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すもも、アイドルになる

時間を少々遡ります。

ここからは、しばらく、すもも視点のお話が続きます。わたしの創作に、この世で実際に起きていることを混ぜて構成してみました。ちょっとだけ鬱回かな。

「みつきちゃん、上手だねえ」

西野美月にしの みつき4才、後の周防すおうすももは、初めて立ったステージでスターになった。町内会主催の夏祭りのカラオケステージは美月の独壇場だった。

「みつきちゃん、もう1曲、もう1曲歌って」

「あの~、お一人1曲ですので……」

「なにぃ!美月ちゃんがかわいそうだろうが」

「そうよ。いいじゃない、1曲ぐらい」

ステージの下では、町内会役員と見知らぬ大人達が勝手に揉めていた。

「じゃあ、特別に!もう1曲だけですよ」

曲が流れ出し、美月がメロディーに歌声を乗せる。天使のような歌声が宵闇に溶けていき、大人達は陶然として聴き入った。


みんながあたしの歌声を聴いてる!喜んでいる!


美月は、味わったことのない幸福感に包まれた。それは甘美な毒だった。このとき、美月の運命は決まった。美月は、毎年、町内会のステージに立ち続け、その度にファンを増やしていった。それに飽き足らず、両親にお願いして、各地ののど自慢大会やカラオケ大会に出場しまくり、賞を総ナメにして、「大会荒し」と恐れられるようになった。


15歳になったとき、美月は両親に懇願した。芸能コースのある通信制高校に行かせてほしいと。


両親は当然のように難色を示した。


不登校の増加で公立学校の魅力や意義が疑問視されるようになった今でこそ、通信制高校は、自由な選択の一つとして世間から認められているが、全日制高校に行くことが当たり前だったこの時代、通信制高校は、成績不振や不登校などで全日制高校に行きたくても行けない人が、仕方なく通う学校として認知されていた。


美月が勉強のできない子であったなら、話はもっと簡単だったかもしれない。けれど、努力家の美月は、毎日、音楽スクールやダンススクールに通いながらも、中学校ではトップクラスの成績を維持していた。


「美月、何も今、将来のことを決めなくても、大学を卒業してからでもいいんじゃないの?」

「そうだぞ、美月。まだ、15歳じゃないか。そんなに急がなくても……」

美月の母と父が心配そうに言った。

「それじゃ遅いのよ!やるなら今しかないのよ!」

美月は必死に言った。12歳でデビューしたアイドルが話題になり、アイドルの低年齢化が加速していた。美月には、15歳でも遅いかもしれないという焦りがあった。


両親は、それまでの美月の異常なまでの熱意を一番よく知っていた。諦めや覚悟もあったのだろう。最終的には、美月の希望を叶えることになった。


だが、


美月は通信制高校と連携している音楽事務所に所属し、多くの候補生と出会って愕然とした。美月より可愛く、美月より歌のうまい少女は、いくらでもいたのだ。美月は、ショックのあまりレッスンにも身が入らず、最初の3ヶ月を無駄に過ごしてしまい、完全に出遅れてしまった。


クラスメイト達のデビューが次々と決まっていく中、美月は、クラスメイトの後ろでバックコーラスやバックダンサーを務めた。誰も美月に注目することはなかった。


「美月ちゃん、もう卒業するの?」

高校3年生の3月、校長室で卒業証書を受け取って出てきた美月に、クラスメイトが話しかけてきた。名前は……なんだっけ?たしか、24人のアイドルグループの一人に選ばれた子だ。

「うん。早く卒業したかったから」

「そうなんだ。美月ちゃん、勉強得意だもんね。すごいなあ」

通信制高校は、一日の授業が少ない代わりに、高校卒業に4年かかる。美月は、昼の部と夜の部を掛け持ちして、3年間で高校卒業に必要な単位を全て取得した。両親に経済的負担をかけるのを少しでも早く終わらせたかったからだ。

「それじゃあ」

美月は、短く別れの言葉を伝えて、その場を後にした。

「美月ちゃん!」

強い声に意表をつかれ、美月は思わず振り返った。

「美月ちゃん、頑張って!わたしは美月ちゃんのことを応援してるよ!」

美月は驚きの表情を浮かべた。この3年間、美月は、クラスメイトの誰とも遊びに行くことなく、持てる時間の全てをレッスンと勉強に費やしてきた。


「あ……」


天啓のようにクラスメイトの名前が美月の脳裏に浮かんできた。


「ありがとう、古河ふるかわさん。あなたも頑張ってね」

美月の顔には、この数年間、失われていた笑顔が、ほんの少しだけ浮かんでいた。


高校卒業後は、さらなる地獄が美月を待っていた。


高校から紹介された音楽事務所は、自身が経営するアクターズスクールに通い続けることを条件に美月の契約を継続した。美月は、アクターズスクールに通うための高額の学費を稼ぐため、バイトを幾つも掛け持ちした。バイトの合間にレッスンに通い、バイトの合間にオーディションを受け、バイトの合間に、たまにオファーが来た小さなイベントに出演した。バイトの収入はほとんど学費に消え、イベントの出演料は8割が音楽事務所に納められた。お金は手元にはほとんど残らなかった。新しい服を買うお金もない。痛み始めた服を修繕し、時には自分で仕立て直して凌いだ。実家通いのため、家賃や食費はかからなかったが、家には寝に帰るだけの毎日が続いた。


