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デスゲームの世界で魔王になりました  作者: 古葉鍵
第一章 副題未定
15/21

魔王 が 現れた! 014 (三人称改訂版)

 ユキと出会ったあたりに較べると人通りの増えてきた裏路地を抜け、レンは大通りに出てから東門へと向かった。

 レンは東門の状況について、《ホークイーグル》という鷹と鷲を足して二で割ったような外見の飛行型モンスターの従魔を偵察に放ち、情報を得ていた。

 ちなみにこのホークイーグルというモンスター、強さに特筆するものはないが、飛行型モンスターの中でも速度に優れ視力が凄まじく良い、という特性を持っているため、監視や偵察任務において重宝されていた。

 あまりにも早く飛べるものだから、スピード狂の気のあるアリスが時折、レンにせがんで乗騎鳥として使っていたりする。「自分で飛ぶのと乗るのは別」とはアリスの言。


 東門の状況は芳しくなく、モンスターの物量戦に対して連携もなしに到着した者から戦闘参加しているため、多くのプレイヤーが各個撃破され、無為に命を散らしていた。

 一度もモンスターの襲撃に晒されたことのない街だから、経験やノウハウ不足で対応が稚拙なのは仕方ないと言える。

 しかし、最も問題だったのは状況を楽観視するプレイヤーが多かった点だろう。

 アカレコはレベル差が十もあれば一騎当千が可能なゲームの為、格下ばかりを相手にしていると井の中の蛙に陥りやすい。

 そうした傾向が強い者ほど、調子に乗って低レベルモンスターの中に突っ込んでは、二列目以降に陣取っている中・高レベルモンスターに囲まれ袋叩きにされて即死、というケースが相次いでいた。


(あまり不謹慎な言い方もどうかとは思うが、飛んで火にいる夏の虫だな。馬鹿が多すぎる。知名度とカリスマのある奴が現場で指揮しないとどうにもならんな、これは……)


 その役目が自分にあるとレンは考えていなかった。

 ソロプレイヤーのレンに大勢の指揮経験などないし、どれだけ実力があってもよそ者に従おうとする者は少数だろうと理解していたからだ。

 襲撃モンスターは無秩序に群を為しているかのように見えて、最前面には低レベルモンスターを押し出して暴れさせ、その後詰に高レベルモンスターが控えるという陣形が出来上がっており、実に合理的に機能している。

 上から戦場を一望しているレンはそう見て取った。もしかしたらどこかに統率しているモンスター()がいる可能性もある、と臍をかむ。

 ホークイーグルとの視界のリンクを切って、レンは現場へ向かう足を更に速めた。


「ふぇっ、ゆれ、揺れるぅ~」


 レンの頭の上で暢気に寛いでいたティアが慌てた声で言った。

 小走り程度でも、振動が酷くて頭に掴まっているのは難儀らしい。

 それでもしばらく頑張って引っ付いていたが、乗り心地は悪くなる一方だと見切りをつけたのか、ふわりと浮き上がって頭から離れた。

 ティアの操る風が微かなそよ風となってレンの頬をなぶる。

 真上ポジションで飛行するティアを伴い、レンは大通りを急ぎ進む。

 数分程度走ったところで、モンスター群との最前線である現場に到着した。


「相当押し込まれてるな……」


 レンは上空の《ホークイーグル》に再び視界をリンクして俯瞰し、東門を中心として半径五百メートルの半円状に戦線が広がっている状況を確認した。

 まともに防衛線を引けてるのは大通りとその近辺だけで、半円の端の方はモンスターにいいように蹂躙されている。

 密集した建物が天然のバリケードになっているため半円を維持できているが、そうでなければ今頃、モンスター側の両翼が左右に広がりすぎて収拾が付かなくなっていたに違いない。

