魔王 が 現れた! 015 (三人称改訂版)
タイトル変更しました。
(旧題:デスゲームの世界で魔王様Lv1になりました)
(2012/11/01追記)
リリィを戦場に送り出した時点でレンの役割は九割方終了したと言って良かった。
転生者であっても所詮レベル一のレン自身が戦力になるはずもなかったからだ。
かといって何もしない、ということはなく、レンには個人的な目的があった。
己のレベリングである。
狭い裏路地であれば孤立したモンスターが多いだろうと当たりをつけ、低レベルモンスターを見繕って狩りをしようとレンは考えていた。
強いモンスターはティア任せで粛清するなり避けるなりできる上、レン自身の戦闘についても、魔王のスキル《ライフシェアリング》によってティアのLPと結合してるため、低レベルモンスターの攻撃で死ぬことはまずありえない。
とはいえ、防御力皆無のレン相手ならば、著しく実力の劣るモンスターであっても間接的にティアへと大ダメージを与えられるので、危険が皆無というわけではない。
何にせよ、ティアの支援もあれば、膨大な経験や習熟度の高い様々なスキル、低レベルでも使える強力な武器というアドバンテージをレンは有している。
レベルが一でも、その総合的な戦闘能力において、転生前の一般人プレイヤーとは一線を画していた。
レンは仮想ウィンドウを開き、インベントリから《シルフィリード》という名称の片手剣を選択し、目の前の空間に実体化させた。
装備要求筋力値が千と相当に重い剣なので、実体化させたら手に持つことはできない。
ズサッ、と音を立てて地面に三十センチほど突き刺さる刃の切っ先。まるで大岩に刺さった某聖剣の如く、今のレンでは重すぎて引き抜けないだろう。
かなり大雑把なアカレコの装備品分類上、シルフィリードは片手剣にカテゴライズされているが、実際は細剣と言って差し支えない繊細な刃を有している。剣身は一メートルほどとやや長めで、風をモチーフにした彫刻が鍔に刻まれた優美な剣だ。
レアリティは伝説級にカテゴライズされ、性能は相応に高い。
この、本来であればレベル六十以上のSTR特化型プレイヤーでなければ装備できないような武器を何故レンが実体化させたかと言えば、もちろん装備して使うためだ。
伝説級の武器となると、その多くが属性付だったり特殊能力を備えている。
シルフィリードは後者に該当し、とある条件を満たすと攻撃力が1/10になる代わりに装備要求筋力値が1/100に減少するうえ、装備者の敏捷値に上昇補正まで与えてくれる。
つまりその特殊効果さえ発動させれば、レベル一で筋力値たったの十五しかないレンでも扱える武器となる。
それらの性能だけ聞けば、低レベルプレイヤーのパワーレベリングを助長しかねないバランスブレイカーアイテムだと誰でも思うだろう。
しかし、何事もうまい話ばかりではない。
特殊能力の発動条件を満たすためにはそれなりの費用と高レベルプレイヤーの協力が必要なのだ。
そのため、ピンポイント使用程度ならともかく、メインウェポンとして使うにはあまりに実用性に欠ける。
何より、シルフィリードは伝説級に恥じない稀少な品であり、全プレイヤーにあって所有しているのはレン一人であった。
シルフィリードは、とある島に存在する|《妖精郷》《フェアリーガーデン》に立ち寄った際に発生した、《妖精王の試練》という、いかにもなタイトルと内容のイベントのクリア報酬だった。
レンが推測したところでは、《妖精種族》の《使い魔》を従えていることが発生条件。
しかも報酬アイテムはシルフィリード固定ではなく、使い魔のレベルや種類に依存している。
ピクシー系は見た目がいいのでレン以外でもテイムしているプレイヤーは存在していたが、《エルダーピクシー》の《使い魔》を従えているのは世界広しと言えどレンだけである。
必然、シルフィリードを手に入れ、所有しているプレイヤーはレンに限定される結果となった。
いくら従属モンスターの育成が割に合わないからといって、デスゲーム化されていなければテイマー系の職業人口はもっと多く、関連イベントを受けられるプレイヤーも多かっただろう。
しかし現実にはニッチな職業、趣味職と位置付けられ、レンのように高レベルで実用化している者は極少なかったために、関連イベントの報酬アイテム稀少化という事態を招いていた。
