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デスゲームの世界で魔王になりました  作者: 古葉鍵
序章 一般人と人形姫
12/21

魔王 が 現れた! 012

 いきなり昼間になったかのような明るさに、遠くで戦いを見守っているトイたちが目を灼かれて悲鳴をあげる。

 光の爆発による閃光は、トイたちより更に距離があるユキたちのところまで届いた。


「な、何が起きたの……?」

「あー、どうやらアリス姉さまが極大魔法撃ったようですねぇ」


 誰に対してということもない、自然に声が漏れてしまったようなユキの疑問に、胸に抱かれているアリーが律儀に解説した。

 魔法という単語が出てユニも反応する。


「……極大魔法?」

「大魔法よりグレードが上の最強魔法ですよ。効果範囲を広く取れば小さな街なんか一瞬で更地に出来るレベルの超強力な魔法です」

「何それ……」


 恐ろしいというより呆れた様子でユニは短く感想を言った。

 言葉の内容として極大魔法の凄さは理解できるが、どんなものなのか絵的に想像がつかないため恐怖が湧いてこないのだ。

 アリスがレベル80というのなら、自分もそれくらいになれば使えるのだろうか、などとユニは暢気なことを考える。

 ユキはともかく、極大魔法の存在をユニが知らなかったのは、ごく一部の噂でしか人の口にのぼらないからだ。

 プレイヤーがそれを使えるようになるためには、レベル80まで上げて魔法系のエクストラジョブに就かなければならない上、高レベルなプレイヤーは手の内を隠したがることから、エクストラジョブのスキル情報は一般にはあまり浸透していなかった。


「そっか……。ともかく、アリスちゃんたちが無事だといいけど……」


 アリーの簡単な説明を聞く限りスケールが違いすぎて、極大魔法についての考察を放棄したユキはアリスたちの心配を口にした。


「あ、それなら大丈夫です。今しがた終わったってアリス姉さまから連絡入りましたから」

「……え?」

「ほら、あのドラゴン、もう姿が見えないでしょ? 流石に2度目の復活はなかったみたいです」


 目を丸くして聞き返したユキに、アリーは先ほどまでヒュペリオンゾンビが暴れていた方向を指差して言った。

 ちなみに念話によるやりとりでアリーもリアルタイムで戦況を把握していた為、ユキたちにも戦闘の概要は伝わっていた。


「ほんとだ……。アリスちゃんはあんなおっきいドラゴンまで倒しちゃったんだね、凄いよ!」

「……良かった」


 ようやく状況が飲み込めたユキが俄かにはしゃいだ声をあげる。

 ユニもまたほっとした表情で嘆息した。

 これまでは遠目でも十分見えていたヒュペリオンゾンビの巨体が姿を消したことで、「倒したのか?」「いや、どうだろう……」などとざわめいていた群衆も、ユキたちの発言を聞いてようやく脅威が去ったことを確信し、たちどころに大きな歓声をあげた。




 ヒュペリオンゾンビが立っていたあたりを中心として、四つの巨大なクレーターができていた。

 上空から見ると、まるで四葉のクローバーか四枚花弁の花のような絵面である。

 遠くで心配しているであろうユキに戦いが無事終わったことを伝えるため、アリーに連絡を入れたアリスは、地上に降下しながらこれからの身の振り方について考えていた。


(ユキ様のところに戻ってからレン様と合流するのは既定路線として、その前にあの人間たちに一言釘を刺しておいた方が良さそうね。姉妹の顕現時間も残り15分を切っていることだし……)