 レンはどう介入したものかと考え込んだ。

 非戦闘員の近隣住民プレイヤーは既に避難を完了しているはずだから、多少派手に戦っても問題はない。

 後先考えないのであれば、《魔王》のエクストラスキル《ファイナルディザス(終末の災厄)ター》を使用し、使い魔と従魔を全召喚して物量で押し切るのが一番簡単で早い。

 レンの配下(従魔)にはレベル六十以上だけでも二百体からいる。襲撃側には五十レベル以上の中堅モンスターがちらほら混じっているが、問題なく蹴散らせるだろう。

 もしくは、残る使い魔全員を呼び出して無双させれば鎮圧自体は容易い。

 そこまで検討したところで、レンは頭を振ってそのアイデアを却下した。

 力技で解決するのは目立ちすぎる、と判断したからだ。

 全召喚にしろ使い魔無双にしろ、物量か質かの違いだけで、イースの平和に慣れきったプレイヤーたちの度肝を抜くのは間違いない。その上、傍目ではモンスター対モンスターの仲間割れに映る。

 召喚者がレンだと気付かれることは恐らくないだろうが、後日、事件が大きな噂になって広がるのは確実である。レンとしてはそれは避けたい事態だった。

 魔王という因果な職業に就いた以上、人目や評判を考えて行動しないとあっという間に社会で孤立し、排斥されかねないという恐れがレンにはあった。

 単なるゲームであれば、モンスターを使役したり連れ歩いたりしたところで目くじらを立てるプレイヤーは少なかっただろう。

 しかし、デスゲームと化した世界において、モンスターは現実的にプレイヤーの命を脅かす存在である。

 言うなれば、従属モンスターを連れ歩くのは、人を食い殺しかねない猛獣を放し飼いにしているようなものだ。

 理解のないプレイヤーが忌諱感を抱くのは無理もなかった。

 そういった懸念とはまた別に、イースのプレイヤーたちからイベントを経験する機会を奪ってしまうことになる、ともレンは考えていた。

 次に街襲撃イベントが起きたら、そのときもまた都合良くレンのような助っ人が参戦するとは思えないし、モンスターの質や数も今回の規模より小さいとは限らない。

 イースの街のことは、そこに住む人々が何とかしていかなければならない問題だ。

 酷なようだが、レンとてプレイヤーの犠牲を迎合しているわけではなかった。

 人間はいつだって後悔から多くを学ぶ。教訓から学べなければ、いずれまた同様のイベントに襲われたとき、今回より更に大きな被害を出すかもしれない。

 レンの思考は合理的だったが、それだけに容赦がなかった。

 とはいえ、目立たない範囲で助力するのはやぶさかではない。そもそも他人事だと放置するくらいならここまで来てはいないのだから。

 結局、レンは少数精鋭で使い魔を派遣しようと方針を定め、プレイヤーの中にあって目立たない人型モンスターの召喚を行うことにした。

 レンはこそこそと裏路地の奥に移動し、人目に付かない場所を探す。

 大通りからやや離れたところに、建物に挟まれて周囲からは死角となっているスポットを見つけ、召喚を始める。


「我が言霊は(カルマ)を宿し アカシャの因果を呼びたもう」

「蛇よ悪魔よ 王が権能に従い終末を喰らえ 代価は汝が欲望の結実なり」

召喚(Call)・|純潔の真祖《The virgin Carmilla》!」


 狭い裏路地に朗々とレンの声が響く。

 召喚エフェクトが終了し、消滅した魔法陣の上にレンよりやや小柄な人影が現れた。


「主様……このような夜更けに私を呼び出すとは、もしや……」


 太ももまで届くほど長いプラチナの髪と、白皙の美貌をもつその少女は、情欲に濡れた紅い瞳をレンに向けた。

 レンの背筋がぞくりと粟立つ。


「ついに……私の処女を奪うと決意して下さったのですね。リリシアは嬉しゅうございます」


 黒と真紅の扇情的なキャミソールドレスを身に付けた《リリシア=リーゼロッテ=ヴァーミリオン》、仲間内からは《リリィ》と愛称で呼ばれている少女が、しどけない仕草でレンにしなだれかかる。

