アロハ!ジャパニーズ
アロハ!ジャパニーズ
さあ、 ハワイのミチコの話をしよう。
それはもう40年以上も前の古い話である。
真一が乗船している神星丸は横浜出港直後こそ穏やかだった海も北海道にそって北上し千島列島にかかるころには大荒れに変わり、来る日も来る日もどんよりと暗い空に凍るように冷たい強風そして大きなうねりと白い波しぶきが北米西岸に到着するまで続いた。
まさに船員仲間からも恐れられている冬の北太平洋、低気圧の墓場といわれるあれである。「トン、トン」とドアをノックする音に続いて「セカンドエンジニアー」とナンバン(ナンバーワンオイラーの略)の当直交代で起こす声が聞こえた。
真一が「ハ‐イヨ」と返事をして時計を見ると夜の11時30分で有る、当時、2等機関士の当直時間は(ゼロヨン)と言われ昼の正午から夕方の4時そして深夜の0時から朝の4時そしてこの時間のワッチはどろぼうワッチと称されていた。それにしても今航の荒れ具合は過去に経験したことがないほどひどい、ボンク(船員達で使われている言葉でベッドのこと)で寝るときもボンクの両端に両手両足を突っぱねて寝ないと揺れのために体を固定できない、もちろん服はいざと言うときに備えて着たままであった。こうしている時も「ドスン、ドスン」という音に続いて「ミッシ、ミッシ」と2万7千トンの巨体がきしむ。
ドスン、ドスン」というのは、ピッチング(縦ゆれ)の時に大きな波に持ち上げられた船首部分が次の波の上に乗っていくときにぶつかる衝撃音で波が大きければ大きいほど音も衝撃も大きく強くなる。そのたび毎に真一の体もまるでジェットコースターに乗っているかのように上下に持ち上げられたと思うと今度はストーンと落ちていくしかもローリング(横揺れ)がこれに混じる、しかも20度以上の傾きを持って、そんな時でもワッチは待ってくれない。
床に足をおろして踏ん張って立ったが、そこから先は止めていた引き出しの中がすべて外に飛び出しちらかっていて、それらが邪魔して部屋の隅までのけないと洗面所まで辿りつけない。
真一は揺れに体を同調させながら床に散らばったものを適当に引き出しに詰めては元に戻して、ようやくのことで洗面台迄進むことが出来た。顔を洗い終えると野球帽をかぶり、つっかけを履いて通路に出た、相変わらず器用に左右に揺れながら進むと、いつものように廊下の角に設置されてあるウオーターファウンテインで冷水をごくごくと飲んだ。
「ああ」
五臓六腑に冷水がしみわたり思わず声が上がると目が覚めた。
そのあとは船の揺れに体の動きを合わせながら階段を下りて行き安全靴に履き替え機関室入り口の重いドア‐をタイミング計って開け中に入った。
ゴトン、ゴトンと規則正しいメインエンジンの回転音に過給気のキーンと言う金属音それにガチャ、ガチャと1分間に720回転している発電機エンジンの音が耳に飛び込んでくる。
商船大学を卒業した士官と聞こえはいいが現実の世界では油で薄汚れた作業着にタオルを首に巻き、大声で話しても聞こえないほどの騒々しい音の中で、機械を相手に毎日を暮らしているなどとは世の中の女性達には想像も出来ないだろうと思いながら機関室の最上部にある冷却水膨張タンクのチェックからはじめて潤滑油のタンク、エコノマイザーと順に調べていく。
耳は異常音を鼻はにおいをそして歩きながら周囲の管に手を当てて温度をたえまなくチェックした。
驚いたことに彼も他のエンジニア‐達と同じく触っただけで1度と違わずピタリとその温度を当てることが出来た。
次に階下に下りていき最後にプロペラーシャフトがゴロン、ゴロンと回っている船尾管部分の確認をし終わると戻って中段に有るコントロールルームに入っていった。
引継ぎと言うのは当直時間、今の場合深夜零時であるがそれまでに自分自身で機関室のすべての状況を確認し異常が無いことを確認して初めてなすべきで、つまりその後に起こったことはすべて引き継いだ人間の責任ということになるのであるから真剣だ。
船乗り用語が多くて申し訳ないが当時のワッチ(当直)は1等機関士が4-8(ヨンパーつまり04:00-08:00と16:00-20:00)3等機関士が8-0(パーゼロつまり08:00-12:00と20:00-24:00)そして2等機関士の和夫の場合は0-4(ゼロヨンつまり00:00-12:00と24:00-04:00)と4時間働いては8時間休む、これの繰り返しだった。
本船はまだ当時では珍しく機関室内にエアコンも効いたコントロールルームを小さいながらも設置していた新鋭船だった。
エンジンはB&W(バーマイスターウェイン、デンマークのエンジンで日本の三井造船や日立造船がライセンス生産していた。)6K74EF型,つまり6気筒でシリンダーボア(直径)が74cm。そして最大1万2千馬力を誇る。
幾ら船があたらしくても、C重油(つまり原油を蒸留して、揮発性の高い順位にガソリン、灯油、軽油、A重油を抽出した残りかす)を燃やしているのでエンジンには過酷だ。
常温ではC重油は固まってしまう代物なので、100℃以上の高温に熱してようやく燃料噴射弁から霧状に噴霧して燃焼させる。
さらに、この燃料油には3.5%程度の硫黄を含んでいるので燃焼すると化学反応を起こし硫酸に変化しエンジン内部を腐食する。このためアルカリ価の高いシリンダーオイルをピストンとシリンダーライナーの間に注油して中和していたのだ。
少し、専門過ぎて面白くないのでこの話はこのやめよう。
でも、分って欲しいのは原油から順に揮発性の高いガソリン、燈油、軽油そしてA重油を抽出した後の搾り取った残渣これがC重油で本船の使用燃料なのだ。
このために、その燃焼残査(灰などの燃え残りや燃えカス)が今回これから起こるような排気弁に悪さをするのである。
コントロールルームに入るなり「おはよう、サードエンジニアー、カスケードタンク油が浮いていたぞ!」とだけアドバイスして引き継ぎは終わった。
サードは多分この後言われたカスケードタンクを調べに行くのだろう「又ですか?」と言い残して出ていった。
30分ほどで明日の作業の準備を終えると組んでいるナンブト(ナンバーツーオイラーの略)の横山さんが
「セカンドエンジニア‐いつものやつ作りますか?」
「ああーいいね‐お願いしますよ」この泥棒ワッチは深夜の勤務ということも有り、誰も機関室まで下りてこないし作業はすべて昼のワッチに組んでいたから後は座って監視をしているだけでいつもゆっくりとしていたのである。
例のものとは、夜食のことで横山さんはもう25年のベテランでラーメン作りもうまい
「早く静かになって横山さんのあの熱いラーメンがくいたいなあ、でもこう荒れていたら付け麺でしかたが無いか?所で上は?」
ブリッジ(船橋)に居る前川2等航海士と溜端さんからの注文のことで
「ちゃんと、用意していますから、セコンドエンジニア‐出前をお願いしますよ、作ったら」
賄いから材料をくすねてくるのを見逃す代わりに時々届けていたのである。
「できたよ、セコンド」との声で自分は出前役に変身する。
横山さんが持ってきた付け麺2ちょうを持って揺れ階段をブリッジまで行き
「毎度―出前一丁!」
と言って真っ暗な中に入ってしばし暗闇に目をならしてから奥のチャートルーム横の明るい場所に用意されていた濡れタオルの上に置いた。
「待っていました、ご苦労さん」
というなり船橋の二人は、立ったままうまそうに食べ始めた、この間にもドスン、ミッシ、ミッシという音と振動は絶え間無く続く
「いつまで続くのよ、この荒れは?セカンドオフイサー」
「このままシアトルつくまで覚悟したほうがいいみたいよ!むしろこれからのほうが天気図を見る限りさらに厳しそう、俺もこんなのはじめて、誰か女神に悪いことをしたのではないの?」
「これ以上だとエンジンの回転を下げなきゃ持たないぜ」
と真一が言うと
「俺に言わずに4本線にそう言ってよ、でも無理だろうな、分っているだろうセコンドエンジニア。知っての通りカーゴ(積荷)を1時間でも早く届けて荷主に胡麻をすっておかないと、なんと言っても処女航海だからね!」
「そうだな!セコンドオッフィサーの言う通り荷主は神様で、この神様は俺達の苦労なんか気にもかけないからな、でも本当に持たないからなエンジンが」
海運も激しい競争を繰り返していて時には無理をしても時間に間に合うように運航するのは何も珍しいことでは無かったのである。
昔、タンカーに乗ってペルシジャ湾と日本の間を往復していた時にも日本着時に、丁度や燃料などがほぼ無くなるように計画し1トンでも多くの原油を積んで荷主に届けると言う綱渡りを何度も経験したし安全航海のために決められていた喫水線をクリアにするために飲料水までも船外に排出したこともあった。
セコンドオフィサーの言った通りにシアトル入港前日の荒れ方は、すべての歩行部分に安全の為にロープが張り巡らされて居なければ移動さえ出来ないほどのひどさだったが後1日の辛抱と気持ちはむしろ明るかった。
その夜の7時半過ぎにリズミカルなエンジン音にコーン、コーンと言う金属音が混じって聞こえ出した。当直ではないが真一もすぐに安全靴を履きにヘルメットをかぶって下に下りていく。
三々五々みんなも現場に集まってくる、排気弁がスチック(固着)を起こしたのである。
当直の1等機関士に
「あれでいってみますか?」と真一が何かを持ってかけるまねをすると
「ああ、そうだな、頼むセコンドエンジニア」との返事を待つまでもなくサードエンジニアを促してオイルジョッキーに潤滑油と灯油を混ぜ粘度を調合すると排気弁の上からかけていった。
しばらくすると異常音が消えていき以前のリズミカルな音だけに変わった。ワッチの人間が継続して油をさすことにしてしばらく様子を見ようということになりその場は一旦解散となった。
「このまま何とかシアトルまで持ってくれれば良いのだが」
と皆、同じ気持ちで各自部屋に戻っていった。悪い予感が当った、翌日の早朝ワッチを終え眠りについたばかりの翌朝5時に起こされた。
寝ぼけまなこだが今度はちゃんと安全靴にヘルメット姿で下りていくと機関長も居て
「取り替えないとやはりだめですか?」
と聞く真一に機関長は皆に聞こえるように
「皆も疲れているだろうがこれだけ荒れている中でエンジンを止めるのは舵も効かなくなるし非常に危険だ、このため今まで船長等と相談し今、船首を波に30度の角度に向け速力を上げて船に勢いをつけているまもなく上からオーケーの合図が入るので交換時間を極力短くするように全力を尽くして欲しい、万一の場合は指示するので途中でも切り上げてそのまま復旧しエンジンを再起動するのでそのつもりで!」
と指示を出した。
担当を決め配置についたとたんオーケーが出た
「よーしゃ、じゃあやるぞ」
と言う1等機関士の言葉とピーとなった笛の音の合図でいっせいに排気弁に向かって行くが熱い、とにかく熱い今まで400度近い排気が流れていた排気管ダクトは革手袋をもってしても焼けるようである、ついで油圧ジャッキで大きな排気弁取りつけナットを緩め引き抜く作業は大きく揺れる中、苛酷を極めたが皆もくもくと働き何とわずか10分で完了し、直径74センチで人間がすっぽりと入ることが出来るほどの大きなエンジンが再び規則正しく動き出した。
エンジンルームからリ‐サイド側(風下)のデッキに出ると相変わらずどんよりと黒く曇った空と白波が踊っている暗い海面を見ながらタバコに火を付けた。
仕事をうまくし終えた後の一服はなんとも言えずうまかった。
今夕にはシアトルに着くという安堵感もあって朝食後の8時半ごろ横山さんと雑談をしながら食堂で紙コップにコーヒーを入れて飲んでいた。その時、大きな声を上げながらストーキーがやってきて食堂をのぞくなり
「ここにおった、大変やセコンドエンジニア、交換した排気弁をしまう時に揺れて信男が壁との間に挟まれて大けがをしよった!はよ来て、はよ‐」
真一はこの船では衛生管理者の再講習者としていざと言う時の医者の役目を担う職務も兼任していた。
もちろん病院での実習も経験していたものの自分の手に負えないことは事故の内容を聞いて良く分かったがやらねばならない、直ちにストーキーと横山さんに
「船長、機関長に連絡して無線室にも医療緊急無線の準備それから暇なやつ全員を呼んで直ぐに病室まで来てくれるように俺は先に必要と思われる医薬品、担架、酸素吸入器などの用意をしておく、いいか頼むぞ」
それからの船内は蜂の巣をつついたようになり当直の人間をのぞくほとんどのクルーが救援に参加した。
機関室の現場では、処置する真一にナンブトが補助役、ナンバンは若いオイラーに酸素ボンベや担架を用意させていく。そして、真一の告げる傷、症状は直ちにトランシーバーで中継されて無線室にリレーされ、米国の医療機関に緊急無線を打電し治療方法の指示を受けていく。
そして、今度は逆ルートで現場の真一に専門医からの指示を伝えるなど全員が一段となって救助に当った。
幸いにも、エンジンは修理を終え通常運転されていて船長の判断で揺れが最小になるように運航された。
