そういう契約ですので…
少し登場人物のファミリーネームは遊び心でつけてしまいました。
皆様にも深く考えず楽しんでいただければ幸いです。
今、わたくしの前には夫のローランドと、学園時代ローランドの恋人と噂されていたシリカル男爵令嬢のリリアさんが座っています。
何故我が家に無関係な彼女が、ここにいるのか分かりませんが…。
コルセットの要らないワンピースを着ておられるためか、リリアさんのお腹は少しふっくらしているように見えました。
何故か二人掛けのソファに並んで座る彼らを眺めながら、わたくしは学園時代のことを思い返しておりました…。
〜・〜・〜・〜・〜
話は学園時代にまで遡ります。
最終学年を迎えたわたくしエリザベスは、広大で豊かな領地を持つモッテル侯爵家の一人娘として、その侯爵領の運営を一緒に支えてくれる婿候補を探しておりました。
元々わたくしには、幼い頃から第七王子クリストファー゠オーランド様という1つ年上の婚約者がいたのですが…彼が学園でアイハアール伯爵家の庶子マロンさんと“真実の愛”に目覚めてしまい…卒業パーティーというみんなが集まる席で、わたくしとの婚約破棄を宣言するというヤラカシをしてしまわれました。
もちろん、彼有責で婚約破棄することがすぐに決まりました。
7番目にもなりますと、子沢山の王家では叙爵する爵位も領地もありません。
ですから早い段階で婚約をまとめ、領地持ちの跡取り娘の婿に出そうと考えた親心でしたのに…勝手に破棄してしまったので、どうしようもありません。
勿論、庶子のマロンさんに継げる爵位などございません。
二人ともわずかばかりの支度金をもらい、平民として放り出されたそうですが…まあ“真実の愛”があるので、何とかなるのでしょう。
わたくしにはもう関わりのない方たちなので、その後のことは存じ上げません。
そんな理由で、卒業を1年後に控えた慌ただしい時期に、改めて婿探しをすることになったのですが…
侯爵家の婿ですから、それなりの身分で嫡男ではなく、婚約者のおられない適齢の人なんて…そうおりませんでした。
こうなったら、他国にまで候補者の範囲を広げようか?と父と話しておりました時に、我こそはと立候補してきたのが、後に夫となるローランド゠スッカラー侯爵令息です。
彼はうちと同じ侯爵家の三男ですが、嫡男でも嫡男を支える次男でもないため、騎士を目指すか王宮文官を目指すかして、禄を食むしかありませんでした。
残念ながら武術にも知性にも恵まれず、あるのはそのご自慢のお顔と高貴な血のみだったローランドは、卒業まであと一年というギリギリの時期になっても、何の努力もせず、ただ未来のない自分の将来を憂いていたのですが…
そこに降って湧いたように現れたのが、高い身分に経済力もある侯爵家の婿という、素晴らしい未来でした。
彼はすぐに今までの交際関係を清算し、婿に名乗り出て、彼のご自慢の美しい顔と歯の浮くような甘いセリフで、モッテル侯爵家の婿の座を射止めました。
そして当初の予定通り、わたくし達の卒業と同時に結婚し、つつがなく3年の月日が経ち…冒頭に戻ります。
〜・〜・〜・〜・〜
目の前に座り、ずっと押し黙っている夫の手を、何故か隣に座るリリアさんが勇気づけるように握ると、夫は覚悟したように話し始めました。
