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1.贄と召喚

 朗々と詠唱を始める。 後を追う様に唱和が続く。

 私は今、大切な儀式に臨んでいる。 失敗は許されない。 いいえ、もう後はない。

 なぜ私がと悲嘆に暮れた。 後悔と恐怖は勿論あった。

 でも国家の王権と血統は、こんな時の為に優遇され尊重されてきたのだ。 それに、代償を払った時に私の覚悟は決まってしまった。


 もう父様の子は、私しか居ない。 もう引き返す事は出来ない。 後は願いを……希望をこの国に!!

 進む呪[しゅ]と場に満ちた力。 そして私は、高らかに最後の言葉を捧げた………。


――――


 何だよ……うるさいな~。


 ザワザワとした周りの騒がしさに、沈んでいた意識が覚めていく。 薄暗い中、目を開けた。

 起き抜けで、ぼやけた視界に、何だろうか?……足元辺りに誰かが突っ立って、俺の顔を見下ろしていた。

 誰だよ、父さんか母さんか? 目を擦ろうと手を動かしたつもりが、体も…全身が麻痺した様に動かない!? これ、ヒョッとして金縛りとかになってる?……だとすると目に映る人らしきモノは……幽霊だッ!!

 ヒ、ヒェ――ッ!! 誰かに怨まれる覚えは無いし罰当たりな事もしてない筈デスヨ!? 何でココに化けて出マス!? お経なら幾らでも唱えますから早く成仏して下さいッ!!

 怖くて逆に目を瞑れないので目前のモノを凝視したまま、南無南無~ッ!! 報連相~ッ!! と心の中で一心に唱えた。

 恐怖に怯えながらも暫くすると、グロとか血塗れなんか見たくもないのに、ぼやけた視界が徐々に像を結び、顔がハッキリと見えてくる。


 表れた顔に一目で釘付けになった。


 少し切れ長の目に強い意志の光を宿した黒の瞳、調った柳眉と長い睫毛が更に瞳を輝かせる。 細く高い鼻梁。 形の良い、血を差した様な紅の唇。 それらが調和し、透ける様な白磁の肌をもつ細面に載っている。 腰まで伸ばした長い黒髪の人は見た感じ俺より僅かに年下か、まだ少しだけ幼さを残す綺麗な子だ。

 右頬に何か赤いモノを散らしたその子は、静かにこちらを見詰めていた。


 目の動きで下まで見降ろす。 艶々とした勾玉が連なる首飾りを提げ、白地に血をぶっかけた様な柄の着物を、す、素っ裸に羽織ってる!?……ッてコッチ来たーッ!! 膝ついて屈んで……か、髪と着物邪魔ッ!! もうチョッと、肝心なトコロが……コレは足もあるし幽霊ジャナイです! 仮に幽霊だとしても、チラッとだけど、初めて見ました童貞乙!!……ッて、思った処で妙なモノが目に入る。

 女の子が立っていた場所から2m程後ろに、同じような茶色のローブを纏った奴等がいっぱい居た。 顔はフードを深く被っていて見えない。 正面の床に両手で持った棍を突き立て、胡座を掻いている。

 今更ながら、やっと気付く。


 ……ココ、何処だ?


 見慣れた机・タンスや家具、寝ていた筈のベッドも無い。 それ処か俺の部屋ですらない。

 床に壁、天井は光沢のある黒い石のような物で覆われ、朧気な像を映し出している。

 天井近くの壁には等間隔に点々と淡い光が据えられてはいたが、薄暗い部屋だ。 照明替わりか、左右に間を開けて焚かれた篝火が辺りを照らしていた。


 キョロキョロと周りを見渡している間に目覚めた時の騒つきは治まっており、シンとして耳が痛くなるような静けさに包まれていた。

 何故か、この場にいる者全てが俺を見ているようだ。 視線が齎す言い様の無い圧力を感じる……幽霊より怖いかもしれない。


 恐々としていると、突然ヒタリと両頬に何かが触れた。 感触に驚く間もなく、いきなり視界がグンと高くなる。

 見れば前にいた娘が立って俺の両頬に手をやっていた。 次いで娘が、顔を寄せてきた!?

 ま、待った! 嬉しいけど、そういうのはまだ早い! お互いをもっと知ってから!……気恥ずかしさに視線を外すと、視界の端、床に影がある。

 何故か生じた違和感が、ソコに目を向けさせた。


 女の子の足元から伸びる、両手で挟んだ何かへと顔を近付ける影……違う。 今この子が顔を寄せているは、俺だ。

 ならアレが、俺?……でも、もしもアレが頭だとしたら、何で? 何で何もない。 何で首から下の影が無い。 何でカラダの影が無い。

 それに変だ。 床に寝ていたのに体が見えなかった。

 まだある。 考えてみれば華奢な娘が動けない大の男を一人で軽々と吊り上げられる訳がない。 仮に出来たとしても、首に体重が掛かって、直ぐに……。


 血の気が引いた。 視点をさ迷わせ必死に探す!!