船長はヘリコプターの出動要請を米国のコーストガードに要請したが天候が悪すぎて飛べないと分かると、やむなくビクトリア湾までこのままで航行しその後全速力でシアトルに向かい到着を一刻でも早めることに決まった。
真一は少し信男の容体が落ち着くと船長に促されて大使館へ提出用の原認書、事故報告、処置記録、現状報告などをいっしょになって作成した。
入港は夕刻だが船長によると早まってお昼の3時には着くらしい。
キャプテンは一段落すると自らコーヒーをカップに注ぎ真一に勧めながら
「セコンドの意見で良いから、必要なら信男の両親をシアトルに呼ばなくてはならないので忌憚のない意見を聞かせてくれ」と言う。
真一は、コーヒーを一口すすり、一考してから
「わかりましたキャプテン、では正直に言います、処置記録や現状報告に書いた以上にひどく痛めたみたいです。
今は止血剤に患部冷却と圧迫で出血も落ち着いていますが、それでも出血はじわじわと続いています。多分内臓のどこかが今にも破裂寸前か、折れた骨が刺さっているのだと思います。つまり重体です、思った以上に、ですから是非最悪の事も考えて対応を宜しくお願いします、身内を呼んでやってください」
それを聞いて船長は、うなずくと
「分かった、良く頑張ってくれたセコンドエンジニア―、お疲れだったな」
と言ってから少し間をおいて
「それからセコンド、君にはシアトルでいっしょに一旦信男について病院に行ってもらう事になるから用意しといて。
本船はシアトルの後ポートランド、バンクーバーそして又10日に戻ってくるからそれまでシアトルで彼の横に居てやって欲しい、彼の両親の出迎えや会社からの問い合わせなど何かと忙しいし大変だとは思うが頼む、機関長にはもう了解を取ってあるから、万一の場合の方策などは紙に書いておくから良いね!」と指示を与えた。
本船は雨が激しく降るビクトリア湾を最高速力で進み午後3時シアトルの岸壁に着岸した。
AMBULANCEと横に書いてある救急車が待っていて直ちに信男は収容され真一も付き添って病院に向かった。
大きなサイレンを鳴らしながら猛烈な勢いで救急車は走ったので市内の病院に着き待っていた看護婦達によって緊急治療室に運び込まれるまで多分15分とかかっていなかったに違いないが真一にはものすごく長く感じた。
担当医が来て差し出した手術に必要な書類に真一のサインをし終えるとようやくほっとして「良かった、これで安心」と緊急治療室前のベンチに腰を下ろしタバコに火をつけて待った。
薄暗い待合の長椅子に座って1,2時間待っていると、一人の女性が近づいてきて
「山田真一さんですね?代理店の知念ミチコです」
と自己紹介し握手を求めてきた。
真一はキョトンとして見上げると
「私がアテンドしますので何でも相談してください、これは船長から預かりました、何でも約束した例のやつとか、万一の場合には参考するように伝えて欲しいと言っていました、それからこれ現金2000ドル、確認してサインをください、それからホテルなどに関しては後でご一緒したときに」と矢継ぎ早に言った。
いっしょに座って彼女が持ってきたインスタントコーヒーを飲みながら話しを聞いて驚いたことに、本当はシアトル抜港に変更されていたが患者の為に船長がシアトルに寄せたらしい、で船はと言えば二人が下船すると直ぐにポートランドに向けて出港したとか、知らなかった。
手術中のランプが消えドクターが出てきたときにはもう夜も更け9時をまわっていた。二人は部屋に呼ばれドクター医学用語などは全くチンプンカンプンの真一はミチコの通訳で信男の状況を聞いた「取りあえず今は、一命を取りとめましたがこの1日2日が山と考えられます、とにかく刺さった骨が内臓をいためていて予断を許しません、両親とか知り合いの方が居れば呼んで会わせるに」と。
予想はしていたが思った以上に悪そうであった。会社に連絡するべくミチコの案内で4thアベニュー、スプリングストリートに挟まれたところに建つパシフイックプラザホテルにチェックインすると部屋から電話を入れた。海務部長は「待っていた」と言うなり次から次へと質問を浴びせ、それに真一が全て答え終えると今後のことについては現地で臨機応変に代理店の担当と良く打ち合わせをして対応するように、又毎日この時間での定期連絡を指示した後十分なる資金を代理店の口座に送金してあるので遠慮無く使えと言いそして最後に信男の両親は明後日シアトルに着くといって連絡を終えた。
ようやく緊張がほぐれ気がつくともう10時をまわっていて昼から何食べていないことを思いだし急にお腹が減ってきた。ソファーに座って待っていたミチコに「ありがとう遅くまで付き合ってくれてもう大丈夫です。ただお願いが一つ、どこかで日本食を食べたいのですが教えてくれませんか?」と頼んだ。
「私もお腹が減ったのでいっしょに行きましょう」と言う言葉で真一を連れ出し自分の車に乗せ闇夜の中で銀色に光るキングドームの方面に向かった。
わずか5分で到着したそこは、中華街兼日本人街といった風に中華や日本料理店、中国風や日本の雑貨店が並び日本の紀ノ国屋書店も店を構えていて今までの市街地とは全く異なっている、そして夜も10時を回ってほとんどの店は閉まっていてどうするのかと思っていると薄暗い一軒の日本料理屋の前に止めインターホンに向かってなにごとかを話し開いたドア‐を押して中に真一を促して入っていった。
「おばさん、ごめんなさい遅くに来て何かたべさせて」というミチコの呼びかけに「またかい!この子はしょうが無いね‐」といいながらもニコニコと笑顔を見せながら中年の少しでっぷりとした女性が奥から出てきて真一を見つけると「まあー、いやだよミチコったら彼氏を連れてくるなら前もってそうと電話ぐらいしなくちゃ」と驚いたようだった。「違うのよ!おばさん、この人私のお客さん」顔を赤らめ必死になって打ち消すミチコの言葉も上の空で「彼氏も一緒なのだから今日は張り切らなくてはね、ミチコ」真一も名乗った後で「違うのです、ミチ子さんにはお世話になって」と言うも「分かっていますよ、そんなに弁解しなくても、ゆっくりしていってくださいね。直ぐに何かを見繕って料理をお持ちしますからね、後はミチコ適当にしていてね」といって奥の調理場に消えた。
「おばさんって、一人で勘違いをしてごめんなさい恥ずかしいわ!でも料理はとてもうまいのよ!」「すみませんミチコさん、遅くまで付き合っていただいた上にさらに厚かましくご迷惑ばかりをかけて!」と真一は自分が日本食を食べたいなどと言ったためにこんなことになり申し訳無く思った。
ミチコが言うようにおばさんの料理はうまかった。帰りしなに車の中から再度迷惑をかけ失礼をしたこととお礼の言葉を言うと照れくささそうにしながら「又、ミチコと来てね 真一さん、じゃあお休み」とおばさんに送られホテルに向かい、夜も遅いと少しミチコもためらったがいつものミチコらしくなく真一からコーヒーでもと誘われるとなんとなく一緒に部屋に戻った。
これが幸いした、日本出港後これまでの経緯などを話し終えルームサービスのコーヒーが来てそれを飲もうとした時に電話が鳴り真一が一旦受話器を取って「ハロー」と話したまでは良かったが相手からペラペラと話されると何を言っているか分からない、直ぐにミチコにかわってもらった。
一人だとこうはいかなかった。神妙な感じで電話を終えたミチコは言った。「真一さん、いい、落ちついてよ、容体が急変して患者さんが亡くなったって、今さっき」「何にだって!うそ!うそだろう死んだなんて!一命は取りとめたって言っていたじゃないか!」余りにもはや過ぎる結末で真一は取り乱していた病院からはいずれにしても直ぐに来て欲しいといっている。
冷たくなった信男は既に地下の霊安室に運ばれていて当直医の簡単な説明のあときれいにされた信男と再会した。真一は信男の死に顔を見るともう我慢しきれずに、抱きついていき「信男!起きろよ 信男」と体をゆすぶっては大声で泣きじゃくっていった。
ミチコが泣き止んだ真一に「真一さん、真一さん」と何度も声をかけ肩を揺すぶっても彼は抜け殻のようになっていてぽかんとしている、睡眠不足に疲れそして人命を助けるための治療と極度の緊張をしいられそれがぷつんと信男の死で切れてしまったのだろうか。
やむをえずミチコは「ごめんなさい」と小さな声でつぶやくと、彼の頬っぺたをたたいた。
すると真一はようやく、涙をぬぐって顔を上げた。
ミチコは
「ごめんなさい乱暴なことをして、でも、、」
「真一さん、しっかりしてよ!つらくて大変だけれど会社への連絡などいろいろとすることがあるでしょう!」とミチコに言われて真一は我にかえった。
船長に言われていた万一の場合に見る書類のことを思いだし、急ぎミチコと再度ホテルに戻った。
その指示書を開封し記載事項に白髪ってミチコに手伝ってもらいながら翌朝まで報告、連絡を指示された各所に電話そしてテレックスしていった。
一睡もできずに迎えた翌朝、再度病院へ行き、精算し終えると遺体とともに葬儀社に移り
葬儀の準備に奔走した。
結局、保冷された信男の遺体は翌日に迎えにきた両親とともに飛行機で日本へ帰っていった。
丸2日間一睡もせずにそれを終えると最後の会社との連絡で部長から感謝の言葉とともに本船入港までの有給休暇が十分な手当てとともに与えられた。
真一はどっと疲れが出てベッドに倒れるようにもぐりこむと寝てしまいそれから丸1日以上目がさめなかった。
電話のベルが夢の中で鳴り続いて、ようやくのことで受話器を取るとミチコである「良かった、何度も電話をしたのだけれど出なかったので、多分疲れて寝ているのだろうとは思ったの、でも心配で、ごめんなさい起こして、もう安心したから、また寝て!」「ちょっと待って、ひょっとして今日は?やっぱり、ということは28時間も寝たのか?そう言えばお腹が減ったなあ、ミチコさんが起こしたのだから食事に付き合ってよ、パッと行こう会社からお金もたっぷりもらったから、みんな使おう、それがいい」と真一は一人になるのがいやなので無理やりにミチコを引っ張り出した。
例のおばさんのところへ行き会社からの特別手当をそっくり手渡すとおばさんは、その金額にびっくりして、「いくら真一がいいんだ」といっても承知せず、ミチコのアドバイスが有って、ようやく「じゃ、真一さんが今後食べに来たときの前金として預かるよ」と受け取った。
ミチコは真一の会社から勤め先に丁寧な礼状とエキストラボーナスそして経費以上の過分なお金が送られてきて社長が大喜びで自分にも特別手当てと休暇をくれたと話したあと「あれって、真一さんが手を回してくれたのではないの?」と聞いた。
それに対して真一は否定することなく「よかった、ちゃんと会社がしてくれて、当たり前のことをしただけ、本当にありがとう、君が助けてくれなかったらどうなっていたことやら、そう言えば僕自身のお礼がまだだった」と頭を下げた。ミチコはそう言われて「明日から、私も休暇を取るからいっしょに旅行しません、カナダのビクトリア島へ」と自分でもびっくりするような大胆なことを言ってしまい言ったことを思い起こして顔を赤らめた。
翌日の朝二人は、フェリーに乗りカナダのバンクーバー島の昔の首都で英国最初の開拓地ビクトリアに向かい美しい議事堂や公園をミチコの案内で見て周り一泊した後、さらにバンクーバーに行きラッコの居る水族館を見て、その後ショッピングを楽しんだ。
ミチコには彼女が欲しがった真紅のワンピース、靴のセットを買ってデイナーに出かける時にそれを着たミチコはまぶしく輝いていて本当にきれいで見たとき真一は余りの美しさにあぜんと立ちつくしてしまったほどだった。
さらにそこで一泊してシアトルに戻り夢のような2泊3日の旅行は終わった。帰ってきた時には誰が見てもナイスカップルにしか見えず二人も幸せの絶頂だった。それから船が入港するまでの数日間、シアトル市内からも見える対岸の彼女の家に寝止まりして毎日、二人は愛を確かめあいながらさらに夢のような日々をすごした。
別れの日の朝、ミチコは見送るのがつらいと言って真一は一人家をでて船の生活に戻った。
乗組員達は真一が少しやせ、思いつめた顔で戻って来たのを見て又、声をかけるものの余りにも暗い彼の様子に、それ以後、信男の死のこともあって彼を一人にした。実際のところはみんなが考えているような信男に関することではなく、残してきた今朝のミチコのそぶりが何か思いつめているようで気になっていて、その時はそのことで頭が一杯だったのであるが、真一としても実はミチコとの生活を考え英語の勉強を猛烈にしたかったので一人で居られることは都合が良くこのためにあえて反論もせずにすませた。
実は昨晩、真一は結婚を申し込んだのである、直ぐに「喜んで」と言う返事が返ってくると思っていたのにミチコは意外なことに少し間を置いてから「ごめんなさい、出来ないの!」といって泣きながら奥の部屋に消えた。それを聞いて真一は「なぜ、どうして?」と彼女を追いかけ部屋に入りベッドにうずくまって泣きじゃくっている彼女の肩を持つと自分の方に引き寄せ抱きかかえて言った。
