4.5話 セラの気持ち
街の中央広場から少し離れた、魔法学院の裏庭。
ここは生徒たちが避ける所で、雑草が膝まで伸び、
壊れた石のベンチがぽつんとあるだけ。
風が吹くと、葉ずれの音が寂しく響く。
セラはいつもここにいた。
今日も黒髪を風に揺らしながら、
膝を抱えて座っている。
指先が膝の布地を強く握りしめ、
白くなるほど力を込めている。
紫色の瞳は、地面をぼんやり見つめ、焦点が合っていない。
心の中で、渦巻く感情が、波のように押し寄せてくる。
また、今日も。
少し離れた木陰から、学院の生徒たちの声が漏れ聞こえてきた。
それは、わざと聞こえるように、少し大きめの声だった。
「ねえ、あのセラって子、また一人でいるよ……」
「ほんと、すごいって言われてるけどさ、
正直怖いよね。 あんな魔法の力、いつ暴走するかわからないし」
「だよね。昨日も、模擬戦で先生の魔法を一瞬で消し飛ばしてたじゃん。 あんなの、普通じゃないよ。気持ち悪い…… なんか、人間味がないっていうか、機械みたい」
「しかもさ、『私の気持ちなんて誰もわからない』とか言ってるらしいよ。 調子に乗ってるだけじゃん? ギフテッドだからって、特別扱いされてるの勘違いしてるんでしょ。 みんなが褒めてるの、ただの建前だって気づかないのかな」 「わかるー。みんな表面上は『すごいね』って言うけど、陰では『近づきたくない』って思ってるもん。 あの子と一緒にいると、いつ魔法で吹き飛ばされるかわかんないし」
「本当それ。街から追い出せばいいのにね。 あんな危ない子がいるせいで、みんなビクビクしてるんだから。 セラみたいなの、ただの厄介者だよ」
笑い声が、くすくすと広がる。
それは、セラの胸に、鋭い棘のように刺さる。
セラは動かない。 膝に顔を埋めたまま、
耳を塞ぐように両手で頭を抱えている。
でも、声はちゃんと聞こえている。
心臓が、どくん、どくんと速く鳴り、息が浅くなる。
喉が詰まって、涙がこみ上げてくるのを必死に抑える。
怖い? 気持ち悪い? 調子に乗ってる?
感情が、胸の奥で爆発しそうになる。
悔しさ、怒り、悲しみ、そして……諦め。
それらが混ざり合って、黒い渦のようにセラを飲み込む。
「……また、か」
小さな呟きが、唇から漏れる。
声は震えていて、自分でも驚くほど弱々しい。
セラはゆっくり立ち上がった。
足が少しふらつく。 埃を払う手が、機械的に動く。
でも、心の中では、叫びが響いている。
すごいって、言われるの、最初は嬉しかったよ。
自分の力が、誰かを守れるかもって思った。
でも、今は……ただの呪いみたい。
みんなの目が、冷たい。
褒め言葉の裏に、恐怖が隠れてるの、わかるんだ。
近づいてくる人は、利用したいだけ。
本当の友達なんて、いない。
セラは学院の門を出て、街の路地へ入る。
いつもの壁に寄りかかって、座り込む。
膝を抱えて、指先で地面を強く引っ掻く。
小さな傷が指にできて、血がにじむけど、痛みなんて感じない。
「……すごいって、言われるの、嫌いじゃないよ。
でも、怖いって言われるのも、気持ち悪いって言われるのも…… 調子に乗ってるって言われるのも、毎回、胸が痛い。 まるで、私が悪いみたいに」
心の奥底から、孤独が溢れ出す。
それは、冷たい水のように、体全体を凍らせる。
紫色の瞳から、涙が一筋、二筋、ぽたぽたと落ちる。
地面に落ちて、小さな魔法の粒子みたいにきらりと光るけど、すぐに消える。
誰も、私の『本当の気持ち』なんて、知ろうとしない。 ギフテッドだから、特別だから、強いから……
でも、本当は、ただ怖いだけなのに。
この力が、いつか自分を壊すんじゃないかって、毎晩夢に見るのに。
誰も、聞いてくれない。
セラは両手で顔を覆った。
肩が震え、静かな嗚咽が漏れる。
誰も知らない場所で、誰も見ていないところで。
風が吹いて、黒髪を乱す。
セラは膝に顔を埋めて、静かに震え続けた。
胸の奥で、感情が渦巻き、消えない傷を刻む。
ギフテッドと呼ばれる少女は、今日も一人で、
「すごい」と言われながら、
「怖い」「気持ち悪い」「調子に乗ってる」と
言われながら、 ただ静かに、胸の痛みを抱えていた。
それは、表層のひねくれの下に、深く根を張った、 脆く、傷つきやすい心の叫びだった。