 都合の良いことに、戦闘が終わったと判断したらしい人間たちの集団がこちらへと近づいてきている。

 まあ元々、大して距離が離れていたわけでもないのだが。

 遥か上空のアリサとアリンも降りてきており、ほどなくして7姉妹全員がクレーターの中央に勢揃いした。

 特に会話を交わすこともなく、人間たちの一団ことトイたち《レッド・ペーパー》の面々(と有志参加のソロプレイヤー10数人)を待つアリスたち。

 さして待つこともなく、トイたちはクレーターの凹んだ窪地を乗り越えてアリスたちが浮かんでいる地点付近まで到着する。

 アリスはさりげなくトイたちを観察した。

 人間たちの表情や視線に宿る感情は実に様々だった。

 尊敬、感謝、感動、羨望、喜び、興奮といった好意的なものから、恐怖、疑惑、不審、嫉妬、緊張といった負の感情まで色々だ。


(別に、好かれようと恐れられようとどうでもいいことだけれど)


 見ず知らずの人間にどう思われようと知ったことではない、と割り切れるのがアリスであったし、レンやユキ(主たち)に迷惑が及ばぬ程度に社交性を見せておけば十分だと考えていた。


「……この度の助勢、そしてヒュペリオンを倒してイースを救ってくれたこと、心から感謝する」


 集団の先頭に立っている、人間たちの代表者と思しき中年の男から礼を言われ、アリスは男の目線まで高度を下げて話しかけた。


「感謝は不要ですわ。元よりこちらの都合で戦ったまでのことですから」


 平坦な表情で答えるアリス。どう好意的に見ても謙遜とは取れない言動と態度にプレイヤーたちの何割かが顔を顰める。

 もっとも「おい、ツンデレだぜ」「ああ、ツンデレ様だな」などと喜んでいる者もごく僅かにいたが。


「そうか。なれば重ねて礼を言う野暮はすまい。事情があるようなら強いて何かを訊ねようとは思わないが、せめて名前くらいは教えてくれないか?」

「……アリスですわ。背後に控えているのは私の妹たち。故あって自己紹介は省かせていただきますわ」


 泰然とした態度で受け答えするトイに、アリスは僅かに感心した表情を見せるも、口調は相変わらず素っ気なく答えた。


「そうか。アリス殿だな、了解した。こちらの紹介が後先になって失礼したが、私の名はトイ。アリス殿は興味をもたれないかもしれないが、《レッド・ペーパー》というギルドのマスターを務めている。もし縁あってアリス殿が我がギルドを訊ねることがあれば歓迎しよう」

「これはご丁寧にどうもですわ。トイ様、と仰いましたわね。少し内密のお話がしたいのですけれど、よろしくて?」


 完全に作った微笑をトイに向けてアリスは提案した。

 トイはこの展開を予期していたのか、ぴくりとも表情を変えずに頷いた。


「わかった、伺おう」

「快いご承諾、感謝しますわ。それでは失礼して……」


 アリスはトイたちを刺激しない程度の速度で宙を滑ると、トイが身につけている飾り気のない肩当ての上に着地した。

 (なり)は小さくとも、とてつもない実力を秘めたアリスが至近に身を置いたことで、小さくない緊張と恐怖を強いられたトイだったが、距離が多少遠かろうと近かろうと相手がその気なら大差はないな、と思いなおす。

 豪胆さではなく、合理的な思考から平静を保つトイの心中をほぼ正確に察して、アリスはトイへの評価を上げた。

 これが卑小な輩であれば、強大な戦闘力を見せ付けたアリスに指呼の距離まで接近されて平静を保てるはずもなく、少なくとも顔色を変えるくらいはするだろうからだ。


「お前たち、すまないが話が終わるまでこの場で待機していてくれ」


 アリスを肩に乗せたまま、プレイヤーの集団から離れるトイ。

 メンバーからよほど信頼されているのか、不満を言う者はいない。

 プレイヤーの集団からアリスの姉妹を挟んで反対側のクレーターの半ばまで降りたところでトイは足を止めた。


「……さて、この辺なら大丈夫だろう。話を聞かせてくれ」

「では単刀直入に申し上げますわ。トイ様たちにおかれましては、この場で見聞きしたことを他言無用でお願いしたいんですの。理由は言わずとも、おおよそ察していただけますわね?」


