既視感と予定調和
平日の早朝ですが、更新致しまする。
闇の中に朧気に何かが浮かぶ。 時が経つにつれて、徐々に像を結ぼうとしている様だ。
顔や表情は分からないが、何人か人影が見えてくる。
黒髪の娘、金の長髪に漆黒の羽を背に負う娘、頭部に漆黒の長大な6本の角を持ち身体中を白色の鱗に包まれた人、短めの銀髪で背に白い翼がある青年、毛皮のベストを身に付け斧槍を携えた大柄な男、額に小さな角があり軽甲冑を纏っている男女が見える。
どうやら焚き火を中心に、車座になって、シチューと黒パンで食事をしながら談笑中の様だ。
相変わらず顔や表情は分からないし声も聞こえないが、"オレ"も話し掛けられる度に何か答えを返しているらしく、楽しそうな感じは伝わって来る。
特に、傍らに座る黒髪の娘や金髪黒羽の娘と話していると心が浮き立って来る。 それと一緒に何故か言い様の無い不安も募り、切ない様な感情も湧く。
そんな気持ちで二人と何か話していると、下らない冗談でも言われたのだろうか? 黒髪の娘と金髪黒羽の娘が同時に立ち上がると、凄い勢いで大柄な男に詰め寄り、激しい突っ込みを入れ出した。
それを見て鱗の人は、呆れた様に首を振り、黙々と食後の酒を飲み出す。
銀髪白翼の青年は、容赦無くボコボコにされ助けを求める大柄な男を見兼ねた様で、仲裁に入ろうとしている。
残る角の男女は、どうするのかと見てみれば、直ぐ横の大騒ぎにも我関せず、二人の世界を作り上げていた。
そんな見馴れて当たり前になっている筈の日常の一コマが、少しずつ悲しみを広げ、訳の分からない怒りを募らせる。
目の前の日常が少しずつ闇に閉ざされ、悲しみと怒りは叫びそうな程まで高まっていく。
心は悲鳴を上げ、精神が引き裂かれる寸前、ブツリとナニカを引き千切った様な音がした。
唐突に激情は失せ、風が凪いだ様に心は静まり……"オレのココロ"は消え失せた………。
………此処は何処だ? 俺の部屋……じゃないな、多分。
床は血も飛び散っていない綺麗な物だし、ベッドも引き裂かれたりしていない。 何より家具の配置が違うし、部屋に無かった物もある。
……今更ながら気付いたけど、身体は大丈夫みたいだ。 あの時はもう駄目だと思ったが、何とか命を拾う事が出来た様だ。
俺を助けた後は、確りと治療を施してくれたのだろう。 所々、多分斬られたと思う箇所には、白っぽいミミズ腫れの痕が残っているだけで綺麗なものだった。 ベッドの上で、腕を振ったり体を捩ったりと、軽く動いてみても、引き攣った感じはするが痛みも無い……気を失った後、何と無くどうなったのか予想は着いたが、これ以上の無駄な推理は止めて素直に尋ねる事にする。
ベッドの傍の椅子に座り、眠っているクレハに声を掛けた。
「姫様…姫様……もう朝で御座います。 起きて下さいませ」
「…ゥウ…ン……えッ、タカク!?」
「ハイ、お早!?ウッ!」
……エ~、端的に今の状況を述べますと、クレハが俺に縋り付いて泣いてます。 コレは泣き止むまで待つしかないよね……暫くお待ち下さい。
取り敢えず、縋り付いて泣いているクレハをこのまま放って置く事は、男としてどうかと思う。 かと言って今の状況を華麗に捌く程、器量良しでもない。 少し考え、我ながら良さげな案を思い付いたので早速実行する。
クレハを軽く抱き締め、幼子をあやす様に背を軽く叩いてみる。
暫くそうしていると、徐々に嗚咽も小さくなっていく。 呼吸が大分普通に戻って来た処で背を叩くのを止める。 もう大丈夫かな? 成る丈、優しく声を掛けてみる事にした。
「落ち着いた?」
「……すみません……不意討ちだったから……混乱して」
「心配掛けて、ごめんな」
「……タカクが助かって、良かった」
ヨシ! 流石だ俺! 完璧スグル対応力だッ!! さて、これで気絶した後どうなったのか聞く事ができる。 状況を把握して、早く色々考えないとマズ……アレ? よく考えなくても、今が非常にマズイ状況ではないだろうか?……上はシャツも着ていない、確認していないが、下も嫌に開放感に溢れていマス。
……オレ、真ッパ…抱キ付カレ、抱キ締メル…クレハ、可愛イ娘……イキナサイ。
何処へッ!? ヤバい……一瞬、思考が飛びそうにナッタ!!…なッ!? 下が勝手に臨戦体制を執ろうとシテイル!? しッ静まれ!! 静まルのだコノ野郎!! そッ、そうだ!! 完全起動する前に離れて貰えばッ!!
「クッ、クレハ? 健全な年頃の一青年としましては今の体勢は非常に困ると言うか辛いと言うか…オワッタ」
ウン、僕は十分に頑張ったサ。 何時だってピンチの後には、落とし穴なのサ。 もう既に手遅れだったンダ……ヤハリこんな緊急高難度のmissionは、女の子とのお付き合いに馴れていない、初な男子にはキツ過ぎたンダ……。
「?……ッ!? タ、タカク…ゴメンナサイ!!」
結局、我が愚息がおっきしていたのはクレハの知る処となり、顔を真っ赤に染めたクレハが部屋を飛び出して行くのを見送る事になった……。
その後、昼までクレハが顔を出す事は無く、視線を逸らし頬を朱に染めた無言の彼女と顔を合わせるのは、かなり気まずかった事も併せて報告する……。
有給休暇とは、使う為に在ったんだネ……。