 体が映っている物、そうだ!! 床、壁!!…駄目だ、見えないッ!!! 何か、何かないか!? 何か、何か……歪んだ表情の、首だけの自分が見えた。


 前にいる娘、首に架かった紐、連なった勾玉、映っている……………目が、合った。


 頭の中で響き渡る叫び声、真っ暗になる視界………そこで意識は途絶えた。


――――


 明るい日差しが目に眩しい。 もう、朝か…今何時………最初に見たモノは覚えがない物だった。 何だ? 天幕付きのベッド、か?


「申し訳ありませんッ!!」

「……はい?」


 不意に掛かった声に、横へと視線を向ける。

 視線の先には椅子に腰掛け、頭を下げる人がいた。

 女の子。 誰だっけ? 涙声だけど綺麗な声ですね。

 ……ッて違う! 呆けるな! ココはどう見ても俺の部屋じゃない!!


 ザッと見ても広さはテニスコートの一面位はある。 正面の壁には大きな暖炉。 間を置いた所に広いテーブルがあり、それを囲む様に人が楽に横になれそうなソファーが並ぶ。 壁際には高そうなティーセットや色とりどりのグラス等が並んだ棚と、学術書や図鑑・辞典とかの分厚い本を収めた棚もある。 壁面には草原を描いた風景画や磨き上げた装飾品が掛けられていた。

 右側の手前半分からは、壁の替わりに全面が硝子張りの窓になり、馬鹿でかいレース地のカーテン越しに日が差したバルコニーが見える。


 ドコの金持ちの家か知らんけど、取り敢えず起きようとして……恐ろしい事に気付く。

 アノ時と同じ、首から下の感覚がなく身動きも出来ない!!

 そうだッ!! か、体は? お、俺の体は、どど、どうなったた!?


「申し訳ありませんッ!!」


 コ、コレは…ゆ、夢! そう夢、夢だ!! アノ時も夢で間違いない!! 夢だから生きてるから夢なんだッ!! 何だよ、もう! ビビらせんなよ! ハァ、焦った。

 と、そうだ! さっきから謝ってる子がいたんだっけ。 何か俺に不利益な事が有ったんだろう。 夢でも何でこうなってるのか、一応は聞かないとな。


「……悪い。 謝る前に事情聞かないと解んないんだけど。 体も変だし、何でこうなってるのか顔上げて説明して欲しい」


 声をかけると、恐る恐る顔を上げて此方を窺う様に視線を合わせてくる。

 アノ時の子だ! 今は服着てマスねって…アッ首振れた! コレで少しはマシかも……視線が定まり改めてじっくり見ると、やっぱり凄い綺麗な子だ。 美少女は泣いている顔も綺……ッて違うんだ――ッ!! そんな場合ジャナイ!! これだからダメナンダ!! 目を閉じて落ち着くんダ!!


 ……ヨシッ! 目を開け視線で促すと、綺麗な子は涙をハンカチで拭い覚悟した目で漸く口を開いてくれた。


「御説明の前に此方から、私はシノハラの世、アハラミヤ国第二ッ……第一王女クレハ・レーテ・アハラミヤと申します。

 まず、貴方の御名前を伺っても宜しいでしょうか?」


 ハァ。 王女様デスか。 シノハラとかアハラミヤ国とか、聞き覚えがないデスヨ。

 俺の体もオカシイし……コレが世に言う、不安多自慰とか異世界とかってヤツでショウか……。


 コイツは、どう考えても夢ですネ!!


 となると、ひょっとしたら御都合とか御約束とかで体もどうにかなるンでショ? 何たって俺の夢だし。

 コレは馬鹿話のネタになりそうな、滅多に無い面白い夢だ!! 今から色々と説明するらしいし、もう少し付き合ってみよう!!


「俺の……いえ、私の名前は新田 隆邦と申します。 えっと、姓がアラタで名がタカクです。 タカクと呼んで下さい」

「タカク・アラタ様ですね? ではタカク様とお呼び致します。 私の事はクレハとお呼び下さい」

「ならば、クレハ様ッてお呼びすべば良い…のでしょうか?」


 使い慣れない変な自己流敬語に噛みました……。 顔が熱い。 慌ててるのがバレてますよネ。

 夢でも格好つかないってどうよ? 若干沈み掛けた処で、クレハ様から微笑と共にフォローらしきお声がキタ。


「私に気を使わずに、タカク様の話しやすい言葉使いで構いません」

「ンンッ、本当に砕けた感じで良いならそうするけど……良いの?」

「はい、私には敬称も廃して頂いて構いません。 お呼び立てしたのは私達ですから」


 そうか。 今考えると素っ裸のこの子とか、魔法使いみたいな胡散臭い奴等は俺に何かしらの用があって、所謂トコロの儀式の様な事をしてた風に思える。

 だとすれば、余り遠慮する事もないかな。


「ウン。 なら、そうさせて貰うよ。 それじゃ……説明良いかな?」


 はい、と肯定の返事と共に姿勢を正した彼女は話を進める。


「正直に申します。 体の欠損は、原因不明です。 儀式に不備が無いように万全を尽くした積もりでしたが、結果的に…この様な事態を招いてしまいました。 ですが、多少の時間さえ頂ければ代わりの体は用意する事が出来ます」