「僕を疑っているのかい?日本でなくともいいのだよ、僕がアメリカに来るよ、そりゃいろいろと困難さは有るだろうけれどだから心配しないで、だからイエスと言って」しかし彼女は泣き止むどころかむしろ先ほどよりひどくなり
「違うのよ、真一さんじゃないの、私が、私が悪いのよ」としがみついてきた。
「君が好きなんだ、何も怖くない君が居れば、だから何でも言って何があっても僕の気持ちは変わらないから、それとも本当は僕が嫌いなのかい?」彼女は首を横に振って否定すると「じゃあ、こんなに愛しているんだから」と言って唇を彼女に重ねていった。
彼女もこれに答え落ち着くと
「分かったわ、真一ありがとう嘘でも良いの、貴方の気持ちがうれしい本当のことを話すわ」と言って一息ついてから
「私、貴方のこと本当に好きになってしまったの」
「うれしいよ、何の問題もないじゃないか」
「聞いて違うのよ、実はね私のお腹には赤ちゃんが居るのよ、わかれた前の彼の子供が、そして黙って貴方をこの子の父親にしてしまえばと考えたのよ」
「ええ!何だって」
「そうなのよ!驚いたでしょ、そうなのそんな女なの、私って真一が思っているような女じゃないの、驚いたでしょ」と言うなり又
「わあ、わあ」と泣き崩れていった。
真一も余りにも強烈な話で消化しきれずにいたが、もう一度ミチコを抱き起こすと
「僕の目を見てミチコ、目を見て」と言い彼女がそうすると
「それでいいじゃないか僕の子でそうだろう、それよりつらかっただろう自分一人で悩んでこれからは何でも話していいね!」
というと真一はミチコにキスをしながら重なっていった。ミチコも彼女のどこにこんな情熱があったのかと驚くほど激しく、まだ乾ききらない涙顔で髪を振り乱しながら真一の求めに応じ、本当に二人は一つとの実感をたっぷりと味わった。余韻の残るベッドの上で真一の腕に抱かれながらミチコは
「真一って本当にやさしいのね、良いの 本当に良いの こんな私で?」と聞き。
「僕の目を見ただろう今の君は正直で、美しくってやさしくて思いやりがあって何をあと僕が望むものがあるものか?今の君が好きだし愛しているんだ、それよりお腹の子供大丈夫だったあんなに激しくして?」
と答える真一に
「知らない真一ったら」と恥ずかしそうにし今度は、自分から真一にキスをしていった。
ところがこれが彼女との最後になるとはその時はまだ真一は予想していなかった。
船は日本に帰り彼女からの手紙が真一の教えたとおり会社気付で届いていると思ったがそれは無く、以後再び日本を離れるまで何度も彼女に電話をするものの連絡がつかない、また手紙を書いたが届いているのかどうなのか全くなしのつぶてで分からない、もちろん日本食レストランのおばさんに聞いてもあれ以後来ていないし知らないと言う仕方なくシアトルに再び行くのを待ったが船は正月にかかり止まることが多く又、一旦韓国に寄って行ったために結局彼女と別れから50日もたった2月中旬シアトルの岸壁に再び真一は立った。
前航海にお世話になった人達にお礼に行くと言う名目で日本では故郷で正月を迎えたい船員達に代わってずっと船で当直をして過ごしたから逆にシアトルでは停泊の2日間休みをもらえた。
早速考えていた計画に沿って行動したが何一つ狐につままれたように消息が消えていた。代理店は別れてまもなく辞めていて社長自身困っていたし、おばさんと聞いていたが個人的な付き合いはなかったらしく、対岸の家にも行ったが誰もすんでいないことは直ぐに分かった。
そうこうしているうちにはや2日間が過ぎ出港時間が来て船に戻った。士官サロンに行き船長と機関長に帰船の報告をすると機関長が思いもかけず「セコンド、手紙が来ているぞ」といって1通の明らかにミチコから手紙を手渡した。
胸をどきどきさせながら部屋に戻りすがた見ていくと会社経由でなんと真一と別れた翌日の日付になっている、アメリカはクリスマスそして日本は正月の為に正月開けに会社で整理され間違いのない寄港地シアトルの代理店に空輸された、そして真一はそれを確認する前に船を出てミチコを探し回っていたのであった。
「なんて言うことだ!」不運を嘆きながら部屋で開いた手紙には
「真一さんと過ごしたあの日々のことは一生忘れません、シアトルを出ますが探さないでください、本当にありがとう、楽しかった。ミチ子」とだけ書いてあった。読み終えると真一は泣いたその手紙を握り声が外に漏れないようにボンクの毛布にうずくまって思いきり泣いた
「どうして!ミチ子!どうしてなのだ!」と言って泣くよりどうしたら良いのか自分でもわからなかった。
考えてもどうしょうもないとあきらめ、出港スタンバイという船内放送をきっかけにミチ子のことを胸の奥にしまいこむと真一は生まれ変わったようにがむしゃらに仕事にそして英語の勉強にまい進していった。
日本に着くと思いもかけず陸上勤務に命ぜられた。
後で上司の工務部長に話しを聞いたところでは丁度、仕組船つまりパナマやリベリア籍に登録して給与の安い韓国、台湾やフイリッピン人船員を乗せてその船を再度用船するコストを下げた運航方法を採用し始めていてどうしても英語が分かるエンジニア‐を担当の監督として必要になったがしかし英語の出来る人間がほとんど居ないことが分かり船長達に探させたところ真一が以前より勉強している子とが分かり白羽の矢がたったということであった。
確かに真一の英語力は格段にあがっていてその後外国人船長、機関長達は何かあるといつも真一が独身で会社か自宅に連絡すればつかまることも有ってたよりにするようになり、真一の言うことには多少の無理でも喜んで協力してくれる友達のような関係になっていった。
いずれにしても仕事以外には興味を示さない仕事人間で社内でも自然と上の信望も厚くなり又、部下達からも自分にも厳しい人柄で責任は全て俺が取ると言う親分肌に人望も出来トントン拍子に主席監督、工務課長、次長、部長、取締役と昇進していったのである。
もちろんそれなりに美男子で背も177センチと高い真一は女性にもてた、ところが決してどの女性とも深い関係にはならなかったし毎日会社のことばかりの彼はデートする時間もほとんどなく自然とどの女性達もみんな離れていった。上司も何か体に悪いところが有るのかと心配はしたが仕事では言うこともないほどちゃんとしている以上何も言うことが出来ずほっておくより仕方がなかった。
真一は、その後一人でシアトルへでかけた。
懐かしいシアトルの町並みが眼下に見えてきた、その後大きく右に旋回をしてシアトルタコマ国際空港に振動もなくスムーズに着陸をした。機外に出て通路を進むと一見する突き当たりとしか見えない場所に出て人々が集まっている、まもなくして目の前の突き当りと思えたドア‐が開くとそこには関空にも有ったシャットルが有りそれに乗り込んでバッゲージクレイムに進む。全ては順調でそのままタクシー乗り場に行き昔と同じパシフイックプラザホテルに向かった。ハイウエイから見えるボーイング社の大きな工場や銀色に光るキングドームそして海岸縁を走るアラスカンウエイなど全て20年前といっしょである。ホテルも従業員と1階のレストランこそ変わっていたがあとは全て以前のままで思い出の608号室も天井に大きな扇風機がそのままの姿で迎えてくれてタイムスリップしたような気がした。
まだ夕方の7時で明るい、このまま部屋に居るとめいりそうになるのでフロントに出向き何か面白いことがないか?と聞いた。真一の顔を見て指し出したのがカジノのパンフレットである、地図を見て場所を確認するとフロントマンが「グッドラック」と言う言葉を背中に聞いてホテルを出てワシントンフェリー桟橋に向かった。昔ミチコの家に行くときにもそこから毎日フェリーに乗っていたので知った道で有る。
3ドル60セントを支払ってチケットを買い待合ブースに入るともう乗船が始まっていて通勤の多くの人々の流れに巻きこまれるように船上の人となった。以前の船よりさらに大きくなっていたが基本配置は変わらず真中の丁度ファミリーレストランを思わせる大きなスペースのところに行きターキーサンドイッチとコーヒーを注文するとそれを持って空いていた席に腰を下ろしそれを大きな口を開けてほおばった。
しかし20年もたったのにあの時と同じサンドイッチとコーヒーを注文してしまい、食べていると横に今でもミチ子がいるような気がして少しセンチな気分になる、30分で島に着いた、さすがに昔、世界一の製材工場が有っただけに長い桟橋通路も全て木材で出来ている、出口を出るとタクシーが待っていて乗ると直ぐに発車したどこへとも言わないのに!しかし直ぐに理由が分かったタクシ‐は600台以上駐車が可能な大きな駐車場の間の一本道を少し進むと今ついたフェリーから降りてきた自動車群につかまりのろのろとしかもはや走られなくなった。
しかも道は一本道で有る。ロック音楽を聞きながら運転をしていたドライバーはようやくスムーズに流れ出すと真一に「カジノ!」と「いかにもそうだろう当っただろう」と言う風に確認すると一目散に走らせて行き30分でカジノに横付けた。まだ8時過ぎで明るく、フェリーの中で見た地図には裏手に元インデイアン居留地とトーテムポールの絵が載っていたのでうっそうと茂る大木の合間をぬって見に行ったその帰りのあと50メートルでカジノの入り口というところで何か言い争っている声が聞こえた。
用心して進むといかにもやくざと思われる3人に囲まれて一人の遊び人風の男が血を流して縛られている。その男は「明日には金を返すって!お前なんか、信用できるか?今ここで始末をしてやる」と言われて男達にナイフを首に付きつきつけられると「助けてくれ、命だけは!」と大声で言って必死に助けを乞う、余計なものを見てしまったが捨てておけずに真一は手を上げて出て行くと一人が見つけ「オーイジェントルマンさんよ、何か用か?引っ込んで居ろ」といった。
「私がその金を支払うといったら」
「何言っている、2万ドルだぜ!あほかこのおっさん」
「じゃ払ってもらおうか!」などと言いながら近づいてきた、真一は内ポケットからシテイバンクの小切手帳を出し控えにも金額を記入するとちぎり取ってそれを渡した。
「ほう、間違いない」とまじまじと小切手を見て確認すると
「あほな親父のお陰で今回は命拾いしたな、さー行こうか」とその男のロープをはずすとごきげんでやくざ達は去っていた。
縛られていた男は何が起こったのかわからずポカンとしている。
真一も、その彼をその場にほったらかしたままカジノに入っていた。
ここは、少し変わっていて昔の米軍のかまぼこ宿舎を改造したのに似ていてトタン張り丸屋根構造で質素、中も豪華さなどは無く、広い一室はビンゴ専用となっていてお年よりが大勢座って大きなマジックインキで用紙の数字に読み上げられる度に印をつけていた。
反対側の部屋にはポーカー、ブラックジャックそれに一台のルーレットが有った。そこに陣取ると2千ドルを50ドルチップに換えたあと張らずに5回ほど見て記録紙にも記入して様子を見た後チャンスと見て張っていった。
彼の張り方は集中攻撃型でここと思った数字とそれを囲む全てに重ねてはっていく9枚450ドルを一回に、当ると一回で6千5百ドル以上になる、この夜は最初からなんと4回もこれが続いた勿論真一にとっても初めての馬鹿づきであったが賭け事の連続法則から5度続くことは奇跡に近い確率よりそれで打ち切った。
手許には2万5千ドルがなんと先ほどの功徳代の2万ドルを差し引いても5千ドルのおつりが出た。
ジョージそうあの縛られていた男が表に出ると待っていた。
早く出てきたので真一が負けたと思ったのだろう、すまなさそうにしながら付いてきて
「すまない!恩にきるよ!本当さ!絶対に返すから本当だぜ!」と言って
「ダウンタウンに帰るのかい?タクシ‐待ってもこないよ、もっと遅くならないと、だから俺が送る、港まで、そのぐらい良いだろうだろう?」としつこく言う、実際タクシーが来る様子もなったので彼が回してきたぼろのダッジに乗った。
黙っている真一にとにかく良くしゃべるついに根負けをして「泊まっているホテルを教えた」港に着くと
「金は必ず返すといっても時間がかかるので良いスケを今夜部屋に行かすからよ、遠慮なくかわいがってよ!」といったが。
真一は「必要ない」と断って車を降りそのままフェリー乗り場の方に向かっていった。
ホテルに戻りのんびりと浴槽につかると日本を発ってからの疲れが、すーと消えていくようで生きかえった。
風呂上りにビールを一口飲んだ時にチャイムが鳴った閉めたまま誰か?と尋ねるとあの男ジョージに言われて来たと若い女の声で答えた。
必要ないと言ってもそうはいかないという返事があり止むを得ずチェインをしたまま少し開け確認をしてからドア‐を開けた。真一は見とれた。女はそんな真一を無視して中に入ってくると真一の了解も聞かずに冷蔵庫を開けビールを出して飲みながらソファーに座って自分のことをスージーと自己紹介してから言った。
既に大分飲んでいるみたいで「ジョージのやつ私を売りやがったのさ!自分の彼女をさ!どう思うひどいじゃないか、そうだろう、いいさ!好きにしておくれ!」と言って今度は服を脱ぎ裸になってベッドに入っていた。
