第12話 レンの言葉
アナザーは、ゆっくりと俺の前に立ち塞がった。
その姿は影のように静かで、顔には冷ややかな確信が宿っている。
「そのやり方では平和は訪れない」
――平和?
胸の奥が焼けつくように逆撫でされる。
ふざけるな。何が平和だ。やつらは俺のアイリを奪った。俺の大切な存在を踏みにじった。平和を奪ったのはやつらだ。
「邪魔するな!」
怒声と同時に、俺の腕から炎がほとばしった。
怒りがそのまま魔力へと変換される感覚は、これまでになく鮮烈だ。全身の血が沸騰するように熱く、燃え盛る力が俺を包み込む。
こいつを吹き飛ばせばいい。そして軍も、すべて――。
だが。
アナザーの掌から解き放たれた青い奔流が俺の炎をあっさりと呑み込み、白い霧となって宙に散った。氷の針のような冷たさが肌を突き刺し、肺まで凍りつく感覚が広がる。
「お前のやり方では、何も変わらない」
その声は、深い井戸の底から響いてくるように静かで揺るがなかった。
――魔法。やはり、こいつも魔法世界からの転生者か。だが、だから何だ。
俺にとっては関係ない。黙れ。俺はもう、言葉なんて信じない。力でねじ伏せる、それしか残されていない。
炎を叩きつける。
怒りの塊を、次々と。
だがアナザーは一歩も退かず、ただ淡々と水流でそれを受け止めていく。冷たい飛沫が辺りに散り、焼け焦げた大地に霧が立ち込めた。
その立ち姿は、まるで俺の激情を子供の駄々として受け止めているかのようだった。
「話そう。拒絶するな」
「うるさい!お前に……お前に何がわかる!」
喉が裂けるほどの叫び。
その瞬間、胸の奥で何かがぷつりと切れた。
炎が――出ない。
魔力の流れが途絶え、まるで燃料を奪われた炎のように、内側からしぼんでいく。
空っぽだ。全身の芯にまで空虚が広がっていく。
「は……? なんでだよ……」
足が震え、膝が崩れそうになる。
手の中には、もう何も残っていない。
「お前が対話を拒めば、力は発動しない。……当然だろう」
アナザーの声は、遠くから聞こえてくるようにぼやけ、揺らめいていた。
俺は唇を噛みしめることしかできない。歯の隙間から血の味が広がる。それでも、うつむくことしかできなかった。
「ここまでだな」
短く言い残し、アナザーは背を向ける。
濡れた足音が砂を踏み、徐々に遠ざかっていく。
残された俺は、熱も力もすべて失ったまま、その背中をただ見送るしかなかった。




