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蟻宮、社長と対峙する

カフェ・ミストラルの正体が少しずつ明らかに!……ってそれほどでもないですけどw

カフェ・ミストラルは、地元なら誰でも知っている地方銀行と、この地域限定で圧倒的なシェアを誇る家電量販店が、手を取り合って初めて世に送り出したコラボ飲食店である。……というと聞こえはいいが、その実態は、その場しのぎで作っちゃったやらかし案件。責任を押しつけ合うお荷物。言うなれば、ババ抜きのババ。経営については完全なる放置プレイ。店長・芦原の独裁権力が支配する独立自治区だった。


「蟻宮さん、コーヒー!」

常連の男性客から注文が入った。

「ルルさん、コーヒー一つ追加で」

蟻宮の声に「はーい」と店の奥から返事が返ってきた。


蟻宮は、テーブル一つを占領し、右手でタブレットPCを操作しながら、何やら機械をいじっている。


カフェ・ミストラルでは、店員が立って客を待つことはしない。「ご注文はお決まりですか」と笑顔でテーブルに注文を取りに行くこともしない。「ありがとうございました」も言わない。お辞儀もない。


独裁者、芦原は傲然と言い放つ。「そういうサービス欲しいなら、うちに来なけりゃいいのよ」と。


「あ、できた」


蟻宮が組み立てているのは、基盤がむき出しになっているが、どうやらPCのようだ。蟻宮が電源ボタンを押すと、液晶モニターに英数字が映り、すごい速さでスクロールし始めた。


「佐藤さん、動いたよ」

「おおっ!」

ややぽっちゃりした男性が、読んでいた漫画を放り出して、駆け寄ってきた。

「ほら」

「動作しとる。ありちゃん、どうやったん?」

蟻宮は持っていたタブレットを佐藤に突き出した。

「このサイトに書いてあった通りにやっただけ」

「このサイトって……全然、読めんのやけど……」

「?普通の英語だよ?」

「いや、そんな不思議そうな顔されても……。普通の英語は、普通、読めんで」

佐藤が困ったように言った。

「ありちゃん、帰国子女だからね。ていうか、日本語の方が不自由なんとちゃう?」

ルルがトレイにコーヒーカップを乗せて出てきた。

「ルルさん、ありがと。わたしが持って行くね」

蟻宮はトレイを受け取ると、注文した男性客のところへ持って行き、「はい、どうぞ」とそっけなく声をかけて、コーヒーカップだけをテーブルに置いた。


蟻宮は、基本、塩対応である。愛想良くすることはない。Vチューバーのアイドルユニット、フリージアの元メンバーで、「氷花こおりばな」「氷姫こおりひめ」の異名をもち、よりコアなファンは「塩対応の妖精」と呼ぶ。つまり、蟻宮に塩対応されて喜ぶ人は意外と多い。その不思議な現象は、ここ、カフェ・ミストラルでも起きていた。わざわざ「蟻宮さん」と指名してくる客は塩対応を求めているのだ。蟻宮は、その需要に完璧に応えている。無自覚だが。


店の方はどうかというと、天井に張り付いたAIカメラが、常時店員の動きを分析して、その働きに応じたポイントを自動加算する仕組みになっている。「コーヒーを運ぶ 1回 123pt」といった具合だ。貯まったポイントは1pt=1円に換算されて、月末に基本給と併せて店員の銀行口座へ振り込まれる。


このAIカメラは有能で、客の注文を一括管理して、客のスマホアプリに支払い請求を送信する。退店時に、客が注文内容を確認して承認ボタンを押せば決済される仕組みだ。


「ありちゃん、PCが何で動かなかったか、簡単に説明してくれん?」

佐藤が遠慮がちに蟻宮にお願いした。蟻宮は佐藤の横に座ると、基板を指さしながら説明を始めた。

「このAsrockのマザーボード、SONICとのコラボデザインですよね。これ、第14世代CPU対応って書いてあるけど、マザーボードのRev.によっては、BIOSを更新する必要があるんです。BIOSを更新するには第13世代CPUを乗せる必要があるから……」

