第5話 暴力と沈黙
放課後の教室は、夕陽が窓から斜めに差し込み、机の影を長く落としていた。すでに多くの生徒は帰り、教室には人気がなかった。
その空間に、重苦しい空気が漂っていた。
「おい、レン。」
声をかけてきたのは、ツカサだった。机で鞄を詰めていた俺は、手を止めて振り返る。
「この前のディスカッション……あれ、わざとか?」
「……わざとって?」
俺は静かに答える。ツカサの目が鋭く光る。
「お前のせいで、みんなの前で恥かいたんだよ!」
ツカサの声が少しだけ上ずっていた。怒りと、焦りと、どこかにある羞恥の混じった声だった。
俺は何も言わなかった。ただ立ち尽くし、視線を逸らさずにツカサの目を見返していた。
その沈黙が、ツカサの苛立ちに油を注ぐ。
「黙ってりゃ済むと思うなよ!」
ツカサが机の間を抜け、俺に詰め寄る。肩を小突かれ、俺はわずかによろめいた。
その瞬間だった。
「やめて、ツカサくん!」
ノノカが教室の入り口から駆け込んできた。間に入るように、俺とツカサのあいだに立ちふさがる。
「こんなの、おかしいよ。言い合いなら言葉でしなきゃ!」
「邪魔すんなよ!」
ツカサは怒鳴り、思わずノノカに向かって手を振り上げた。
その手が落ちるより早く——
(……動け、バケツ)
俺は心の中で念じた。頭の奥にピリリと電流のような感覚が走る。
教室の隅に置かれていた掃除用のバケツが、わずかに震え、するすると動いた。そして、ツカサの足元をかすめるように転がる。
「うわっ!」
ツカサはバランスを崩し、そのまま机の脚に足をぶつけ、床に尻もちをついた。
騒ぎに驚いたノノカが小さく叫び、俺も思わず息を飲む。
バケツはそのままゴロゴロと転がり、壁に当たって止まった。
「……な、なんだよ、これ……!」
ツカサは立ち上がると、バケツを睨みつけたが、そこには俺を責める理由は見つからない。ただの事故にしか見えなかった。
ノノカは無事だった。俺を見ると、少しほっとしたように微笑んだ。
でも、俺はうまく返せなかった。ノノカの視線がまぶしすぎた。
そしてその視線の裏に、もうひとつ、冷たい視線を感じた。
教室の窓の向こう、廊下の影に立つ誰かの姿。
アナザーだ。
遠くから、こちらをじっと見ていた。
(……魔法、見られたかもしれない)
胸の奥が冷たくなる。バレたらどうなる? なぜここにいた? 何のために?
問いが浮かび上がっては、どこにも行き場がないまま沈んでいった。




