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勝負の行方

いよいよ最終回となります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


「ね~え~、ず~る~い~!」

えるるは、駄々っ子のようだった。

「社長、仕事してくださいね。ただでさえ、仕事溜まってるんですから」

ゆのは、100点の笑顔で言った。

「わたしもライブ出たかった~。ゆのだけ、ず~る~い~!」

「社長……」

「だってさー。『FREESiAフリージア』が3日間で16万再生突破したのって、絶対、ゆのが、ちら見せしたからじゃん」

「ちら見せ言うな!」


フリージアの初ライブから1週間が経っていた。その最終ステージで披露されたオリジナル楽曲『FREESiAフリージア』のライブ映像は、翌日、フリージアの公式ページにアップロードされた。当時は会場のキャパの関係で600人程度の参加だったが、スマホ持ち込みOK、SNS投稿推奨だったこともあり、次々とXにポストされ、ハッシュタグ〝フリージア初ライブ〟が開演中にトレンド入りした。同時に〝高橋ゆの〟もトレンド入りしたが……

「どうして事前に教えてくれなかったの?わたしは社長だよ?社長権限でステージに立つぐらいできたのに」

えるるは、朝から、この調子で、不平不満を垂れ流していた。ゆのは、「だからだよ」と思いながらも、かけていた度の入っていない細い銀縁の眼鏡を外した。

「じゃあ、言わせてもらいますけど」

「え、ちょ、やば……」

笑顔が消え、しっかり見開かれた、ゆのの綺麗な夜空色の双眼を見て、えるるはあからさまにうろたえた。

「社長、『FREESiAフリージア』が売れなかったら、どうなったと思いますか?3曲のオリジナル楽曲に、いくらつぎ込んだかわかってます?ううん、お金はいいんです。えるるちゃんが体で返してくれれば。でも、あんなに頭を下げて頼み込んで楽曲提供してもらったのに、売れなかったと知ったら、藤次郎さんが、どれだけ怒り狂うか。すももちゃんに、『10万いいねなんて無理でしょ』って言われて、わたしもう、心臓が苦しくて苦しくて……」

「すとっぷ、すとっぷ、すとぉーっぷ!」

無表情で言葉の弾丸を連射するゆのに、えるるは震え上がり、声を張り上げた。

「藤次郎は大丈夫よ。わたしが、ごめんね~って言えば許してくれるって。ていうか、体で返すって何よ!?」

「UNIQLOとFREESiAのコラボ案件、受けておいたので、死ぬほど働いてもらおうと思って」

ゆのは、邪悪にも見える笑みを浮かべた。

「もう、手を打ってるし!」

えるるは悲鳴を上げた。

「まあ、いいんですけどね。iTuneのダウンロードも好調ですし」

ゆのがパソコンを操作して、大型モニターに次々とグラフを表示した。眼鏡は、いつの間にか、また、架け直していた。

「それにしても、やり過ぎだって。動画配信のコメント、ゆののことで埋まってるじゃん」

「うーん、それに関しては、切り札が効きすぎちゃいましたねー」

「さすが、軍師と呼ばれた女だよ。どうせ、ゆののことだから、メディア露出を控えてたのは、こういう時のためでしょ?」

「まあねー。どっかの誰かさんみたいに、たびたび、お漏らししてませんからねー」

「お漏らし言うな!私は社長だから、しょうがないじゃん!」

コラボ案件とかさー、新作発表とかさー、とぶつぶつ言うえるるを、ゆのはにこにこと見ながら言った。

「社長、よかったですね」

「うっさい!」

えるるは照れてそっぽを向いた。


軽口で話している二人だったが、今回の初ライブに向けては、トータルで億単位の金が動いており、数少ない社員が内情を知れば、卒倒しかねないぐらい危ない橋……もとい一大プロジェクトだったのだ。フリージア初ライブの成功を受けて、早くも服飾会社フリージアの株価は上昇、メディアからの取材、出演依頼が殺到し、デザイン関係のコラボ案件もひっきりなしの状況だった。えるるとゆのを始め、全スタッフが休日返上で対応しているが、さすがに限界なので、早々に人を増やすことになっていた。