蟻宮のよどみない説明を佐藤は、ふんふんとうなずきながら聞いている。

「蟻宮さん、助かるわあ」

いつの間にか店長が蟻宮の後ろに立ち、腕組みしながら、うんうんとうなずいている。

「蟻宮さんが来るまで、PCの組み立て関係は私の担当だったからさ」

カフェ・ミストラルでは、自作PCの組み立てのお手伝いもしている。基本は、客が隣の家電量販店で買ってきた部品をカフェのテーブルで組み立てるのだが、その際、モニターやキーボードなどの周辺機器を無償で貸し出している。PCの自作は予期せぬトラブルが付きものなので、自力解決が難しい場合は店員に相談できるのだ。

「蟻宮さん、その調子で、もう一つ、わたしの仕事、代わってみない?店長って仕事なんだけど」

「や、それ、無理」

「あ~~~~~~~~~も~~~~~~~~~」

店長はテーブルに突っ伏した。

「店長、仕事の邪魔なんでどいてもらえますか?」

店長は、蟻宮に冷たくあしらわれて、すごすごと店の奥に戻っていった。

「ありちゃん、助かったわ~。それで、料金やけど……」

「お店にあった第13世代CPUを一時的に乗せ替えてBIOS更新しただけだから、お金はかかってないです」

「ほんとに助かるわ~。じゃあ、ありちゃんに、サービス料多めに入れとくわ」

佐藤はスマホを操作した。

ピロロンという音が鳴り、「蟻宮さんに、さっちんさんから4,000Pt贈られました。ありがとうございます」というAI音声が流れた。

「佐藤さん、多すぎ」

「いいから、いいから。部品交換なら4,000円じゃ効かないからさ。それよりも、また、何かあったら頼むよ」

「……わかりました」

蟻宮は、微妙に目をそらし、ぼそっと付け足す。

「ありがと」

佐藤は、蟻宮の無愛想なお礼を聞いて、ほわんとした表情になった。危ない薬でもやっているのかと思うほど、とろけた表情だ。

「いいなあ、ありありがお礼言うなんて。さっちん、帰りは事故に気をつけろよ」

コーヒーを飲んでいた男が、心底うらやましそうにつぶやく。

「ばか」

蟻宮のつららのような声が飛ぶ。コーヒー男は、つららが心臓に突き刺さったように、左胸を押さえてもだえた。

「ばか」

蟻宮の2連射がトドメを刺した。


「失礼します」


明るい色のスーツに身を固めた若い女性が店に入ってきた。もっとも、カフェ・ミストラルは、通路にテーブルを並べただけの店なので、どこからが店なのかはわからないが。


「げ、社長」

「げ?」

「空耳です」

蟻宮は無表情になる。

「アントちゃん、相変わらずね」

「……社長だけですよ、わたしのこと、そうやって呼ぶの」

「アントちゃんが、初配信で、いきなり実名言うからでしょ!」


「そうなんか?」

「あ、俺、アーカイブ持ってるんで映しますね」

いつぞやの蟻宮に「何で辞めたんですか?」と尋ねた大学生が、スマホを操作すると、店のモニターに映像が映った。金髪セミロングの可愛い女の子のアバターが口を開く。


「は、初めまして、蟻宮吉野です!……あ」


映像は暗転し、数秒後に「本日の配信は終了ですー7秒ー」という文字が表示された。


「ただの放送事故やんけ」

「これ?切り抜き?」

「いや、フルサイズ」

「すげー」

「7秒で炎上だもんなぁ。もはや伝説級だよな」

「200万回再生だって」

「未だにフリージアで、この動画の視聴回数抜いたやつないからな」


小賀おがさんっ!今すぐ、その動画消して!」

蟻宮が顔を真っ赤にして叫び、大学生が「はいぃぃぃぃ!」と悲鳴を上げて、慌ててスマホを操作した。

「無理でしょ。『蟻宮』で検索したらトップにリンク出てくる」

「しーーーーーー!」

あははははは!と社長が涙を流して笑い転げている。

「サイコー!アントちゃんにしかできない瞬間芸だわ」

「芸じゃないです」

「社長が一番笑っちゃダメな人でしょ」

すももが、社長と呼ばれた女性の後ろから、額に手を当てながら現れた。


「すももちゃん?」

「ありり、ごめん!」

すももが、いきなり手を合わせる。

