魔王 が 現れた! 010
「銃身状態異常なし。照準OK。――くたばれ!」
物騒な独り言を呟いて、《銃士》アリネは引き金を引いた。
光学照準器の先には、今にも飛び立とうとするヒュペリオンの頭の一つが見えている。
空気を震わせる、ズドン!! という衝撃音と共に、アリネが両手で構えている(アリネの体格からすれば)長大な狙撃銃から流線型の弾丸が射出され、音速で標的に着弾する。
「GAAAAAAAAAA!!」
胴の右端に生えている赤錆色の鱗をもったヒュペリオンの頭部が、右目を潰されて咆哮をあげた。
LPの減りは3%弱と少なめだが、余程痛いのか尻尾をびったんびったん地面に叩きつけて暴れ始めた。
今の攻撃でヒュペリオンは標的を切り替えたのか、翼をたたみ三つ首全てを地上に向ける。
視線の先ではアリネが2射目を撃とうとしていた。
それを認めたヒュペリオンは右の前脚を振り上げ、アリネの頭上に振り下ろした。
ズンッ!!
重厚な鈍い音が空気を震わせる。
とてつもない攻撃力を秘めたヒュペリオンの前脚は、アリネの身を引き裂くことはできなかった。
両者の間に素早く割り込んだ《城塞》ことアリカが前脚を受け止めたためだ。
アリカは両掌を揃えて斜め上に突き出した格好で前脚を受け止めており、足の下には緑色に燐光する平面型魔法陣が展開されている。
それは空中戦闘用の足場展開魔法の一種で、一定以上の負荷がかかるとゴムの弾力のように柔軟に圧力を逃してくれる効果を持つ。
アリカはそれを地面のように踏みしめることで空中でも踏ん張りを得ていた。
「…………!」
アリスと変わらぬ端麗な容貌を険しくしながら、ぐぐぐ……とヒュペリオンと力較べの状態になるアリカ。
本来の標的であったアリネは既にアリカの下方から脱しており、後方に距離を取って再びヒュペリオンの頭に照準をつけようとしていた。
ヒュペリオンもまたそれを黙って見ているわけもなく、胴の中央から生えている赤錆色の鱗をもった頭部が、喉を膨らませてブレス攻撃の予備動作に入っている。
しかし、両者のどちらかが攻撃を放つより先に、上空から高速で接近した《騎士》アリアが中央首の頭頂部に勢い良く剣を突き立てた。
「GAAAAAAAAAAAAAA!!」
再びヒュペリオンの咆哮が轟いた。
アリアの一撃はシステムにクリティカルヒット判定され、9%弱ものLPがいちどきに減少する。
中央首が勢いよく仰け反ったことで前脚が持ち上がり、アリカは魔法陣を蹴って素早くその場を離脱する。
追撃とばかりに、中央首の動きが止まった一瞬を狙ってアリネが引き金を引いた。
今度は中央首の左目に弾丸が叩き込まれ、先ほどから続くヒュペリオンの咆哮が引き伸ばされると共にLPゲージがガリッと3%ほど削れる。
戦場からの避難を終え、支援魔法による視力拡大によって戦況を眺めていたプレイヤーたちから大きな歓声があがった。
「圧倒的じゃないか!」
興奮した面持ちでタンカーらしき外装の若い男が声高に言った。
周囲にいた者たちも同感なのか、うんうんとしきりに頷いている。
彼らがいきり立つのも無理はない。
正体不明の小さな少女たちがヒュペリオンと本格的な交戦を始めてからまだ5分と経っていないにも関わらず、ヒュペリオンのLPは既に60%を割っている。
このまま順調に戦闘が推移すれば、あと10分もしないうちに巨竜は斃れるだろう。
(だがしかし、そう予想どおり上手く行くだろうか……)
盛り上がる若い層のプレイヤーたちを見やりながら、トイは内心で危惧を抱いていた。
(例外なくボスモンスターは奥の手ともいえる固有能力を有している。それがどんなもので、どういった使われ方をするかで、有利不利がひっくり返る可能性がある……)
どうかこのまま無事に終わって欲しいものだ、とごく小さな声で呟いて、トイは目を細めた。
(そろそろ頃合かしら?)