 ふわりと浮き上がって肩当てから離れ、トイの正面に移動したアリスが直截に要望を伝えた。

 アリスの《内密のお話》とやらの方向性を予想していたトイはさして逡巡することもなく頷いた。


「絶対、とまでは約束できないが、ギルドの方針としてメンバーに口外無用と通達しておく。それでよろしいか?」

「ええ、それで十分ですわ。人の口に戸は立てられぬものですし」


 アリスの正体を知る者からすれば、実に知ったような口を利く、などと揶揄されかねない物言いだったが、確信があるわけでもないトイは口を慎んだ。

 即断即答されたのが意外だったのか、アリスは再び口を開く。


「失礼ながら、随分と物分りが良いんですのね。わたくしとしてはありがたいですけれど」

「無理もないが、この場凌ぎの嘘だなどと思われてはいささか心外だな。一度口にした事は守る。でなければギルドマスターなどやっていけんよ」


 台詞とは裏腹に、表面上は気分を害した様子もなく、トイは反論した。

 言うまでもないがトイたちプレイヤーはアリスたち姉妹に較べて圧倒的な弱者だ。極端な事を言えば、わざわざお願いなどしなくとも実力で口封じしてしまった方が簡単で確実なのだ。

 無論、そのような短絡的な行動など取れたものではないが、万が一にでもその可能性を恐れたトイがとりあえずこの場は大人しく言う事を聞いておこう、と考えたところで不思議はない。

 その可能性をアリスは遠回しに疑ったのだった。

 トイの言葉には上辺だけではない実感が篭っており、真実だと判断したアリスは小さく頭を下げた。


「それもそうですわね。失礼なことを申し上げましたわ」

「構わない。元より感謝もあれば、危険な戦いを丸投げしてしまった負い目があるのはこちらだ。いささか意地汚い(・・・・)言い方になるが、恩を笠に着て多大な謝礼を要求されるより遥かにありがたいしな」


 トイは小さく首を左右に振って謝意を受け取ると、少々明け透けな本音を漏らして苦笑した。

 どこか人をほっとさせるトイの振る舞いに、アリスは好感を抱いた。

 ふふっと柔らかく微笑んだアリスは、前置きもなくトイにアイテムトレード(取引)の要請を送る。

 テイムモンスターのシステム的な仕様に詳しくないトイは(まさかプレイヤーなのか?)と疑問を抱きつつ訊ねた。


「これは?」

「こちらのお願いを聞いてくれたことへのささやかなお礼ですわ。遠慮なく受け取ってくださいまし」

「しかし……謝礼をするのはむしろこちらだと思うのだが」

「お礼という名目が心苦しいのでしたら、袖の下か、機密費用とでも考えてくださいな」


 清楚な顔をして割と腹黒いことを言うアリスに押し切られ、遠慮がちな手付きで要請を受け入れる操作をするトイ。

 そしてトレードウィンドウに次々と並べられていく大量のアイテムと高額なリランを見て目を丸くし、次いで慌てたようにアリスへと顔を向け、上擦った声で話しかける。


「こ、このアイテム群は一体……!?」

「キャンセルなどしないで下さいね? わたくし、二度手間は嫌いなんですの」

「しょ、承知した。……ではなく! このアイテムとリランの山をなぜ私に送ろうとするのかを聞いているんだ」


 やや混乱しているのか、トイは天然のノリツッコミを披露しつつ再度訊ねた。

 アリスは表情を真顔に戻して答えた。


「別に酔狂でも、物の価値がわからないわけでもありませんわ。ただ――度々失礼ながら、あなた方が今回の戦いで失ったものは大きいでしょう? 金銭や物品でそれを贖えるものではないですけれど、再建の足しくらいにはなると思いますわ。それを憐れみだと拒否されるのは自由ですけれど、その場合二度目の好意はないですわよ」

