第15話 暗号
アナザーは静かな部屋に座り、両親の書斎を見渡した。ジャスティ国からオリジ国へ引っ越してきた家。家具も書類も、外見は普通の家庭そのものだが、その一つひとつに意味があることは薄々感づいていた。両親がスパイであることも、少なくとも表向きは隠しているつもりでも、彼女にはお見通しだった。
だが、アナザーは長い間、無関心を装っていた。自分が魔法を使えることも、両親の秘密も、深く関わろうとはしなかった。昨日のレンとのバトルが頭をよぎる。あの感覚――怒りと恐怖が伝わってきた。さらに、それ以上の意思。自分も、これまでの無関心で済ませてはいけない、と感じさせられた。
「……あの暗号を解くには、大きな情報を提供するしかない」
独り言のように呟く声は、ほとんど聞こえない。だが、その言葉が自分の覚悟を定めた瞬間だった。アナザーは机の引き出しから、両親の日記をそっと取り出す。暗号化された文字がびっしりと並び、ページをめくるたびにずっしりとした重みが指先に伝わった。
アナザーは静かに深呼吸し、携帯を取り上げた。父親の番号を押す。指先は震えていなかったが、胸の奥で小さな緊張がくすぶる。電話がつながると、声は淡々としていた。
「父さん、知ってるよ。あなたたちがスパイだってこと。そして、私は魔法使いなんだ」
しばらくの沈黙。父親の声は戸惑いに揺れる。
「アナザー……それは……どういうことだ?」
「説明はしない。ただ、私は黙ってはいられない。今、この電話をする必要があったの」
アナザーは電話を切る。呼吸を整え、日記を見下ろす。静かに、しかし確実に、魔法が反応する兆しを指先に感じた。提供した情報、告白した事実――十分すぎるほどだ。
淡々とした顔の裏で、わずかな高鳴り。アナザーは魔法を発動させ、暗号化された日記の文字が光を帯びて変化していく。目に映るのは、ジャスティ国とピース国がオリジ国の領土を二分する計画。戦争の裏にある陰謀の全貌が、冷徹なほど明確に浮かび上がった。
アナザーは息を吐く。震えることも、泣くこともない。だが、淡々とした瞳の奥には、これまでにない決意と緊張が宿っていた。
自分が動くことで、世界の歯車は少しずつ変わる。動き出したものは、もう誰にも止められない。