真一はと言うと彼女が脱いだ靴とワンピースを握り締めジーと穴があくほど見ていたがすごい形相で彼女に近づきベッドに腰掛けると
「この服どうした。誰から盗んだ!正直に言わないとどうなるか」と彼女の首に手を回し締める真似をした。
すると
「お願いだから!何でも言うからさ助けて」と言って話し出した。
実は彼女の脱いだ靴と服はミチ子にバンクーバーで買ってやったそのものだったのである。ドアごしに一見した時に似ていて驚いたが手にとって見ると間違いがなかったのである。彼女は今年の初めまで実はワシントン大学の学生で寮に入っていた、そのときハワイからの留学生が持っていたのをもらったと言った。
残念ながら彼女はもうハワイのワイキキに戻ったらしくて名前はミナコとだけ記憶していた。
「おかしいじゃないか大事な洋服をもらえるほどの仲だったら、もっと詳しく知っていて当たり前だろう!」とさらに問い詰めるとやっと盗んだことを認めた。
しかし真一にとってはそれはどうでも今となっては良いことでむしろその他の手がかりが欲しかった。
しかしミナ子のことを聞くと「彼女のお母さんは死んだのでは、そうよ、だっておばさんや友達の話ししか皆にはしていなかったもの」と言った。それを聞くと頭の中が真っ白になった。
これ以上何も聞き出せないと分かると彼女の友達に言って違う服を持ってこらし着替えさせると追い出した。あの時ミチ子のお腹にいたその子なのだろうか?疑問は広がっていった。
翌日、不覚にも時差と疲れのせいか目を覚ますともう12時をまわっていた。準備をしてタクシ‐を捕まえ昨日得た足がかりであるワシントン大学に向かった。
ホテルの有るダウンタウンから15分。ピュージェット、サウンドとワシントン湖を結ぶ運河を渡ると右に680エーカー(約275万平方メートル)と広大なキャンパスが開けてくる。タクシ‐ドライバーは真一の目的を聞くとビジターズインフォーメイションに連れて行った。
そこで担当のマネジャーに一生懸命事情を説明し何度も、何度もお願いし彼も努力はしてくれたが彼女のフルネームさえ知らないと言うことでは探しようが無いと分かって、学生会館を紹介されて行ってはみたが、そこでもやはり何も情報は得られなかった。
最後に寮に行き尋ねると警察などを通じて書類で申し込んで欲しいといわれ、個人情報など一切教えるわけには行かないと追い払われた。
落胆してばかりはいられないので直ぐにホテルに戻りハワイ行きの飛行機を予約したが、またロス経由の便しか空いていなかった。
ハワイは学生時代遠洋航海で行ってから好きになり、ミチ子の消息も分からないのに心の中では結婚していて日本と米国の中間に位置し両国二つの面を持っているのでお互いに住むのに適した場所と考えランドマークと言う名前のコンドミニアムを2年前ワイキキ入港船のトラブル処理で行ったときに買っていた。
いずれ老後はそこで暮らすつもりでいたぐらいなのでハワイの方がはるかに探しやすいのではないかと考えコンドミニアムを管理している会社に電話を入れ明日から長期に暮らすので準備一切を頼んだ。荷造りも終えるとホテルを出て、これでもうシアトルに来ることはないかもしれないとアラスカンウエイに下ってマデイソン駅からストリートカーに乗った。昔ミチ子とデートをしたコースである。
車両は20年前と同じ、あたり前と言えば当たり前で1927年オーストラリア製と銘板に書いてあり70年以上も同じ所を走っているのだから。ピアー(桟橋)の有る海側を見て終点のピア70(ブロードストリート)まで85セント、そこで降りて海岸に沿って戻ってくる途中相変わらず果物や魚を求める人々でごった返すパイクマーケットに一旦坂を上って寄りその後引き返すと既に閉まっているシアトル水族館の前を通り過ぎてピア56の昔ミチ子と食事をした生牡蠣が名物のシーフードレストランに入った。小雨が混じる天気のためか客は少なく思い出の席に座ることが出来二人分のテーブルの用意、食事とワインも二人分を注文するとけげんな顔を中年のウエイターがするので「以前、妻と二人でデートでここに来たことがあった思いでの場所でね!」と話すと全てを理解したようでテーブルにキャンドルサービスをもって来て火をつけて「お二人に!」と言ってギャレーに消えて行った。
乾杯を心の中のミチ子として窓の外を見ると暗い波間に行きかうフェリーの明かりなど以前と同様の景色が広がっていた。「今でも愛しているよ、ミチ子、いつまでもいっしょだからね!」と出た言葉に思わず涙がこぼれそうになりグイットいっきにワインを飲み干した。
翌朝チェックアウトをしてホテルの玄関に出ると、見た事の有るあのジョージのぼろ車が止まっている。運転席を覗くとジョージが寝ていた。真一が運転席の窓をどんどんとたたいて起こすとドアーを開け「すけ(女)は?」と聞く、
「何を寝ぼけているのだ、女は来たが直ぐに返した」
「そんな嘘言いっこなしですよ、だんな、あいつが俺に黙って出て行くなんて」
「友達に電話をしていたぞ、昨晩、それに彼女を売ったって酒を相当飲んでいたぞ」と真一が言うと
「そんなことを、言っていましたか!そう、そんなことを」とがっくりと肩を落とし、まんざら悪いだけの人間でもなさそうで
「これを機会にまじめに働いたらどうだ、金はおまえにやるよ、それにひょっとしたら女房も帰ってくるかもしれないぞ」と真一がおかしな慰めのアドバイスをすると、ニヤっとして「そうですね!」と答えるなり「いいから」と言う真一の言葉など無視をして荷物を勝手にトランクにつめ飛行場まで送ってきた、まことに単純な男である。
ロスへのフライトはアラスカからの寒気が季節はずれに来ていて大荒れの中9時50分に離陸をした。
そしてその天候のせいで機内サービスはランチボックスこそ配られたが後は2時間強のフライトの間全員シートに座ったままあちらこちらで乗客が気分が悪くなり嘔吐さえするひどいものだった。
しかしロスに着くとこんなにも違うものか晴天で暑いくらいの天気である。
トランジットラウンジのトイレでランニング姿に半そでポロシャツと言う真夏のハワイ用の格好に着替えると自動販売機でダイエットコーラを買い、すいている隣の69Aゲートの待合席に腰をかけ機内で貰ったランチボックスを食べ始めた。
ふとミチ子作ってくれたおにぎりの入ったランチボックスを持ってシアトルの日本庭園・神戸姉妹都市庭園でいっしょに食べた時のシーンが思い出された。
あの時そのまま食べようとした真一の手を持ってウエットテイッシュで拭きながら
「だめよ、こうして拭いてからでないと!」としかれたことやおにぎりのおいしかったことなどを。
あの服に出会ってから、一層彼女との短かったが楽しかった日々を思いしてしまうみたいだ。その後免税ショップやブックショップをひやかしているうちに時間が来て搭乗が始まり2時25分予定通りホノルルへ飛び立った。
機内ではミナ子という女性をどういう方法で探したら良いのかそれだけを考えてすごしたが、名前もミナ子だけで、もし彼女のあのときの子供だったら19才のはずで後はシアトルのワシントン大学に今年の初めまで留学に来ていたと言うこれだけの情報しか無くなかなか妙案は浮かんでこない。
ただ今も大学との関係が有るのではないかという予想それに日系社会、それと女性と言うことでショッピングが思い浮かぶ、これらを何とかからめてとテーブルに置いたレポート用紙に書き込んでは破りしながら没頭した。
ハワイに着いた。飛行機から出ると、海からの湿気を含んだ風、むっとした熱気とまぶしくて目を開けていられないほどの陽光が機外に出たとたんに体を包む。
長い屋外の通路を歩いてバッゲジクレイムに向かうと下にランニングを着ているせいか背中の汗腺が全て開いたかのように汗が一気に噴出して、到着するころにはびっしょりと濡れていた。屋内に入ると急いで濡れた下着をトイレで脱ぎ、冷房の効いたパスポートコントロールと税関で一息つくと、出口では、もはやその汗も引いていて、一汗かいた事で逆に「ハワイに着いたぞ」と言う実感が沸いてきた。
タクシ‐に乗るとドライバーにクヒオアベニュ‐とオハフ通りの角に建つ大型のコンドミニアムの名前を告げた。
このコンドミニアムはホテル貸しされていて日本人観光客にも広く利用されている、このため相変わらずロビーは混んでいて、水着姿の家族連れや新婚カップル達が、大勢たむろしていた。
それをぬって真一は奥にあるエレベーターで3階に上がると、目の前のオフィスのドア‐を開け「ハロー」と言って勝手にどんどん中に入って行き自分の担当である高橋民子の前に進み出て
「こんにちは!アウデイちゃんのご機嫌どう?」と聞いた。書ものをしていた民子は顔を上げ
「いらっしゃい、お待ちしていましたよ、さあどうぞ」と応接室の方へ案内をした。
彼女は努力家で8年前24歳でハワイに来てから英語をマスターし不動産取引の免許を取ってこの日本の大手企業のハワイ支店に勤めていたがいまだ独身で2年前来た時には丁度買ったばかりのアウデイを運転して真一をいろんな物件に案内をしてくれたのである、その車を本当にいとしそうに大事にしていたことを覚えていたので先ほどの挨拶で彼女に聞いたのである。
冷やかしはしたがこの2年の間も継続して忙しい中Eメールの交換やレターのやり取りで真一に不動産管理のイロハから物件の見方評価そして市況予測まで親切に教えてくれて、そして管理の件のみならず自分が経験してきたハワイで住むということのいろんな問題への解決ノウハウなどもいろいろと教えてくれた、本当に面倒見が良い。応接間といっても6畳ほどの狭い会議室でいすとテーブルがあって、その一つに腰を掛け、前のテーブルの上に
「これ、つまらないものだけれど、ほんのお礼」と言って真一は免税店で買った1973物のワインを置いた。彼女は、それを手にとって
「これって何万円もするのではなくて?確か一番ワインの出来が良かった年が1973年!違ったかしら、遠慮なくいただきまーす、でも怖いな!何か私にお願いとかが有るのでは?」だてに年は取っていない
「さすがは、民子さんだ」とワインの知識を誉めたのか彼女の感を誉めたのかあいまいにして真一は持ち上げた後、彼女に女性が良く行くショッピング街の一番目立つショーウインドに靴とワンピースを飾りたいので、彼女持っているつてを全て使って協力してくれるように彼女の目を見て真剣に頼んだ。さすがの民子も考えもしなかった事を頼まれて困ったが今まで見たことも無い真剣さで思いつめている真一の申し出に「ノー」とは口が裂けても言えなかった。
「分かりました何があるのかは知りませんが民子、全力でやってみます」と返事をしてしまった。真一はそれを聞くと
「そう言ってくれてありがとう、今晩夕食でも食べながら民子さんには本当のことをお話しします」といって自分のコンドミニアムの鍵の束と携帯電話を受け取ると都合の良い時間を民子がその携帯に連絡することにしてそこを出た。7時になって少し涼しくなったクヒオ通りに出ると再びタクシーをつかまえランドマークに向かった。
このコンドミニアムは当初バブル期に日本などの出資者から資金を募って建てられたが高すぎてほとんど売れずその企業グループは損切覚悟でアメリカ資本に安く売った、それを1996年7月に再び価格を下げて販売しなおしたのである。
確かに完成後ほって置かれワイキキ市民からもいろいろとうわさをされてはいたが、内容はさすがに全てに超一流で真一の部屋は33階で景色は抜群そして2ベッド2バスルームで143平方メートルの広さが有りバブル時の販売価格は167万ドルの部屋それをわずか46万ドルで買った。
なんとい言ってもワイキキは、多少、物価は高いがその安全性とビーチ、そして日本人が暮らすのに必要なものは何でもそろっているしかし、もはや新しいコンドミニアムを建てる場所がなくなっているから真一は物件を見学して高層階で広い窓からの夕日、そしてマスターベッドルームのジャグジー風呂を見たとき決めてしまったである。
と言ってもゆっくりと使用するのは今回が初めてと同じでお気に入りの部屋で過ごす楽しみとうれしさで少し上気していた。
着いて見ると入り口にまだオープンハウスの看板が有った。
民子が本土と違って不景気でそれに今も日本資本が撤退をしていっていて高額物件は動かないとこぼしていたのを思い出し、まあ入居しても真一の部屋でさえ毎月10万円近い管理費が必要でそう簡単に維持することは出来ないだろうとも思い納得した。
独身で仕事一途そのお陰で出世し収入はうなぎ上り一方でお金を使う時間がなく加えていつもミチ子と結婚して所帯を持っていると言う意識で蓄えて来たため真一は、このハワイのファーストハワイアンバンクにも100万ドルを超える定期預金をもっていてその利息だけで年間700万円を超えていただからその点では全く心配は要らなかった。
