第8話 星の落ちた日
その日も、空には三つの月が浮かんでいた。
「また、ジュンが泣いてるのか」
レンはため息をつきながらも、壊れた魔導機械を片手に小屋の奥へと向かった。そこでは年下の後輩魔導士ジュンが、いつものように回路の焼損を前に肩を落としていた。
「やり直しだな。大丈夫、こういうのは何度も失敗するもんだ」
肩をすくめて笑うレンに、ジュンは申し訳なさそうに目を伏せる。
「……ありがとう、レン先輩」
レンは答えず、修理道具を広げた。無言のまま、焼けた部分を見つめていると、自分の中にふと、小さな欠片のような感情が浮かぶ。
――兄弟って、こういうものなのかな。
レンには家族がいなかった。親の顔も、兄弟の記憶もない。小さい頃に拾われ、魔法技術の訓練施設で育った。上下関係と規律の世界で、誰かに頼ることも、甘えることもなかった。
けれどジュンや、他の若い仲間と過ごす日々の中で、彼は徐々に「誰かを守りたい」と思うようになっていた。
その日の夜、異常なほどの魔力密度が研究棟を包んでいた。
「実験を止めるべきだ」
レンは直感でそう言った。だが、研究主任の男は首を振る。
「今止めれば、明日の陽光に合わせた計算が狂う」
「でも、魔力が……これは爆発の前兆だ」
主任が躊躇したその刹那、実験炉の魔力核が脈動し始めた。赤い光が脈打ち、空気が揺れる。
――ああ、間に合わない。
レンは迷わなかった。隣で固まったジュンを突き飛ばし、炉の奥に駆け込む。
「レン先輩ッ――!」
ジュンの叫びが遠ざかる中、レンは振り返らず、魔力中和装置のレバーを全開に引いた。
「誰かが……やらなきゃ、誰も守れないだろ……」
その瞬間、世界が白く弾けた。
空間が裂け、重力がねじれ、思考が砕ける。
光の中で、レンはふと――子どもが笑っている光景を見た。兄の手を握る、小さな女の子の幻影。
――ああ、いいな。俺にも、妹がいたら……
そして、彼の意識は深く、遠く、まだ見ぬ世界へと落ちていった。