 ほら、考えた通り!! だと思ったよ。 視線を移し体が無い事を確め、軽く相槌を打ちながら続きを促す。


「……それで、これから話す事は…私達には謝る事しか出来ません。 許して頂けなくても、貴方に何かで報いる事でしか謝意を示せません。 本当に済みませんでした」


 アリ? チョッと雲行きが怪しくなって来たゾ。 マァ、夢だし起きれば実害はないか、と更に促す。


「……タカク様は、シノハラの世で行った儀式で受肉された為、もうコノハラの世に帰る事は出来ません。 本当に、申し訳ありません」


 コノハラとかが現実で……ハァ。 帰れないの? 召喚目的の達成とかで帰れるパターンじゃないんだ!?


「ハッハハッ…アッハッハッハッハッ、クヒッ、ヒッヒッヒッヒィ……ハーッ、凄い脳内妄想だ。 高三にもなって未だに、こんな願望持ってたか!? 久々に大笑いしたよ!!………もう夢はいいや」

「……タカク様。 本当に、申し訳ありません。 信じられないのかもしれませんが……これは、現実です」

「ダカラ、馬鹿言うなよ。 そんな筈無いんだ。 エーッと……クレハだっけ? 早く起きないといけないんだ。 学校に遅刻するから、俺の頬っぺた引っ叩いてくれ」


 ……パンッ!


 ……目が覚める事もなく、ジンジンと止まない頬の痛みが、認め難い現実を感じさせてきた。

 夢じゃ、ない。 今[コレ]が現実なら、向こうの生活は? 家族は!? 将来は!?

 あまりにも理解したくない事実に思考が停止する。

 そして、


「ふざけるな……ふざけんなよ、オイッ!!!」


 時間が経つ毎に怒りがこみ上げて、ついにキレた。

 感情の赴くままに怒鳴り、罵り、叫び声を上げ、最後には泣き叫んで、帰せ戻せと懇願し………疲れて気を失った。


――――


 明るい日差しが目に眩しい。 目が覚めた時に見たモノは知っていた。 豪華な天幕付きのベッドの上だ。

 前と違うのは頬に感じる暖かく柔らかいモノか。


 足元の方を見てみる。 相も変わらず首から下は見当たらない。

 ハァ……そっか。 感覚的に夢みたいな違和感もないし変態、ジャナイ! 変体でも生きてるから、本当に現実[ソウ]なのかもしれない。

 気を失う程に疲労困憊、感情の爆発であれだけ心が乱れていたのに……まだ多少の怒りはあるが、眠ったお陰で妙に落ち着いてしまった。


 さて……現状を確認しよう。 綺麗な女の子の胸元に軽く抱かれながら寝ていた様だ。

 息を殺し身動ぎせず、起こさないように、そっと見てみりゅ……やっぱり改めてじっくり見ると、凄い綺麗な子だ。 でも泣いた跡か、目蓋が少し腫れて目の周りも赤い。 多分、俺の顔も似た様なモンだろう。


 ……ふと思う。 今更ながら、詳しい話も聞かずに感情に任せて怒鳴り付けたのは間違いだったかもしれない。 何かしらやむを得ない事情が有ったのだろう。

 まして俺より年下で女の子、オマケに王女様とか考えられない育ちの良さだ。 感情剥き出しで怒鳴られる事など無いだろうし、きっと怖かった筈だ。

 それに、言い訳せずに俺が怒鳴る度に謝ってた、ごめんなさいって。 敬語じゃない分、本気で謝ってたと思う。


 ……もう良いや。 本当に帰れないなら、ウジウジするのは時間の無駄だ。 まずはキチンと事情を聞かんとイカン。 どうやるのか知らんけど体は何とかなる様な事も聞いた覚えがするし、前向きになろう。


 それに何と言っても可愛いは正義だし、綺麗で素直そうな娘さんとお近づきになる事は向こうの世界じゃ滅多に無い!!……色香に惑わされた気もするけど、もう帰れない事は許そう。

 となると早く起きて貰わんと困るけど、この感触は捨てがたいモノがある。


 ……結局、煩悩に負けた俺は、クレハが起きるまで動く事が出来ませんデシタ。



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