重量感の有るドアを開け厚いじゅうたんが敷き詰められた部屋に入ると何とか住めるように必要最小限の設備をしたマスターベッドルームに行きカバンから出して着替えると、いまだ自宅の実感がなく高級ホテルに居るようで落ち着かない、幸い冷蔵庫を開けると民子が用意をしたのだろうビール、ソフトドリンク、果物、インスタント食品などが整然と並んで入っていた。そこから缶ビールを持っていまだにガランとした居間に行き、表の景色が良く見渡せる場所に置いてある真新しいソファーに腰を掛けて飲むと久しぶりにご機嫌でうまかった、最高の気分である。民子から電話があったのは夜も10時を回ったころでなんとこの建物の玄関に居ると言う、駐車場カードを持て行きいっしょに例のアウデイに乗り自分の駐車スペースに止め部屋に戻った。
食事はいやなお客としたとかで少し飲んでいて酒くさいからコーラを冷蔵庫から取ると長いほうのソファーに座った民子に持っていってやると真一の手をつかんで
「あーあ、いやになっちゃった。真一さん、私と結婚してくれない、私ってこれでも家庭的なのよ、料理もうまいよ、ねえーいいでしょう!」と相当に荒れていた。
こんな彼女を見たのはもちろん初めてで
「君らしくないぞ、どうしたの 民子さん」と言うと今度は泣き出した。よくよくこんな目に会うものと思ったが観念して、彼女の横に座り彼女の肩に手を回して
「泣きたければ、お泣き、気が済むまで」と言って自分の方に引きよせた。
しばらくすると疲れていたのか、もたれたままで子供のように寝てしまった。
寝て重くなった彼女を抱きかかえて自分のベッドに寝かすとタオルケットをかけてやり、薄暗く照明を調整して居間に戻った。今のところベッドは一つしか用意をしていないしもう一つのベッドルームは空で何も置いていない、つまりほかに寝るところが無いのである、このため真一は長いほうのソファーに足を伸ばしてすわり横のテーブルにつまみとビールを置いて日本語放送のテレビをつけて見るでもなしに考え事をしてすごし時々は様子を見に行っていたが知らないうちに寝こんでしまった。
朝日で目がさめたのはもう10時を回るころで「そうだ」と気がつくと知らないうちに掛けられていたタオルケットを取りガバット起きあがると民子を見に行ったがベッドは空でちゃんとシーツは伸ばされてメーキングされていた。そして食堂に行くとテーブルの上には社用便箋に彼女の字で書かれた手紙が置いてあった。
民子が用意をしてくれていたドリップ式コーヒーメーカーで入れたコーヒーをブラックで飲み目を覚ましオフイスに電話をいれると何も無かったように民子は
「今、起きたの?のん気でいいわね!私はご依頼の件で大変なのよ!」とそれを聞いて真一は苦笑いをしながら
「それだけ憎まれ口が言えるほど元気になれば大丈夫だね、良かった、これからもいつでも泊まりにおいで、ただし今度は君がソファーいいね」と言い返すと電話の向こうで少し笑い声が聞こえ
「ありがとう真一さん、お陰ですっきり、ああそれからあの件は何とかなりそうよ」といった。
その日の夕方いっしょにデイナーを食べる約束をすると着替えてカラカウワ通りを西に進みカヘカ通りに有るダイエーに歩いて行きこれから始まる生活に必要なトイレットぺーパー、テイッシュ、石鹸、タオル、歯ブラシ、などを買い大きな荷物を抱えて一旦タクシ‐で自宅に戻り荷物を置くと今度はアラモアナショッピングセンターに出向いた。
掃除機、炊飯器、コーヒーメーカーそして電子レンジを買うためだがとりあえず昼になりお腹も空いたことからストリートレベル(1階)のマカイ・マーケットフードコートに行った。ここには和食、中華、タイ、ベトナム、ファーストフードなどのいろんな店が並んでいて安くて便利なことからアメリカ本土や日本からの観光客はもちろん地元の買い物客などでごった返していた。
真一は前回来た時に食べてうまかったベトナム料理店のサイミンを迷わずに注文した。
このハワイのサイミンはラーメンだしのカツオ味に渦巻き模様のかまぼこが乗っているとにかくあっさりとしていていくらでも食えるおいしいものである。
それを2つトレイにのせて運び空いていた席に座った隣には真っ黒に日焼けをした肌に日本で今、はやっているキャミソールルックと言ういでたちの若い女性達が陣取ってもう食事は終わったのか氷の入ったアイステイをテーブルに置いたまま大きな声でワイワイと話し込んでいた。
黙って食べていても自然と話しが聞こえる、どうも留学に来ていたらしい
「ミカ、出席日数が足らないので滞在許可取り消しだってさ!」
「要領が悪いのよ、あの子って」
「でも、私だってろくに遊びもせずに我慢して120万円もこつこつためてやっと来たのにがっかり、何よ あの教室コンテナハウスじゃない!授業だって大人数で同じフレーズを言わせたり書かせたり、そして直ぐに実地検分と言っては日帰りツアー!それも追加料金を取って、完全に馬鹿にしている私達を、ね!そう思わないだからミカの気持ちわかる」真一が知らん顔して2杯目を食べはじめた時、気になる話しが聞こえ耳をすました。
「私も、もうやめてその代わりいろんな国に旅行しようと思うのよ、だって今の寮ひどいのよ!プライバシーなんて無いこと分かるでしょう」皆それぞれに思い当るのか首をたてにして
「それに、ついに私の服とおそろいの靴盗まれたのよ!日本人は確かに良い物を持っているけれど私には大事な服と靴なのに」半泣きである
「ジュン子も、私も」
「ええ、みんな経験あるのね」
「裸のままタオルだけを体に巻いて自分の部屋からシャワールームに行き、それも下半分は丸見えのシャワーそれに同じように丸見えのトイレ、平気な顔をして人のものを使った、部屋の中に入りこんで来るのはこちらの習慣と思って我慢をしていたけれど、盗みまでされると、もう我慢出来ない!」と一転して皆はまじ状態になり無口になっていった。真一はそれを聞いて、
「ひょっとしてミナ子もこの子達と同じようなことを経験してそれでハワイに?とすると彼女は間違いなくここにすんでいる、帰ったとすると自宅があるからではないか?」と思った。
食事を終え買い物を済まし配達を頼むとせっかく来たのでぶらぶらと見て回った。
モール・レベル(2階)にはテイファニー、シャネル、グッチ、ロエベなどの有名ブランドの店が並んでいて日本人観光客と一見して分かる一群がブランド店の手提げを持て品物定めに右往左往していて女性にとってはたまらない場所らしい、このような場所にあの服を飾れたら目に付いてミナ子が直ぐに現れる気もしたがなんと行っても一等地で夢のような話しである。
夕方買ったばかりのアロハを着て迎えに来た民子のアウデイでデイナーに出向いた。
「全て僕持ちの、君のお勧めの所」と言ったあと、どこに行くのかと思っているとカラカウア通りを東に進みアラワイ運河左にみてカパフアベニュ‐を少し北上したところの開店したてのイタリアンレストランに連れていった。
テーブルを丸く囲む日本のファミリーレストランに良くある一続きのソファーのような椅子に座ると
「ここはね値段もお手ごろの家庭の味なの」といってパスタ付きステーキアンドロブスタ二人用コンボ・デイナー(スープ、サラダ付き)というのを注文した。
とりあえず冷えたワインで乾杯すると真一はキャンドルの火をみつめながら正直に探している女性のことをその赤いワンピースと靴のことと交えて説明していった。
民子はジーと聞いていて終わるとワインを飲み干し、そしてそのグラスを手でもて遊びながら
「うらやましい!そんなに真一さん愛されて、反対に真一さんって馬鹿よ、そんな誰の子か分からない子供を身ごもった女性のことを、いつまでもあきらめずに!でもそんな真一さんって素敵だなあ‐化石みたいな人ね」といって笑いながら真一が注いだワインをいっきに飲んだ。
「ひどいな!化石かい、この僕が」と少し冗談交じりに膨れっ面で言うと
「ええ、そうよ、だっていまどきそんな純愛なんて古典小説の中でしかないよ!」とまた彼女も笑いながら返してきた。
真一は自分でも少しは食べる人間と思っていたが、スープ、サラダに続いてそれだけで十分一食分と身間違えるほど大きなステーキ、大きなロブスターにポテトと食べきれないほどの量が大きな皿に盛られて出てきたので民子に
「君、たべたことは?」と聞くと、自分もこんなに量があるとは思っていなかったようでもちろん首を横に振った。後は格闘と言う言葉がぴったりで二人から笑顔は消え皿に盛られた料理に黙々と挑んで行った。
翌日、待っていた電化製品の配達が結局遅れて夕方の4時に来た。民子に言わせればきっと「そんなに早く?最初に約束したその日に着たの?」となるのであろうが、朝から出かけも出来ずに待っていた真一は日本と違う、そのリズムに慣れずいらいらしてしまう。
自分の方がせっかちで有ることは分かってはいたが!早速炊飯器を出して炊く用意をしたらお米を買っていないことに気がつき、又お茶をと思ったら電気ポットと肝心のお茶ッ葉までも買っていないことに気づくと今までの自分では考えられない行動をしていることに唖然となった。
関空で、そして機内で、シアトルでもここ4,5日であの会社勤めの時のコンピューター人間、何をするにしても、目的、方策、計画してからでないと行動しなかったあの人間があほなことばかりをしているではないか!真一は後悔しているのでは無かった、逆に自分に人間らしさが戻ってきたことがうれしかったのである。
単に忘れただけと言う御仁も有るだろうが全て計画にしたがってそのようにしなければなんて、まるでそれじゃロボットで人間のすることとは違う、泣いたり、笑ったり、怒ったり、感じたり、失敗したりが無いなんて。思い出せばミチ子とつきあっていたころの自分は悪いこともしたし、いいかげんで抜けたところも有ったが自分に正直に生きていたと思う。
だからこそミチ子との愛を民子の言う「化石」のようにその時のまま持ち続けてきたのかも知れなかった。
真一は生きていることを改めて今、確認できたのである。
表の方が何か騒々しいので見てみるとたくさんの人が前のカラカウア通りに集まっている、フラダンスのグループやいろんな格好をしたグループであふれていた。
6時を回っていたが民子に電話をするとまだオフイスにいた
「知らなかったの、今日から14日の日曜日までパシフイック・フェステイバルが開催されるのよ!」真一はさっぱり分からず
「それって何?」と聞いてしまった
「行って見れば、分かるから、それに道のあちらこちらに観光案内の雑誌が置いてあるでしょう、それにもいろいろ載っているからたまには見たら!」と忙しいところを邪魔したみたいで少しつっけんどんに答えた。
食べるものも無かったので表に出て行くとすごい人との数である早速民子に言われた雑誌を取ってみると本当にちゃんと書いてあるではないか。
今日は1日家にいたし、ハワイに着いてから考えてみれば、初めて今、ワイキキの町を歩いているから無理もなかったのである。
その夜、カラカウア通りは通行を制限され、ミニパレードで開始されると5万とも6万人とも知れない人々でうまり夜10時ごろまであちらこちらで歌が歌われ、音楽が奏でられ、又人々は踊ったりしてお祭りの中に入って時間のたつのも忘れて楽しんでいた。
一段落して自宅に戻りがてらカラカウア通りに並んでいる日本食レストランの一つに入りカウンターでラーメンセットを注文し持ってきた稲荷寿司に箸をつけようとした時、向かいの席に女性が入ってきて座った。それを見て真一はびっくりした、また相手も驚いたらしく真一は箸を持ったまま、彼女も「ああ!」といって指差したまま見詰め合ってお互いに、言葉を失っていた。真一の手招きで横の席に移ってきた彼女は「こんなことって有るのね!本当に心臓が止まるかと思っちゃった」と言い、真一も「食べる前で良かった。食べている途中だったらのどにつめて死んでいたかも?」と冗談まじりに言った。「ひどい!幽霊にでも会ったみたいな事を言って」と軽くジャブを返す彼女に「でも、居ない、いや、居るはずの無い人が居るのだから同じことじゃないか?」と分けの分からない説明をした。
それにしても会社を辞め留学先のロスに旅立ったはずの元部下の夏木カオルとこのワイキキのこのレストランで再会するなんてこんなことが有るのだろうか二人は食事をした後近くのファーストフード店に入り夜遅くまで話し込んだ。
彼女の話は昨日、留学生たちが言っていた内容と近くわずか3日でいやになったと言う、とにかく日本人がほとんどで彼女の場合28才で回りの多くがもっと若い人間ばかりということもあったと思われるが、今ならまだ無駄にお金と時間を使わなくてすむことが分かると、真一と約束したように、生まれ変わって自分に正直に生きる為にも、ばからしくなってさっさと切り上げてきたとかそう判断し行動した事は今も正しいと思っているものの、さてじゃあ、それからどうするのか?ということになると、日本に帰るには抵抗が大きく、家を出て来る時に誓ったことは何だったのか分からなくなるし、迷った挙句に1度行ったことがあり、日本語も通じて食事などの生活にも便利でかつ余分に費用を支払わなくともすむハワイにとにかく今日の便で来てYWCAに泊まっていると言う内容だった。
