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すももと蟻宮、路上ライブの洗礼を受ける

社長の突発的な提案により、路上ライブをすることになったすももと蟻宮。オーディエンスより先にパフォーマーにサプライズしてどうする!?というもっともな突っ込みを入れる暇もなく、アウェイ感満載の路上ライブの日々が幕を開けるのだった。

「すももちゃん、路上ライブって、こんななん?」


蟻宮が、意気消沈した顔ですももに聞いた。

「こんなだよ。告知もなんもしてないからね。ここにいる人たち、みーんな、わたしたちの歌を聴くために集まったファンじゃないから。仕事帰りだったり、飲み会に行くとこだったり、何か用事があって駅に来るわけだから」

すももは、淡々と言ってコンビニで買ってきたスポーツドリンクを差し出した。蟻宮はお礼を言って受け取り、キャップをストローの付いた飲み口と付け替えると、ちぅーっと吸った。


路上ライブを始めて3日目。すももは真白なパーカー、蟻宮はピンクのパーカーを着て、フードを深めに被っていた。マネージャーの依木ゆのからは、「できるだけ顔が見えない感じで」と言われている。いちおうVチューバーアイドルユニットということになってるし?


最初は初めて人前で歌う緊張で、うまく声も出なかった蟻宮だったが、1日経ち、2日経ち、通行人のあまりの素通り感に、緊張もなくなったが、やる気もだいぶダメージを受けていた。


「みんなが知ってそうな曲歌ってるんだけどなあ」

蟻宮がつぶやいた。


マネージャーの注文は二つ。

1.持ち歌の中で、歌ってみた動画で人気の高いカバー曲を歌うこと。

2.人が集まったらオリジナル曲を歌うこと。

さらに、「音量は出しすぎない」「邪魔にならないように隅っこで歌う」「他の人が近くで歌い始めたら移動して距離を空ける」といった細かい指示も受けていた。その指示を守って3日目。おとなしく言われたとおりに、駅前広場の隅っこで音量を絞って歌っているが、誰一人として足を止めてくれる人はいなかった。


「ありり、落ち着いて、周りをよく見てみ」


言われて蟻宮は、駅前広場を見渡した。音が邪魔しない程度の程よい距離を保って数人のグループが演奏をしていた。人だかりができているところはなく、観客がいてもせいぜい一人二人。人通りは多いが、ほとんどは足早に通り過ぎていくだけだった。


「こんなもんかあ」

蟻宮はため息をついた。


「あー、あれはダメだわ」

すももが唐突に声をあげた。

ッダンッダダンとドラムが重低音を響かせた。大学生ぐらいの男達が4人で演奏を始めた。アンプからはエレキの甲高い音が周りに突き刺さった。雑踏が静かに思えるぐらいの凶暴な音が空気をかき乱した。