「…………」

「さらに言えば、このアイテムとお金は全て先ほどのヒュペリオンから奪ったもの。別に身銭を切るわけでもないですから、その点は気にされなくて結構ですわ」


 好意を受け取るよう脅迫される――というのもおかしな構図だった。

 ともあれアリスの言ったことは立ち入ったことでもあればやや不謹慎でもあったが、現実的な側面を指摘しているという意味では確かにもっともだった。

 勘繰れば更なる恩を売りたいだとか他意を読めなくもないが、判断材料が少なすぎるし、何よりトイたちに恩を売ったところでアリス側のメリットはあまりないように思える。

 これまでの会話でそれらしき言質を取られたわけでもないし、感情の問題を除けば受け取ることにリスクはない。

 実際、ちらほらと見たことのない名前の伝説級らしき装備品がいくつも混じっているあたりからして、これらが手に入れば得る物のなかった今回の戦いの恩賞としてメンバーに分配でき、大助かりなのは事実だ。

 被害が多く出たのは何も指揮者であるトイだけの責任、というわけではないが、今回の件でギルド内に不満が蔓延するのをある程度予防できることが期待できた。

 苦汁の決断、というほどでもなかったが、いささか忸怩たる思いでトイは受け取りを承諾した。

 行動としてはともかく、感情では明らかに納得していない、と見て取ったアリスは優しげな声で言葉を紡いだ。


「慰めのつもりで言うわけではありませんけれど、あなた方が命を賭して稼いだ一時間で救われた者も多いはずですわ。わたくしとて命を、とまでいかずとも、その時間の猶予がありがたかった事情もありますし。そういう意味では正当な報酬、人々からの感謝の気持ちというものですわ。あまり重く考えすぎず、受け取ってくださいませ」


 アリスの説得に、トイはようやく表情を明るくした。

 心の奥底では自分たちの行いが無駄ではなかったと誰かに言って欲しかったトイの本音を正確に突いた、ということもあったが、何よりアリスの声には上辺だけではない真心が篭っており、感謝しているという言葉に真実味を感じたためだ。