そこまで聞いた所で店が閉まるということで真一は彼女を自分部屋に誘った。
どこかのホテルと思っていたのでランドマークに入って行き自宅といわれる一室に入ってその豪華さも有ってカオルは驚いた。
そのカオルをソファーに座らせると冷えた缶ビールを持ってきて、自分も向かい側に座り民子に話した内容と同じ事を話した。
二人は似ているのか同じことをカオルも言った。それを聞いておかしくなって真一が声を出して笑うと、理由がわからないカオルは
「そんなにおかしくって?私の言ったことが!真一さんのことを考えて言ったのに」と食って掛かる。
「ごめん!ごめん!悪かった、笑って、違うのだよ、実はある人にもこの話しをしたら、全く君と一緒の事を僕に言ったんだ、しかも“化石”って言う言葉も、それでおかしくなってしまって」と説明した。
「そうなの、そんな人がいるの?」とカオルは小さくつぶやいた意味がわからず真一は「そんな人ってどう言うの」
「鈍感ね 真一さんを好きだって言うことよ、その人もかわいそう、こんな人を好きになってしまって!」真一はカオルの言葉で民子が酒の勢いで冗談を言ったと思っていたが
「私と結婚してくれない!」と言ったことを思い出していた。
このままでは都合が悪くなり話しを変えるために
「君にその民子さんを紹介するよ、近いうちに」といって自分が知る限りの彼女のプロフイールを紹介した。最初「いいよ!」といっていたカオルもその経歴を聞くと
「是非、紹介してすごく興味が沸いてきちゃった、是非願い!」と頼む。
週末なので来週そうそうに連絡を取るからと約束をすると「じゃ私帰ります、これ以上ここに居たらますます帰るのがおっくうになっていくから」と言い、帰るカオルを宿舎まで送ろうと立ち上がった時、部屋のチャイムが鳴った、モニターテレビで確認すると、うわさをすれば何とやら、当の民子であった。
「どうしたの こんなに遅くに」と言いつつドアーを開けると
「なに、言っているのよ!いろいろと話すことが出来て、ずーっと電話をしたのに出なかったじゃない、多分フェステイバルとは思ったけれど気になってそれで来てあげたのに!」と逆に真一に食って掛かりながら居間まで来てソファーの民子を見つけるとお互い軽く会釈をした後
「へエ‐真一さんも、隅に置けないんだ、まずいところに来ちゃってごめんなさい。
用件だけ言ったら直ぐに帰りますから」と真一の顔をにらみつけるようにして言うと小さな声で
「何よ、貴方の為にあちらこちらに頭を下げて回っているというのに、自分は、のうのうと女の子とデートだなんて、どういうことよ、また何なのいつ引っ掛けたのよ、部屋まで連れ込んで、もう知らないからね」と真一の耳元で怒っている。
聞こえたのかカオルがクスリと笑い真一も
「民子さん、違うったら、こちら夏木カオルさん」と紹介し
「ビールでいいね」と言って冷蔵庫のあるキッチンに取りにいきながら笑っていた。
「何なのよ、二人そろっていやな感じ」それを聞いていたカオルが、改めて自己紹介をしてから真一と今までの会話の内容をかいつまんで説明し、最後に民子に会っていろいろと教えてもらいたいと思っていた矢先だったと説明するとようやく
「そうだったの!恥ずかしいわ、一人で考え違いをしていて」と急に今度はしおらしくなり真一が持って来た缶ビールをてれかくしにゴクゴクと飲み始めた。
「民子さん、僕に話しがあるんじゃないの」真一が見計らって話し掛けると
「そうなの、喜んでお店が借りられたの!どこだと思う」真一の反応を見ながら
「アラモアナショッピングセンター‐それもあのモールレベル、そうシャネルやグッチのお店が有るあそこ!」それを聞いてさすがの真一も夢のような話しで
「そりゃすごい、本当かいあんなところを借りられるなんてすごいよ、有難う、有難う民子さん」と彼女の手を握り締めていって感謝の気持ちを伝えた
「今、君確か店って言わなかった。ショウウインドウの間違いでは?それでどうして借りられたの?」
「それがね、店なのよ、そう一軒丸ごと本当なの、実は、日本資本が日本国内本体の経営不安、貸し渋って言うのかな、それで持っていたハワイの高級ブテイックチェインの全てを閉鎖したのよ、今月はじめに、私そこの日本人店長に住まいを斡旋して今も管理していて個人的にも彼女と仲が良いのよ、で真一のことを相談していたら明日から1週間だけで良ければ好きに使って良いと今晩連絡があったのよ。
聞いたら契約は今月一杯あって借りた時の状態に戻す工事が1週間後に始まるらしいのだけれど、それまでだったらと言う条件で、どうする?」民子の話しを聞いて真一はなんとなくミチ子が、導いてくれている気がして
「喜んで使わせてもらう民子さん、君のその友達の店長さんに宜しく言ってよ、改めては又お礼に伺うけれど」と返事をすると
「カオルさんひま有ります?明日から1週間アルバイト頼めないかな?話した服と靴を展示してから店に居ていろいろと頼みたい仕事が有るのだけれど」と真一からの申し出にカオルは、明日から何をどうしたら良いのか分からずに困っている自分に真一が気を使ってくれているのを感じて嬉しくなり
「ええ、よろこんでお手伝いさせていただくわ」と素直に答えた。夜も遅くなったが民子もカオルも帰る様子も見せないので真一は、今夜はここで夜通し話しをして過ごすことを提案し二人も同意するとまず腹ごしらえとカオルがラーメンを作り民子はレトルトのカレーとナンを暖めみんなで夜食を食べた。カオル、民子そして真一も、たいしたものではないのにこうして仲間達と食べるとこんなにもおいしいものか、そしてまた楽しい事かと改めて感じながら、そして今までの孤独感や悪い人間性が、お腹が膨らむのに比例して自分の体から嘘のように消えていくのを実感していた。カオルは食べながらも民子に彼女のようにここハワイ・海外で働けるようになりたい、何とかならないか?と相談し、言葉のはしばしで民子を尊敬するとか民子のようになりたいと言っていたが、そのうちに民子が以外な事を告白した
「そんなに言っていただける自分じゃないのよ、カオルさん。さきほど真一さんに聞いてもらいたいことが有るって言っていたでしょう、実は今日、正式に言われたのよ、首だって!日本に戻ってどこかの支社に勤めるのなら今の会社に居られるのだけれど、そんなの私、絶対にいや出来ないわよ いまさら、分かるでしょう」と言って二人がうなずくのを確認して
「でも、分かるのよ、今度のハワイ支社人員削減案、だって仕事が極端に減ってしまってかろうじて管理でなんとか来たけれど今のままでは赤字が続いて無理なことが、だからノーと言うことは自分から辞める事になるのよ、分かったカオルさん」
「そうでしたの、民子さんの苦しみも知らず、自分の事ばかり言ってごめんなさい、でも民子さんのように優秀ならどこにでも就職が出来るのではなくて?」
「今、このハワイは不景気なのよ、本土の方は株価も9000ドル台に乗るなど景気の良い話しばかりだけれど私のように日本人だけを相手の不動産取引業者はどん底、円安で売りたい人は多いのよ、でも買い手が居ないし、又、買いたいと思っても銀行がそれでなくても貸し渋っていて海外の不動産なんかには一切貸さないのよ」と分かり易く民子は説明してくれた。真一もつい最近まで取締役としてビジネス界にいて、人員削減や銀行の貸し出しの態度を熟知していたのでよく理解が出きたが
「それで、どうするつもり?」と少し厳しい質問をした。
「仕事をなくすことは別に良いの、問題は自動的に滞在ビザが取り上げられてしまうことなの、加えて今すんでいる会社の借り上げ社宅も去らねばならなくなるのが困るのよ!そして時間があまりにもないでしょう」と予想もしていなかった返答をしてきた。余りにも現実的な問題を提起されて場がシーンと静まり返った。皆それぞれに解決策を考えてはみるが問題が問題だけに難しい、時計は午前3時過ぎをしめしていた。
トイレにたった真一が戻ると二人がいれたコーヒーを一口飲んでから最初にカオルに
「聞いていて思ったのだけれど、ここハワイで仕事を見つけて暮らしたいの?」と尋ね
「出来るのであれば是非そうしたいから民子さんに聞いていたのだけれど、今のお話しを聞いて」と消えそうに言うと
「そう、分かった。二人ともここで暮らしたいのだね!だったら僕も決めるよ、この自宅を事務所にして会社を作るよ、そして君達が株主、共同経営者になればいいのだよ、ハワイで老後を過ごすことを決めてから民子さんにもインターネットをつうじてEメールで教えてもらっただろう事業経営者用ビザのこと、もちろん君達の出資は出来る範囲でいいんだ、とにかく僕は今、君達を手放したくないし一緒に仲間で居たいんだ、だから賛成してくれないか?いっしょにやろうよ!」二人は
「有難うありがとう真一さん」と言って、喜んで素直に賛成してくれた。それを確認すると「民子さん、悪いけれど会社設立の件頼むよ、それからお買い得のコンド売り物件がないかな、有ればその会社で少しまとめて買って今後増えると思われる長期滞在型コンドとして日本でレンタルしようと思うのだ、勿論君が責任者でアシストは元商社でバリバリ仕事をしてきたカオルさんにお願いして、それから買った一室を君達二人の社宅にすれば資金繰りや損益予想などつめる必要はあるけれど、二人の、いや僕もだから3人の問題が一挙に解決する上にみんなでこれからもやっていけるじゃないか!そうだろう、みんなで協力したら何とかうまく行くよ、やろう」と自分にも言い聞かせるように宣言した。その件は民子が責任持ってやることで話しが一段落すると今度は明日から、いや今日からの「シンデレラ作戦」と名づけられた案について真一から説明が有ってその後、なんと言っても女性のことで有りわいわいがやがや、ああでもない、このほうが良いなど議論噴出のすえに、この件はカオルが中心となって進めることに決まるころにはうっすらと空が白んでいた。
ミナ子が学友のキャサリンから電話を受けたのは日曜日の朝教会から帰って来た直後のことだった
「ミナ子、ねえ貴方の服と靴のサイズ教えて」
「何の話をしているの、キャサリン、服は8号で靴は5と2分の1だけど、それがどうしたの、ねえ」「やった1000ドルよ1000ドル、私が思ったとおりじゃないの、やった」はしゃぐ電話の声にミナ子は
「ねぇーったら!キャサリン何なのよ、一人で喜んで、もう、1000ドルって何の事?言ってよ、ねえ早く」
「実はね、昨日アラモアナショッピングセンターに行ったら見つけたのよ、応募者でぴったりの人には1000ドル差し上げますって言う看板を、で、行ってみたのね。そしたら服と靴が飾ってあってそこに年齢18か19才の女性でその服と靴が今ミナ子の言ったサイズで合う人に1000ドルを差し上げるって書いてあったのよ、私はもちろんサイズを見てあきらめたのだけれど誰か居ないかなって考えたの、そうして貴方のことを思い出してそれで電話をしたの、でもミナ子いい、私が連絡しなければ1000ドルも手に入らなかったのだから半分は頂戴、いいでしょう、ねえ」と言って直ぐに応募をしに行こうと誘う、しつこさに負けて仕方なく
「分かったわよ、でも合わなくて1000ドルもらえなくても私のせいじゃ有りませんからね」といって昼の2時にセンターステージの横に有る案内所の前で待ち合わせをした。
会って直ぐに行こうと急がせるキャサリンに31アイスクリームが先と連れて行き、クラスメートの夏休み中の動静などを聞いたりしながらそれを食べ終えると、ようやく一緒にその場所に歩いて行った。
「なんだ、人が沢山居るのかと思ったのに居ないじゃない、もうシンデレラが出てしまったのではないかしら」とミナ子がからかい半分で言いながらショウウインドウの前に立ち中を見てミナ子は凍ってしまった、一心にして、じいーっと飾られている真紅のワンピースと靴を見つめたままで。
「ミナ子!ミナ子!大丈夫ミナ子」キャサリンが呼ぶ声でようやく我に帰ると引き寄せられるように中に入っていった。そして今一度その服と靴を手にとって抱きしめていき又、自分の世界に入っていった。
「お帰り」キャサリンにも聞こえないほど小さな声だがはっきりとそう言うのが聞こえた、高校を卒業時に余りにも不景気で仕事が無いハワイに居てはだめだとほかの友達達がそうしたように本土の大学を目指した。
しかしハワイでいた周囲の人達とは違って冷たく、残酷で、平気で裏切った、挙句お母さんが大事にしていたこの服と靴を無理言ってシアトルにもって行ったのに誰かに盗まれ夢破れてわずか5ヶ月でハワイに泣いて帰ってきた事を思い出し自然と先ほどの言葉が出たのである。
後ろで様子を見ていたカオルは真一を携帯電話で呼び出し
「現れました、私の感ですが100%間違いがありません。ミナ子さんです」と報告し真一から
「直ぐにそこに行から何があっても引き止めておいて」と指示を受けると近づいていっていまだに自分の世界に居たミナ子の肩をトントンと手を置く程度に軽くたたいて
「ミナ子さんでしょう?」と話し掛けた。
自分の名前を呼ばれて、はっと驚き振り向いた。