シルフィリードの特殊能力発動条件は、《精霊石》1個を触媒として、風属性の高位支援魔法《ウインドブレッシング》を剣に使用することだ。
《精霊石》は魔法効力拡大や召喚魔法の触媒として必要になる事の多い消費アイテムで、かなり単価が高い。
システム売りされている品が二百五十Kリラン(=250,000L)と高額なこともそうだが、プレイヤーメイド品の相場も百五十Kリラン以上はする。
プレイヤーの消費需要は高いが、いかんせん生産者が少ないために完全な売り手市場になっている。
精霊石生産スキルを有するシャーマン系職業は召喚魔法や特殊な支援魔法を得意とする職業だが、魔法系特化職に較べると戦闘能力が一段落ちる上に、《MAG》の成長率も若干低いため人気がなかった。
反面、魔法系特化職ほどには魔法関連スキルの習熟度が要求されなかったため、物理攻撃関連スキルを上げていたレンでも少ない労力で転職条件を満たすことが出来た。
シャーマン系職業はレベルアップ時に利用するだけのつもりだったレンだが、自分の《精霊石作成》スキルの成長限界数値が五千を超えていたこと、習熟度上昇目的で赤字覚悟の投資をできる財力があったことなどから、生産系で手に職をつけるのもいいかと考え、スキル習熟度を上げ始めた。
結果、数少ない《精霊石》生産者として、濡れ手に粟で儲けていたのだった。
レンの《精霊石作成》スキル習熟度は《5542/6535》だが、これくらいあると成功率は七割を超えるので原価は約七十Kリランまで落ちる。
もっとも、転生して《MAG》が大幅に下がってしまったので、実際には転生前ほどの成功率は期待できないだろうが、レンの所有する在庫は二万個以上あった。
それだけでも莫大な財産と言えたが、レンの保有する資産全体から言えば氷山の一角である。
また、もう一方の発動条件である《ウインドブレッシング》はティアが使えるのでこちらも問題はなかった。
レンは胸の前で掲げた掌の上に《精霊石》を実体化させ、頭の上にいるティアに声をかけた。
「ティア、加護を」
「はーい。《ウインドブレッシング》」
端的な要求にも関わらず、レンの意図を察したティアは即座に支援魔法を行使した。
直後、掌上の五センチくらいの丸い水晶のような《精霊石》が碧色の燐光に包まれたかと思うと、蛍火のような同色の粒子に変換され、地面に突き立ったシルフィリードにスゥッと吸い込まれていった。同時に、剣身がうっすらとした碧の輝きを纏う。
レンは右手でシルフィリードの柄を握り、ふっ、と鋭く息を吐きざまに地面から引き抜いた。
特殊能力は問題なく発動しているようで、剣を斜めにかざしたレンの手には体感二キログラム程度の心地よい重みしか伝わってこない。
「よし。んじゃ、地道にレベルアップと行くか!」
「お~!」
レンが気合を入れると、ティアも可愛らしい声で同調した。
気合が入るというより、逆に抜けかねない微笑ましいティアの幼声だが、二年近くも付き合っているレンにとってはもはや慣れたものだ。むしろ、不要な気負いや緊張を緩和し、リラックスさせてくれて丁度いいとすら思っている。
レンはクスッと笑ってから顔を引き締め、ティアに要請した。
「ティア、索敵と案内と護衛、よろしくな。レベル十一以上のモンスターは見かけ次第倒してくれ」
「うん、がんばるー」
レンが髪に微風を感じた次の瞬間、ティアはふわりと飛び立って目の前一メートルほど先で滞空する。
そしてそのまま「んぅー」と何やら唸り始めた。
傍目には悩み事か困り事で考え込んでいるような様子に見えるティアは、《センス・ディテクト》を使って周囲周辺の精査を行っていたのだった。
風の妖精であるティアにとって探索系魔法は得意分野だ。メアの端末化の影響もあるが、ティアが本気を出した場合、レベル八十台プレイヤーのクローキングすらあっさり見破るだろう。
もっとも、ティアは呼吸と同レベルで周囲を常に感知把握している。今はそれを更に拡大・高精度でやっているだけに過ぎない。
余談だが、ピクシー系が結構なレアモンスターなのは、このへんに理由がある。
要するにピクシー側が基本、プレイヤーの接近を察知して避けているため、なかなかお目にかかれないのだ。
積極的に遭遇したいと思ったら、幸運に恵まれるか、スカウト系職業に就いてクローキングしつつ探すか、妖精郷に行くしかない。