コンコンと事務所のドアがノックされた。

「はい、どうぞー」

えるるの声を聞いて、ドアが開き、二人の少女が入ってきた。

「すももちゃん、ありりちゃん、そこに座ってね」

すももと蟻宮は、応接セットのソファーに並んで座った。

「二人とも、ライブ配信は見た?」

「コワくて見れないですよ。Vの配信もしないように言われてたし」

すももが、ぞっとした顔で言った。

「うんうん、期待通りだね。さすが、フリージアの真面目担当のすももちゃんだ」

えるるが、新しいおもちゃを見つけたような満面の笑顔で言った。

「真面目担当って何ですか?」

すももが、心底嫌そうな顔でえるるを見た。

「くぅー、たまらないねえ。その毛虫を見るような顔」

「社長、話が進まないので、私から伝えますね」

すかさず、ゆのが突っ込みを入れた。

「さて、すももちゃん、ありりちゃん、何から聞きたいかな?」

ゆのが笑顔で問いかけた。

「あの……」

「うん、何?すももちゃん」

「ゆのさんって、『高橋ゆの』なんですか?」

ゆのが低めのテーブルに盛大に突っ伏した。

「……よりによって、聞きたいのって、そこからなの?」

「だって……」

すももは、アイドルを目指していただけあって、当然、アイドルグループ『Mysticミスティック Rankランクマ'M』のメンバー『高橋ゆの』のことは知っていた。しかし、事務所で見るゆのとのギャップがあり過ぎて、同一人物とは認識できていなかったのだ。そして、自分がリーダーを務めるステージで、最後の最後に、ゆのに「持っていかれた」ことは、すももなりにショックだったのだ。


事前にゆのから聞いてはいた。

「わたしも昔、アイドルグループのメンバーだったから、キーボード弾くぐらいならできるからさ。お願い!ちょっとだけ手伝わせて!」

すももがフリージア加入から、ずっとお世話になっているマネージャーから、そう頼まれれば、断ることはできなかった。それに、すももとしても、ゆのが同じステージに立ってくれるなら心強かった。


「名前、違うし……」

ゆのは、会社では〝依木よりきゆの〟と名乗っていた。

依木よりきは、わたしの本名なのよ。アイドルデビューするときに、珍しい苗字だと、プライベート情報が流出するリスクもあるし、場合によっては家族にも迷惑がかかっちゃうからね。覚えやすいようにって、ありきたりな名前を仙堂さんが付けてくれたのよ」

仙堂さんというのは、『Mysticミスティック Rankランクマ'M』のプロデューサーだ。えるるのプロデューサー業の師でもあった。

「仙ちゃんも、ずるいよな~。ゆのには、〝高橋〟なんて、かっこいい名前を付けたのに、わたしにはなんかイロモノみたいな名前付けてさ~」

名前の話題になると、いつも、えるるはそう言って口を尖らせるのだ。ゆのには〝高橋〟が、かっこいい名前かどうかはわからなかったが。

「……ほんとに、お二人は、あの『Mysticミスティック Rankランクマ'M』なんですね」

すももは、そうつぶやくと、「すみませんでした」と言って頭を下げた。今でも実感が湧かないが、芸能雑誌などでしか読んだことのなかった二人の関係を目の前で見せつけられれば、納得するしかなかった。

「いいのよ~。私も正体がばれてなくてほっとしたわ」

ゆのが目を細めて笑った。

「……策士」

えるるのぼそっと漏らしたつぶやきを、ゆのは華麗に聞き流した。

「じゃあ、結果から伝えるね」

ゆのが笑顔のまま本題を切り出した。

すももと蟻宮は神妙な顔になり、ごくりと唾を飲み込んだ。

「まず、ライブ配信の再生回数は16万回を突破しました」

「じゅうろくま……」

「すごっ」

すももと蟻宮は両手を口に当てて、目をまん丸にした。大手所属のVチューバーならともかく、ほとんど個人勢に近いようなソロ配信しかしていなかった二人にしてみれば、デビュー回や記念回ならともかく、普段の再生回数は1万前後で、それも1か月経ってやっとというぐらいだったのだ。

「広告収益、ほんと助かる」

「社長は黙っていてくださいね」

えるるが口を挟んだので、すかさずゆのが釘を刺した。

「いいねの数は12万8294回で目標をクリア」

10万が目標だったので、余裕で超えたわけだが、今日まで結果を見ていなかったすももと蟻宮は、本気で心配していたので、ほっと胸をなでおろした。

「さて、二人の投票結果なんだけど……」

すももと蟻宮の表情が緊張感を増した。フリージアの公式ページでは、二人のライブ配信を見て、いいと思ったら〝いいね〟を押し、専用の投票サイトへ進むように案内されていた。専用の投票サイトでは、すももと蟻宮のどちらがよかったのかを選んで押す投票ボタンが設置されていて、その結果で二人の勝負を決めると書かれていた。