「どうして、私の名前を?」
「まあ、どうぞ中へ」
キャサリンも何がどうなっているのか全く分からず言われるままに奥のソファーに案内されその女性の次の言葉を待った。
「そこにフイッテイングルームがありますからミナ子さんはその手に持っていらっしゃる服と靴に替えてください」とカオルが指示すると再び
「あの‐どうして私の名前をご存知なのですか?」と聞いてくる
「もうしばらくすると、主催した本人が来ますから、直接本人からお聞きになられた方が、そうでしょう、そのほうが良いでしょう!」と答え表に行き催しの看板などを片付けシンデレラキャンペーンは終了しましたと書いた大きな紙を窓に張りつけた。
まもなく息を切らして入ってきた真一は、丁度着替えて出てきたミナ子を見て髪の毛はミチ子より相当ながく腰にまで届きそうで違うものの当時のミチ子と見間違えるほどたうりふたつである、又服もぴったりで、危うくミチ子といってしまいそうになり言葉を飲みこんだ。
「良かったですね」といってからキャサリンを促してカオルは表に出ていった。
真一は
「どうして私の名前を知っていらっしゃるのですか?貴方は?」と立て続けに来てくるミナ子をソファーに座らせて
「実はあの服と靴は私が有る人にプレゼントしたものなのです、ミチ子と言う女性に」
「私のお母さんに」思わずに言ったミナ子の言葉に
「やっぱり貴方がミチ子の子供、良かった」といって彼女を抱きしめて行った。
「あの!あの!」ミナ子は未だに誰とも分からぬ初老の紳士に急に抱きつかれてうろたえた。
ミナ子を離すと
「君の父親になっていたかも知れない人間と言えばよいのかな、つまりこうなのだ」とお母さんとの出会いからこれまでの事、シアトルでスージー会って服と靴を取り返した事などを正直に話していった。
彼女は自分の知らない母の過去を聞いて驚くと同時に真一の一途な心に感動し有ることを思い立った。
長い話しが終わるとミナ子は
「おじさま、お腹がすいたの、何かご馳走してくださる?」と若い子らしいことを言った。
「ああ、それは良い食べに行こうもっともっと亡くなったお母さんのことも聞きたいし」「じゃ、ちょっと表のキャサリンに話して先に帰ってもらい心配したらいけないので家にも電話してくる」と言うと真一が用意していた1000ドルの小切手を持って店から出ていった。
代わって入ってきたカオルに真一は
「会えたよ、あの娘に、ありがとうカオルさん礼を言います、これから一緒に食事に行こうと誘うのだよ、あの子が、なので悪いけれど後片付けと民子さんにも連絡を頼む。
それから、これ」と言って1万ドルの小切手を断るカオルに無理やりに手渡し
「支度金と思って、今のYWCAでは大変だろう、早くコンドにでも入って、英会話の学校にも行きたいのだろう!何かといるもんだお金って、それにもっておいて邪魔なものでも無いから遠慮なんか要らないから使ってよ」カオルは辞めた会社の上司を思いだし、真一のためなら何でもやろうという気持ちになった。
ミナ子は真一の手を取りタクシーに乗りこむとダウンタウンに向かった、止まったところは中華街で今度は店構えの立派な一軒の中華料理店に入っていく、予約を入れていたらしくミナ子ボーイに一言、二言話すと2階の4人がけのテーブルが有る部屋に案内させた。「おじ様先に何か適当に注文していて下さる、私はちょっと!」と言って出ていった。おトイレにでも行ったのだろうと真一は考え適当にみつくろって注文しボーイが出て行ってまもなく彼女が戻ってきたようだった、が中に入ってこない
「どうしたの、ミナ子さん」と言って背にしている入り口を見ると中年の婦人が立ってこちらを凝視していた。
真一は思わず椅子から転げ落ちそうになり、やっとのことで立ちあがると放心状態の彼女に近づいて行き今1度見て本人と確認するとぽろぽろと涙を流しながら最初はゆっくりとそして徐々に力を入れて抱きしめ、最後は
「もう離さない、もう離さない」と聞かれると恥ずかしいくらいの大声で泣きながら抱きしめていった。
彼女も「真一さんなのね、本当に真一さんなのね、ごめんなさい、ごめんなさい」泣きながら抱かれていった。
気がつくとミナ子が横に立っていて
「見ちゃった、すごいラブシーン」と冷やかす。「これ、ミナ子お母さんをだましたわね、また悪巧みをしたのでしょう!」
「ミナ子さんも人が悪いな‐お母さんが生きているのに黙って、こら!」とうれしさで頬がゆるみっぱなしの顔で、そして
「それにしても、驚いたってなんの心臓が飛び出すかと思った。死んで居るはずが無い人がそこに立っているのだもの」とミチ子の手を持ったまま
「でも、良かった、生きていて、もう絶対に逃がさないからね!」と真一は言った。ミナ子は「お母さん知らなかったでしょう、真一さんはあらからもずうっと今日までお母さんと結婚するために待ってらっしゃったのよ、ねえおじ様、お母さんって罪な人よね!」と話すと
「本当なの?あれからずーと、ほんとうに駄目な人ね、真一ったら、もてなかったのね!かわいそう」とミチ子
「お母さんだって、私の知る限りステデイなんて居なかったじゃないの!そんな言い方したら純情なおじ様がかわいそうよ」と直ぐにミナ子が反論する。ミチ子は口で言っているのとは気持ちは反対で
「私も会いたかったしそんなに私を思っていてくれていたの、うれしい」というものであったがなにしろ自分でも何を言っているのか分からないほど動揺していたのである。
「少しの間と断って抜けてきたからもどらなくちゃー」とミチ子は娘の電話で会合を抜けてきたらしく戻ると言い出した。「君が後で僕の部屋に来てくれるとミナ子さんの前で約束してくれたら一旦は手を離して行かせてあげる。
でなければ前のことが有るからだめだ」と子供のようなことを真一が言うと、うなずき後でミナ子といっしょに行くと約束し出ていった。
真一はすぐに自分の部屋をミナ子に教えると
「相当動揺しているからお母さんに付いていてやって欲しいと」頼み後を追わせた。頼んだ料理を全て詰めさせると、それを持て一旦自宅に戻りカオルと民子にミチ子のことを報告すると二人は自分の事と喜んでくれて意味深にがんばってといった。
真一が心配したとおり母はおかしかった、ミナ子が後を追っかけるとふらふらと夢遊病者のように歩き会議場とは逆の方向に行く、追いついて
「お母さん」といったら
「あらこんにちは」と娘のことが分からないのかチンプンカンプンなことを言う。仕方なく頬をたたくと驚いて
「あれミナ子じゃないどうしてここに居るの?」と言う
「何言っているの、しっかりしてよ」と元気付け来たタクシーにのせて自宅に連れ戻ると取り敢えず鎮静剤を飲ませて寝かした。
よほどショックが大きかったようだ、まさかこんなことになるとは思わずミナ子は母の横に腰掛けて反省をしながら
「それにしても真一と言ったあのおじさん母がおかしいことを気づいていた、娘の私は分からなかったのに、あの人はミナ子のお父さん?父は死んだとしか教えられていなかったしおじさんも私のお父さんになっていたかも知れない人間って意味深長なことを言ってた、いずれにしても近いうちにはっきりとする?」と自問自答し真実を知る興味と不安に心揺れていた。母が目を覚ました。
「もう大丈夫」と言う母にレモンテイを飲ませ、さらに確認した後起きるのを手伝ってソファーに座らせた、そしてあの服と靴をみせ驚いている母に真一と知り合った経緯と彼から聞いた話し全てを教え最後に母の後をつけるように言ったのも真一だと説明し
「あの人が私のお父さんなの?ねえ、ママ」と聞いた。ミチ子は
「少し時間を頂戴、お願いもう少し待ってすべてを貴方に話すから、ところで今何時」聞き夕方の7時と分かると
「どこに居るの、真一さん」と居場所を尋ね
「じゃあ、いっしょに行ってくれるわね!」と言った。母は、もう以前の母に戻っていて軽く食事をとり入浴しさっぱりするとあの真紅の服と靴を身につけ薄く化粧すると、感心してみていたミナ子に運転をさせてランドマークに出向いた。
「今日のママってきれい、今までのどの時よりも、本当よ」
「ありがとうミナ子貴方のお陰この服と靴のお陰、どうなるか分からないけれど自分に正直にがんばってみるわ!」あの時のような後悔だけはしまいとミチ子は心に誓った。入り口に真一が降りてきて駐車場に車を回し部屋に案内された。
「ランドマークに入るのは、初めてだけれどママすごいわね、このお部屋、とミナ子はあちらこちらの扉を開けたりして探検をしている、その間二人は居間でソファーに座り真一の入れたワインを見つめてじっとしていたが真一から
「きれいだね、その服今も良く似合うよ、ミチ子、実はねシアトルのピアー56に有るシーフードレストラン、ほら生牡蠣の店覚えている?ここに来る前にそこでいない君と乾杯したのだ、ちゃんと二人分の用意をさせてね、前にあるワイン、実はそこのやつなのだ、前一緒に飲んだやつさ、こうしているとタイムスリップして君とデートしたあの時に戻るみたい、乾杯しないかこれでそして、もう一度ここで言うよ、僕と結婚して欲しい、君と分かれたあの日に戻って1から僕と暮らして欲しい、」に、グラスを持ったまま手を置いて
「真一!ありがとう、ごめんね、つらい思いをさせて、今の返事先にするわね」と言い一息ついた。断られるのかと目を瞑った真一の耳に
「よろしくお願いします」と答えて真一が目を開けるとグラスを持ち上げた。
それに真一も合わせ澄んだチーンという音がして目を見合すと二人とも涙を浮かべていてそれをこぼさないようにいっきに飲み干すと
「ミチ子」
「真一」と抱き合い激しく唇を求め合っていった。
それを見ていたミナ子も感動して目を潤ませていた、母のとしてではなく1女性としてのミチ子を目の前で見てしかも20年間も時間を超えてこんなに愛し合っている二人を見てうらやましいとさえ思って立ち尽くしていたが折を見て
「私、先に帰るからママはゆっくりしてね」といって気を利かして帰ろうとしたら
「ちょっと待って、ミナ子、真一さんにも聞いて欲しい話があるの」とミチ子が止めた。
「実はね、私真一と会ったときに妊娠しているって打ち明けたわね」
「ああ、覚えている、それで大変だったんじゃないか?」
「怒らないでね、真一が出港していったあの日、貴方は自分の子として育てるって言ってくれて本当にうれしかったの、けれども貴方にそんな重荷を背負わすなんて出来ないと考えて貴方にお別れの手紙を出し2週間後シアトルからハワイに帰ってきて落ちついたところで病院に行ったら2ヶ月だって言うのよ3ヶ月でないといけないのに」そこまで聞いて
「それってママ、私の本当のお父さんが真一さんって言うこと、ねえママったら」ミチ子はうなずいた。今度は真一が
「だったらどうしてその後直ぐに、連絡してくれなかったの?」とミチ子を責める。
「二人にそう言われても返す言葉がないの。私がバカだったの、つまらない意地を通してしまって、でも言えて間違ってました、やっぱり貴方の子でしたっていまさら、ミナ子分かるでしょう」とうつむいてしまった。
「分からない」とミナ子「僕も分からない」と怒ったように真一、しかし本当は二人ともミチ子の頭ごなしに目を見合わせてくすっと笑っていた。
様子がおかしいのでミチ子が顔を上げてそれを見つけると
「また、だましたわね ミチ子、真一さんも、二人してひどいわ、意地悪」と顔は笑いながらも怒っていた
「しかしママ、そのお陰で私、片親でこんな良いパパがいたのに甘えられなかったのよ、そう考えたらこのぐらいの悪さ何でもないじゃないのよ」と又、真一も
「僕も20年もこのかわいい娘と一緒に遊ぶことも出来ずに」とそこまで言うと
「ちょっと、そこまで言うとおじ様調子に乗りすぎじゃないかと思うのだけれど」とミナ子がいうと
「言い過ぎか?」と真一が大声で笑う。皆もいっしょに笑いだしお互い抱き合っていった。「ママ、私達いっしょに暮らすんでしょう?叔父様と、と言うことはここに引越ししてきてもいいってことね?違う叔父様?」
「ああ、もちろん」
「聞いたママ、やったミナ子ここに来る、あのまだ何も置いて居ない部屋ミナ子の部屋にいいでしょう叔父様?」ここでミチ子が口を出して
「だめよ真一さん、簡単にオーケ―しちゃ、この子そう言うところだけすごいんだから、いいミナ子これからはいままで通りママに相談するのよ真一さんが良いといってもだめだからね」
「アーア、見破られちゃったもうママったら、知らないせっかく夢のような生活がそこにあるのに!」とミナ子は、ふくれっつらに変わり
「ママはじゃあ、どうするのよ?」
「ママは今日からここで真一さんとじゃない」といってから
「ミナ子、さようなら注意して帰ってね!」それを聞いて
「何よそれってママだけずるいじゃないの、そうでしょう!おじ様」二人のやり取りをニヤニヤとしながら真一は聞いていたが自分に振られて
「ミチ子は今日から僕と一緒、返さない、それからミナ子もあの部屋をママと相談して家具を用意してから移ってくる、いずれにしてもこの部屋で暮らそう3人で良いねそれで」と言ってミチ子を見ると少し恥ずかしそうに