「エリザベス、僕達が結婚して3年の月日が経った…」
「そうですわね…」
「貴族には跡継ぎを残す義務がある。でも僕達の間には、3年経った今も子供がいないから、何とかしなくてはならない…」
「そうですわね…」
当たり前のことなので、ただわたくしは相槌を打っていただけのことなのですが…。
それを何かのGOサインと勘違いした夫は…
「そこで僕は第二夫人を迎えようと思うんだ…幸い、リリアのお腹には僕との子供もいる」
目の前の夫は一度リリアさんに微笑みかけ、手をしっかりと握った状態でこちらに向き直ると、強い意志を持った眼差しでそう告げた。
わたくしと彼の視線が交わります。
彼の意志は固いようです。
「子供が出来たのなら仕方ありませんね…では離婚ということで…」
わたくしが冷静にそう答えると…
「そんな…!!正妻である君を追い出すつもりなどないんだ…。ただ第二夫人に彼女を…」
慌てだす夫と、隣で喜んだ表情を必死に隠そうとするシリカル男爵令嬢…。
そんな二人を呆れた目で見つめながら、わたくしは執事を呼び、書類を持ってこさせました。
目の前に置かれた離婚届けを前に、夫は戸惑ったように確認してきました。
「本当に離婚で良いのか…勿論それなりの慰謝料は支払うつもりだが、これまで侯爵令嬢として生きてきた君が、この家を出て、どうしてやっていくんだ…?」
何の才能も持たない夫は、取り柄は顔と高貴な血以外ありませんが、3年一緒に暮らした妻が路頭に迷うのでは?と心配するくらいの気遣いは出来るようでした。
でも、ご心配には及びません。
と申しますか…ご自分達の方こそ、これからどうされるのかしら?
「どうもいたしませんわ。だって…ここから出ていくのはローランドですから」
わたくしのその言葉に、ローランドはクワッと目を皿のように広げました。
「何を言っているんだ!!僕は次期侯爵だぞ!!」
焦りのあまり、唾が飛んでいます。
わたくしは思わず、彼の正面から席をずらしました。
「誰がそのように申しました?あなた後継者としての教育など、何も受けていらっしゃらないでしょ?」
「それは…」
ご自身、この3年間侯爵家のお金を持ち出して遊び呆けていた自覚はお有りなのでしょう…。たぶん、その大半は隣の男爵令嬢に流れていたのだと思いますが…。
「じゃあ、侯爵家は誰が継ぐんだ?我が国は女性に継承権はないじゃないか!!」
そう…まだ男尊女卑の考えが残る我が国では女性に継承権はございません。
だから、ローランドもいずれ自分が侯爵になれるなどと勘違いしてしまったのでしょうね…。
同じ過ちを、前の婚約者のクリストファー様もされて、現在は平民になられたという前例があるのに…学習されませんわね…。
「次の侯爵は、侯爵家の血を継ぐわたくしが産む息子が継ぎます。まだまだ父侯爵は若くて元気ですから、孫が育つまで頑張れるでしょう」
「でも…3年も経つのに、君に子供は…」
気まずそうな顔をしながら、ローランドは告げてきましたが…
「そうですわね。残念ながら貴方との間に子供は望めませんでしたが、次の夫との間に出来た息子が継げば良い話ですから…。
わたくしが子供を産めることは、医師の診断済みですし…」
「「えっ…」」
二人とも、何を驚いておられるのかしら…?