さっきまで演奏していた他のグループも手を止め、音のする方を見た。

「ちょっと!止めなさいよ!」

鋭い声がして蟻宮は、ぱっと振り返った。パリッとした黒いシャツに上品な光沢を帯びた黒いロングパンツを履いた女性が、ドラム男達を叱りつけていた。

「ありり、ここにいていいよ。ちょっと行ってくる」

すももは、男たちの方へと歩き出した。


「何だよ、何がダメだっつうの?」

ボーカルの男が、黒シャツの女性に言い返した。

「ダメなんて、どこにも書いてねーだろ」

「書いてなくたって、ダメなもんはダメ。常識だろ」

黒シャツの女性は毅然として言った。

「何が常識だよ。それ、おまえが決めたルールだろ。俺たちの音楽にはなあ、ドラムだってアンプだって必要なんだよ!」

ドラムの男が怒鳴るように言った。黒シャツの女性は一歩も引かなかった。

「ドラムだってアンプだって使えばいいさ。でも路上はダメだ。通行人や近隣に迷惑なんだよ」

「何が迷惑だよ。おまえらの演奏なんか、誰も聞いちゃいねえじゃねえか。俺たちが客を集めてやるから感謝するんだな」

ボーカル男は、さらに大きな声で言い返した。


「そんなに騒ぎたかったら、ライブハウスに行けばいいのよ」

すももが割って入った。

「何だ?おめえには関係ねえだろ!邪魔すんな!」

ボーカル男が声を荒げた。

「関係あるわよ。あんたたちみたいなのがいると、わたしたちまでライブできなくなるのよ」

「なんだとう!」

「邪魔すんなっつってんだろ、どけや!」

ギター男が、すももを押しのけた。

「きゃ!」

小柄なすももは、ギター男が予想した以上に軽かったようで、尻もちを付く形で転んだ。


「すももちゃん、大丈夫!?」

蟻宮がすももに駆け寄った。転んだ拍子にすもものフードが外れ、年齢不相応に幼い顔がさらされた。ギター男は、蟻宮とすももの規格外に整った顔を見て、一瞬、バツが悪そうな顔をした。が、もはや突っ張るしかないとでも思ったのか、さらに居丈高いたけだかに言った。