 ふわりと薔薇の香りがレンの鼻腔をくすぐった。


「主様は……月明かりも届かぬ隘路の闇に紛れ、土埃に汚れた石壁に私を押し付け、立ったまま背後から獣のように荒々しく私を犯し抜き、処女の女陰(ほと)に精を放ちたいと仰せな」

「黙れ」

「あいたっ」


 十八歳未満お断りな小説の濡れ場を、情感たっぷりに読み上げるが如く、危険な妄想を口走り始めたリリィの頭をレンはチョップして止めた。


(召喚された途端コレか……なんつーか、予想を裏切らない奴だな)


 使い魔として従えてから付き合った時間はそれほど長くないものの、リリィがろくでもない発言をするのは日常茶飯事なだけに、レンの対応は手慣れたものだ。

 レンはお仕置きのつもりでエルフのように長く尖ったリリィの両耳を掴み、がっくんがっくん前後に揺さぶった。


「人前じゃないからいいようなものの、のっけからなんつー危ない発言してくれてんだ」

「あぅ、ごめ、ごめんなさい、よば、呼ばれたのが、嬉しくて、つい調子に、乗っちゃった、だけなんですぅぅぅ」


 揺さぶられてるせいで途切れ途切れの発音になりながら、涙目で謝罪するリリィ。

 それまでの妖艶な様子から一転し、言動や表情には見た目相応の幼さが見て取れる。

 ようやくレンが手を放すと、リリィは腰砕けになってどさっと尻餅をついた。

 そしてそのままM字座りになって俯き、両手を顔に当ててしくしくと泣き出した。


「うぐ、ぐすっ。だって、だってマスターがいつになっても抱いてくれないんだもん。ちょっと頭の中で妄想して楽しむくらい、いいじゃないですかぁ……」

「全然ちょっとどころじゃなかっただろ……」


 レンは呆れて突っ込んだ。

 確かに、先ほどの台詞は誰が聞いても超弩級に卑猥な台詞だと断定しただろう。

 リリィは俯いたまま沈鬱に言った。


「ねぇ、マスター……私はいつになったら処女を卒業できるんでしょう?」

「知らん、俺に聞くな」


 見た目はミドルティーンだが、まるで男性経験のないアラサー女性のような発言をするリリィを、レンは冷たく突き放した。

 それでいて内心では、(モンスター名称的に処女を失ったらまずいんじゃないか?)と、もっともなようでどこかズレた心配をしていたりする。

 リリィはきっ、と顔を上げてレンを睨んだ。


「高貴で偉大な真祖の裔である私が、いつまでも膜を残したままでは沽券に関わるんです!」

「台詞の前後の落差が酷いな! そんな沽券はドブに捨てろ!」

「そんな酷いことを言うマスターにはもうお口でしてあげません!」

「いかにもいつもしてます風に言わないでくれる!?」


 他人が聞いたら致命的な誤解を与えかねない捏造発言に、レンは顔をしかめて突っ込んだ。

 レンが幼女妖精なティアを伴えるのに、ほぼプレイヤーと見分けがつかないリリィを街中で連れ歩けない理由がこれである。

 人前でリリィに喋らせた場合、どれだけレンの名誉が貶められ、風評被害をもたらすかわかったものではないからだ。

 テイミング直後に「契約の証に破瓜の血と貴方の精を交わしましょう」と言いながら危ない目付きでレンに抱きついて以来、度々色仕掛けしてきたり、危ない発言をしたり、少し怒られただけでさめざめ泣いたりと、非常に情緒不安定なリリィだった。

