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9、月夜の誓い(後編)

(流石に死んで巻き戻ったなんて、現実味のないこと信じてもらえないわよね。でも、できる限り話すわ)


 マチルダはフェリシアンに自身の境遇を話すことにした。


「今日、あなたが私に聞いたこと覚えてる? 『母の形見を売ろうとしてまで行動する目的は何か』って」

「ええ、出過ぎたことを言いましたね」

 苦笑する彼に、マチルダは首を横に振る。

「いいえ、あなたに今から話します。実は私、これから起きる未来を少しだけ知っているの。予知夢みたいなもの……って言えば、信じてもらえるかしら」

 そこまで言い終えて、一度息を正す。フェリシアンは真剣な表情でこちらを見ている。

「予知夢……ですか」

「ええ。私には神力はないけれど、どうやら少し不思議な力は持ってるみたい。信じてもらえるかしら」

「……信じます。それでその予知夢と、お母上の形見はどう関係しているのですか」


 フェリシアンは不安そうに問う。

 マチルダは一度深呼吸をして、彼をまっすぐ見据えた。

「母の形見を売ってまで魔法具を手に入れようとしたのは、回避するためよ。将来何者かによって殺されてしまう未来を」


 マチルダの言葉にフェリシアンは目を見開く。


「十年後の秋に、私は死ぬ。そしてその一ヶ月前にはリチャードお兄様も亡くなったの。その未来を変えるために、私は今動いてる」

「なっ……」

 短い沈黙ののち、フェリシアンは深く息を吐いた。

「なぜそのような話を、私に話してくれたのですか」

「なぜって……あなたが私にあなたのことを話してくれたから。だから知ることができた。だから私も、あなたが聞いたことに答えるわ」

 そう言って彼の手を取った。フェリシアンは触れている手をまじまじと見つめて固まってしまった。急な出来事で混乱している様子だ。



 そんな時、向かいから再びアスベル伯爵が現れた。


「王女様、お戯れが過ぎますぞ。護衛方が探しておりますゆえ、早くお帰りください」

「伯爵……」

「お願いですから、もう息子を振り回すのはやめていただきたい。フェリシアンはあなた方王族を彩るただの花なのです。もうお気に留めないでください」


 冷淡な口調でそう言い切る伯爵。しかしマチルダは一歩も退かず、まっすぐ伯爵を見返した。


「フェリシアンは家のために、何もかもを飲み込んで王家の花になるのですか。それでいいのですか?」

「……王女様に我々の何が分かるというのです?」

「アスベル家の計り知れない悲しみは、彼の涙を見れば分かります。でも、だからって彼がずっとただの飾りのままでいていい理由になりません」


 夜風が吹き、マチルダの髪を揺らした。


「彼は花でも人形でもないわ。フェリシアンは……フェリシアンよ」

 マチルダはそう力強く宣言した。

「彼が意思を持つことで傷つけられてしまうというのなら、私が守ります」


 その言葉に伯爵の表情が苦々しく歪み、沈黙が落ちる。やがて、絞り出すように声を漏らした。


「話にならん。行くぞ、フェリシアン。王女様はもうお戻りください」

「……父上、まだ王女様とのお話は終わっていません」

「お前はまだ私に逆らうのか?」

 伯爵の低い声に、フェリシアンは息を呑んだ。しかしそのまま、黙ることはできなかった。

「誰と何を話すかを決めるのは私です。それは……今も昔も変わらないはずです」


 フェリシアンの静かな反論に、伯爵は面食らった顔をした。息子がこんなに真っ直ぐな瞳で、自分に反論してくるなど思いもしなかったからだ。

 伯爵は唇を噛み締めて俯き、小さく息を吐いた。


「……勝手にしろ。だが私の言うことが間違っていなかったと、お前もいずれ気づくはずだ」


 伯爵はそれ以上何も言わずに、屋敷に戻っていった。徐々にその背中が遠ざかる。


 空は星が瞬き、夜の庭園で月が再び二人を照らしている。


「ごめんなさい。あなたのお父上に余計なこと言ってしまったわ」

「余計なことなんかじゃ……ないです」


 フェリシアンはそう答えながら、胸の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じていた。

 

 彼女の言葉の一つ一つが、今まで抑圧していた彼の心を目覚めさせた。周囲の言いなりになることしか道はないと諦めていた彼を奮い立たせたのだ。

 自分にとって一番大切なことは何なのか、それが今分かった。紛れもなく、彼女のおかげで。


「マチルダ様、お願いしたいことがあります」


 フェリシアンは顔を上げ、ゆっくりと歩み寄る。その表情は固く、迷いはなかった。


「あなたの予知夢を実現させないため、私にも何か協力させてください」

「……本気なの?」

「はい。私はあなたの力になりたい。あなたのために生きると、つい先ほど決めました」


 フェリシアンは迷いなくマチルダの右手を取る。そしてその甲にそっと口づけを落とした。

 突然の出来事にマチルダは目を見開き、思わず頬を染める。

 先ほどまで平気だったのに、彼と目が合うとなぜかむず痒いような恥ずかしさを感じる。

 マチルダは咄嗟に顔を伏せ、息を整える。心臓がばくばくと高鳴っている。


(もう愛さないって決めたのに……)

 

 誓ったはずだった。しかしそんな誓いは、彼と話すたびに脆く崩れる。今だってそうだ。


(私はなんて意志が弱いの……だけどこの気持ちは、あなたの心を手に入れたいという愛じゃないの。これは……あなたの幸せを守りたいと思う愛よ。だからね……いつかあなたを手放す覚悟もあるわ)


 マチルダは緩んだ顔を整えると、頭を上げた。目の前には、彼の月明かりに照らされた蜂蜜色の髪が艶やかに光っている。


「ありがとう。あなたが一緒なら心強いわ。……これからは協力者としてよろしくね」


 そう言い切ると、フェリシアンは安堵したように頷いた。

 月の上に雲がかかる。

 明るかった周囲は暗くなり、屋敷の窓からの光だけがあたりを照らす。一瞬にして視界が悪くなる。

 フェリシアンの瞳がひそかに熱を帯びていることに、マチルダは気付くことはなかった。


 



一章完結です。

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