第9話 リコ
夕暮れの街は、いつもより重い空気に包まれていた。
広場では、エリナの母親、ミリアが、声を枯らして叫び続けていた。
「エリナ! エリナはどこ!? 水色の髪で、そばかすのある子……お願い、誰か見た人いないの!?
もう何日も帰ってこないの……!」
ミリアの目は腫れ上がり、髪は乱れ、服は埃だらけ。
通行人たちは同情の視線を投げかけるが、誰も近づかない。
最近、子供の行方不明が続いているという噂が、
街に広がっていたからだ。
そのとき、広場の端にいた一人の男が、
ゆっくりと手を挙げた。
三十代半ばの、粗末な服を着た労働者風の男。
ミリアはよろよろと近づき、すがるように見つめた。
「……あ、あなたは?」
男は少し躊躇いながら、声を低くした。
「俺、何日か前……夕方頃に、路地裏で見たんですよ。 水色の髪の女の子が、誰かと一緒に歩いてて…… 笑ってたんです。相手は、旅人の少女で……髪に、猫耳のような髪飾りをつけてた。 」
ミリアの瞳が、震えた。
「……その少女の名前、知ってる?」
男は首を振った。
「名前までは……でも、女の子が『お姉さん』って呼んでた。 楽しそうだったよ。
でも、その路地裏、奥の方に行っちゃって……
それきり、見えなくなった」
ミリアは膝から力が抜けそうになり、男の腕を掴んだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
男は気まずそうに頭を掻いて、去っていった。
ミリアは広場に立ち尽くし、胸を押さえた。
髪に、猫耳の髪飾り……
そのとき、広場の反対側から、別の声が響いた。
「ミリアさん……!」
駆け寄ってきたのは、宿「月影亭」の主人、ルナとエレナの夫であり父である男だった。
彼の顔は青ざめ、目が赤く腫れていた。
ミリアは驚いて振り向く。
「……あなたは……ルナちゃんのお父さん……?」
主人は息を切らしながら、頷いた。
「ええ……ルナと、妻のエレナが……もう何日も帰ってこなくて…… 昨日、宿に泊まった旅人の少女のことを、思い出したんです。 名前は…」
「リコと言ってました。」
「髪に……猫耳の耳飾りを付けて。」
ミリアの息が止まった。
「……同じ……?」
主人は声を震わせて続けた。
「その子が泊まった夜に、ルナが……私の部屋に行ったきり、消えたんです。
妻も、次の朝……厨房で……いなくなって……
警察に言っても、『ただの家出』だって……
でも、あの子の笑顔……優しすぎて、逆に怖かったんです」
二人は、互いの顔を見つめ合った。
同じ恐怖、同じ喪失、同じ疑念。
ミリアはゆっくりと拳を握った。
「……リコ…… その子が、知ってるはず……
エリナが、最後に一緒にいた…… ルナちゃんとエレナさんも……」
主人は頷き、声を絞り出した。
「もう、待てない……
俺たちで、探すしかない」
ミリアは涙を拭い、決意を込めて呟いた。
「……会う。 リコっていう少女に、会うわ。
私の娘を……返してほしいって、直接聞く」
広場の夕陽が、二人の影を長く伸ばす。
街のざわめきが、少しずつ大きくなっていく。
噂が、噂を呼び、 行方不明の子供たちと、
一人の旅人の少女の名前が、
静かに、しかし確実に、街中に広がり始めていた。
「…『リコ』、絶対に許さないから。」
今回の被害者
なし