 リリィが眠っていた部屋がやたら淫靡な雰囲気だったことから、本来の服属条件では本人が言うように十八禁的な行為をする必要があったんだろう、とレンは考えていた。

 その推測を裏付けるものとして、部屋入り口のレリーフ(石版)に《魔王の花嫁》と刻んであった事実がある。

 一次交渉が成功し、レンはすぐさまメアに頼んでリリィを端末化したために、以降の交渉をスキップしてしまっていた。

 俗な言い方をすれば、新婚初夜イベントをスルーしてしまったと言える。

 それがレンにとって幸運だったかどうかはさておき、リリィにとってはアイデンティティに重要なピースが欠けている状態である。

 メアの端末化の影響もあるにせよ、リリィの性格が歪んでいる原因はそれだとレンは睨んでいた。

 なんだかんだでレンはリリィの性格や容姿を気に入っているし、男女の関係になることもやぶさかではなかった。

 しかしながら一線を踏み越えることに抵抗感があるのは、


(初めての相手がNPCってのはな……)


 という、童貞にありがちな一種のプライドめいた思い込みが邪魔をしているためだった。

 もっとも、この時代においては、仮想現実の風俗で筆下ろしをする男性は決して少なくはないし、それが情けないことだと蔑視されたりもしない。素人童貞ならぬ現実童貞だと位置付けられはするが。

 なのでどちらかというと、レンが恋愛に潔癖なほど幻想を抱いてることに問題があった。

 リリィがレンに向けている好意は、《魔王》という職業を有するプレイヤーに対して製作者側がそう設定したからであり、突き詰めればレン個人の人格や能力は全く関係がない。

 そういう部分が強く引っかかってしまい、リリィの好意に素直に応じることが出来なかったのだ。


「リリィは相変わらず面白いねー」


 ティアが上空から舞い降りてきてレンの頭の上に着地し、何も考えてなさそうな脳天気な声で言った。

 純真なティアに他意はなかったが、リリィは遠回しな揶揄と受け取ったのか、うぐっ、と痛いところを突かれたような表情をして言い返す。


「私がマスターを求める気持ち、お子ちゃまのアンタなんかにわかんないわよ……」


 リリィにお子様と決め付けられたティアはぷぅ、とむくれた。


「ティアにだってわかるよ!」

「ふん、じゃあ言ってみなさい。もし間違ったらアンタの翅毟ってやるんだから」

「リリィはレンさまにぺろぺろされたいんだよね!」


 リリィの脅しにも怯むことなく、ティアは自信満々に言ってのけた。

 レンにとって、《ぺろぺろ》がティアの中でどういう行為に当たるのか非常に気になる発言である。

 願わくばティアにはいつまでも純真でいて欲しいと、心から願うレンであった。


「……くっ。所詮は幼女だと侮っていた私が間違ってたわ。合格よ」

「わーい!」


 悔しそうにガクッと肩を落としてリリィが言うと、ティアは無邪気に喜んだ。


「一体何の試験だったんだ……」


 レンは疲れた表情で呟いた。

 気を取り直し、ティアに質問する。


「なあティア。その《ぺろぺろされたい》ってのは誰から聞いた言葉だ?」

「えっとねー、アリスを助けたときに戦ったおじさんたちが、『アリスたんをペロペロしたいお!』って叫んでたから。だから大好きな相手にはぺろぺろしたくなるのかなぁ、って」

「…………」


 激しい頭痛がレンを襲った。


(あの変態ども(紳士同盟)が……うちの娘(ティア)の情操教育に悪影響が出ないよう、いつか《ファイナルディザスター》で殲滅してくれる)


 そう強く心に誓うレンであった。

 リリィや変態どもの悪影響を受けて卑猥な言葉を使ったりしないよう、ティアに言い含めておいた方がいいか、とレンは少し考えたが、時間がないのとやぶ蛇になりそうだったので見送った。

 《卑猥》の意味の説明に始まって、ティアに「ねーねー、赤ちゃんってどうすれば作れるの?」なんて聞かれた日には、幼い娘に質問されて返答に詰まる父親の苦悩を体験できてしまう。

