魔王 が 現れた! 013 (三人称改訂版)
第一章・013~019話を三人称バージョンに改訂しました。
一人称バージョンに比べ、細かい点で変更追加が加えられています。
ストーリーも途中から大幅に変更されました。
ユキと別れたレンは澄ました表情で裏路地を歩いていた。
レンの顔を注意深く観察してみると、時折ぴくぴくと頬が痙攣しており、笑いを堪えているようにも見える。
それが何かといえば、ユキとの出会いについて思いを馳せていたからであった。
(いやはや、緊張したな。顔が可愛いだけならティアやアリスで慣れていたと思っていたが、相手がプレイヤーだと思うとやはり勝手が違う)
と、このような内容であった。
まるで物語の騎士か王子様の如く、偶然にもユキという美少女の命を救ったレンは、先ほどの出会いを思い出しては緩みそうになる表情を必死に制御していたのだった。
実際にユキを助けたのはティアだったが、使い魔の功績は主人の功績、と言えなくもない。
故に、自分に対してもユキの心証が良いはずだと、レンが無意識に期待するのも無理はなかった。
二十歳の大人であるレンが、本来十四歳の中学生であるユキを意識するのはいささか問題があるかもしれないが、レンの精神年齢を加味すれば許容範囲と言えなくもない。
とある事情で貴重な十台代後半の青春を昏睡状態で何年も浪費してしまったレンは、人生経験や精神年齢が実年齢相応ではなかった。
デスゲーム化してからはかなり波乱万丈の経験をしてきたので、シビアな感性については年齢以上に磨かれていたのだが、女性方面についてはまだまだ幻想や体面を捨てきれない初心な面を残していた。
それはさておき、レンはユキの護衛にアリスを付けたことを今更ながらに後悔し始めていた。
ユキがあまりにも可愛かったので舞い上がってしまい、調子に乗ってつい必要以上に親切にしてしまったが、冷静になって考えてみればいくつかまずい点に心当たったからだ。
まず大事な点として、ティアやアリスといった見た目ちっちゃく幼げな少女(モンスターだが)を使い魔にしているというのは、あまり世間体の良いものではない。
下手したらユキに変態的嗜好の持ち主だと誤解される可能性がある。
実際、レンがティアやアリスを伴って行動していて、白い目や生暖かい目で見られたことは一度や二度ではない。
それどころか、変態共の巣窟ギルドとして一部で有名な《紳士同盟》の連中から「君も好きだねぇ~」などと同類扱いされたこともあった。
レンとしては心外極まりなかったが、客観的に見れば五十歩百歩と思われてしまってもまあ、仕方ないと言えた。
(くそ、《紳士同盟》のこと思い出したらムカついてきた。頭の上にいるティアを撫でて落ち着こう……》
回想が《紳士同盟》との一件に及んだところで激しく不愉快な気分に陥ったレンは、気分を癒したいときはいつもそうしているように、ティアへと手を伸ばした。
しかし手が肩のあたりまで持ち上がったところで、ぴたりと停止する。
(……ちょっと待て。もしかして俺、着実に紳士の道を歩んでないか?)
未遂で気付けたのは僥倖だと言えなくもなかったが、客観的に言えば、ティアのような使い魔を好んで連れ歩いている時点で「もはや手遅れ」であった。
話を戻すと、アリスはやばい、とレンが考える理由は世間体以外にもある。
加減というものをあまりしないのだ、アリスは。
レベル一桁のモンスター一体に大魔法を無駄撃ちするようなことはないが、もしそれが百体もいれば容赦なく最強クラスの広範囲殲滅魔法とか繰り出しかねない。
アリの巣を駆除する為にTNT爆薬を使うようなものだ。無駄もあるが何より周囲への影響が大きい。
範囲を調整すれば中位魔法でも殲滅できるだろうに、レンが何度注意しても「調整とかめんどくさいですわ」と、頑なに戦闘方針を曲げようとしない。
(普段の言動とか行動は合理的なのに、どうしてそういうとこだけはずぼらなんだろう。あれか、単なる派手好きなのか?)
