第4話 みんなにも知って欲しいな
翌朝の「月影亭」は、いつもより静かだった。
ルナちゃんの姿が見えないことに気づいた
宿の主人と妻は、慌てて部屋を捜し回ったが、
結局「ルナちゃんは私と…いえ、朝早くから友達の家に遊びに行ったみたいです。」と私が優しく説明した。
「きっと、明日の友達とのパーティが楽しみで、報告するのも忘れ、興奮して夜更かししちゃって慌てて行ったんだと思います。私、昨日ルナちゃんとそのお話しして、楽しそうですごく可愛い子だって思いましたよ」
妻(ルナちゃんのお母さん)は、心配しながらも少し安心した顔で頷いた。
「ありがとう、お嬢さん……本当に、ルナは人懐っこくて……」
私はにっこり笑って、妻の手をそっと握った。
「今日は私、朝食のお手伝いさせてください。
ルナちゃんがいなくて寂しいでしょう?
少しでも、家族の味を思い出せるように」
妻は涙目で頷いた。
厨房に二人きりになった瞬間、私は妻の背後に回った。
「ありがとうございます……本当に……」
言葉の途中で、首の後ろを正確に掴む。
カクン。
頸椎が外れる音が、静かな厨房に小さく響いた。
妻の体が崩れ落ちる前に、私は彼女を支えて床に横たえた。
まだ温かい。
胸が微かに上下している……いや、もう止まっている。
「ルナちゃんのお母さん、優しい味がするんだろうな」
まずは顔。
頬を両手で包み、皮膚をゆっくり引き上げる。
中年女性の頬は、脂肪が厚く、柔らかく、ほんのり弾力がある。
こそげ取ると
んっ……深いコク。
ミルクのような甘みと、人生の疲れが染み込んだような、複雑な旨味。この味をみんなにも知って欲しいな。
「そうだ!」
服を剥ぎ取り、肋骨を一本ずつ折る。
ぱきん、ぱきん。
胸骨を外すと、心臓が露わになる。
心臓を縦に裂き、心筋を薄くスライス。
弾力のある肉質に、血の鉄分と脂の甘みが混ざる。
これを丁寧に細かく刻む。
肝臓も取り出し、苦味の強い部分を避けて柔らかい実だけをみじん切りに。
腎臓は薄くスライス。
腸は内容物を洗い流し、薄い膜だけを細かく刻む。
全てをボウルに集め、塩、胡椒、ハーブ、玉ねぎのみじん切りを加えてよく混ぜる。
「ルナちゃんの家族の味……」
パイ生地を伸ばし、具をたっぷり詰めて蓋をする。
表面に卵黄を塗って、オーブンへ。
厨房に、香ばしい匂いが広がっていく。
30分後。
焼き上がったミートパイを、大きな皿に盛り付ける。
黄金色に焼けた表面。
中からじゅわっと肉汁が滲み出る。
私はパイを切り分けて、食堂に運んだ。
ちょうど朝食の時間。
宿に泊まっている子供連れの旅人家族が、数組テーブルに座っていた。
「みなさん、おはようございます!
今日は特別に、宿の奥さんd…が作ってくれた家族の味のミートパイですよ~♪」
子供たちが目を輝かせる。
「わー! おいしそー!」
「ママ、これ食べていい?」
私はにっこり笑って、一人ひとりの皿にパイを置いていく。
「もちろん! みんなで分け合って食べてね。
これは、すごく大事な人の味なんだよ」
子供たちは無邪気にフォークを刺し、口に運ぶ。
「ん~~! お肉、すっごく柔らかくておいしい!」
「なんか、あったかくて……幸せな味!」
親たちも一口食べて、感心した顔。
「これは……本当に美味しいですね。奥さんの手料理、素晴らしい」
私はカウンターの影から、みんなの笑顔を見ながら、そっと囁いた。
「ルナちゃんのお母さんの味……みんなにも、ちゃんと届いたね」
パイの最後の一片を、私自身が口に運ぶ。
深いコク。
優しさと、家族の温もりが、舌の上で溶けていく。
涙が一筋、頰を伝った。
「ルナちゃん……お母さん、みんなに愛されてたよ」
食堂は、子供たちの笑い声でいっぱい。
誰も知らない。
このパイが、小さな悲鳴と、温かい血の味でできていることを。
私は新しい髪飾り、ルナちゃんの金髪と、母の長い茶髪を編み込んだリボンを指で弄びながら、宿を出た。
今回の被害者
ルナちゃんの母