「そこまで言われてはな……。アリス殿のお心遣いに心よりの御礼を申し上げる」

「どういたしまして、ですわ」


 アリスは穏やかににっこりと笑った。

 顔立ちは幼い美少女風なアリスの笑顔に和んだトイも思わず破顔する。


「アリス殿の笑顔を見れたことが、この度の件での一番の報酬かもしれんな」

「あら、無骨な方だと思いましたのに、意外とお上手ですのね」

「ははは、まあ歳だけは無駄に食っているからな。それと、無骨は酷い。せめて実直だ、くらいにして欲しいが」

「ふふ、それは失礼しましたわ」


 なごやかな空気に包まれたところで、トイがやや申し訳なさそうな顔で言った。


「贈ってくれたアリス殿の前で失礼かとは思うが、頂いたアイテムを確認させてもらってよいだろうか?」

「ええ、どうぞ遠慮なく」

「恐れ入る。後ほど解散する前に、ギルドメンバー以外の協力者にも渡しておきたくてな。早めに頭の中で目録を作っておきたいのだ」


 いささか言い訳がましく言い、トイはアイテムウィンドウを呼び出して眺めはじめた。

 アリスを待たせて一つ一つアイテム詳細を確認している暇はないので、これはと思ったもの以外はアイテム名だけ記憶して読み飛ばしている。

 大量、と言ったところで100個もアイテムを渡したわけではない。せいぜい60個ほどといったところだ。

 種別毎に分類された仕様のアイテム欄を装備品、使用アイテムの順に確認したトイはウィンドウ消去のアイコンをクリックしようとして、ふと指先を止めた。

 はなから可能性を除外していた為に確認しなかったのだが、大した労力でもなし、念の為と《貴重品》の分類を開く。

 貴重品分類のアイテムウィンドウには《ヒュペリオンの聖痕》というアイテム名が表示されていた。

 それを目撃した瞬間、トイの目が驚愕に見開かれた。


「ここここれは……せ、聖痕メダル……!?」

「ああ、そんな物も混じっておりましたわね。それがどうかしまして?」


 あからさまに動揺するトイの言葉に、可愛らしく小首を傾げて聞き返すアリス。

 その様子にもってまわった意図は感じられず、純粋になぜトイが驚いているのかわからない、といった態だ。

 先ほどアリスは「物の価値がわからないわけでもない」と言ったが、本当にわかっているのだろうか? トイはいきなり不安になった。


 《聖痕メダル》というのは、レイドボス(討伐に適正レベルのプレイヤーが最低数十人以上必要とされる強力なボスモンスターのこと)の中でも、レベル60以上かつユニークモンスター(一度倒されたら二度と出現しないモンスターのこと)の個体が落とす超稀少アイテムだ。

 外見はトイが発言したようにメダルのような形状をしており、使用品でも装備品でもない。ちなみに売却不可である。

 では何に使うのかというと、持っているだけで効果を発揮する。

 具体的に説明すると、効果を発揮させるためにまず《刻印》を行わなければならない。

 刻印というのは、主にプレイヤーが製作した装備品に適用されるシステムで、平たく言うなら持ち物に名前を書いて所有者を限定するためにある。

 穿った見方をするならば、命名自由なプレイヤーメイド品が市場に氾濫して混乱を招かないようにという一種の対策なのだろう。

 とにかく、刻印されたアイテムは取引不可のため、不要になれば捨てるかNPC売却(システム売り)しかない。

 つまりは聖痕メダルも刻印してしまえば所有者が確定し後戻りができなくなるのだが、その効果、いや恩恵というべきものは絶大だった。

 個人の名前を刻印するか、ギルド名を刻印するかで効果は分かれる。

 前者であれば、聖痕メダルに刻まれた名前のボスモンスターが備えていた防御属性を所有者に与えるというもの。

 それだけ聞くとそこまで劇的な効果に感じないかもしれないが、続きがある。

 本来属性には相性があり、火⇒土⇒風⇒雷⇒水⇒火(矢印の方向に強い)といった感じで有利不利をもたらすのだが、聖痕が与える防御属性は有利にしか働かない。

 つまりどういうことかと言うと、例えば聖痕メダルによって火属性が与えられた場合、土属性攻撃ダメージを軽減することはあっても、水属性攻撃ダメージを割増で食らう、ということはない。

 極端な話をすれば、複数の聖痕メダルで全属性を揃えてしまえば、あらゆる攻撃を軽減できるという、防御面で圧倒的なアドバンテージを得ることができる。

 しかもボスモンスターはどんな個体でも必ず2種類以上の属性を持っている。

 結論として、聖痕メダルがどれほど有用でプレイヤー垂涎の品であるかは、一切の疑問を差し挟む余地はないと言えた。

 一方、ギルドネームを刻印した場合の効果だが、プレイヤーの場合とは大きく異なる。

 端的に効果を説明すると、《名声値》を2倍にしてくれる、というものである。

 名声値というのは、ギルドのステータスに存在する項目の一種であり、在籍プレイヤーの人数、レベル、功績値(ボスモンスター討伐、クエスト達成等で上昇)、カルマ数値(犯罪行為をすると上がる)等の諸々の要件を総合して算出されるものだ。

 これが一定値を超えるとギルドランキングに掲載され、全プレイヤーがシステム的に閲覧できるようになるほか、《ギルド報奨金》の名目で、名声値に比例したリランが定期的(1ヶ月に1度)にギルドに支給されるようになる。