使い勝手の良い光属性攻撃魔法である《ルミナスアロー》を絶え間なく生成してヒュペリオンに撃ち込みながら、アリスは内心で呟いた。
目を凝らしてヒュペリオンのLPゲージを見れば、残りは3割強といったところだ。
よくあるボスモンスターの行動パターンを当て嵌めれば、ヒュペリオンがエクストラアビリティを発動させるタイミングは、残LPが3割を切ってからになると予想される。
ならばその直前に大技をぶつけてやり、LPを一気に削ることによって厄介な攻撃を使われる時間を短くしてやればいい。
そのための仕込みは既に終えてある。
(アリサ、予定通りアレを使いなさい)
アリスは念話で《魔女》アリサに連絡を入れた。
問題なく通話が繋がり、アリサから応答がくる。
(りょーかい。それじゃいくねー)
気さくな口調でアリサが応じる。
アリサがいるのはアリスより更に上空、地上200メートルほどの位置だ。
なぜそんなに離れているかというと、ヒュペリオンの注意を引かない為だ。
アリサは愛用のロッドの先端を真下に向け、詠唱を開始した。
「終末迎えし星の災禍 事象の果てより世界に兆す 汝を誘うは深淵の呼び声 それは逃れ得ぬ暗黒の抱擁」
やや長い詠唱を終えると、遥か下方で変化が生じていた。
アリアたちとヒュペリオンの戦っている地点を中心として、直径80メートル、高さ40メートルにも及ぶ漆黒のドームが出現する。
「グラビティレイド」
アリサは気負う様子もなく、ぽつりと呟いて大魔法を発動させた。
途端、アリサのSPが秒間2%ほどの猛烈な勢いで減少を始める。
ヒュペリオンが多少移動しても大丈夫なように、かなりの範囲マージンを取ったせいで、ただでさえ燃費の悪い大魔法のSP消費が更に激しいものになっていた。
グラビティレイドは闇属性の設置型大魔法で、事前の準備に手間がかかるものの、一度発動させてしまえば範囲内の対象全てに速度低下の状態異常付与と、防御力無視の持続ダメージを与え続けるという凶悪な魔法だ。
反面、範囲を広く取れば取るほど時間あたりのSP消費量が増大し、かといって範囲が狭すぎると対象に逃げられるリスクが大きくなる。
総合的に使い勝手が悪い部類の大魔法なのだが、戦場を限定でき、かつ後先考えないSPの使い方ができるのであれば、かなりの火力が期待できる魔法でもあった。
アリサがこれまで戦闘に参加しなかったのは、つまり終盤での乾坤一擲な大魔法を撃つためであった。
(さて。アリア、アリネ、アリカ。後は一気呵成に畳み掛けて終わらせなさい。制限時間は40秒よ)
企みが上手くいったことに満足しながら、アリスは地上で戦っている妹たちにノルマを課した。
(承知)(了解)(……はい)
その程度は容易い事だと言わんばかりに、妹たちから即座に了承が返ってくる。
そしてそれは速やかに実行に移された。
決してこれまで手を抜いていたわけではないが、不要な被弾を避けるために連携重視で戦っていたのだ。
その方針を個々の攻撃重視に切り替えた今、ヒュペリオンのLPが凄まじい勢いで削られていく。
もちろん、アリサが維持している大魔法の効果も大きい。
ヒュペリオンの動きを鈍らせている恩恵もあるが、4秒に一度の間隔で2%強のLPが定期的に削られていくのは、一見地味なようでいて実に効果的だ。
アリアの剣が閃き、アリネの銃弾が穿ち、アリカの拳が唸る。
ドームの膜に遮られて戦況は見えないが、妹たちの奮戦によって事が目論見どおり進んでいることをアリスは確信していた。
ほどなく、終局の刻が訪れた。
アリアの突進系攻撃スキル《スパイラルチャージ》が胴体に叩き込まれ、遂にヒュペリオンはLPを全損した。




