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前編

ドアが開くと同時に、俺は電車から飛び降り、全力疾走した。

階段を駆け下り、中央改札を潜り抜け、始業時間2分前に会社に駆け込んだ。



セーフ・・・



毎朝、毎朝、本当に疲れる。

冷や冷やものだ。


でも、これも全て彼女のため。

彼女に会うためなら、駅から会社までの500メートル走なんて、

どうってことない。




そもそもの始まりは3ヶ月前。

俺は憂鬱な気持ちで電車に揺られていた。

まだ4月だというのに、早くも5月病の勢いだ。


就職氷河期の中、奇跡的に中堅企業の内定を取り付け喜んでいたのも束の間。

入社前研修で告げられた俺の配属先は、生まれ育った東京を遠く離れた関西の地だった。


言葉も文化も全く違い、軽く海外出向状態。


幸い同期には恵まれ、「何、気取って『~じゃん』とかゆーてんねん」と、

毎日激励の言葉を貰っている。


でも、見ず知らずの土地で1人暮らし、というのはやはり疲れる。

いつ東京に戻れるのかも分からない。

コネも何もない中での営業。

2週間も経たないうちに、俺の疲労はピークに達した。


そのせいなのか、なんなのか。

ある木曜、俺は寝坊した。

時計の針が8時を指しているのを見た時には、なんの冗談かと思った。


入社して2週間で遅刻なんて、シャレにならない!!!


とにかくスーツに着替えて、鞄とネクタイを掴んでボロアパートを飛び出した。

今時オートロックもついていない木造アパートの階段は、

かろうじて俺の大きな足音に耐えたものの、「ミシミシ」と悲鳴を上げた。


だけど、階段が崩れ落ちようが、爆発しようが今の俺には関係ない。

とにかく会社だ!!!


行くのがあんなに憂鬱な会社なのに、遅刻しそうとなればこんなに必死になる。

日本のサラリーマンは悲しい。


って、そんなこともどーでもいい!


俺はホームに入ってきた電車に飛び乗った。



・・・しまった。

これ、各停だ。


そう気づいた時には、もうドアは閉まっていた。

急いで携帯で乗り継ぎを確認するが、幸か不幸かこれより早く会社に着く電車はない。

とどのつまり、急行がない時間帯なのだ。

そうだよな、もう通勤ラッシュは終わってるのだから。


大して身長もなく細い俺は、いつも電車の中でもみくちゃにされているが、

今日ばかりはあのラッシュが懐かしい。



仕方なく信じられないくらい空いている席に腰を降ろす。


あー。今日、朝一で会議だったよな・・・

間に合わなかったらどうしよう。

別に俺が出なくたって、何の影響もないけど、

「この場にいる」ってことが一番大事な会議だもんなー・・・


課長になんて言い訳するか考えていると、

電車が小さな駅に止まり、何人かの人が乗って来た。


ここ、なんて駅だっけ?急行だと通り過ぎるもんな。

ああ、各停がうらめしい。



その時、電車に乗ってきた1人の女性に目が行った。

最初はその荷物に。

大きくて四角い、薄い鞄。

ほら、あれだ。

絵を入れるやつ。


ってことは、当然中には絵が入ってるんだろう。

美大生か何かかな?

こんなとこに、そんなのあったっけ?


そう思い、今度は視線を上げてみる。


そして・・・俺は息を飲んだ。



美しい。



生まれてこのかた、女性に対して「美しい」なんて思ったことがない。

綺麗、とか、かわいい、ならしょっちゅう思うけど、

彼女は違う。

まさに、「美しい」。


思わず、「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」なんて言葉が頭を過ぎったくらいだ。


背が高く、スタイルがすごくいい。

くっきりした目鼻立ちに、綺麗な長い髪。

そしてその凛とした佇まい。


彼女の周りだけ空気が違う。



俺は生まれて初めて、一目惚れというやつを経験した。




それ以来、俺は毎日その各停に乗るようになった。

彼女も毎日同じ電車の同じ場所に乗る。


もちろん、俺は見てるだけ。

声をかけるなんてできない。


それでも毎日見ていれば、少し彼女のことが分かってきた。


彼女は、俺の住んでる駅から2駅行ったところで乗ってきて、

そこから4駅行ったところで降りる。

服はいつもスーツのようにカチッとしたもの。

そしてその大きさは様々だけど、必ず絵らしき物を持っている。


もしかしたら、絵画関係の仕事をしているのかもしれない。


歳は・・・大人っぽく見えるけど、多分まだ若い。

下手すりゃ10代。

よくて二十歳。


俺は22歳だから、年齢的にはいい取り合わせじゃないか?

なんて虚しいことも考えてみる。

だって、彼女に言い寄る男なんて吐いて捨てるほどいるに違いない。

安月給のしがないサラリーマンなんて、見向きもしないだろう。



たく、毎日毎日電車の中で好きな人を見つめる・・・って、どこの少女漫画の主人公だよ。

俺、男だし。


情けなくなりながらも、彼女と会う(一方的に)のをやめられない。


一目でも彼女を見れると、その日仕事を頑張れる。



で、こうして今日も、500メートル走だ。






おかしい。


そう気づけたのは、もう4ヶ月以上、彼女を見続けているからだろう。


一見、変わった様子はない。

いつも通り、荷物が他の客の邪魔にならないように、電車の隅っこで立っている彼女。


ただ、時折、壁に頭をもたれさせる。

それだけ。


それだけだけど、今まで彼女はそんなこと、一度だってしたことがなかった。

いつもシャキッと立ち、前を見ている。


何かあったのかな。

仕事で失敗したとか?

そうだよな、そーゆーこともあるよな。


頑張れ。


俺は、心の中でエールを送った。



でも、翌日も彼女は元気がなかった。

昨日みたいに、たまに壁に頭を預け、

苦しげに少し口を開いてため息をついたりしている。


もしかして、体調が悪いのか?

顔色もよくない気がする。



電車が、彼女がいつも降りる駅に滑り込み、彼女がドアに向かう。


そして俺も・・・無意識のうちに彼女の後を追っていた。




「あの」

「え?」


ホームで彼女に声をかけて、初めて気づいた。

俺、何してるんだ?


もう電車は行ってしまった。

完全に遅刻だ。

でも、焦る気持ちはない。


それよりも、彼女に声をかけてどうするつもりなのか、自分に呆れてしまった。


「・・・なんでしょうか?」


彼女が訝しげに俺を見る。

あやしいキャッチセールスの兄ちゃんとでも思ってるのだろうか。


「えっと」


いきなり「辛そうですね。大丈夫ですか?」なんて言ったら、ドン引きかな?


やばい、どうしよう・・・


「あの、ですね」

「・・・はい」

「僕、」

「・・・」

「あなたのことが、好きなんです」






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