 ギルドランキング最下位のような最低限の水準であっても、定期的に支払われることもあってギルド報奨金はかなり莫大な額に及ぶ。

 そういうわけなので聖痕メダルに刻印した場合の名声値2倍というのは、ギルドにとって途轍もない恩恵をもたらしてくれるものだと断言して差し支えない。

 しかも複数所有すればさらに名声値が倍加するというのだから凄まじい。2個なら3倍、3個なら4倍だ。

 とはいえ現在、聖痕メダルを複数所有しているところは1ギルドしかなかった。

 また、ギルド所有の場合、個人所有と違って所持者死亡で失われるリスクがないこともメリットの一つだ。

 ギルド刻印された聖痕メダルはギルド倉庫に自動収納されて取り出し不可になるからである。

 最後に、個人とギルド、どちらの刻印パターンであっても共通する効果がある。《討伐報奨金》だ。

 内容的にはギルド報奨金と似たようなもので、定期的にシステムからリランが与えられるというもの。

 つまりギルド刻印した場合は都合2種類の報奨金収入に関わる恩恵を受けられる。

 ギルド報奨金と異なる部分は、聖痕メダル毎に報奨金額が個別に設定されている点。

 討伐報奨金はギルド報奨金ほど莫大な額ではないが、個人で得るにはかなりの収入源となる。

 以上のことから、聖痕メダルはとんでもない価値があるアイテムであり、無償で他人に譲り渡すなど酔狂を通り越して愚挙であるとすら言える。


 もちろんアリスは聖痕メダルも含めたアイテム譲渡について、主であるレンと連絡を取って許可を得ていた。

 レンが許可を出したのは、《ヒュペリオンの聖痕》入手で得られる属性は別の聖痕メダル所有によって獲得済だったからである。

 知りうる者は少ないが、聖痕メダル複数所有によって属性を重複させても、残念ながら効果は重複しない。

 必然、レンにとって《ヒュペリオンの聖痕》の価値は残る討伐報奨金に限られ、譲渡に抵抗はなかった。

 通常の経緯で手に入った品であれば無論対価を要求しただろうが、今回は違う。

 多くの人間の命が失われたことに対する同情もあるし、何より人々を守るために遥か格上のボスモンスターに一時間以上も犠牲をおして戦い抜いたその勇気と義侠心に敬意を表してのことだ。

 やや上から目線かもしれないが、結果はどうあれ、聖痕メダルを手にするだけの働きをしたと、レンはトイたちを高く評価していた。


「つ、つかぬことを聞くが……失礼ながら、アリス殿は聖痕メダルの効果についてご存知か?」

「もちろん、存じ上げておりますわ」


 怪訝そうなトイの表情などどこ吹く風で、アリスはしれっと答えた。


「で、であれば……これがどれほど貴重で、価値のある品かお解りになるだろう……?」

「価値は解りますけれど、理解することと認めることはまた別の問題ですわ」

「それはそうだが……」


 アリスの言っていることに誤謬はないが、それを真に納得できるのは聖人か世捨て人くらいではあるまいか。

 自分が特に欲深い人間だとは思わないが、かといって物欲をそこまで捨てられるほど人間が出来てはいない。というか、デスゲーム化したこの世界では、アイテムの性能はいわば生命の維持そのものに直結する。聖痕メダルほどの品を手放すなど、目の前の少女以外誰にもできないどころか、まず考えもしないだろう。自分だったら10億リラン詰まれたところで譲りはしない。

 そう考え、アリスの人間性に不気味とまでは言わないものの、不可解さを感じたトイだった。


「決して恩着せがましい意図で言うわけではありませんけれど、ギルド刻印をなされれば名声を高め、ギルドに()を付けることができると思いますわ。イースの守り手として、更なる飛躍も叶うでしょう」

「う、うむ……」


 ようやく気持ちを落ち着かせたトイは重々しく頷いた。

 箔をつける、とは人によってはやや嫌らしく聞こえるかもしれないが、端的な表現としてはそのとおりだろう。

 トイが把握しているのは噂レベルの話だが、万を超えるギルド数にあって、聖痕メダルをギルド刻印して所持しているギルドは20に満たない。

 そのうち約3/4はランカーギルド、いわゆる大手ギルドと呼ばれる存在だが、聖痕メダルさえあれば《レッド・ペーパー》もこれまでは見上げる存在だったそれらと肩を並べることができる。