ピクシー系に限らず、好戦的な一部を除き人間型女モンスターは総じて生息数が少なく、遭遇しにくい。
そこには女モンスターを不要に殺害することでプレイヤーの攻撃性を高めたり、道徳的感性を歪めないようにという開発側の配慮があった。また、性犯罪を助長しないようにという理由もある。
ぶっちゃけた話、アカレコは全年齢を謳っているだけあって、やろうと思えば女モンスターをレ○プすることも可能である。
その手段も、交渉で脅迫したり麻痺させたり魅了系魔法をかけたりと様々に存在する。
ただし、実行した場合には代償としてカルマがPK行為並に上昇するが。
また、行為に及ぶためには装備を全解除しないといけない上に行為中は無防備になるから、リスクも相応に高い。
そしてそれは従属モンスターに対しても同様のことが可能で、街中でも行えるためにリスクは低いが、使い魔以外にそれをやるとカルマ上昇以外にも忠誠度がとてつもなく下がる。
数値上限に達してでもいない限り、実行した場合の忠誠度はゼロ以下となり、逃亡扱いで従属モンスターをロストしてしまうため、実質的に使い捨てと変わらない。
そういう意味では、従属モンスターのトレードシステムがもし存在していたら、間違いなく女モンスターは乱獲の憂き目にあっていただろう。
実際、アカレコの開発時点ではモンスターのトレードシステムも検討されていたが、そういった問題点を指摘され、ゲームの趣旨が風俗性に偏り過ぎると却下された経緯があった。
そういう人間の欲望や本性に根ざしたリアリティ要素が強いことも、《アカシック・レコード》が舞台装置としてデザイアに目を付けられた一因なんだろうな、とレンは推測していた。
敵性感知とルート割り出しに数十秒ほど費やしたティアが移動を開始した。
声が届く距離にも関わらず、念話で(こっち!)と力強く伝えてきたティアが、スーッと滑らかに風を切ってレンを先導する。
早足程度の速度で道の入り組んだ裏路地を進んでいくと、進行方向においてレンの《感知力》スキルにモンスターが引っかかった。
マナ数値からしてレベル三十弱と判断したレンは気にも留めずに歩みを進める。
ティアもまた何かに気付いたり躊躇するような素振りはなく、真っ直ぐ敵モンスターが待ち受ける方向へ速度を変えずに飛んで行く。
しばらく進んだところに十字路があり、やや開けた場所になっているその中央に、一体のモンスターが陣取っていた。
「ウオッウオッウ」
「じゃまー」
ずんばらりん。
プレイヤーを見つけて興奮し、雄たけびらしきものを上げた途端、ティアの通常攻撃である風魔法を浴びてモンスターは一瞬のうちにばらばらの肉片へと解体された。
まさしく出オチだったが、肉片と化す前にレンがちらっと確認したシルエットは、プレイヤーより二回り大きい、腕の長いゴリラのような外見をしたモンスターであった。
レンは外見とマナ数値から《アーマーエイプ》と推測した。レベル二十八前後の動物系猿型モンスターだ。
シルフィリードがあっても今のレンには勝てない強敵だろうが、ティアにとっては雑魚にも当たらぬ木っ端でしかなかった。
レベル六十以下のモンスターはティアの通常攻撃にすら耐えられないため、ほぼ見敵必滅と言えた。
とはいえ、イース水準では大半のプレイヤーにとって勝ち目がないモンスターであり、だからこそアーマーエイプは悪知恵を働かせて、人通りの要たる十字路で堂々と獲物を待ち構えていたのだが、今回ばかりは相手が悪かったと言う他なかった。
そんな調子で二人は足止めされることもなく裏路地を突き進み、二十~四十レベル程度のモンスターを3体ばかりティアが惨殺死体に変えたところでレンの獲物が見つかった。
地面に這い蹲り、のそのそと動く黒く平べったい生物。
暗いとこで遭遇すると一見|《G》《ゴキブリ》に見間違いそうになるそのモンスターは《ホーンビートル》といった。
名前のとおり、昆虫であるクワガタの鋏をギザギザの長く鋭い角に差し替えたような外見で、体長は角を除けば縦に80センチほどとやや小さい。
正直それほど脅威を感じなさそうなモンスターだが、これが何気に強かったりする。
現実世界のクワガタとは違って結構素早く動く上、何より《G》の如くときどき宙を飛んで攻撃・回避したりする。