 そこまで考えると、性知識など迂闊に吹き込めたものではなかった。


「ともかく。今は遊んでいる場合じゃない。リリィにひと働き頼みたくて呼んだんだ」

「戦闘ですか?」


 リリィは今までのやり取りがなかったように素直に反応し、すくっと立ち上がった。

 レンより頭一つ分以上低い、小柄で華奢なリリィの身長は160センチ足らずと言ったところ。

 やや彫りの深い目鼻立ちは恐ろしいほど整っていて、印象を言えば可愛い系というより美人系だ。

 服装や仕草と相まって、真面目な表情をしていればそれだけで妖艶さを匂わせる佇まいだが、ヘタれると態度や言動が急に幼くなるため二面性が酷い。

 人間基準で言えば外見年齢は15、6歳といったところだが、実年齢は146歳である。とはいえ、そのうち120年ほどを寝て過ごしたという設定なので、人生経験は少ない。

 野暮な見方をすれば、アカレコはサービスを開始して2年弱のゲーム=世界年齢のため、リリィもまたレンの1/10しか生きていない幼子だと言える。


「ああ。現在地はわかっていると思うが、すぐ近くでモンスターの大群が暴れている。リリィにはその間引きを頼みたい。やれるな?」

「主様の仰せとあらば否などありませんわ」


 レンいわく《妖艶モード》に戻ったリリィは腰に手を当て、どこか挑発的にクスリ、と微笑う。


「よし。間引きの方針はレベルの高い個体を優先的に狙え。雑魚はイースのプレイヤーたちに任せる。全力戦闘を許可するが、人的被害には留意するようにな。万が一、手に負えないモンスターがいたら無理せず引いて連絡を入れろ。その場合は《公爵》を呼んで事に当たらせる」

「了解しましたわ。……しかし、主様。不満があるわけではないのですけれど、このような事態にはあの忌々しい《大魔法馬鹿》こそが適任ではなくて?」


 リリィは頷き答えてから表情を一転させ、不愉快そうに目を細めて疑問を差し挟んだ。

 《大魔法馬鹿》とリリィが揶揄したのは、言動が微妙に被っているせいか折り合いが悪く、犬猿の仲であるアリス(同僚)を指してのことだ。

 個人戦闘力に優れ、確実に一体一体葬ってゆく戦いを好むリリィに対し、アリスは広範囲の大魔法を主体として戦う超火力スタイル(大艦巨砲主義)である。

 タイプの正反対な相手(アリス)に反発はあるが、さりとて私情で適材適所を見誤るほどリリィは狭量でもなければ愚かでもなく、アリスの実力自体はきちんと認めていた。

 不器用なリリィの態度に、レンは苦笑しつつ答えた。


「いや、アリスは今、別件で任務遂行中だ。こちらには呼べない。火力のバックアップを望むなら《葉月(はづき)》を呼ぶが、どうする?」

「いいえ、不要ですわ。元より私一人で十分です」


 リリィはツン、と取り澄まして答えた。


「わかったわかった。それじゃ、行って来い。念話の定期連絡は忘れるなよ。……気をつけてな」

「ええ。……事が終わった後のご褒美、期待しておりますわ」


 リリィはそう言って妖しく微笑むと、音もなく地を蹴って瞬時にレンの目の前から姿を消した。

 八メートル以上ある二階建家屋の屋根に飛び乗り、足場にして裏路地を駆け抜けてゆく。

 人間離れした身体能力と言えるが、ある程度高レベルのプレイヤーであれば同じ芸当ができる。

 厳密に言うと、《STR》や《AGI》の数値によって身体能力が決定付けられる。

 例えばレベル八十クラスのプレイヤーともなれば、十メートル以上のジャンプが可能だったり、垂直の壁を駆け登ったり、強烈な踏み込みで《縮地》の如く瞬間移動したりと、生物の限界を超えた動きを可能にする。

 そのレベルの身体能力ともなると、動きが速すぎて反応速度がついていけなくなりそうなものだが、《AGI》数値次第で反射神経や動体視力も相応に強化されるため、問題はなかった。