「社長に、ありりに会ったって話をしたら、どうしても会いに行くって聞かなくてさ」

「……でしょうね」

蟻宮は、まだ笑いが止まらない社長を、全てを諦めたような無表情で見た。

「いいわあ、アントちゃんのそのドライアイスみたいな冷めた目。ぞくぞくするわあ」

「……社長、用件はなんです?他のお客様の迷惑になるんで」

「他のお客様の迷惑なんてせりふ、ありありから初めて聞いたぜ……」

「小林さんは黙ってて」

コーヒー男が余計な一言をつぶやき、蟻宮の視線に突き刺される。

「ええとね、アントちゃん、うちに戻ってきて」

「でも、わたしは、規約上重大な違反があったため解雇された身ですが」

「それ、アントちゃんが、勝手に自分のブログに書いたやつでしょ!」

「社長、落ち着いて」

すももが止めに入った。

「社長だと話が進まないから、わたしが話すわ」

「すももちゃん?」

「ありり、あのね」

すももは、まだ、何か言いたげな社長の前に割って入った。

「今度、パワーソニックっていうイベントがあるんだけど」

「パワソニって、野外ライブの?」

「うん。そこにフリージアが招待されたの」

「すごいじゃん、おめでとう」

蟻宮の純真な笑顔に、すももは複雑な表情を浮かべる。

「ありりがいないと、センターがいないんだよ」

「え?でも……」

蟻宮に反射的に言葉を返しそうになったが、すももが泣きそうな表情になったので、「すももが歌えばいいじゃん」というせりふを呑み込んだ。すももは、蟻宮がフリージアに入るまではセンターを務めていた。初期の頃は、何かと蟻宮に突っかかるぐらい、対抗意識に燃えていたのだ。

「あたしじゃ、だめだった。ありりがいなくなってから、他のメンバーの視聴数もがくっと減っちゃって。元々、フリージアって、よくて1万再生ぐらいの弱小ユニットだったじゃない?きっかけは、アレだったけど、ありりのおかげで、たくさんの人に見てもらえるようになった。ありりがいなくなって、それがよくわかったよ」

「で、でも、わたしより、歌うまい人なんて、いっぱいいるよ。わたし、ちゃんとトレーニングしたこともなくて……って何で、すももが泣くのよ!?」

「ご、ごめん、でも、わたしは、ありりと歌いたいんだ」

「はーい、ちょっとごめんねー」

店長が割って入る。

「困るなあ、勝手に話を進めてもらっちゃ。蟻宮さんは、うちの店員で、行く行くは、わたしに代わって店長になってもらう予定なんだから」

「や、それ、無理」

店長の口元が微妙に引きつる。

「と、とにかく、私の目の前で引き抜きとは、いい度胸ね」

「お店は続けてもらってけっこうですよ」

「え?そうなの?」

「……店長、いきなり押し負けないでください」

蟻宮は、氷のような目で店長を見た。

「え?いや、でも、ほら、わたしが反対する理由、なくなっちゃったし」


は~~~~~~~~~~~~と長いため息の後、蟻宮は口を開いた。

「わかりました。あんなことをやらかしたわたしを迎えに来てくれたんだから、その心意気に免じて戻りましょう」

「……なんか、わたしが悪かったみたいな展開なんだけど、やらかしたのって、そもそもアントちゃんじゃなくて、アントちゃんのパパよね」

社長が、納得いかないような表情で、もごもご言った。

蟻宮は、それには答えず、社長の目を見てきっぱり言った。

「そういうことで、社長、パパの説得はお願いしますね」

社長の目が泳ぐ。すがるような目を向けられたすももは、秒で目をそらした。

周りの客も、何事もなかったかのように、定位置へと戻っていく。


「わかりました。頑張ります」

敗北を認めるかのような社長の暗い声で、その場は収まったのだった。

……収まったよね?

「頑張って」続きを書いてみました。でも、わたしの悪い予感として、第2話のインパクトを、今後も超えられない気がするのよね。夢は強し。イマジネーションで負けないように頑張って書いていきます。よかったら続きも読んでね!

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