)の眼差しが険しく吊り上る。
しかしレンは、今にも暴動を起こしそうなオーディエンスの血走った視線にも動じず、見せ付けるかのようにユキの頭を撫で続けた。
世間体や外聞を気にする反面、レンは本質的に面の皮が厚いところがあった。
ようやくユキの頭から手を離したレンは、サムズアップ型に握った拳の親指で群衆を指差した。
「連中の処遇については考えがある」
「えっ、本当ですか?」
顔を輝かせてユキが聞き返すと、レンは「ああ」と頷き、具体案を述べる。
「地元プレイヤーの保護は地元ギルドに任せようってね。ヒュペリオンの件に片が付いたからそれくらいの手は空くだろうし」
「はあ、なるほど……」
ギルド事情に全く詳しくないユキは、いまいちピンと来てない様子で相槌を打った。
レンの考えている《地元ギルド》というのは、無論《レッド・ペーパー》のことである。アリスに交渉させれば依頼は難しくないだろうと考えていた。
(声に出してはいないが)噂をすれば影で、ちょうどアリスの反応がどんどん自分の方へ近づいて来るのを感知するレン。
ちょっと遅かったか、と内心で舌打ちするも、どうせ大した距離じゃないしな、と思い直し、再びアリスに骨を折って貰おうと決める。
レンが夜空を見上げた先に、うっすらと白い影が複数見えてくる。
ふと上空へ顔を向けたレンの視線を追うように、ユキもまた同じ方向に眼差しを向ける。
それがアリス姉妹だと即座に思い当たった様子で、ユキは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「アリスちゃんたちが帰ってきたのかも」
「ああ、そうみたいだ」
レンとユキの会話を聞いたユニも遅ればせながら空を見上げ、いよいよ姿がはっきりしてきたアリスたちの姿を認める。
「……みんな、無事。さすがはアリス」
眩しいものを見るかのように目を細めながら、ユニはほっとして呟いた。
ヒュペリオンとの戦いに赴いたときと同じく、編隊飛行で戻ってきたアリス姉妹は六人全員揃っており、誰一人欠けてなかった。
揃って同じ方向を見上げるレンたちの様子に、群衆もアリス姉妹の帰還に気が付き、どよめきが広がる。そしてそれは歓声へと変わり、誰かが手を叩いたのを切っ掛けに拍手が湧き起こった。
皆が笑顔で「おかえりー!」「よくやってくれた!」「ホントすげぇぜ!」「イースの守り神様だ!」「ア、ア、アリス様、ボボ、ボクを踏んでくださいっ!」と口々にアリス姉妹を褒め称える。
「みんな……!」
歓迎ムードに包まれ、俄かに騒がしくなった群衆へと振り返りながら、ユキは感極まったように言った。
アリス姉妹の出発前に較べ、手の平を返したように好意的に振舞う群衆の現金さに、人の良いユキとて思うところはある。
だが、報酬が感謝の言葉だけだとしても、きちんとアリスたちの働きが報いられたことが、ユキにとっては我が事のように嬉しかった。
いよいよレンたちの上空までやってきたアリス姉妹は、ゆっくりと下降し、ユキが場所を空けたレンの目の前に揃って着地した。
アリスが地面に足を付けたという事実に、ユニをはじめ察しの良い者がはっとした表情を浮かべる。
群衆の視線が集中する中、アリスと姉妹たちが完全に同期したタイミングで一斉に片膝を着き、レンの前で傅いた。
短い付き合いとはいえ、プライドの高いアリスの性格を多少なりとも知っているユニ、そして最初の頃から群衆に加わっていた者たちから、「おお……」と驚愕の呻き声が漏れる。
群衆に背を向け、王に頭を垂れるかのように跪く六体の人形の厳粛な雰囲気が周囲に浸透し、徐々に喧騒は収まっていった。
数百人のプレイヤーがいるとは思えないほど静粛になったところで、アリスがゆっくりと頭を上げた。
「使い魔第六位・白百合の人形アリス、レン様の御前にただいま帰参致しました」
「ああ、お帰り。任務ご苦労だった。姉妹たちも良くやってくれた。――おいで、アリス」
目の前の淑女にダンスを申し込むかのように、レンはアリスの方へと右腕を差し出した。
アリスは無言で立ち上がり、ふわりと浮き上がると、レンの右掌上に着地した。
レンはアリスを掌に載せたまま腕をたたんで右肩へと引き寄せる。
アリスは心得たようにちょこんとレンの右肩へと飛び移り、そこが自分の玉座だと言わんばかりの誇らしげな笑みを浮かべて群衆側へ振り返った。
アリーを除く姉妹たちもゆっくりと浮上し、レンとアリスを取り巻くような位置で空中に展開する。
固唾を飲んでアリスの一挙手一投足を眺めていた群衆たちにどよどよとざわめきが広がる。
「お、おい……あれ……」「あの男とどういう関係なんだ?」「え、何、あいつもご主人様?」「ちくしょう、ユキ嬢のみならずアリス嬢まで」「左肩に幼女、頭上に妖精、右肩にドール……ロリータトライアングルと命名しよう」などと、各々が好き勝手に騒ぎ始めた。
レンとアリスの親しげな――否、主従のような振る舞いから、群衆の間で様々な憶測や推測が飛び交うも、ほとんどの者は薄々悟っていた。
「あの青年こそがアリスの真のマスターではないか」と。
レンが何故わざわざ仰々しい行為をしたかといえば、主人との関係を周囲に殊更見せ付けるような、格式張った儀式をアリスが好むからだ。
レンとしては正直、群衆の前で無用に目立つ真似は避けたかったが、良く働いてくれたアリスへのご褒美だと割り切ったのだった。
「おつかれさま~。色々と大変だったねーアリス」
「ふふ……ありがとう、ティア。でも、別に何てことありませんでしたわ。ユキ様が良い方だったので気疲れせずに済みましたもの」
群衆の喧騒が広がる中、レンの頭上で若干右向きに体勢を変えたティアがアリスを労った。
思ったままを口にする言動に時折イラッとすることもあるが、基本的に素直で仲間思いなティアのことを気に入っているアリスは優しげな微笑で応じた。
「アリスちゃん、お帰りなさい」
レンの左手から背後を迂回して右側に移動したユキが、レンに寄り添うようにして横からアリスに声をかけた。
「高い所から申し訳ありません。ただいま戻りました、ユキ様」
アリスの無事を喜び、感謝の念できらきらと輝いているユキの瞳と視線を合わせ、アリスは淑女の礼でもって挨拶を交わした。
戻ってきたアリスはユキを無視する形でレンに挨拶したが、ユキはそれを当然だと思っていた。
アリスはアリスで、礼を尽くす絶対の優先はあくまでレンなので、ユキをスルーしたことに失礼があったとは考えていない。
「うん。それと、沢山助けてくれてありがとうございました」
ユキは一歩後ずさり、腰の前で両手を組んで礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。
これまでの恩義を清算するかのようなユキの台詞によって、仮初の主従関係は終焉を――
「ああ、ユキの護衛はまだ続けてくれ、アリス」
迎えなかった。
二人のやりとりに触発され、レンが思い出したように言うと、
「仰せのままに、魔王様」
生真面目なアリスにしては珍しく、クスッとイタズラっぽく微笑い、再び淑女の礼を振舞ったのだった。




