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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛サレテルゲーム

作者: せせら木

「ねえ、愛サレテルゲームって知ってる?」


 放課後。


 窓から夕日の差す空き教室の中で。


 私――椎名妃花しいなひめかは、恋人である男の子――青木壮太あおきそうたにそう問いかけた。


「あ、あぁ……愛サレテルゲーム……愛サレテルゲームな。あの都市伝説で有名な」


「うん。都市伝説として有名で、そのゲームを成功させた二人は永遠に結ばれるって噂のやつ」


「ははは……。永遠に、か……」


 彼はどこか挙動不審に返してくれる。


 いつもだったら堂々としていて、私と話す時なんてジッと目を合わせてくれるのに、今日は一度だってそれがない。


 隣にいる私たちの共通の友達――山本南やまもとみなみの方をチラチラと見て、何か示し合わせているようだった。


「でも、どうしてこんなところに呼び出してそんなことを訊いてくるの、妃花ちゃん? 私と壮太君、今日は委員会の仕事があったんだよ?」


 壮太じゃない。


 南が私に質問してきた。


 彼女は、壮太と違って普通にしている。


 挙動不審なんかじゃない。


 いつも通りの柔らかい物腰。


 にこやかな微笑も浮かべていた。


「うん。それは知ってる。知ってるし、今は私が質問してる番なんだよね。南は知らない? 愛サレテルゲーム」


「知ってるよ。答えてあげたから、こっちの質問にも答えてね? 何度も言うけれど、私と壮太君、今日は委員会の仕事があったの。でも、妃花ちゃんがどうしてもって言うから、仕事を放り出してここへ来たんだ~。その、どうしても、っていう内容がそんなことを訊くためだったっていうことなのかな? だとしたら、ちょっとここに来たのは無駄だったかも?」


 笑顔のままトゲのある言い方をしてくる南。


 取り乱して、怒りを思い切りぶつけるのもまたよかった。


 でも、私はそれをしないで、南と同じように笑顔を作って返す。


「……あははっ。ごめんごめん。大丈夫だよ。もちろんそれだけを訊くために呼んだわけじゃないから」


「うん。そっか。なら、早く話してくれる? 私たちへ言おうとしてること」


 言われて、私はスカートのポケットからスマホを取り出し、とある画面を南と壮太へ見せつけた。


「これ、どういうこと? 壮太って、私と付き合ってるはずだよね?」


 二人の表情が固まる。


 見せたスマホの画面には、壮太と南のキスしているところが写し出されていた。


 これに加えて、録音音声もある。


 私は画面をスワイプして、その音声も流した。


 内容は、壮太が南へ私の愚痴を話しているところ。


『いやぁ、やっぱ妃花の奴重くて……。俺、もうアイツの束縛に耐えられる自信ないわ』

『そっかそっかぁ。壮太君、大変だね。どうして妃花ちゃんと付き合い始めたの? 私たち、最初は三人で友達だったわけだよね?』

『妃花に「好き」って告白されたからかな? 俺、案外押しに弱い所あるみたいだ。自分でもびっくり』

『ふふふっ。へぇ~』

『でも、同時に気付きもしたんだよ。これは別に自分から動いて手に入れた恋じゃない。俺は追われるより、追いたい派だったんだ』

『追いたい派かぁ~』

『南。俺、本当は――』


「――ねぇ、壮太? これ、どういうこと……?」


 音声がすべて終わる前に、私は壮太へ問いかける。


 この先は聞くに堪えない。


 私の恋人だったはずの壮太が南へ告白し、友達だったはずの南がそれを受け入れて、二人はキスし始める。


 あのキス音を聴くと、正気でいられる自信が無い。


 自宅で聴いた時は、気付けば部屋の中がめちゃくちゃになっていた。


 ここでそれと同じことをやるわけにもいかないし、私はまだ壮太を心の底から愛してる。


 愛して愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してる。


 ……大好きだから。


 南なんてどうでもいい。


 南の壮太への想いなんて、私に比べたら塵以下。


 本当にあなたのことを愛してるのは私なんだよ、って。それを今から伝えてあげないといけない。


 この恋を、完全なものにしなくちゃいけない。


 だから、私は――


「……な、なあ、妃花……俺――」


「――まあ、これはもうどうでもいいや。結局、今からするこのゲームで全部無かったことになるし」


 壮太が喋ってるのを遮りながら、私は自分のスマホを操作する。


 前準備は済んでいた。


 愛サレテルゲームへの登録。


 これに、あらかじめ私は自分の名前と壮太の名前を入力していたのだ。


 昂る気持ちを抑えきれず、笑みをこぼしながらスマホの画面を壮太へ見せる。


「ね! ほら、これ! 今日の朝、私自分と壮太のこと登録してたの! 登録されましたよ、っていうメールももう来てるよね? 愛サレテルゲームのこと、知らないわけがないよね!? だって、とっくの昔に私に登録されちゃってるんだから! ね、壮太! あはははっ!」