 ランカーギルドに較べると、人数はともかく平均レベルや功績値等が大きく劣るためランクインには届かなかった名声値が、基準を超えて中の下くらいの位置に食い込むだろう。

 イースに限って言えばその名声に比肩するギルドは皆無であろうし、何より名声に惹かれて加入を希望するプレイヤーが増えてくれそうなことが期待できる。

 トイはごくりと唾を飲み込んでランカーギルド一覧の表示ウィンドウを呼び出した。

 その1ページ目の100位まで表示されたギルド名の横にある名声値を確認する。


(……現在のうちの名声値が倍になれば、初ランクインにしていきなり94位になれる。その事実に、誰もが聖痕メダルを手にした結果だということに気付くだろう)


 トイはそこまでガツガツとした上昇志向や名声欲、顕示欲のある人間ではなかったが、1桁台は流石に現実味がなくとも、2桁台のランカーギルドまで成長させられれば……と夢見たことがなかったわけではない。まして、声高に喧伝しなくとも、多少でも知識と回る頭があれば誰でも気付く聖痕メダル所持ギルドという箔。

 たった一つのアイテムを手にしただけで取り巻く世界が一転したような気がして、トイは軽いめまいを感じた。

 与えられた物の重大さに、媚びるような卑屈な気持ちはないものの、トイは自然と丁寧な物言いになってアリスに確認した。


「アリス殿、しつこく訊ねて大変申し訳ないが、本当にこれを頂いてもよろしいのですな?」

「ええ、もちろんですわ。今更返せだの、対価を寄越せだのと野暮なことは言いません。最前も申し上げましたけれど、遠慮なく受け取ってくださいな」

「おお……ありがとう。いささか現金なようでお恥ずかしい限りだが、この品の存在は何よりも皆が喜んでくれる。失われた者たちの命には到底及ぶものでないとはいえ、無駄ではなかったとせめてもの餞になる」


 正直、今更それを渡したのは間違いでした、返してくださいと言われても、即答で頷ける自信のなかったトイは、アリスがにこにことしながら惜しげもない様子で請け合ってくれて大いにほっとした。


「さて、わたくしの用事はこれにて以上ですわ。別の場所で待たせている者もおりますし、取り急ぎ失礼させていただきます」

「そうか。叶うならばもう少し誼を深めたいと思うが、無理は言うまい。私も皆を待たせていることだしな」


 アリスが別れを切り出すと、トイは本音から別れを惜しんでいるように、ふっと寂しげな顔をした。

 実際トイはアリスをかなり信用していたし、信頼を寄せはじめていた。

 贈り物の効果もあったが、何よりアリスの言動や振る舞いには一貫して嘘を感じなかったからだ。

 慇懃な態度が、というより、良しにつけ悪しにつけ、普通なら言いにくい事を躊躇なく切り出してくるアリスのざっくりとした性格が気に入ったこともある。


(プレイヤーかどうかはともかく、この娘は信用できる)


 理性や知性は言うに及ばず、幼い容姿とは裏腹に、話をした限りでは精神年齢も十分成熟しているように感じる。

 年齢が30の半ばを過ぎ、落ち着いた会話を好むようになっていたトイは、もう少しアリスと言葉を交わしたい、と本気で思っていた。


「それではごきげんよう、トイ様。またどこかでお会いいたしましょう」

「うむ。アリス殿とご姉妹方には大変世話になった。次にお会いできた折には食事にでも招かせていただこう」

「ふふ、期待してますわ」


 くすっと小さく笑って、アリスは空高くスゥッと舞い上がった。

 アリスの妹たちも二人の様子を覗っていたのか、即座に追従し上昇してゆく。

 アリスの服装のことを考慮して見上げるのを自重したトイは、たっぷり10を数えるほど待ってから見送ろうと顔を上げた。

 視線の先で、もはや輪郭すらわからないほど小さくなった白い姿が闇夜の空に融けて見えなくなっていった。


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