「そのことは、わたくし達の婚姻契約書にも認られておりましたけれど…。 ですから、3年経っても子供が出来ない時は、夫に原因があるとして離婚する旨がここに…」
わたくしは、離婚届けと一緒に持ってこさせました、婚姻契約書の控えを広げながら説明いたしました。
そこには、わたくしが王家お抱えの医師にブライダルチェックを受けていること。
なので、子供が出来ない時は、男性側に要因があるか、二人の相性が良くないとされること。
この婚姻は後継者を産み育てることを目的とした婚姻のため、3年経っても妊娠の兆候がない時は速やかに婚姻関係を解除し、その場合離縁した夫には3年間務めを果たした慰労金として、三千万ソルの支払いがされることが認められている。
「じゃあ、僕はたった三千万ソルの金を渡されて、この家を追い出されるのか…」
悲壮な顔をするローランドに追い討ちをかけるように、わたくしは正しました。
「こちらもちゃんとお読みになって…」
そこには、もし婿であるローランドが妻を裏切り不貞行為を働いた時は、五千万ソルの賠償金を支払うと書かれている。
「この五千万ソルの内訳は、あなたの婿入りのために支払われた結納金が一千万ソル。毎月支払われた百万ソルの支度金3年分とわたくしへの慰謝料四百万ソル…合わせまして五千万ソルですわね。
この3年間、特に侯爵家のために役立つ活動はされておりませんが、わたくしも鬼ではございません。
これから乳飲み子を抱えて、平民となられる元夫のために、三千万ソルの慰労金は差し上げましょう。
ですから…差し引きいたしまして、二千万ソルお支払いくださいませ」
わたくしが笑顔でそうお伝えしますと、ローランドもリリアさんも抜け殻のようになってしまいました。
もちろん取り立ては、契約書に記載された通り、スッカラー侯爵家の方にさせていただいたので取りはぐれはございません。
ついでにシリカル男爵家にも、侯爵家の婚姻関係を壊した慰謝料として二百万ソルを請求しておきました。
もうとっくに成人しておられますが、一応男爵令嬢ですから責任は保護者に取っていただかないといけませんからね…。
その後何年かのちに…街でたまたま出会したローランドが、停車している侯爵家の馬車を見て駆け寄って来ました。
生活に困っているのか、かなりみすぼらしい姿をされています…。
危険を察した従者が扉の前に立ちふさがると…
『僕は騙されていたんだ!!リリアの子は髪色も瞳の色も、ちっとも僕に似ていなかった…
やっぱり僕が愛する人は君しかいない。2人でやり直そう!!』
と外から大きな声で叫び始めました。
顔だけはよろしいので、周囲の観客からは突然芝居が始まったように見え面白いのかもしれませんが…今すぐ外に出たいわたくし達にとってはとても迷惑な行為です。
そもそもの前提が間違っているのです。
だってわたくし達の間にございましたのは、愛とか恋ではなく、共に後継者を産み育てるという義務だけでしたから…。
それを果たせなかった彼に、わたくしとしましては、もう何の未練もございません。
「お母様、お知り合い…?」
馬車からいつまでも出られないことに退屈した可愛い息子が、ひょっこり馬車から顔を出しました。
「サミュエル、危ないから頭引っ込めて。
こちらは、今はうちに全く関わりのない平民の方だから…」
ローランドは信じられない者を見るような目で、わたくしと…わたくしの隣に座るモッテル侯爵家の血を色濃く継ぐ息子を見つめました。
モッテル侯爵家は代々黒髮に黒い瞳を持つことが特徴とされています。
「その子は…」
ローランドがサミュエルについて尋ねようとした時に…目の前のレストランの扉が開き、中から銀髪碧眼の美丈夫が出てきました。
「エリザベス、サミュエルどうした?