「すももちゃんが、1万4,569回」

すももが、きゅっと唇を噛んだ。普段の動画配信では「いいね」の数は、よくて5,000ぐらいなので、1万は喜ぶべき数字だが、総数が12万以上だったということは……

「ありりちゃんが、1万7,491回」

「え?」

蟻宮が思わず声をあげた。

「投票ボタンは、どちらかしか押せないように設定されていたんだけど、OK押したときに、「この選択でいいですか?」って確認するメッセージが出るようにしてあったの。WEBに残っていた痕跡からすると、メッセージを見て、ブラウザバックした人が多かったみたい」

「なんで……」

すももの声は震えていた。

「コメントがたくさん残されていてね。あまりに数が多いからAIで代表的なものだけ抽出したんだけど、その結果がこれだよ」

ゆのが無造作にタブレットPCをテーブルに置いた。二人は頭をくっつけるようにして画面をのぞき込んだ。

「手が震えて……」

蟻宮がつぶやいた。スクロールする指が震えて、うまく操作できないようだ。


「とてもよかったです。でも、二人のどちらがよかったなんて、そんなこと決められません」

「二人のユニゾンが綺麗で、ずっと聴いていたいぐらいでした。どちらかがいなかったら、あの歌は聴けなかったんじゃないかな」

「すももちゃんも、ありりんも、どっちもよかった。これって選ぶ必要があるの?」

「この歌は、二人で作り上げた歌だと思います。どっちがいいか選ぶなんて、そんな質問をする運営はノンデリなんですか?反省してください」

「もっと二人の歌が聴きたいです。これって、二人のどちらかを選んだら、二人の歌は聴けなくなるってこと?それは嫌です」


「数だけで決めるならありりちゃんの勝利だけど、すももちゃんは、それを読んでもフリージアを辞めるなんて言うんですか?」

ゆのが静かに言った。すももの目尻から涙があふれ、つうーっと頬を伝って、テーブルにぽたぽたとしたたり落ちた。


「ゆのは容赦ないなあ……」

えるるが後頭部の髪をかき上げた。

「な、なに言ってるんですか、この話はもともとえるるちゃんが……」

えるるは、ゆのを手で制した。

「すももちゃん、ごめんね。みんながコメントに書いているとおりだよ。この企画は、私の配慮が足りなかった。結果として、すももちゃんと、視聴者のみんなを傷つけることになった。謝罪して取り下げさせてください」

えるるは、すももに向かって頭を下げた。

「え、そんな、でも……」

すももは、なんと答えたらいいかわからず、慌てて手を振った。

「すももちゃん!」

蟻宮が、ぶんぶん振り回されているすももの両手を、がしっと握った。

「え?ありり?」

「すももちゃん!すももちゃんは、わたしのこと嫌いかもしれないけど」

「は?」

すももが、目をまん丸にした。

「わたしは、すももちゃんに辞めてほしくない。ずっと一緒に歌っていたいよ。だって」

蟻宮は、うるんだ瞳をぐっとすももに近づけた。

「わたしは、すももちゃんのこと、好きだから」

「おーっ」とえるるとゆのが声をあげた。すももは、そのまま固まってしまった。


すももは、確かに蟻宮のことが嫌いだったのかもしれない。それは、ライバル意識のようなものだった。蟻宮が活躍すれば、すももの出番はなくなる。再び誰も注目してくれない地獄の底に戻ると思えば、血を吐く思いで這い上がってきたすももが、蟻宮に対抗意識を燃やすのは当然のことだ。いわば生存本能のようなものだった。


だが、よくも悪くも、すももは真面目だった。真面目にしか生きられなかった。素人同然の蟻宮を放ってはおけなかった。自分のライバルにふさわしいレベルまで蟻宮を育て上げ、正々堂々と勝負に勝つことが目標になった。だから容赦なく特訓した。すももにとって計算外だったのは、蟻宮が素直にすももの言うことを聞き、人一倍努力を続けたことだった。その姿は、愚直に、誰に何と言われようとも、ただひたすらに未来を信じて歩み続けた、過去の自分を見ているようだった。すももは、だんだん他人事とは思えなくなった。