 しかし、現在のレンはレベル一であり、現実の人並み程度の身体能力しか持たない。

 何故かといえば、転生したからである。

 最近になってトッププレイヤーの先頭集団がレベル九十に到達し始め、《転生システム》の存在が確認された。

 レンもまたその先頭集団に含まれていた。

 レベル九十に到達すると、システムメッセージで転生について説明がなされる。

 システムの概要を簡単に説明すると次のとおりである。


一 転生できるのはレベル九十のときだけで、レベル九十一以上に上げてしまった時点で権利放棄と見做される。

二 転生するには《バベルの街》にある《女神エルメア》の神殿で祈りを捧げるだけ。必要アイテム等はないが、ちょっとしたお使いクエストがある。

三 転生後、プレイヤーは始まりの街であるイースに戻される。(←今の俺がココ)

四 転生後、プレイヤーはレベル一に戻される。後述する項目を除いて基礎能力値は初期化されるが、スキル習熟度やアイテム、従属モンスターといったその他要素は据え置き。

五 転生特典(一)として、プレイヤーは基礎能力値を一項目、1/200にして引き継げる。

六 転生特典(二)として、プレイヤーは転生後、転職条件からレベル項目が除外される。(つまりレベル一でもエクストラジョブに就ける)


 項目五の転生特典(一)について補足すると、基礎能力値は以下の六項目からなる。


 《STR(筋力)》 物理攻撃力に影響する。武器や盾などによる防御行動や装備可能重量にも影響する。

 《VIT(体力)》 物理防御力、LP最大値及び回復力、スタミナ、状態異常への耐性などに影響する。

 《AGI(敏捷)》 攻撃速度、攻撃命中率、回避力、移動速度、跳躍力、反応速度などに影響する。

 《DEX(器用さ)》 攻撃速度、攻撃命中率、回避力、遠距離武器による物理攻撃力などに影響する。手先を使用するスキル全般の成功率にも影響する。

 《MAG(魔力)》 魔法攻撃力、魔法防御力、SP最大値及び回復力、状態異常への耐性などに影響する。魔力を使用するスキル全般の成功率にも影響する。

 《LUK(幸運)》 クリティカル発生率、状態異常への耐性、あらゆるスキルの成功率などに影響する。その他様々な事柄に影響を及ぼす。



 以上の説明で解るように、レンがイースにいるのは転生したからである。

 イース襲撃イベントとタイミングが重なったことに何らかの運命、もしくは符丁のようなものを感じていたレンであったが、同時にイースの街襲撃イベント発生フラグが転生者の初誕生にあるのではないかと疑っていた。

 もっとも、たまたま一人目がレンだっただけで、遅かれ早かれ転生者誕生自体は不可避とも言えるので、仮にその推測が事実だとしてもレンに責任があるとは言えない。

 レベル九十到達はレンが一番乗りというわけではなかったが、全プレイヤー中、転生第一号はレンであった。

 ほぼ同時期にレベル九十へ到達した者はレンを含め七人いたが、レン以外は固定パーティやギルドの人間関係によるしがらみがあり、転生ほどの重大事になると自分の意思だけで決める、とはいかなかった。

 一方、レンは基本ソロプレイヤーであり、ギルドにも所属してない為、他人に対して責任やしがらみなど全くなかった。

 結果、周囲と相談しながら慎重に考えている他の転生候補者たちに先んじることが出来たのだった。


 突き詰めれば、転生の意義とは基礎能力値を一項目だけやや強い状態で引き継げる点と、基礎能力値最高成長率を誇るエクストラジョブでレベルを上げていける点の二つが挙げられる。

 よって転生後再びレベル九十まで上げなおせば、同レベルの非転生者と較べ、倍で効かないほどに恐ろしい数値差が生じるのは明白だ。

 想定的な具体例を挙げれば、《STR》を引き継いだ転生者と同レベルの非転生者がPvPを行った場合、転生者の通常攻撃一撃で非転生者が即死するだろう。それがたとえ重武装のタンカーだったとしても。