いつまでも店に入って来ないから心配になって迎えに来たのだが…この男は何者だ?」
家族揃ってのお祝いのため、先にレストランで打ち合わせをしていた夫のフランシス様は、馬車が到着したのに、いつまでも中に入って来ないことを心配して迎えに来てくれたようです。
すると…
「お父様〜」
お父様大好きのサミュエルは、母の横をすり抜けて扉を開けて飛び出し、父に飛びつきました。
「こらこら、お母様に待つように言われたのに勝手に出てきてはいけないよ」
そう言いながらも、息子が可愛くて仕方ないのか、フランシス様はその逞しい腕に息子を抱き上げます。
放心して何も出来ないだろうローランドを放置して、わたくしも夫の元に参りますと…
「彼は…?」
ヤキモチ焼きな夫が、顔だけは良いローランドを気にされるので…
「元スッカラー侯爵令息です」
と感情を込めず事実のみを告げました。
「ああ…彼か…」
私の前夫のことを知っている現夫は、目の前の彼がそうだと分かると興味を無くしたようでした。
それよりも、今は腕の中の息子と目の前の愛しい妻を喜ばせることの方が大切です。
「サミュエル、君のリクエストしていた苺尽くしのデザートは用意できているし、隣国のお祖父様お祖母様も沢山プレゼントを用意して待っている。さあ、行こう」
今の夫は隣国のエラーイ公爵家の次男で、国王の甥というとても高貴な人です。
モッテル侯爵家は領地が隣国に接しているため、避暑でうちの領地に遊びに来られていたフランシス様とは、子供の頃から交流がありました。実はその頃からわたくしのことを想っていてくれたということで…。
でも、わたくしは幼少期から第七王子の婚約者だったため、王家との婚約に口出しはできないと、あきらめて留学されていたそうです。そして四年の留学を終えて帰国したら、何故か私が第七王子と婚約破棄し、その後顔だけの侯爵子息と結婚し、離婚したと聞いて、今を逃してはいけない!!とすぐにプロポーズしてくれたのでした。
モッテル侯爵家としましても、願ってもないご縁でしたから、すぐに婿に入ってもらい、何の問題もなく嫡男も生まれ…今はお腹の中に第二子がおります。
今日は長男サミュエルの3歳の誕生祝いと懐妊を祝うため、隣国から義父母が来てくれたので、最近流行りのレストランでお祝いするところです。
モッテル侯爵家の色をもつサミュエル。その息子に「お父様」と呼ばれる隣国王家の色をもつフランシス様。
わざわざ尋ねなくても、現状は理解できたでしょう。
以降、街でローランドを見かけることはありませんでした。
〜・〜・〜・〜・〜
「また何か大切な書類を見ているのかい?あまり根の詰めすぎもよくないよ。
コーヒーでも飲んで、少し休憩したらどう?」
わたくしがメガネを取り出して、真剣に書類とにらめっこしていましたら、夫がコーヒーを持ってきてくれました。
給仕されるのが当然の身分なのに、夫はコーヒーを淹れる時の香りが好きだと、これだけは自ら行います。
「あなたありがとうございます、いただきますわ」
メガネをケースに戻し、ギュッとなった目頭を揉んでほぐすとスッキリします。
わたくしも初老と言われるお年頃になりましたので、メガネを掛けて見ないと大切な文章を見落としてしまうかもしれなくなりました。
「すごく厳しい顔をしていたけれど…どうしたの?」
そんなに厳しい顔をしていたのかしら?
わたくしは、さっきまで自分が見ていた書類を夫に渡しました。
「これは…王家からフランソワへの見合いの釣書?」
フランソワは、わたくしとフランシス様の間に生まれた長女で、今年16歳になります。
昨年、長男のサミュエルが、隣の侯爵家のミランダ嬢を妻に迎えましたので、フランソワもそろそろお相手を見つけなければと思ってはいたのですが…。
「あの子沢山王家は、また我がモッテル侯爵家に盆暗を押しつけてきたようですわ…」
釣書には、オーランド王家5男とあり、見た目はソコソコだけれど、成績は中の下、体力なし、語学は公用語のみと記載されております。上級貴族なら3カ国語以上は必須なのに…。
「断りましょう」
わたくしは、釣書をパタンと閉じると迷うことなく不採用の箱に入れました。
「王家からの申し出をそんなに簡単に断っても大丈夫なのかい?」
夫は、面白いものを見るように、わたくしが王家の釣書を不採用の箱に入れるのを見ておりました。
「問題ありませんわ…だって…」
王家は、幼いわたくしと第七王子の婚約を無理矢理お願いしてねじ込んだにも関わらず、王子が人前で一方的に婚約破棄を突きつけるという失態を犯したので、今後モッテル侯爵家は王家との縁談をこちらの意思でお断り出来るという権利をもぎ取りました。
「そういう契約ですので…」
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
(方言が出てしまっていたところもご指摘いただきありがとうございます。少し修正しております)
ランクインしまして、他の作品にも興味をお持ちいただき、とても喜んでおります。
ありがとうございます。