そうレンが邪推するのも無理もなかった。
レンに従属する前のアリスはボスモンスターとして、とある地域の支配者だった。
その頃の価値観が色濃く残っていて、力は誇示するもの、などと考えているのではないか、とレンは仮説を立てていた。
そんなアリスを人の街に放ったら、正当防衛を嘯いて街を半壊させかねない。
流石に人的被害は出さないように配慮するだろうが、物的被害は気にしなさそうである。下手したら襲撃モンスターより大きな被害をもたらす可能性すらあった。
そうした事情から、アリスがついている以上、滅多なことでユキの安全が脅かされることはないと、その点については信頼していたが、後始末のことを考えると頭痛がしてくるレンだった。
とはいえ、悪い面ばかりではない。見た目愛玩人形な姿のアリスなら、ユキのような若い少女とセットでも違和感がなく、不審に思われにくい。そして何より、アリスはコミュ力が高い。
モンスターとは思えないくらい空気の機微を読むし、気遣いもできることから、何気に交渉事などは得意分野なのだ。
まるで人間のようにフレキシブルで高度な知性をなぜ、NPCに過ぎないはずアリスが有しているかと言えば、レンのNBCに眠っている《メア》と呼ばれる存在に理由がある。
《メア》というのは、《ナイトメアウイルス》がたまに活性化してレンの前に姿を現す際の名前だ。命名したのはレンだが、アリスのネーミングセンスを笑えない安直な名前だった。
同じウイルス繋がり、というわけではないが、ナイトメアウイルスとデザイアウイルスの間には、レンすら知らない因縁がある。
かつてレンの前に現れたデザイアウイルスこと、邪神デザイアが『我が花嫁よ』などと意味深な台詞を吐いたことで、レンは両者の関係性について疑念を抱いていたが、一方の当事者であるメアはデザイアウイルスに対してさして興味を示さず、特別に見知っているわけでもなかった。
デザイアの完全な独りよがり、情緒のある言い方をすれば片思いであったが、世界最大最強の実力者……というかラスボスに目を付けられたことに変わりはなく、レンとしては悩みの尽きぬ事柄だと言えた。
(むしろそういうのは勇者の役どころだろ……なんで《魔王》の俺なんだよ。というか、それだとメアの立ち位置は《悪役に身柄を狙われているお姫様》ってとこか?)
麗しの姫君を護るのが《魔王》というのは、RPGの定番からすればミスマッチもいいところである。冗談なら笑えないが、事実なので笑うしかない。
メアは見た目10歳くらいの銀髪の美幼女で、ヒロインを務めるような妙齢の姫君、と言うには色々な部分が足りてない。
何よりレンにとってメアは、異性というより妹や娘のような存在なので、保護欲は強くあっても、ヒロインとして意識できるような対象ではなかった。
そもそもメアの外見にせよ性別にせよ、全ての根源はレンの記憶や人格から来ている。
言わずともわかることだが、コンピューターウイルスにパーソナリティなど本来あるはずがない。
銀髪の美幼女などという、ニッチというほどではないが特定層の男性を狙い撃ちにするような容姿を選択した理由が、(俺の無意識願望にある理想の女性像を読み取ったからでは……)などと、メアの登場で己の嗜好に密かな疑いを抱いたレンであった。
多くの苦悩をレンに提供したメアだったが、アリスの件でわかるように、もたらした恩恵もまた、巨大であった。
そのうちの一つが《使い魔》のAI強化で、ティアやアリスの知性や人間性が異常に高い理由がそれである。
具体的に説明すると、ティアやアリスを動かしているNPCのAIモジュールをナイトメアウイルスに感染させて端末化しているのだ。
いってみればメアの子供、分身のような存在に変質させた、と言える。
そういった事情があり、ティアたち使い魔は、能力のみならず忠誠心もまた非常に高い。
極めて有用なメアの端末化だが、無論リスクも存在した。
端末化を使い魔に限定している理由もそのためで、端末化した従属モンスターが倒されてしまった場合、この世界を支配するデザイアの干渉を受けてしまい、影響が本体たるメアにも及ぶとレンは危惧していた。
言い方は悪いが、有象無象まで端末化すると大量同時召喚した際などに目が行き届かず、敵モンスターに殺されてしまう場合がある。
未知数な部分もあるが、ナイトメアウイルス本体が宿るレンならともかく、端末だとデザイアの支配力に抗し切れない可能性が高い。
そうならないように端末化した従属モンスター全てをきちんと育てておければいいのだが、そのためには多大な労力と時間が必要とされる。
(というか、モンスター育成がマゾすぎなんだよな……)
そのようにレンが愚痴るのも無理はなかった。
その理由の最たるものが、レベルアップの必要経験値だ。
例えばプレイヤーのレベルを八十から八十一に上げるために必要な経験値は約二十M(=二千万)だったのだが、それがアリスの場合は約百六十M。実に八倍である。