 私が笑いながら言ったところで、壮太はまるで敵を見るような目つきで私を刺し、やがて隣にいた南と見つめ合ったうえで語り掛けてきた。


 ……ムカつく。


 今から、その急ごしらえの想いを粉々にしてあげる。


 壮太は、絶対に、絶対的に、どんなことが起こっても私の大切な人だから。


 ……離さない。絶対。絶対に。


「……妃花。それを言うなら、俺たちもだ。お前を愛サレテルゲームに登録しておいた」


「え……? う、嘘……? ど、どうして?」


 錆び付き始めていた胸が一気にトキメキへ塗り替わっていく。


 自分の目が輝いたのがわかった。


 ……でも、『俺たち』ってどういうこと?


 壮太は……私を愛してるから愛サレテルゲームに登録してくれたんじゃないの……?


 疑問を口にすると、彼が……いや、私から壮太を奪おうとしてるクソ女が笑み交じりに説明してきた。


「ごめんね、妃花ちゃん。私たち、妃花ちゃんに死んでもらいたいなぁ、って思ったの。それで、一緒に壮太君と『えいっ』ってあなたのこと愛サレテルゲームに登録しちゃった♪」


「……え?」


 口の中が一気に渇いたような、そんな感覚。


 かつて友達だと思っていたこの女は、いったい何を言ってるんだろう。


 私の彼氏にちょっかいを出しておきながら、何を言ってるんだろう。


 よくわからない。


 死んでもらいたい……?


 私に……?


「知らない? 妃花ちゃん? 愛サレテルゲームって成功させたら二人は永遠の恋人になるけど、失敗したら片方は絶対に死んじゃうんだよ?」


 知ってる。


 違法サイトの動画で見た。


 本当に人がその場で死んでた。


 心臓発作になって。


「妃花ちゃん、ちょっと重過ぎるんだよね。別れようとしてもなかなか別れられなさそうだし、壮太君ずっと困ってたの。どうすればいいかなぁ、って」


「壮太……私……あなたのこと……」


「うんうんっ。好きなんだよね? でも、残念。壮太君は妃花ちゃんのこと、もうぜーんぜん好きじゃないの。これっぽっちも」


「嘘ッ! 嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘! 嘘!」


「ううんっ! ほんとのほーんとっ! 重たい妃花ちゃんはもういらなくて、壮太君が選んでくれたの私だったのでしたーっ! ざんね~んっ! ウフフフッ!」


「黙れよ! 黙れ! このクソ女ァァァァ!」


「アハハハハハハハッ! 黙れな~い! 面白くて笑いが出ちゃうからぁ! アッハハハハハハッ!」


 嫌だ。


 死んでも嫌だ。


 壮太がこんな女に盗られるなんて。


「――ねえ、壮太……?」


 震える声で彼の名前を呼ぶ。


 でも彼は、私の胸を切りつけるみたいに冷たい視線を一瞬向けてくれるだけ。


 ……あり得ない。


 これは夢。


 現実は、やっぱりこのゲームの果てにしかない。


「……私って……愛サレテル……かな?」


 無情な契約の言葉。


 ゲームの始まりを告げる合図。


 私はそれでしか壮太との繋がりを保てないみたいだった。


「――ああ。愛してるんじゃないか?」


 壮太の冷たい言葉が教室内に響いた刹那、私たちの持ってるスマホにメールが入った。




【愛サレテルゲームが始まりました。たくさん愛を伝え合ってください】




 機械的な文面が私の先攻を伝えてくる。


 張り裂けそうな胸の痛みに耐え、私は涙ながらに最初の願いを口にしようとする。


 南は、私へ見せつけるように壮太とコソコソ耳打ちしながら何か話し合っていた。


 ……絶対に許さない……。


 胸の内でドス黒い覚悟が決まった。


 もう私……このゲームに全部を賭ける……。


「壮太……じゃあ……まずは私のお願い」


「……ああ」


「愛しているなら、南じゃなくて私の元へ来てくれるよね?」


「……もちろんだよ」


 冷たく、事務的な言い方。


 心は一ミリもこもっていない。


 あんなに暖かい笑みを私にくれていた壮太はもうそこにいなかった。


 どうしてだろう。


 どうして……どうして……?