「おまえらは、おまえらの演奏をやってればいいだろ!どうせ、誰も聞いちゃいねえんだ。人の演奏の邪魔すんじゃねえよ!」

「ほんと、話の通じないやつね」

黒シャツの女性が呆れたように言った。


「いい加減にするのは、おまえらの方だぞ」

いかにも会社帰りといった感じのスーツ姿の男性が、4人組の男たちに言った。

「なんやて!?」

「先週、先々週と、警察が来て、おまえたちに注意したよな。だが、おまえたちは、聞かなかった」

スーツ姿の男性の言葉を聞いて、男たちが、初めてひるんだ様子を見せた。

「なんで、それを……」

「俺は毎日来てるからな。そして、3回目が最後だということも知っている」

スーツ姿の男性が視線を移動したのに釣られて、男たちも視線を表通りに向けた。少し先の交差点に警察官が2人立って、こちらを見ていた。

「おまえたちは補導されて、この場所は路上ライブ禁止だ。注意だけで済むのも3回目は、もうねえよ。それを知ってるから、この人たちは、おまえたちを止めてんだよ」

男たちは顔を見合わせた。そして、黙って楽器を片付け始めた。早回しみたいな手際のよさで撤収を終えると、素早く無言で立ち去った。


「あの、ありがとうございました」

すももが、黒シャツの女性とスーツ姿の男性に頭を下げた。

「お礼を言うのは、こっちの方だよ」

黒シャツの女性が言った。

「最近は、悪いとわかっていても、注意もしない奴らばかりだからね。一緒に注意してくれて、ありがとね」

「キリカらしくもない。そんなしおらしいところがあるなんて。いっつもツンツンしてんのにな」

「悪かったね!相手があんただからだよ!いっつも人の演奏に文句つけやがって」

「俺は、思ったことを正直に言ってるだけだ。キリカには頑張ってほしいと思ってるよ。うん」

「こいつ、いけしゃあしゃあと!」

いきり立つキリカには目もくれず、スーツ姿の男性は、すももと蟻宮に話しかけた。

「きみたちは、今日で3日目だね」

「……ほんとに毎日来てるんですね」

「路上ライブ、好きだからね。できれば、この場所は潰したくなかった。助かったよ」

「よく言うよ。あんたこそ、助け船を出すようなやつじゃないだろ。いっつもお気楽に眺めやがって」

キリカが憎まれ口を叩いた。スーツ姿の男性は、全く意に介さない様子で続けた。

「俺は小碓おうす圭蔵けいぞうって言うんだ。よかったら二人にアドバイスさせてほしい」

「聞かなくていいぞ。こいつ、文句しか言わねえからな」

キリカがヤジのように声を割り込ませる。それを聞いて、すももと蟻宮はくすくすと笑った。

「いいねえ、若い女の子の笑い声は」

「オヤジかよ……」

キリカがすかさず突っ込んだ。


「二人とも歌はうまいけど、ばらばらだ」

「ばらばら?」

小碓はうなずいた。

「こっちの白猫ちゃんは……」

「白猫?」

すももがいぶかしげな視線を小碓に向けた。

「歌は正確だけど、感情がこもっていない」

すももは表情を強ばらせた。

「そっちの金髪の子は、声はいいけど、ふわふわしていて誰の耳にも入っていかない」

「う、よくわからないけど、当たってる気がする」

蟻宮は一歩後ずさった。

「勘違いしないでほしい。俺は、声を変えろって言ってるんじゃない。歌い方を変えたらどうかって言いたいんだ。せっかく二人いるんだから」

「二人?」

すももと蟻宮は首を傾げた。

「おっと、しゃべりすぎたな。ここ、21時で終わりだろ。もう少し、歌っていくといい」


「あたしからも、ちょっといいか?」

キリカが小碓の前に割り込んだ。

「あんたたちは、路上ライブのルールって知ってるか?」

すももと蟻宮は、ふるふるとそろって首を振った。

「さっきの男たちが言ってたように、路上ライブのルールなんてどこにも書いちゃいない。この街はね、路上ライブの取り締まりは厳しくないんだ。許可を得てなくても、罰せられたりはしない。でも、通行の邪魔になったり、大きすぎる音を出したり、派手すぎる演出をやったりするのはNGだ。繰り返し苦情が入れば、警察だって動かざるを得ないからね。ほら、あれ、見てみな」

キリカが差す方を見ると、点字ブロックの上に機材を置いていたグループが警察に注意されて、機材を動かしていた。

「要は人の迷惑になることをやっちゃいけないってことさ。あたしたちは、そうやって、ずっと配慮しながら路上ライブの歴史を作ってきたんだ。さっきのやつらには、わかってもらえなかったけど、そういう配慮ができる仲間が増えるのは大歓迎さ。頑張りな」

キリカは、そう言って自分の場所に戻っていった。

「すももちゃん、あの人、かっこいいね」

すももは黙ってうなずいた。


時計は20時40分を回ったところだった。

すももと蟻宮は考え込んでいた。「二人で歌う」ってどういうことなのか。行き当たりばったりではあるが、二人で相談しながらパート割をして分担して歌ってきた。「二人で」歌えていると思っていたのだが……


「時間がもったいない。ありり、歌うよ!」

「うん、すももちゃん!」

「考えててもわかんないよ。最後は、全パート、二人で歌ってみよう。コーラスパートは、さっき決めたやつで。ソロの部分はユニゾン(二人で同じメロディーを歌うこと)で歌ってみよう」

「わかった」


ラジカセから控え目な音量で演奏が流れた。目の前を行き交う多くの人の靴音にさえ、かき消されそうなはかない音。お世辞にも音質がいいとは言えないその演奏の上で、すももが弾くキーボードの音がキラキラと踊る。そして、蟻宮の甘く、それでいて輪郭のくっきりとした声が乗る。すももの正確でエネルギーに満ちた声が、蟻宮の声を下から優しく支える。全く違う二人の声は溶け合うことなく、折り重なって駅前広場へ広がって行く。


まるで二人が一体となって歌っているような不思議な感覚。味わったことのない体験だった。


蟻宮は驚いてすももを見た。すももの、同じように驚いた目とぶつかった。蟻宮の声は安心したように伸びやかになり、すももの声は声量を増していく。そのまま、コーラス部に突入。上になり、下になり、すももと蟻宮の声は螺旋を描くように絡み合いながら歌を紡いでいく。


フルサイズを全力で歌いきった二人は、肩で息をしながら、笑顔でハイタッチを交わした。不意に拍手が沸き起こった。けっして少なくない人数の通行人が足を止めていた。すももと蟻宮は驚いて観客を見た。路上ライブでは、歓声が上がったり、コールが起きたりはしない。みんなが静かに、二人を真っすぐに見て、再び歌い出すのを待っていた。


「聴いてくれてありがとうございました。えっと、次は、誰もまだ、聴いていない、わたしたちの曲を歌ってもいいですか?」

すももの遠慮がちな言葉を聴いて、音を抑えながらもたくさんの拍手が起きた。


すももと蟻宮は、そろって観客に一礼すると目を交わし、そっと歌い始めた。

VチューバーのVって「バーチャル」って意味ですよ?知ってます?


わかってる!わかってるのよ!でも、そこまで展開がたどり着かないのよ!

と言いつつ、そもそも「○チューバー」の方も怪しくなってきました。願わくばタイトル回収までは読んでほしい!


今日から、ちょっとだけだけど、プレビューが伸びてきて嬉しい!頑張って続きを書きます!

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