第1話 転生者、こっそり無双する
俺はレン。
魔法世界から地球に転生してきた、高校一年生だ。
転生前の話? うん、まああったけど、語るほど大層なもんでもない。魔法使いとしては「中の下」、平民に毛が生えた程度の実力だったし。
でも、こっちの世界じゃ違う。魔法が存在しないこの地球では──俺ひとり、チート持ち。
だが俺は目立ちたくない。
隠れてこっそり、静かに無双する。これが俺の信条。
「ヤバい、遅刻コースだこれ!」
坂道を駆け上がりながら、鞄を抱えて時計を見る。始業チャイムまで、あと五分。
空は快晴。まるで「お前は間に合わない」と笑っているかのようだ。
ようやく校門が見えた……と思った、その時。
「すみません、ちょっと……」
声をかけてきたのは、白髪混じりのおじいさん。額に汗、手にはスマホ、顔には完全なる「迷子」マーク。
「駅はどっちでしょうか? この地図、見てもさっぱりで……」
ふとスマホの画面を見ると、出発まで十五分の電車が表示されていた。
……どうやら間に合わないと、孫の入学式に遅れるらしい。
「駅なら、あのコンビニの角を左に曲がって真っ直ぐです。五分で着きますよ」
「おお……ありがとう! 助かりました!」
何度もお礼を言いながら、軽快に歩き出すおじいさん。
俺はその背中を見送り、軽く息を吐いた。
「さて、俺も行きますか」
校門の上の時計を見上げる。もうあと一分も残されていない。そっと指先を鳴らす。
カチリ、と音が鳴ったような気がした。空気の流れが一瞬だけ変わる。
まあ、別に時を止めるなんて大げさなことじゃないんだけどな。
俺は笑みを浮かべて歩き出す。堂々と校門を通過。クラスに着き席に座る。
──俺の日常は、ちょっとだけ不思議にできている。
「おはよー! あれっ、間に合ったの? てっきり門前ダッシュかと思ったのに!」
席につくやいなや、わーっと騒がしい声が飛んできた。
声の主は、ノノカ。多弁系元気娘。エネルギーの塊。
「なんとか。ギリだったけど」
「なんとかって顔じゃないよそれ! 余裕すぎてズルいわー。っていうか今日、チャイム鳴ってないよね。壊れちゃったのかなあ。レン君は運がいいなあ。あっもしかしてチャイムを壊した? 魔法が使えるとか。いや、まさかね、ふふふ」
ぐいぐい詰め寄ってきたと思えば、次の瞬間には自分の机に戻っておしゃべりを再開している。自由人にもほどがある。
けど、不思議と疲れないんだよな。どこか懐かしいというか、魔法世界にはいなかったタイプというか。
……この世界での生活は、案外悪くない。
魔法を使うのは、人目につかないほんの一瞬。
俺は、ただ人に親切にして、生きているだけだ。