 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――


 ドウ……シテ……?


 濁っていて悲しい感情が沸々と湧き出る。


 それと一緒に涙も出てくるけど、私はそれを袖で拭いた。


 壮太は敵意のある視線を私に向けながら、ゆっくりとすぐ傍まで来てくれた。


「……それから、私のことを抱き締めて?」


「……チッ」


 舌打ちはするけど、壮太は私を抱き締めてくれた。


 あの時みたいに力はまったくこもっていない。


 でも、瞬間的に幸せな感情が心の奥底から溢れてきて、私は笑みを抑えきれなくなっていた。


 笑ってるのに、涙はぽたぽたと流れ出る。


 どうなってるんだろう、私。なんかもう、何もわからないや。今は壮太に抱かれて幸せ。


 ……シアワセ。


「……壮太……壮太……そうたぁ……ふふ……フフフフ……」


「……メールだ。離れろ。攻守交代だろ」


 スマホがバイブして、壮太は私のことを振り払おうとする。


 でも、私は無意識のうちに彼の体に張り付いていた。


 簡単に離すことはない。離さなければいけないのに。


「っ……! この、離れろって言ってんだろうがクソ女! いい加減にしねえと殴るぞマジで!」


 壮太は血相を変えて、冷酷に私へ言い放ってくる。


 でも、そんなものはむしろ歓迎だった。


 悲しいのには、もう慣れた。


 これも壮太が私にくれるものの一つだって思ったら、なんだか幸せに還元され始めた。


「ふふ……フフフッ。いいよ、いっぱいちょうだい? 私のこと、いっぱい殴って、壮太♡」


「は、はぁ……!?」


 ドン引くような顔を作る壮太。


 どうして?


 殴りたいって言い始めたのは壮太なのに……。


「壮太ぁ……本当にいいよっ♡ 気が済むまで私のこと殴って♡」


「くっ……!? くそっ! お前マジで何言ってやがんだ!? ゲームで攻守交替なんだよ! くだらないこと言ってないで早く離れろよ! そんなに早く……し、死にてぇのかよ!?」


 壮太の声が震え始めた。


 何でだろう。可愛いと思ってしまう。


「いいよ。壮太のためなら死ねる。でも、せめて死ぬ前にいっぱいいっぱい壮太に触れておきたいから……♡ ほら、殴るとその分壮太は私に触れてくれるってことでしょ? そんなの……フフフッ♡ 本望だよぉ♡ えへへへへへぇ♡」


