巨大蟹との戦い
これは孤高の戦士アーロンの物語。
巨大蟹の鋏が頭をギチギチと締め付ける。頑強な鉄兜がひしゃげだした。蟹の鋏の根元に剣の柄をこじいれ、渾身の力で蟹の胴を蹴り離し、俺はかろうじて抜け出した。ぐしゃぐしゃに潰れてしまった鉄兜が床に落ちる。
巨大蟹の退治を依頼された俺は海岸に近い洞窟にいる。潮の匂いがなければもっと早く蟹の接近に気づけただろう。不意打ちをくらうことはなかったはずだ。
万力のような巨大蟹の鋏から逃れた俺は、数歩駆け下がり距離を置いた。
巨蟹は巨大な鋏をゆらゆらと振り、カチリカチリと鳴らす。俺を威嚇しているのか。それとも挑発なのか。蟹の眼に宿る意思などわかるはずもないが。
巨大蟹の体高は俺の背の丈程だ。その上、鋏のサイズが尋常ではない。右の鋏は俺の両腕でも抱えきれない程の大きさがある。左の鋏はそれよりもやや小振りではあるが人の子供程度ならば胴を容易く両断するだろう。背はフジツボや海藻でびっしりと覆われている。甲羅そのものの硬度もある。背への攻撃は通らないだろう。
その上、この巨大蟹は恐ろしく素早い。次にあの巨大な鋏に捕らえられれば腕であろうが脚であろうが瞬く間に断ち切られるだろう。もちろん首でもだ。
まともに闘うべき相手ではない。逃走すべきだ。だが、それは逃走が可能ならばの話だ。横方向の移動に特化した蟹の脇をすり抜けられるとは思えない。選択は1つだ。闘うしかない。
俺は大剣を背に戻して、予備の武器である短剣を2本両手に構える。上手くいけば良いのだが。
俺は間合いを意識しながら、ゆっくりと巨大蟹に近づく。蟹は鋏の射程に入るや否や、右の鋏で襲いかかった。俺は眼を見開きタイミングを測り、眼前に迫る最大限に広げられた鋏を身を屈め紙一重で交わす。間を置かぬままに左の鋏が俺の首を狙い下方から襲いかかる。蟹の癖に連携攻撃とはね。
俺は後方に飛び退り回避した。
上手くいった。
今、俺の両手に短剣は無い。2本の短剣は、蟹のそれぞれの鋏にガッチリと噛んでいる。蟹は正確に首を狙っていた。狙ってくる場所がわかっているのなら、この程度の芸当は一端の戦士なら造作もないことだ。
俺は肩から体当りをして、巨大蟹をひっくり返した後、近くの岩を抱え、頭上高く持ち上げた。
頭はこの辺か?よくわからんな。
岩を巨大蟹に叩きつける。
グシャリ。と音がして仰向けになった巨大蟹に岩がめり込む。バタバタと蠢いていた沢山の脚が一斉にピンと伸び、そのまま動かなくなった。決着はついた。
さて、こいつは美味いのだろうか。