第10話 静寂の空白
朝、空はどこまでも青かった。
窓の外では小鳥が鳴き、風に揺れる洗濯物が軽やかに踊っている。
「……一人で大丈夫か?」
布団の中のアイリが、小さく首をふる。額に触れると熱はまだ下がっていなかった。
「今日は休んでな。おかゆ、作っておいたから」
アイリの細い指が、俺の袖をつかむ。その力の弱さに、俺は胸がぎゅっと締めつけられた。
「絶対、すぐ帰ってくる。な?」
うなずいたアイリを布団に寝かせ、俺は玄関を出た。後から思えばその背中が、小さくちぎれた別れのように感じた。だが俺はまだ気づいていなかった。
教室にはいつもの顔が並んでいたが、空気はどこかざわついていた。教師のスマホが鳴り、生徒たちの端末にも緊急通知が届く。
空襲。ジャスティ国による報復爆撃。標的はオリジ国の都市部。
俺の指は震えながらニュースアプリを開いた。見慣れた地図の上に赤く点滅する警告マークが浮かぶ。
その位置は……俺の自宅と、完全に重なっていた。
ニュース映像に切り替えると、そこには見知った光景が瓦礫に変わった姿があった。壊れた建物、立ち昇る煙、助けを呼ぶ声……いや、声さえもう、聞こえない。
《ジャスティ国の報復による大規模爆撃により、XX区は壊滅。生存者の確認は困難……》
生存者、確認困難。
困難、という単語が、まるでナイフのように俺の胸に突き刺さった。
目の前がゆがんだ。喉が詰まった。誰かが肩をたたいていたが、その声はもう届かなかった。
俺は立ち上がり、教室を出た。廊下も、校舎の外の風も、すべてが静かだった。なのに、俺の内側では、世界が音を立てて崩れていた。
走って家へ向かった。
けれど家はもう、そこにはなかった。
瓦礫の山と、封鎖線。立ち入り禁止の黄色いテープ。それを越えようとした瞬間、誰かに止められた。軍の人間だろうか。警官かもしれない。もう、どうでもよかった。
「妹が……あそこに……!」
喉が枯れそうな声で叫ぶ。でも誰も俺を通してはくれなかった。
その晩、俺は灯りの消えた仮設住宅で、ひとり丸まっていた。携帯の画面には、ニュースの速報が繰り返し流れていた。
《XX区の爆撃被害、生存者は絶望的》
その言葉が、決定的な印となって心に刻まれた。
アイリは、いない。
今朝、アイリを置いてきた自分がすべてを壊したのだ。
夜が明けても、俺は動けなかった。胸に空いた穴は、どれだけ泣いても埋まらなかった。
過去の記憶が脳裏をよぎる。
魔法を見せて笑ってくれた顔。
寝る前に言った「おやすみ、にいに」。
すべてが、幻のように遠ざかっていく。
「……なにが魔法だ…なにが無双だ……」
ひとりごとのように、ぽつりと漏れた声。ひとりごとを言っていることにも気づかなかった。