「ええ!」ミナ子も
「ハイ!パパ」と小さな声で答えた。
そして「何かお腹が減っちゃった、今日は、いろいろ有って、それにだめな母親を持つと気苦労が多くて!」「まあ、なんて言うことを真一さん怒ってやってよ!でも、そうね私も少しお腹が減ったわ」ミチ子のその言葉を聞いて
「実は、今日の昼の中華料理、注文した分全て持って帰って冷蔵庫に有るのだ。いっしょにそれを食べないか?」と真一が言った。今日の昼、母について帰ってからも食べ損ねたあの中華、惜しかったな‐と考えていた食いしん坊のミナ子はうれしくなり
「パパが一番しっかりしているみたい、さすがママのご主人様」と褒め上げるとミチ子を誘って冷蔵庫のあるキッチンに行った。皿を探しそれに冷蔵庫の物をのせ電子レンジにかけながら、空いた時間を使ってミナ子は母親をあちらこちら自分が先に探検した場所に案内しああしたら、こうしたら良いのでは、そうじゃないなどと話し合っていた。
真一は食堂の椅子に座って初めて見る母と娘のやり取り、そして家族団欒と言うものをワイン飲みながら見て、感じていた。食事の時、真一が持っていた疑問をミチ子に聞いた
「どうして今もあの20年前に買った服がぴったり似合うの?僕など、この通りお腹も出て体型も変わってしまっているのに?」と、すると
「それはねママがクマフラで今もフラ・ハラウで教えているからよ、今も週に一回はハワイ大学でも教えて有名なのよ!」真一はさっぱりミナ子の言うことが理解できずに、ショックつまり20年の間の自分の知らない世界にミチ子が居て何語か分からない言葉を話す人間になってしまっていたのではないかと言う。
彼の顔を見て察したのかミチ子が助け船を出し
「ミナ子、真一を困らせないで、私が後でゆっくりと話しますから、心配しないでね、私も真一が過ごしてきた20年間のことを知りたいし、これからのお互いのことも、ただ先ほどミナ子の言った言葉の意味はね!フラクマと言うのはフラダンスの先生、ハラウと言うのが学校だからフラダンスの学校で先生をしていると言うことなのよ、真一も住んでみれば直ぐに分かようになるわよ、心配しないでね、ハワイ住む以上ここだけの言葉が沢山今も、あらゆる所で使われて居ているから、今、日本でもフラダンスを習いたい人達が多く居て私、日本語も出来ることからお手伝いをさせてもらっているのよ、実は今日の会議も今月末に開催されるキングカメハメハ・フラダンス競技会の打ち合わせだったのよ」
「そうだったの、で大丈夫なの、忙しいのに」真一はミチ子がそんなに立派に生きていたことに誇りを持つと同時にこれからの生活を少し心配して言った。
「心配しないで!真一、何よりも貴方が一番大切なのだから、20年分甘えて幸せになるんだから」とテレながらなんとかするからと答えるとミナ子が
「そうよ、今日ママを寝かしてから大変だったのよ、会議で待っていた人達に!」
「そう言えば、忘れていた、どう言ったのよ?」
「正直に言うより仕方がないじゃないの」
「どのへんまでよ!」といわれるとミナ子は声がだんだん小さくなり、やばいかなと思ったが
「全て!全て言っちゃった、だってあの会長さんしつこく聞くのですもの、しかたがないじゃないの!」
「何ですって、会長さんに全てを話したって、もうミナ子許さない、明日からママどうすればいいのよ」と逃げ出したミナ子を追っかけていった。それを見ていて真一は、親子っていいなあと自分も親になったのに、他人事のようにかんがえていた。そこに戻ってきたミナ子が真一の後ろに回り首に手を回し
「パパ、助けて!」と助けを求めてきた。
「ミチ子、許してあげなさい、ミナ子も悪気が有ってしたことじゃないんだから、それとも僕達のことは秘密にして置かないと何か都合でも悪い事でも有るのかい、僕は誰に聞かれても君との事は胸を張って言えるよ!」真一の言葉にミチ子は椅子に腰を下ろし
「いいえ、貴方の言うとおりよ、ただ、恥ずかしいじゃない、それにして、ミナ子って子は、ずるいわね私の弱点を見ぬいて、もう!いい真一、絶対に気を許しちゃだめよ、この子正直で疑うこと知なくて良い子なのだけれど、昔から周囲の大人達に甘え上手でかわいがられたものだから」
「分かったよ、ミチ子、でも今まで娘、いや家族って言うものがなかっただろう、だから幸せ過ぎてまだどうして良いのか分からないし消化できていないんだよ」と言う真一に二人は一番辛い思いをしてきたのが、真一と改めて気がつきミナ子は、首に抱きついたままそして、ミチ子は真一の手を握り締めてそれぞれに思いを込めて
「ごめんなさい」といった。
ミナ子が帰り二人きりになると真一に誘われベッドに行った、唇を重ね真一が求めていくと、20年と言う時間を超えて昔が帰ってくる。お互いの名前を呼びながら徐々激しく求め合う二人にほかの言葉はいらなかった。何度も何度も感極める経験をした後、真一の腕に抱かれたまま寝てしまった。かわいい寝顔で安心して寝ているミチ子をみて
「日本を思いきって脱出して良かった」と思い、又、それ以後の自分の身の周りに起こったいろんな事を思い浮かべるとミチ子との愛が導いてくれたとしか思えなかった。
翌朝、音で目がさめ音のするほうに行くとキッチンでミナ子も手伝ってミチ子が朝食を作っていて、いつ持って来たのか食器、なべなどに加え味噌、しょうゆなどが所狭しと、並んでいる、真一を見つけるとミナ子は
「おはようパパ」そしてミチ子は
「おはよう、貴方、シャワーでも浴びてらっしゃいよ」と言ったが急にテレビなどで見ていたホームドラマの家族団欒の場面が目の前にあって自分は父親の役でそのテレビに出演しているものの、いまだにぎこちなく下手な役者に思えて戸惑って
「ああ!そうする」とだけしか答えられずにシャワールームに向かった。
出てきて食卓を見ると昔、子供のころ家で見たことがあるような食事が準備されていて
「さあ、食べましょう」と座ったまま呆然としている真一を促し
「どうかしたの、真一!」とミチ子が心配して聞いてきた。
「いや何ね!ここハワイで昔、まだ子供だったときに食べていたような朝ご飯に出会って驚いているんだよ、日本ではもう食べられないよ!」
「だめなの、ミナ子も私も毎日食べている食事がやっぱり自然でいいのではないか作ったのだけれど?」と気を回す。
「とんでもない!うれしいのだよ 出会えて、食べられて、いただきます」といってうまそうに味噌汁、焼き魚、と真一は二人といろんな会話をしながら食べおかわりを重ねていった。それにしても彼女らの生活が古い良き時代の日本を継承して行われていていることに驚いた。ミチ子が例のフラの大会の準備で出て行くとお昼から自分も大会の練習だけれどそれまで
「パパの相手をママから言い付かったの」と言ってミナ子が相手をしてくれた。
「実は、驚いているのだよ、君が僕をパパと直ぐに呼んでくれるようになり、又、ママの事を許すのをみて」ミナ子は
「心の中は複雑なの、でも私、いやここで育った子供はみんな血族もだけれど住んでいる地域の人達に育てられるの、だからパパはもちろん特別の言葉だけれど、親と思える人はたくさんいるのよ。もち論お兄さん、弟、それにお姉さんと妹なんか、それは数え切れないくらいいるのよ!理解するのが難しいパパ?」と答えた。
「つまり、隣の家に行って、そこの子供達と同じように食事をしたり、泊まったりもするし、そこの両親から同じようにしかられたりもする、逆の事も有る、そのような関係が地域全ての大人達と子供達でおこなわれていて悪いことをしていると誰からも叱られるし、又いいことをしていると誉めてもくれる。もちろんお年よりは尊敬されるし、みんな弱い人を助け合う、違うかい?」ミナ子は理解が出来るとは思っていたので
「パパはどうして知っているの、本で勉強をしたの?」と驚いた。
「何も読んでいないし、勉強もしていないよ、ただミナ子の話しを聞いていてパパが子供のころと同じだと思ったので、で言ってみたのさ、それにしても日本人が無くした心がここではまだ生きていたんだね!」と真一が答えると
「パパ、アロハの心ってそれなのよ、心温かく迎える、もてなす決してお金や物じゃないの、このことを理解しないとフラダンスは踊れないの、だから逆にそれを知って日本のおば様達が、今じゃ大勢とりこになって学んでいるわけかもね?先週末のカーニバル、丁度このコンドミニアムの下から出発したのを見た?あれにも1000以上有る日本のフラ・ハラウのハウマナつまりフラダンスの学校で学んでいる人達がたくさん参加していたのを見なかった?」
「そう言えば、明らかに日本から来ていたと思われる観光客達がパレードで、踊っていた人達に声をかけてはビデオや写真を撮っていっしょに動いていたなあ!」と気がつき、そしてミナ子に教えられてはじめて、バスに乗る時老人やハンデイキャップの人達を自分の親にするかのようにやさしく手助けをし、もちろんバスにも専用のリフトや場所が準備されていて関心した事を思い出し「アロハの心か」と真一はつぶやいた。その後もいろいろとミナ子に教えてもらっているうちに昼になった。
思いがけずにミチ子も一旦昼食に戻ってきて3人で食事をしながら会長さんがみんなに言ったので、相当みんなに冷やかされたが喜んでくれ今も、早く家に帰っていっしょに食事をしなさいと言われたとか、テレながら様子を話し又真一とミナ子は今朝二人で出た話しをしていった。
食後のコーヒーを飲んでいる時に真一に連絡もなしに民子とカオルが花束を持って来てミチ子にそれを渡し、お互いに自己紹介をしあったあとで、真一との関係を簡単に説明したが、その終わりに真一がギクットするようなことをミチ子に言った
「真一さんにお嫁さんにしてよ!といってせまったけれど相手にされなかったはずだ、さすが、真一さんが20年間も愛しつづけた人だわ、負けたわ、あきらめようカオルさん」と隣のカオルに、また、彼女は、民子の話しを聞いて知っていたのか
「そうね、私もキスをしたけれどだめだったもの、あきらめようか?ミチ子さんだったら仕方がないわね!真一さんをあげる!」そして仕事の話しは後からまた来た時にというときびすを返して出ていった。おかしいなあ、なにをしに来たのだろうか、二人は!それにしても、これだから女は怖いとおそるおそるミチ子とミナ子を見ると目をそらして怒っている、これは、まずいなと思うと額に汗が溢れ出してくる、仕方なく
「申し訳ない、いや、あの何て言ったらいいのやら」と頭を下げて謝ると大きな笑い声が一斉に聞こえる、顔を上げると出ていったはずの民子達も、そこにいていっしょに笑っている「いい気味、自分だけ幸せになるなんて、このぐらいのことをしなくては気がすまないわ!」
「そうよ、本気で好きになっていたんだから!」などと二人は言った。真一は首をかしげて「ミチ子!まさか、君もぐる?」というと、すまなさそうにしながらも
「ごめんなさい真一、でも貴方も悪いのよ、この方たちにそんな思いをさせて、だから今回きりで真一のことをあきらめる条件でオ‐ケイしたのよ」と答える。内心ではミチ子の話しを聞き自分も逆にこれでこの件はすんだと安堵したがもう一つの疑問が有って
「ちょっと待って、どうして君達がお互いにそんなに親しいの?」と尋ねた。答えは簡単だった。民子はミチ子のことを有名なフラクマで彼女の顧客の中にはミチ子の教え子の日本人と言ってもおば様達がいてよく知っていた。
今朝早く仕事のことで真一の自宅に電話をするとミチ子がでて真一の20年来のあの恋人がミチ子と知りその人柄も良く知っていたので心から祝福し正直に自分も好きだったことを打ち明けた。
ミチ子は会議の前に民子と待ち合わせ彼女に謝ったがその席にはカオルもいてその結果、先ほどの計画を実行することになったのである。そしてミナ子には昼食の準備の時に、こそっと耳打ちをしていたとかで、真一はそれを聞くと一転神妙な顔になり
「ひどいなあ、皆でよってたかっていじめるなんてこれからもするのなら、考えないと、いっしょなんか居られない」とまじめな顔をして下を向いて言った。それを見て女達はやばいと思ったのか
「ごめんなさい、そんなに」とか
「薬がききすぎちゃった!」とか
「そんなはずではなかったのに」などと今度は好きなことを言いながら心配をして困り果てていった。そこを見計らって真一は
「残念でした、こんなことではくじけません」と笑いながら顔を上げた・これには女性達も引っかかったようで真一に
「もういや」とか
「やるわね、真一さんも」とか
「パパったら」などの声がしたがミチ子だけはまじめな顔でみんなに聞こえるようにはっきりと
「私だけは、真一の味方ですからね」と宣言すると、みんなが見ている前で真一の首に手を回し少し背伸びをして唇を合わせていった。
真一もこれに答えてミチ子を抱きかかえて濃厚に応じ終えると
「愛しているよ」と言った。皆は、それを見てパラパラと拍手をしながら
「あほらしいわ!これって何なの、結局当てられただけじゃないの、ミチ子さんにしてやられた感じがするわね、だれ!こんな企画をしたのは?」と張本人の民子が言うと、今度はみんなで大笑いした。
(完)