 刹那、だった。


 私が壮太にくっつきながら話していると、南が強引に間に割って入って来た。


「邪魔すんな! 私と壮太の時間!」


 躊躇なんて無い。


 感情が抑えられない。


 私と壮太を離した南の頬を本気で殴る。


 血が飛んで、少し驚いた。


 非力だと思っていた私の拳は、思った以上に他人を傷付ける。


 何をやっても微笑を浮かべるだけのクソ女に、私の攻撃が確かに入った実感。


 それを感じることができて幸せだった。


 勝手に頬が緩む。


「あ、アハッ♡ アハッ、アハッ、アハハハハハハッ! す、すごっ! アハハハハハハハハハッ!」


 声量を抑えられない。


 感情のままに大声で笑っていると、南が血を流す口元をそのままに妖しくニヤける。


「……あ? 何? 何笑ってるんだよ?」


 私が問いかけるも、南はそれを無視して、


「ねぇ、壮太君♡ 妃花ちゃんって可哀想だね♡ あんなのだから振られるのに、まったく気付いてないみたい♡」


 猫なで声で壮太の腕を抱き、これ見よがしなことを言う南。


 私の体中の熱が一気に上がる。


 それは怒りという感情に変わり、ブツッと何かが切れたような音に変わった。


「お前……今なんて言った……?」


 怒りに震えながら私が言っても、南は完全にこっちのことなんて無視。


 密着し、壮太のことばかり見つめながら続けた。


「ねえねえ、今って私たちの攻撃でしょ? 妃花ちゃんにお願い、言っちゃお?」


 妃花の怪我の心配をしながら頷く壮太。


 彼は私のことを睨み付けてきていた。


 恋人は妃花じゃなくて私のはずなのに。


「もう俺、決めにいきたい。南が殴られたのに、黙ってられない」


「えぇ~♡ 壮太君優しい♡ でも、まだダメ♡ せっかくのゲームなんだもん♡ 妃花ちゃんにも色々お願いさせてあげなきゃ♡」


「けど俺――」


「キス、見ててもらお?」


 ……?


「私と壮太君がキスするところ、妃花ちゃんにしっかり見てもらうの♡ エッチなキス♡」


 ……この女……ほんとに何言ってるの……?


 目の前が赤く染まっていくような、そんな感覚に陥る。


「はい♡ じゃあ、言って? 妃花ちゃんに『愛してるなら、青木壮太と山本南がエッチなキスをしてるところ見てられるよね?』って」


「……めろ……」


 壮太が頷くのを見て、私は自分の体温が一気に下がっていくのを感じた。


 ――だめ。それだけは絶対に。


「愛してるなら――」


「やめろ! やめて! お願い壮太それだけはやめてお願いだから私何でもするからだからやめてぇぇぇぇぇ!」


 喉が張り裂けそうなくらいの大声を出す。


 けど、妃花は悪魔のように嗤って――


「俺、青木壮太と山本南がキスをするところ、見てられるよな?」


 通ってしまった。


 壮太のお願いが。


 瞬間的に私は脱力してその場に尻もちをつく。


 脚が震えて立てない。


 妃花はそんな私を上から見下ろすように眺め、やがて壮太と抱き合ってから口づけをし始める。


「あ……あぁ……ぁぁぁぁ……」


 ぼたぼたと涙が勝手に流れた。


 ――やめて……。


 心の中でそう強く願うのに、二人は私の前でこれでもかというほどに愛し合う。


「んっ……ちゅっ……んむっ……はぁ……はぁ……壮太君……壮太君♡」


 幸せと優越感に身を震わせる妃花。


 ゲームが無かったら、私は今頃あの女を殴り殺してる。


 でも、ゲームが無かったら壮太とも恋人に戻れない。


 こんなに、こんなに好きなのに……。


 壮太はあんな最低最悪の女を選んだ。


 私のこと、好きって言ってくれてたのは嘘だったの……?


 壮太……壮太ぁ……。


 何で……どうして……。


「ぇぐっ……ひっぐ……」


 頭の中がぐらぐらする。


 スマホがバイブして、壮太の攻撃が終わったのを知らせてくれた。


「ちゅ……ちゅぱっ♡ はむっ……んんっ♡」


 けれど、二人のキスは止まない。


 正気じゃなかった。


 私は体に力を入れて立ち上がり、ぐらつく頭を抱えながら叫んだ。


「早く離れろ! 離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろォォォォ!」


 髪の毛が乱れる。


 でも、関係ない。


 飛びつくようにして二人の元へ駆け寄ると、キスを取り止めて壮太が南を抱くようにして守った。


 酷い視線だった。


 まるで襲い掛かって来る化け物から大切な人を守るような、そんな目。


 あの目が優しさに満ちていた時はもう昔の話みたいだ。


 昔の話。


 私は壮太にとって過去の人。


 今はもう、ただの悪。化け物。


 南を脅かす存在。


 ……だったら、せっかくゲームをやってるんだもん。


 もう、こっちだって好きなことやってもらうしかないよね……?


 ね、壮太……?