美月は23歳になっていた。


「もうだめかも」


さすがに美月の心は折れる寸前だった。最近は、大手や有名どころは避けて、小さな芸能事務所が主催するイベントやローカルアイドルのオーディションばかりを受けていた。それも、ほとんど行き尽くし、手元に残っているのは、「Vチューバーアイドルユニット フリージア メンバー採用面接のお知らせ」と書かれた手書きのチラシのみだった。


「これで、だめだったら、もう辞めよう」


美月はちらしを握りしめ、気絶するように眠りに落ちた。


翌朝、美月は珍しく、両親と一緒に朝食を食べ、余裕をもって家を出た。オーディションは早朝や深夜など不規則な時間が多く、集合時間は開始の1時間前。さらにその1時間前には会場についているのが常識。そして、ひどいときは開始時間を過ぎても主催者が到着せず、2時間も3時間も待たされることはざらだった。


美月はちらしをもう一度見た。細い子どもっぽい字で書かれた、あまりにも信頼性に乏しいちらしだ。有名になる夢を捨て切れていなかった以前なら、見た瞬間にゴミ箱に放り込んでいただろう。「10:00開始。開場は9:50。迷惑なので開場より早く来ない!ちゃんと寝てからくること!」と書いてある。


キィとブレーキがきしむ音がして、プシッっと空気の抜ける音。美月はチラシをバッグにしまうと、到着したバスに乗り込んだ。


「西野美月です。よろしくお願いします!」

面接員は若い女性だった。美月は相手の目をしっかりみて、深くお辞儀をした。

「はい、いいよ。合格」

「え!?」

「もう書類審査は終わってるからね。質問とか特に意味ないから。私は無駄なこと嫌いなんだよ。採用する気なかったら、今日、来てもらってないのよ」

確かに集合時間になっても美月以外に誰も来なかった。

「ただし、条件があるよ。それを伝えたかったの」

「条件……ですか?」

「そう。今の音楽事務所とアクターズスクールは辞めること。あそこ、真っ黒だから」

「は?」

美月は目と口をまん丸にする。

「私、ああいうの大嫌いなんだよね。若い女の子を食い物にするとかさあ」

「ええと、あの、急に言われても」

「大丈夫。アクターズスクールを退学すれば、自動的に解雇されるはずだから。美月ちゃん、学費滞納してないし。それでも美月ちゃんが下手に売れてるとめんどかったんだけど、全く売れてないから運がよかったね。今なら無条件で転職できるよ」

「そんなこと、急に言われても!」

「ゆの、あれ出して」

面接員は、後ろに座っていた女性から書類を受け取り、美月の前に出した。

「はい、ここ読んで」

採用5年保証、延長あり、基本給98,000円/月、出来高報酬あり、契約金・違約金なしとある。

「これ、簡単だけど、正式な契約書だから。美月ちゃんの身柄は、私が5年間預かる」

「社長、言い方……」

ゆのが、後ろでぼそっとつぶやいた。

「うっさい!5年間は、私が責任もって面倒見る。それで、嫌になったら辞めちゃっていいからさ」

「え、でも……」

「ごめんねえ、うち、所属はフリージアのみの小さい事務所だからさ。ほんとは、もっと基本給あげたいんだけど、今はこれが精一杯」

「いえ、そういうことじゃなくて……」

「ええ!?だめかなあ?」

「……あたし、もう23歳で、背もちっちゃくて、可愛くもないし、全く売れなくて……」

「そんなの気にしなくていいよ。低年齢なら売れるなんて幻想、今のうちだけだから」

「……でも!」

「美月ちゃん、顔を上げな」

面接員もとい社長が、それまでの、ほわっとした声とは打って変わって厳しい声を出した。美月は、雷に撃たれたように顔を上げ、社長の目を見た。

「私を信じろ。この神座かんざえるるが、おまえを認めたんだ。信じて付いてこい!」


美月は、あっけにとられて社長を見た。そして、涙を浮かべて「はい」とうなずいた。

この話を書きながら、わたしって、こういう、真面目で融通が利かなくて要領が悪いタイプの女の子が好きだし共感もできるんだなって思いました。

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