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12、絶体絶命


「お前、誰だ?」


 低く鋭い声が室内に響く。

 本物のレオニスの視線が、偽物――マチルダに突き刺さった。

 マチルダは、目を見開いたまま動けずにいる。本物の彼は迷いもなく歩み寄り、そのまま偽物の首に手をかけた。


「ぐっ……!」

「なるほど。魔法具の変装か。こんなもん使って俺様になりすますとは、いい度胸だな」


 締めつける手に力がこもる。見た目や声は完璧でも、魔法具の変装では体の力までは真似できない。

 本物のレオニスの腕力に、マチルダが敵うはずがなかった。


「うっ……」


 息が詰まり、視界が白く滲む。このまま失神してしまっては、正体がばれてしまう。

 これはマチルダが言い出した作戦だ。自身が罰せられることは覚悟の上だったが、巻き込んだフェリシアンが罰せられることは避けなくてはならない。


(フェリシアン……早く、逃げて……)


 意識が遠のきかけた、その時だった。

 部屋にいた侍女――フェリシアンが投げつけた分厚い本が次々と宙を舞い、レオニスの顔面に向かってとんでくる。

――ドンッ!

「うわっ、なんだよ」

 レオニスは舌打ちしながら飛んでくる本をかわす。それとともに手がマチルダの首から離れる。

 その隙にフェリシアンは、倒れ込むマチルダを抱えて隅に運び、庇うように立ちはだかった。彼は咄嗟に乱れた髪を耳にかけて息を整える。

 その仕草を見たレオニスは、ハッと目を見開いた。


「お前は……」


 見覚えのある顔だった。彼がフェリシアンの変装を見破れないはずがない。


(気付かれたか)


 フェリシアンは喉を鳴らし、冷や汗を流す。

 室内に張りつめた沈黙。

 しかしその時、部屋の外から兵士たちの騒ぐ声が聞こえてきた。


「レオニス王子殿下! ご無事でございますか!」

「増援を呼んでまいりました!」

「今、入りますぞ!」


 ドアが開かれようとした瞬間――変装していたマチルダの体が光に包まれた。


(まずい。変装の魔法具は三人以上を同時に騙すことはできない……!)


 焦るフェリシアンの腕を、突然強い力が引っ張った。


「――っ!」


 強い力で腕を引かれたかと思うと、本物のレオニスが舌打ちしながら二人を本棚の陰へ押し込んだ。


 部屋に入ってきた兵士たちの視界に入ったのは、乱れた衣服を直す王子と、本棚の陰から覗く二人分のドレスの裾だけだった。


「お、王子殿下……!」

 状況が読み取れず唖然とする兵士たちに、レオニスは気怠そうに声を上げる。

「……お前らさあ、これ見てなんも思わねーのか?」

「は、はあ? えっと、これは……?」

「どう見ても、俺たち三人でいいところだったのに、お前らが野暮な真似しやがったんじゃねーか」


 そう言ってニヤリと笑うレオニス。

 兵士たちは顔を真っ赤にして、慌てて背を向けた。


「し、失礼いたしました! ごゆっくりどうぞ!」


 ドアが閉まって足音が遠ざかる。

 静寂が戻った室内で、マチルダとフェリシアンは何が起こったのか理解が追いつかない顔をしていた。

 再び沈黙。やがて、かすれた声でマチルダが口を開く。


「……なぜ、庇ったの?」


 喉にはまだ痛みが残っている。それでも問いかけずにはいられなかった。

 レオニスは肩をすくめる。


「なぜって? 曲者かと思った奴が、知ってる奴だったんだからこうするしかないだろうが。俺は面倒ごとが嫌いなんだよ」


 そう言いながら、わずかに目を細める。


「……マチルダ。お前が何してたか知らねぇし、興味もねぇけど……もう少し賢くやれ」

「……分かってます」

「はっ、生意気だな。もっと他に言うことあるんじゃねぇのか? なあ、フェリシアン」


 フェリシアンの表情が曇った。今回の件を密告されれば、マチルダは重い罰を受けるだろう。それを理解しているからこそ、彼は深々と頭を下げた。


「殿下、庇っていただきありがとうございました」

 彼の行動にマチルダは思わず目を見張る。彼女にとって、レオニスに頭を下げるなど屈辱でしかなかった。

「おお、さすが賢い婚約者殿だな。マチルダ、お前も見習えよ」

 愉快そうに笑うレオニス。そんな彼の姿を見て、マチルダの胸に怒りが込み上げる。


(昔からこの人は気に入らない。リチャードお兄様が王宮から追い出されてアカデミーに行かされたのも、この人のせいなんだから……)


 そんな風に思ってはいても、口には出せない。

 状況が状況のため、ここは一旦折れるしかない。マチルダは引き攣った笑顔を作ってぎこちなく頭を下げた。


「……レオニスお兄様、感謝いたします」

「おう。やればできんじゃねーか」


(腹が立つわ……!)