「へ……へへ……へへへはははぁ……」


 意図せずに勝手に笑いが漏れる。


 壊れたように笑う私を見て、壮太は気持ち悪がるように目を細めた。


「本当に気持ち悪いな。何でこの状況でそんな笑えるんだよ……?」


「ほんとだよね、壮太君。たぶん、壊れちゃったんだよ。私たちのラブラブしてるところ見ながら死ぬんだもん。心臓発作だったっけ? 死に方はわかんないけど。ふふふっ♡」


「……壮太……おぼ……覚え……てる……?」


「何をだよ?」


 彼が疑問符を浮かべる。


 その反応でさえ、今の私からすれば嬉しい。


 無視はされてないのだから。


「三回目のデートで……わた……私のおうちに来てくれた時のこと……」


「あ? 覚えてねえよそんなこと」


「回数わざわざ言うところ気持ち悪ーい。ねえねえ、壮太君。こういうところだよって何回言えば理解するんだろうね、妃花ちゃん」


「バカなんだよ。バカなくせに気持ち悪いくらい俺に粘着してきやがって。さっさと死ねよ本当」


「大丈夫だよ~。愛サレテルゲームで死んでくれれば私たちが殺した証拠なんて一切残らないもん。勝手に死んじゃった~って風に捉えられると思うw」


「じゃあもう早く続きやりてーわ。おい、ほら。早く願い言えよ。スマホバイブさせなきゃ俺のターンになんねーんだわ。ハグでも何でもしてやるからよ。最後に」


「最後にねwww あはははっwww」


 嗤う二人。


 私も一人で笑ってた。


 浮かぶのは、私の家で壮太と一緒に離してた時のこと。


「……死ぬ……一緒に……」


「……あ?」


 壮太が首を傾げて、私は続ける。


 笑いは抑えきれなかった。


「ふ、ふふっ……フフフフッ……壮太あの時……死ぬ時は一緒って言った……私が死ぬ時……壮太も死ぬって……」


 鼻で笑う壮太。


「言う訳ねーじゃんそんなの」と。


 でも、私は首を横に振る。


「ううん。言ったよ。言ったの。14時36分44秒。この時間に確かに言った。私の顔をじっと見て」


「きもおおおっwww 壮太君、ほんとにこの人キモイwww ちょっと無理になってきちゃった私www」


「俺も無理だよ! おい妃花、お前本当気持ち悪いんだよ! いい加減やめろよそういうの!」


 イチャつきながら私を嗤い、気持ち悪がる二人。


 でも、もうそんなの関係ない。


 スマホにメールが届く。


 壮太の攻撃が終わった。


 ――やめて。


 そう口にはしたものの、直接二人を邪魔しなかったからなのか、私の命は助かっていた。


 ……だったら……。


「私のお願い……だね……」


「なんか可哀想~。あんなにキモいことたくさん言ってるのに、ゲームが続くたびに妃花ちゃん私と壮太君のラブラブしてるとこ見なきゃいけないなんて~」


 ……大丈夫。もう、そんなの起こることなんてないから。


「ほら見て、壮太君。さっきから妃花ちゃんずっとニヤニヤしてる。きっと壊れちゃったんだよ。可哀想」


 ぐすっ、とわざとらしく鼻をすする南に、心の中で最後の別れを告げた。


「……ばいばい、南」


「……?」


「一人になるのは…………アンタだから」


 形相を変えて疑問符を浮かべる南だけど、私はそれ以上彼女の方へ視線をやらず、ただ壮太の方を見つめた。


「……壮太……♡」


「っ……! だ、だから、そういうのもやめろってさっきから――」


「私のこと愛してるなら、できるよね……?」


「いいからまず聞けよ! お前との関係は終わったんだ! 俺は南と――」




「――私と一緒に死んでくれるよね?」




 時が止まった。


 壮太も、南も、口を開けてポカンとしてる。


 面白くて仕方が無かった。


 さっきまであんなに楽しそうに嗤ってたのに、二人がびっくりしてる。


 可笑しくて、可笑しくて、笑いが止められない。




「アハッ♡ アハハハッ♡ アハハハハハハハハハハハハハハハハッ♡」




 今になって震え始める壮太。


 南に至っては青ざめて何も言えなくなってる。


 確信した。


 これで壮太は改めて私のモノになるんだ、と。


「……お、おい、ちょっと待て妃花……! う、嘘だよな……!? 冗談だろ……!? お、俺と一緒に死ぬだなんてそんな――」


「あぁ! ダメだよ、壮太ぁ! ちゃんとわかりましたって返事しないと壮太だけ死んじゃうでしょ? ほら、言って♡ わかりました♡」


「そ、そんなの、ど、どっちにしたって俺は……!」


「どうせ死んじゃうって? 違うよ、違う違う♡ 私は一緒のタイミングで壮太と死に体の♡ 別々なんて嫌だもん♡ 一緒に死んで、一緒に天国でも地獄でも、どこへでも行くの♡ 大丈夫、怖くないよ♡ だって二人一緒なんだから♡」