すももは、残念なことに自分で気づいていないが、相当に歌がうまい。うま過ぎた。すももが本気で歌えば、誰もすももと並んで歌うことができないほどに。だから「浮いて」しまい、アイドルグループのメンバーに選ばれることもなければ、仲間に実力を認めてもらうこともなかったのだ。


蟻宮は、すももが初めて出会った、すももと並んで歌うことのできる真の相棒だった。路上ライブの最終日、二人の声が合わさり、一つの楽曲になったとき、すももは、これまで味わったことのない高揚感を感じた。だが、生粋のソロシンガーであるすももには、その気持ちが何なのか、自分でも説明がつかなかった。ただ、それまで感じていた、蟻宮への嫌な気持ちが嘘のように消え去り、この気持ちは何なのかと戸惑ううちに、今日を迎えてしまったのだった。


すももは、えるるとゆのが、にこにこと自分の横顔を見つめていることに気付き、はっと我に返った。


「えるるさん、ゆのさん、ありがとうございます。そこまで言っていただけるのでしたら、このすもも、これからもフリージアに残り、精一杯頑張りたいと思います」

「うんうん」

一息に言うすももを、えるるとゆのは、うなずきながら、にこにこと見つめ続けた。

「あの……まだ、なにか?」

すももが戸惑って言うと、ゆのが容赦ないひと言を投げた。

「すももちゃん、お返事がまだよ」

「え?」

すももが横を見ると、蟻宮がうるんだ瞳ですももを見ていた。

「う……」

すももは耳まで真っ赤になった。

「わ、わたしも、す、す……」

すももは、ばっと立ち上がった。

「この返事は保留とさせてもらいます!」

すももの宣言に「えーっ!」と、えるるとゆのがそろって不満の声をあげた。

「ほら、ありり、行くよ!雛菊ひなぎくたちにも結果を報告しなきゃ!」

すももが、ありりの手を取った。

「え、あ、うん、すももちゃん、待って」

蟻宮は、慌てて立ち上がり、すももに続いて事務所を出て行った。


「さ、仕事に戻るか。いいもん見れたし」

えるるはソファーから立ち上がった。

「えるるちゃん」

ゆのも、立ち上がり、えるるに声をかけた。

「なに~?」

「よかったね」

ゆのは、アイドル時代、笑顔一つでファンを虜にしたと言われている。その必殺の笑顔が、一点の曇りも無くえるるに向けられていた。えるるは、そんな、ゆのの清楚な笑顔をじっと見つめ、

「うん」

と静かにうなずいたのだった。




後日、フリージアの公式ページには、投票の結果と次のような文が掲載された。


   周防すおうすもも 1万4,569票

   蟻宮ありみや 吉野よしの 1万7,491票


投票に参加していただきありがとうございました。結果は上記のようになりましたが、それを遥かに上回る数のコメントが寄せられました。二人には、これからもペアで歌ってほしいとのご要望を多数いただいております。皆様の声を受けて、周防すもも、蟻宮吉野の両名は、今後も『FREESiA』のメンバーとして、音楽活動及び配信活動を続けていきます。変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。

<あとがき>


終わったー!全20話できれいに終えることができました。最後まで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございました。わたしの、他愛のない夢(ほんとの意味での夢です)から始まった、この物語も、回を追うごとに、登場人物が増え、物語の舞台も世界へと広がっていきました。


書いたわたし自身の感想としては、自分はまだまだ書いている量が圧倒的に足りないんだな、ということです。この、たった20話の間にも、わたしの書きぶりは変化していきました。もっと書いて、もっと成長したいという気持ちになりました。


「小説家になろう」サイトから、ご覧いただいている方は、アクセス解析を見ることができると思います。現在の累計ユニークアクセス(実際に近い読者数)は528人です。最近になってランキングも見られるようになりましたが、分野別ランキングは90位ぐらいです。他の作家さんに比べれば、ささやかな数字ですが、わたしからすれば、500人以上もの人が読んでくれたということで感謝の気持ちでいっぱいです。


よろしければ、ひと言で構いませんので感想など、お寄せいただければ幸いです。また、今後も書き続けていきますので、ブックマーク登録などしていただければ泣いて喜びます。では、また、次の作品でお会いしましょう!




え?パワソニはどうなったかって?


続編は考えているのですが、書きかけで放置している作品があるので、先にそちらをリリースしていくかもです。

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