 そこまで考慮した場合、アカレコは転生することが前提のゲームバランスではないかという仮説が生まれ、それが正しければ、レベル九十以上の実力を要求されるような狩場……未踏破の《バベルの塔》や《奈落の迷宮》の深部、そして《魔界カルナザル》が該当するが、そこの生息モンスターは転生者基準の強さでデザインされているのではないか、とレンは推測していた。

 その仮説が正しければ、一般認識である狩りの安全マージンがレベル五差では危険すぎ、おそらく十差か十五差程度を見繕わなければならなくなるだろう。

 ということは、それだけレベルアップの要求経験値に対して獲得経験値単価が低い狩場で戦うことになるので、レベル九十二あたりからレベリング効率が落ちてくるとレンは考えていた。

 全ては推測前提とはいえ、どのみちレベリングに躓いて時間をロスするのであれば、転生してレベルを上げなおした方が合理的だとレンは判断した。

 さりとて、デスゲーム化した現状で、レベル一から上げなおす労力と時間は容易ではない。

 より強くなれる可能性より、現状の強さや立場を重視する者はそれなりにいるだろうと、レンは分析していた。

 

 転生に当たって、レンは《MAG》の継承を選択した。

 基礎能力の中で数値が一番高かったから、という単純な理由もあるが、最大の理由は従属モンスターの顕現維持にSPが必要とされるからである。

 もっとも、使い魔に限って言えば、莫大な契約コスト(従属モンスターのマナ数値に応じた費用=リランが毎月末、所持金より天引きされる。言わば給料)がかかるものの、SP消費を必要としない。

 また、《魔王》の大技ファイナルディザスターによる従属モンスター全召喚も、SP消費はスキル使用時のみで維持分はゼロである。

 レベル八十に到達し《魔王》に転職したレンは、その職業仕様から《MAG》特化させてきたことを悔やんだが、全ては後の祭りであった。

 使い魔や大技に頼らず、従魔を数多く召喚・維持するには大量のSPが必要とされるので、決して無駄というわけではなかったし、そもそも《魔王》のスキル特性として、プレイヤー個人の戦闘能力にはさして依存しない(・・・・・・・・)

 どんなに中途半端なステータスしか持ちえずとも、レベルが一でも、全プレイヤーの中で最強は自分だ(・・・・・・)、という密かな自負がレンにはあった。

 もっとも、ただ一人の例外(・・・・・・・)を除けば、だが。

 中途半端な特化型であるレンにとって、これ以上育成で失敗したくないと考えるならば、結局のところ《MAG》を選ぶ以外の選択肢はなかった。


 リリィを見送ったレンは、今更ながらにとある事実について考えを巡らせていた。


(俺の使い魔、大半がF型モンスター(モンスター娘)なんだよな……)


 テイマー系列のオンリージョブなだけあって、《魔王》は最大十二体もの使い魔と契約が可能である。レンが独白したように、そのうち半分の六枠が既にモンスター娘で埋まっていた。

 レンは別にハーレムプレイを目指していたわけではなかった。

 一番長く親しく付き合う以上、使い魔はできるだけ知性の高いモンスターを、という基準で選考したら人型モンスターが有力候補となり、レンの配下で該当するのはほぼ全てモンスター娘だったために、結果としてそうなったに過ぎない。

 レンは露骨に下心があってモンスター娘をテイムしたわけではなかったが、仲間は華やかな方がいいな、という男性らしい意識や希望があったのも偽らざる事実だ。


(そもそも男モンスターをテイムするメリットがあんまりないし。まあ、女性型ばかりに囲まれるのも気疲れするけどさ……)


 レンの使い魔には《公爵》というM型モンスターもいたが、彼は外見の良さと戦力重視で迎え入れたボスモンスターであった。


(せめて許せるのは男の娘モンスターまでだな。生憎見たことないけど)


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