「そ、そんな……バカな……」


「バカじゃないよ♡ ほら、壮太? わ、か、り、ま、し、た♡ 言って? 言って? 言って? 言って? ……言エ」


 私の言葉を受けて、壮太は悲鳴を上げながら尻もちをつく。


 怯え切った表情も可愛い。


 隣にいるクソ女なんてもはや関係なかった。


 私は壮太の元まで歩み寄り、しゃがみ込んで同じ目線になる。


 綺麗な壮太の顔に自分の顔を近付け、舌を出して彼の頬を舐めた。


「エヒヒヒヒィ……♡ しょっぱくてぇ……おいひぃよぉ……♡ ウェヒヒイヒヒヒィ……♡」


「あっ……うっ……あぁぁ……」


 じょろじょろと微かに音がした。


 見れば、壮太の股間部分を中心に水溜りが発生してる。


 お漏らし。


 死んじゃうのが怖いからか、壮太がお漏らしした。


 ダメだ。もったいない。


 私は即座に床に這いつくばり、出した舌をその水溜りに浸ける。


「んっ……ぐぷっ……んぐんぐっ……! んぶふっ……えぁぁぁ~……れろ……れろぉ! はぁ……はぁ……もったいない……もったいない……壮太のお漏らしぃ……生きてる間の……最後のぉ……!!!」


 口いっぱいに広がる苦味。


 それが果てしないくらいの快楽を私の中に運んでくれる。


 壮太……壮太ぁ……♡


 尿を全部飲み干す。


 そんな勢いで床を舐めていた矢先だ。


「んごほぉっ!」


 唐突に上からすごい力を掛けられ、激痛と共に舌が飛んで行ったような感覚。


 何がどうなったかわからないけど、私は南に頭を思い切り踏みつけられたのだと察した。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! お前が勝手に一人で死んどけよぉぉぉぉぉ!!!」


 何度も何度も頭を踏み付けられ、激痛が走る。


 床にぶつかる顔面からゴキゴキと音がした。


 感覚はすぐに無くなっていき、口元も自分の意思で動かせない。


 私は起き上がる力も無くして、ただ床に這いつくばるしかなかった。


 それでも――


「ふぇひ……ひふぇぇ……♡ そうふぁ……ほうは……ほうはほうはほうはぁ♡」


 想いだけは。


 この想いだけは消えない。


 絶対に、絶対に、絶対に、ゼッタイニ。


「こっち! 壮太君! 逃げるよ! 早く!」


「…………で、でも……お……れ……」


「いいから早く! こいつと一緒にいるのだけはダメ! せめて、せめて私と一緒にいよう!? 壮太君が死のうと、傍にいるのは私だから絶対に私が守るから! 私があなたの傍で一緒に死んであげるからぁ!」


「み……みなみ……みなみぃ……」


 やり取りを続け、教室を出て行く壮太と南。


 私の意識は徐々に遠のいていく。


 流れ出る血が止まらない。


 たぶん、舌が飛んだ。


 そのせい。


「ひょう……はぁ……♡」


 ……でも、言った通り。


 この想いだけは絶対に消えないから。


 私は、亡くなったあなたを必ず見つけて。


 今度こそ二人きりの場所へ誘うから。


 だって、元々そうだったんだもん。


 私と壮太は恋人。


 ずっとずっと離れるはずのない恋人だから。






●〇●〇●〇●






 後日、●●高校の体育館横、用具倉庫内で二人の男女の死体が見つかった。


 これはこの学校に通っている生徒のものだとされており、互いに互いを刃物で刺した自殺だとされている。


 生徒の名前は制服に付けられていた名札より確認され、それぞれ男子生徒が青木壮太、女子生徒が椎名妃花となっている。


 この二名に加え、もう一名自殺者が出ており、こちらの名前を山本南。


 遺体は損傷が激しく、四肢がバラバラにされており、既に何日か経っていたようで部分的に腐っていた。


 恐らく死亡から何日か経ったものとされている。


 青木壮太と椎名妃花の持つスマートフォンには『愛サレテルゲーム』という表記のメールが共に入っており、山本南からは持ち物が確認されず、メモのようなものがスカートのポケットに入っていた。


 内容は以下の通り。


【お前が壮太を取ろうとするから悪い。先に殺しておく。ゲームが始まるより前に】


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