第3.5話 エレナさんは、家族想い。
朝の「月影亭」は、いつも静かで温かかった。
厨房の窓から差し込む柔らかな陽光が、
木のテーブルに優しく落ちている。
ルナのお母さん、エレナは、いつものように早起きして、薪ストーブに火をくべていた。
「ふぅ……今日もいいお天気ね」
エレナはゆっくり立ち上がって、
両手を腰に当てて軽く伸びをする。
少し疲れた背中を、優しくさする。
「ルナ、まだ寝てるかしら……起こしに行かないと」
階段を上る足音を忍ばせて、二階のルナの部屋へ。
ドアをそっと開けると、ルナは布団にくるまって、ふにゃふにゃと寝息を立てている。
金色の三つ編みが枕に広がって、頰がぽっちゃり赤い。
エレナはベッドの端に腰掛けて、ルナの額にそっと手を置いた。
「……熱はないわね。よかった」
ルナの髪を優しく撫でながら、小さく微笑む。
「昨日もたくさんお手伝いしてくれたものね……えらいえらい」
そのまましばらく、ルナの寝顔を見つめていた。
「大きくなったわね……もうすぐ、私の背丈に追いつきそう」
エレナの瞳が、ほんの少し潤む。
でも、すぐに立ち上がって、部屋を出る。
厨房に戻ると、まずはパンを焼き始める。
生地をこねる手は、ゆっくり、丁寧に。
「今日は蜂蜜を多めに入れてあげようかしら。ルナ、甘いのが好きだもの」
オーブンにパンを入れながら、窓の外を見る。
街の朝は、もう動き始めている。
市場から聞こえる呼び声、馬車の音、
子供たちの笑い声。
エレナは小さく息をついて、微笑んだ。
「この街で、家族と一緒にいられるだけで……
幸せだわ」
次はスープ。
野菜を丁寧に切って、鍋に放り込む。
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも……
それぞれの色が、鍋の中で優しく混ざっていく。
「ルナが『お母さんのスープ、世界一!』って言ってくれるから、今日もがんばっちゃおう」
味見をしながら、そっと目を細める。
「……少し塩が足りないかしら」
指先で塩をひとつまみ、優しく振り入れる。
最後に、ハーブを散らして、火を弱める。
出来上がったスープの湯気が、厨房を優しく包む。
エレナはエプロンの裾で手を拭いて、食堂のテーブルを拭き始めた。
一つひとつの椅子を、丁寧に並べ直す。
「今日も、たくさんのお客さんが来てくれるといいわね」
窓辺に置いてある小さな花瓶に、昨日ルナが摘んできた野花を挿し直す。
白い小花と、淡いピンクの花。
「ルナが『お母さんに似てる』って言ってくれた花……枯れないように、大事にしなくちゃ」
そう呟きながら、花びらにそっと触れる。
柔らかい。
温かい。
エレナは静かに目を閉じて、深呼吸した。
「毎日が、こんな風に穏やかで……
ルナが笑って、パパが元気で……
それだけで、十分だわ」
厨房に戻って、パンをオーブンから取り出す。
黄金色に焼けた表面から、甘い蜂蜜の香りがふわっと広がる。
エレナは一つをちぎって、自分の口に運んだ。
「……ん、美味しい」
小さな笑みがこぼれる。
「ルナ、起きたら一緒に食べようね」
階段の下で、ルナの寝息がまだ聞こえている。
エレナは優しく微笑んで、朝食の準備を続けた。
誰も傷つかない、誰も悲しまない、
ただただ穏やかで、温かくて、
優しいお母さんが家族を想う、いつもの朝。
エレナさんとエリナちゃん紛らわしい