また、硬い外殻によって物理防御力は同レベル帯モンスターに較べずっと高く、一角による突進攻撃は、安物の皮鎧程度ならそれごとあっさり貫通するほど危険な威力を孕む。
レベルはちょうど十前後で、転生後の初戦闘にしてシルフィリードの試し切り相手としては申し分ないモンスターと言えた。
事前の打ち合わせ通り、ティアは手出ししようとせず、斜め右にスライドしてレンに道を譲る。
ティアの風の守りがレンの周囲に常に展開しているので、道を空けたところにホーンビートルがいきなり飛び掛ってきたとしても危険はない。
過保護と言えば過保護だが、ホーンビートルは今のレンにとって格上の相手である。間違っても油断したり侮っていいモンスターではなかった。
「《ウインドプロテクション》、《アクセラレート》。レンさまぁ、これでがんばってねー」
レンが何か言うよりも早く、自発的に支援魔法をかけつつ応援するティア。
束の間レンの表情に微笑が浮かぶも、すぐに真顔に戻してホーンビートルと対峙した。
刹那の様子見を経て、レンは瞬時に間合いを詰め上段から無造作に切りかかった。
ぎしゃっ、という音を立ててシルフィリードの剣身がホーンビートルの頭部と胴体の境目あたりに食い込み、手応えも軽く瞬時に通過する。
両断された上下の部位が一拍の間を置いてポリゴンの粒子に変わり、散っていった。
直後、視界下部に邪魔にならないサイズの仮想ウィンドウが自動的に開く。
そこにはタイトルが[ Battle result ]とあり、その下に《獲得経験値》二百六十七と《リラン》八十四、《甲虫のぎざぎざ角》という素材アイテム名が記載されていた。
そして数秒表示された後に消える。
(ま、こんなもんか)
分不相応の武器があり、高レベルの支援を受けているレンにしてみれば、この結果は予想できたものだった。
シルフィリードの《AGI》上昇補正とティアの支援魔法で二重に速度が強化されていたレンの踏み込みに、ホーンビートルは応戦どころか反応すらできていなかった。
習熟度四千を超える《片手剣》スキルから繰り出される剣速も大きく貢献している。
それとやはり、シルフィリードの攻撃力はたとえ1/10になっていても低レベル帯では破格であった。
防御力だけならレベル十二~十五程度のモンスターにも匹敵するホーンビートル。
それを通常攻撃一閃で容易く切り裂いたということは、威力にまだ相当の余剰があることを裏付けている。
ティアの護りで防御面を心配しなくていい以上、これだけの攻撃力を発揮できるなら、レベル二十のモンスターが相手でも戦えるかもしれない。
そんなことをレンが考え始めたところで、視界の左上に見慣れたアイコンが点滅していることに気付く。
アイコンは横長の長方形デザインで、[ Level up! ]と表示されていた。
レンがアイコンをクリックすると、目の前に仮想ウィンドウが出現し、そこには[ Congratulations! Level.001 ⇒ 004 ]と表示されていた。
当然と言えば当然だが、レベル差が九もある格上モンスターを倒せば実入りは大きく、たった一体でレベルアップするのは何もおかしなことではない。
何より、低レベル帯においてレベルアップ必要経験値は低めに設定されている。
それは当たり前のことで、レベル一から二に上げるために数百体もモンスターを狩らねばならないシビアなゲームバランスだったとしたら、ライトユーザーのほとんどは「何このクソゲー」と言ってゲームを投げ出すだろうからだ。
(三レベルアップか……。この調子なら今日中にレベル十以上はいけそうだな)
転生前ならありえないパワーレベリングに爽快感を感じつつ、レンは裏路地の更なる奥へと足を踏み出した。
主人公のメインウェポンは《槍》ですが、装備品チートできる物がないので片手剣を使用しています。ありきたりですみませぬ。
まぁテイマーらしく《鞭》なんてのもアリかなぁ、と思ったんですけど、絵的にかっこよくないのでやめました。
ムチを使うのは使い魔との夜の生活のときだけでいいよね!
ごめんなさい作者の妄想です(汗)
なお後々ツッコミなり質問されかねないので補足しますが、《感知スキル》で《マナ数値》を把握できるのはプレイヤーの中ではレンだけです。その理由は《メア》の存在にある、としか。