 マチルダの眉間に皺がよる。レオニスはそんなことお構いなしに口を開く。


「それとあと一つ。フェリシアン……」

「……なんでしょうか」

「お前、結構可愛いじゃん」

「なっ」


 フェリシアンは一瞬にして顔を引き攣らせた。レオニスは楽しそうに観察し、口角を上げる。


「お前の趣味か」

「違います」

「じゃあマチルダの趣味か……なるほど、あいつもなかなか……」

「あの、勝手に納得しないで下さい」


 レオニスのペースに持ち込まれ、困惑する彼をマチルダが固い表情で庇う。

「フェリシアンが困ってます。そういうのやめてください」

「ははっ、冗談だよ冗談。じゃ、仲良くやれよ」


 軽く手を振り、あっさりと出ていった。

 マチルダはうんざりした気持ちで、その背中を黙って見送った。


「……なんだったんでしょうね」

「さあ。レオニスの考えなんて、誰にも分からないわ。でも……」

 マチルダは深く息を吐き、首に残る痛みにそっと触れた。

「とりあえず、生きて帰れてよかった」


 そう言うと、フェリシアンもほっと肩の力を抜く。

 二人は地上へと戻り、離宮の一室で変装を解いた。

 そして何事もなかったかのように庭園を歩きながら、マチルダはふと足を止める。


「フェリシアン。今日は助けてくれてありがとう。あなたも危険だったのに」

「いえ、私は何も」

 彼は首を振るが、頭の片隅にはあの時の恐怖が蘇る。


(あなたが殺されると思った瞬間、体が勝手に動いていた)


 マチルダは彼の表情を見つめ、静かに言葉を継いだ。

「でも、今度からは逃げていいのよ。あなたは協力者だけど、一緒に罰を受ける立場じゃない」

「……なぜ、そんなことを言うんですか」

 フェリシアンの声がわずかに強くなる。

「次があっても、私は助けます。……そのつもりですから」

 そう言われると、嬉しさと気恥ずかしさで胸がぎゅっと苦しくなる。

「と、とにかく!」

 マチルダは咳払いをして話題を変える。

「来週から私はアカデミーに行くわ。しばらく会えないと思う。その間、もしレオニスに怪しい動きがあったら連絡して。あの人の気まぐれを、信じてるわけじゃないから」

「あの、そのことなんですが……」

「なに?」


 フェリシアンは少し言いづらそうに視線を逸らした。


「実は、私もアカデミーに籍がありまして。マチルダ様が通われるなら、復学しようかと」

「え? どういうこと?」

「マチルダ様がアカデミーに興味を持たれたと聞いたときに受験しました。……通うつもりはありませんでしたが。だから一応、二年前から今も在籍はしてるんです」

 マチルダの頭の中が真っ白になる。

(……そんなの、以前の記憶にはなかった。フェリシアンはアカデミーに通う必要なんてないのに)

 マチルダは唖然としたまま彼を見つめる。


「驚きましたか?」

「当たり前よ……」

 呆れたようにそう答える。しかし内心はほっとしている。この数年でフェリシアンは彼女にとって相棒のような立ち位置になっていたからだ。


「だけど……あなたがいるなら心強いわ」

 マチルダがぽつりとそう言うと、フェリシアンは満足そうに柔らかく笑った。





 



 

 夕暮れの王宮は、一段と静まり返っていた。

 沈みかけた陽が、まるで血のように白い大理石の床を赤く染めている。

 第二王妃ヘレーネの居室――そこは国王の間に次ぐ豪奢さを誇りながらも、どこか冷たい静けさをまとっていた。


「遅かったのね、レオニス」

 ヴェールの奥から、低く落ち着いた声が響く。

 長椅子にもたれたヘレーネは、手元のグラスをゆっくりと傾けていた。


「母上、陛下からの晩餐のお誘いを断られたと伺いましたが……?」

 レオニスは恭しく一歩進み、控えめに問いかける。

「ええ、断ったわ。気が乗らないの」

 そう言い捨ててグラスのワインを飲み干す。

 そしてゆっくりと立ち上がった。金糸のドレスが光を反射し、彼女の銀灰色の長い髪が煌めく。


 彼女はいつものように大窓の傍で外を眺める。ちょうどそこには王宮と祭殿をつなぐ外廊下があるのだ。

 しかし。

 そこに今、国王と第一王妃。そして普段は見かけない第二王子リチャードの後ろ姿があった。

 

 ヘレーネは顔を顰めながら、その姿を見下ろす。

 レオニスはそんな母親の姿に何も言わず、ただ静かに遠くを眺めていた。

 夕陽が完全に沈む。

 血のような赤い光が床から消え、王妃の部屋には夜の闇だけが残った。



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