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6、本当のあなた


 護衛の大人たちに囲まれて、勝手な行動をしたマチルダとフェリシアンは手厳しく注意を受けた。護衛の彼らからすれば、二人に何かあれば自分たちの首が飛ぶので無理もない。


 フェリシアンは何も言わずにマチルダの隣に立って、馬車まで歩いている。

 自分のせいで護衛たちに叱られた彼に、マチルダは内心申し訳ないと思っていた。

 しかし母親の形見の件で『関係ない』と突き放してしまった手前、安易に声をかけることができない。



 一方フェリシアンは、先ほどの彼女の言葉がまだ頭に残っていた。

 マチルダからの視線を感じる。しかし彼はあえて視線を合わそうとはしなかった。


 裏路地を抜けると、賑やかな飲食店通りに出た。夕暮れの中、立ち並ぶ飲食店の独特な匂いに包まれる。


「そういえば、あなたは他に行きたいところはなかったの」


 今日はフェリシアンを散々振り回した日だった。マチルダは考え抜いた自然な一言で問いかけた。


「ありませんよ」

 彼はお得意の貼り付けた笑顔と抑揚のない声でそう言った。

(そう言うと思った)

 

 飲食店通りは賑やかで、人々の笑い声もどこか温かい。けれど二人の間にはぎこちない距離感があった。


 風の匂いが甘い匂いに変わる。マチルダは一つの店が目が入った。

 そこは以前の人生で流行していた菓子を扱う店で、マチルダも何度か王宮に贈呈されたその店の菓子を食べたことがあった。

 しかしまだ今は人気に火がつく前。店の前は客もまばらだ。


(あの時、フェリシアンはなんだか嬉しそうだった)


 以前の人生での彼の姿が思い出される。王宮に隣接した離宮で、彼と暮らしていた日々。

 籠の中に閉じ込められた鳥のような彼は、マチルダに心を開くこともなく、虚しく時間だけが流れていた。

 そんな時、この菓子を口にした彼はかすかに表情が柔らかくなっていた。


(自分からは言わないけど、たぶん甘いものが好きなのよね)


 マチルダ自身は甘いものはあまり好きではなかった。しかし彼が好きなのならと、それから定期的に甘味や菓子を取り寄せるようになった。

 それで彼との会話が弾むわけでも、距離が縮まるわけでもない。しかしそれで満足だった。


「ねえ」

 自分でも驚くくらい、声は自然に出ていた。

「あのパティスリーに行きましょう。ちょっとくらいいいでしょ?」

 戸惑いがちに見下ろしてくるフェリシアンの手をマチルダは勢いよく引っ張った。


(私は一体何をしてるのかしら。突き放したり、歩み寄ったり……)


 マチルダはもう自分は何をしたいのか分からなかった。

 ただ一つ分かることは、今は彼を愛さない。けれど、だからといって彼を突き放し、冷たく扱って良いとも思えなかった。


「甘いものがお好きなのですか?」

 フェリシアンは動揺したように立ち止まる。

「ええ好きよ。あなたは好き?」

「好きですけど……」


(……やっぱりね)


 マチルダはそう思いながら彼の腕を無理やり組んで、店の前まで連れて行く。


「せっかくだし入りましょう。それに、あの者たちにもご馳走してあげないと。変なこと報告されたら、もう外出できなくなっちゃう」

 

 マチルダが後ろの護衛たちに目配せをしてそう囁くと、ぎこちなかったフェリシアンの口元が少し緩んだ。


「……なるほど、口止め料ですね」

「まあそんなとこ」


 店に入り、二人は護衛たちから少し離れたテラス席で注文した焼き菓子を頬張る。口の中にクリームの上品な甘さが広がった。

 そして以前の人生よりも分かりやすく嬉しそうな彼を見ると、マチルダの心が弾んだ。

 

 目があって微笑み合う二人の姿は、まるで仲の良い友人か、はたまた小さな恋人同士か。

 道ゆく人たちにはそう映っていたかもしれない。



 馬車に戻って、帰途に着く。

 フェリシアンの邸宅の前に着いた頃には、もう日が暮れていた。


「今日はありがとう。楽しかったわ」


 マチルダは彼を真っ直ぐ見つめそう言うと、フェリシアンも「私もです」とはにかんだ。

 彼がそんな表情をすると思わなかったので、マチルダは面食らった。


(彼を利用するって決めたのに。これじゃまるでデートだわ)


 自分の行動のチグハグさに呆れながら馬車に乗り込むと、間もなくして馬車は動き出した。


 窓の外を見ると、フェリシアンと出迎えに来ていたフェリシアンの父――アスベル伯爵が邸宅の内門付近で 何か話しているのが見えた。


(次の約束してない)


 遠ざかる彼の姿を見てふとそう思った。


(今日のように定期的に外出できれば助かるんだけど……次に祭事があるのは半年後だし、その時に約束するのじゃ遅いわよね。手紙を書く? だけど王宮の人たちに検閲されるのは嫌だわ……。やっぱり、さっき次の約束しとくべきだった……!)


 自身のミスに青ざめる。そして今日手に入れた魔法具を首から下げ、声を張って馬車を停めた。


「止まって! フェリシアンにお別れのキスするの忘れてたの! お願いここで待っていて、すぐ戻るから!」


 マチルダは威勢よく護衛にそう告げると、あからさまにげんなりした顔をされてしまった。

 しかし気にしていられない。マチルダは馬車を降りて走った。一日中振り回された護衛は、彼女の後を追わずにうんざりと見送っているだけだ。


 マチルダはそのまま人気がないところまで来ると物陰に隠れ、胸の魔法具を握って呟いた。


「アスベル邸のメイドに変装」


 そう言うと、たちまち光がマチルダを包んだ。

 そして願い通り、十代半ばぐらいの茶髪で小柄なメイドに変身した。


(さっそくこの力を試してみましょう。フェリシアンは驚くかしら)


 マチルダは使用人用の門から敷地に入り、こっそり庭を歩いて彼を探す。


(さっき伯爵と外で話をしてたから、まだこの近くにいるはずだけど)


 茂みに隠れながら内門まで歩く。するとそこに二人の人影があり、マチルダは咄嗟に足を止める。


「自分の立場を忘れたのか!」


 重苦しい怒声に、マチルダの肩はびくりと釣り上がる。声の主はアスベル伯爵――フェリシアンの父だ。


(何の話?)


 フェリシアンの表情はここからでは見えない。マチルダは神妙な面持ちで二人の会話に耳を傾けた。


「ですが父上、マチルダ王女は信頼できると思います」


「黙れ! 何を戯けたことを! ライラは……お前の母さんは王家のせいで死んだのだぞ!」


 伯爵はそう叫び、フェリシアンの胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。彼は力なくその場に倒れた。


「王女に心など許すな! 仮面を貫け。それが一族の掟だ。我が家紋に悲劇が繰り返されぬように尽くすことだけ考えろ!」


 眩暈がした。

(なんなの? これは?)

 ガサガサ、と動揺したマチルダが後退りする音が響く。


「誰だ。そこにいるのは」


(見つかった……!)

 伯爵の威厳ある声が響き、変装姿のメイド――もといマチルダは草むらか姿を見せた。


 マチルダの前にいたのは、険しい顔つきの伯爵と、静かに涙を流しているフェリシアンだった。


(もしかして私、あなたのこと……何にも知らなかったのかもしれない)


 月明かりの下、彼女は彼の頬を伝う涙を見て、愕然とその場に立ち尽くした。


 

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