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19、東国の聖女(後編)



 全ての授業が終わり、夕方になった頃。

 図書館の重い扉が開き、ジェイスが出てきた。片手に数冊の本を抱え、空を見上げていた。

 その無防備な横顔に、マチルダは足を早めた。


(今だわ)


 彼が一人になる時を待っていた。マチルダは喉の奥がひりつくのを感じながら、声をかけた。


「思い出したの。あなたのこと」

「……わぁ、嬉しいな」

 

 彼は振り向き、すぐに柔らかく笑った。

 マチルダは背後のフェリシアンの存在を感じつつ、静かにうなずいた。


「少し、場所を変えてもいい?」

「もちろん」


 


 薄暗い談話室。重厚なソファと大きなテーブルだけが静かに佇んでいる。

 この時間帯にここを利用する者はおらず、室内には静寂が満ちている。


「あ、そうだ。一応シールドを張るよ。誰かに盗み聞きされたら困るから」


 ジェイスは本をテーブルに置き、指先で軽く円を描いた。

 すると淡い光が広がり、室内を薄く包み込んだ。


「さすがね……」

「ふふ、こう見えて首席だからね」

 ジェイスは肩をすくめ、ソファに腰を下ろした。背もたれに深く体を預ける仕草は、どこか場慣れした余裕を感じさせる。


 マチルダは向かいの一人がけソファに腰掛ける。指先がわずかに震えていた。フェリシアンは彼女の背後、壁際に立ったまま腕を組む。


 室内の空気が、静かに張りつめる。

(もし私の憶測が違っていたら――)

 そう考えると言葉が詰まる。しかし迷っていては先に進まない。

 マチルダは小さく息を吸い込んだ。

 

「あなたは……ハーラディなんでしょ?」

 恐る恐る尋ねるマチルダに、ジェイスはゆっくりと目を細めてうなずいた。

「思い出してくれて嬉しいよ」

「……やっぱり」


 マチルダの声がかすれる。心臓の音がバクバクと高鳴っている。

 ジェイスは、その期待に応えるようにニッと口角をあげて笑った。


「そうだよ。僕がジャハルカンの聖女だ。って言っても『元』だけど」

 あの頃と同じ――無邪気で、どこかいたずらめいた笑みを浮かべる。

 記憶の中の幼い聖女と、目の前の彼の姿がやっと重なる。まるでパズルの最後のピースがはまったかのような感覚が走る。


(そんな目をしていたのね……!)


 マチルダは立ち上がり、嬉しさで思わず彼に駆け寄っていた。

 フェリシアンはその光景に目を見開いて固まった。


「きっとそうだって思ったの……! よかった……本当によかった! あなた、処刑されたんじゃなかったのね!」


 唯一の友人が生きていた。

 その嬉しさでマチルダの声は震え、視界が滲む。マチルダは思わずジェイスの手を取っていた。

 

「はは……東国の聖女が、そんな簡単に死なないよ」

 彼の言葉にマチルダは涙を浮かべたまま、何度も頷く。


「そうよね。それで、どうやって男の子に変身しているの?」


 そう問いかけた瞬間、ジェイスの表情がわずかに引き攣る。


「実は……その、変装しているわけじゃないんだ」

「……え?」

「どちらかと言うと、過去の僕が女の子に変装していた、って言ったほうが正しいかな」


 彼の言葉に、空気が止まる。

 マチルダは目を見開いたまま、咄嗟に彼の手を離してしまった。


「うそ……」

「本当だよ。確かめてみる?」


 ジェイスはからかうようにもう一度手を差し出す。その手は大きく、ごつごつしていて、正真正銘男の子の手だ。

 マチルダが呆然とその手を見つめ、ゆっくりと近づいて触れようとした。


 その瞬間、二人の間にすっと影が割り込んだ。

 

 マチルダの手を取ったのはジェイスではなく、フェリシアンだった。

 今まで静観していた彼だったが、ついに痺れを切らしていた。

 いきなり現れ、馴れ馴れしく彼女に触れ、旧知の仲のように振る舞う男――ジェイスに。


 フェリシアンは険しい表情でマチルダの手を取り、後ろに隠すように立ちはだかった。


「まずはきちんと説明していただきたい。あなたが何者で、どうしてこんな所にいるのか」


 低く抑えた声だったが、その奥に鋭い圧が潜んでいるようにも聞こえた。

 フェリシアンの一声で、空気が一瞬にして冷えた。

 マチルダは目を丸くしてフェリシアンを見上げ、それから改めてジェイスに向き直る。

(確かに、今のままではまだ彼を信用できないわよね)


「……話してくれる?」


 そう言うと、ジェイスは数秒黙り込んだ。そしてわずかに視線を落とし、小さく息を吐いて再び顔を上げる。


「……そうだよね。君が思い出してくれたのなら、もう隠す必要はない。君の婚約者も疑り深そうだし、全部話してあげるよ」


 その声音から、先ほどまでの軽さが消えていた。

 彼らの目は互いに火花を散らしていたが、マチルダは気付いてはいなかった。


 

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