育成させる気があるのかと、開発者を小一時間問い詰めたくなるようなヤケクソ倍率だと言わざるを得ない。
実際、レベル八十七のときに従属させたアリスは、レンがレベル九十になっても初期値のレベル八十のまま。ほぼレンと同じ経験値を獲得してるのにも関わらず、である。
とはいえ、エルダーピクシー《ティア》のような一般モンスター用の経験値テーブルは約三倍で、主人と同様の経験値を積ませていけば、マイナス十からマイナス十五レベルほどのダウンギャップで済む。
しかし、レベル格差が十以上あると、それだけで戦術や並大抵のスキルでは覆せないほど圧倒的な能力差が生じるのがアカレコのバランスである。
マージン込みの適正狩場でレベリングに励もうとすれば、モンスター側のレベル帯がプレイヤーレベルマイナス五からマイナス十くらいの狩場を選ぶことになるが、上記の理由から従属モンスターは戦力にならない。そこで無理に戦わせたところであっさり返り討ちに遭うのが関の山だ。
それならば現地調達のモンスターを従属させて使い捨てた方がまだまし、という話になり、その場凌ぎ目的で難儀なテイミングを狩場変更の度に繰り返すくらいなら、普通に同レベル帯のプレイヤーとパーティを組んで狩った方が遥かに効率的、という結論に落ち着く。
テイマー系職業が不遇だと言われ、人気がないのはこのあたりに理由がある。
十八歳以上のプレイヤーなら、人型モンスターをテイムして忠誠度を上げ、使い魔に任命すればセクシャルパートナーとしても活用できるという裏技的な役得があるので、それを狙う男性プレイヤーも多いが、そのほとんどは途中で挫折する。
挫折の原因は様々あるが、主なものとしては以下の三つが挙げられる。
第一に、人型モンスターのテイミング難易度が高いこと。
人型モンスター獲得に要求されるテイミング手段は、会話、捕獲、脅迫、金品の贈答等、多岐に渡るため複雑で、その上プライドや知能が高い個体が多いため、滅多なことでは成功しない。
第二に、忠誠度を上げるのが大変なこと。
忠誠度を上げる手段も色々あるが、もっとも効果的かつ確実なのは、一緒に戦闘をこなし、従属モンスターのレベルを上げてやる方法だ。
アカレコは育成において安易な近道をさせない、という点を重視した作りなのか、プレイヤーより圧倒的に弱いモンスターを大量に倒してパワーレベリングしたり、戦闘回数だけ無駄に重ねても忠誠度の上昇は微々たる程度に留まる。プレイヤーに近いレベルの敵モンスターと戦って成長させてこそ、忠誠度は大きく上がるのだ。
そして、その法則の関係上、プレイヤーよりずっとレベルの低い従属モンスターの忠誠度を上げようとした場合、必要となる労力と時間がさらに大きいものとなる。
レベル差があるのでテイミング自体の成功率は高いが、忠誠度を上げるためにはまず、プレイヤーと共に戦える強さまで従属モンスターのレベルを上げる必要が生じるためだ。
第三に、前提条件のハードルが高い上、使い魔の契約回数が限られていること。
使い魔の召喚は職業問わず可能(下僕・従魔はテイマー系のみ可)だが、ランダム生成された従魔獲得イベント等の例外を除き、従属モンスターを手に入れる為にはテイミングスキルが使えるテイマー系職業に就かねばならない。
そして、最も条件の緩い《モンスターテイマー》に転職する為にはまず、中級職の転職最低条件であるレベル三十まで上げる必要がある。
このレベル条件はさしたるハードルではない。そちらではなく、習熟度条件の方が問題で、《交渉術》《調教術》のスキル習熟度四百以上が求められる。
《交渉術》は街中のNPCキャラクターとの会話などで上がるため、必要とされるのは労力と時間くらいである。大変なのはもう一方だ。
《調教術》を上げる方法でポピュラーなのは、ペットNPCを購入して世話をしたり、街中にいる動物NPC(野良猫等)を餌付けしたりする方法である。この方法は安全だが、習熟度の上昇効率が低い。
それ以外では、失敗前提でモンスターを餌付けする方法が挙げられるが、プレイヤーとレベルの近いモンスターが相手ではないと上昇効率が期待できないため、実行には危険が伴う。
つまりどちらも、単純に生活したり、戦ったりしてれば習熟度が上がるというスキルではないので、テイマー系を目指すには確固たる目的意識と努力が必要となる。
そうしてようやくモンスターテイマーに転職できたとしても、使い魔にできるのはたったの一体に限られ、しかも一度使い魔にしたら二度と変更できなくなる。
もっとも、エクストラジョブの《サーヴァントマスター》になれば三体まで使い魔にできるので、一大ハーレムを作りたいなどという過分な期待を抱かなければ、努力や苦労に見合うだけの価値はあると言えるのだが。
以上の理由から、デスゲーム化した今のアカレコでテイマー系を目指すのは、相当な危険と労力、及び時間を覚悟せねばならず、酒池肉林を目指す者は多くいても、実現出来た者はごく一部であった。




