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始まった日

解説がうるさいかもしれません。Vチューバーについては専門用語が多く、一般的ではないと思いましたがので、解説を加えました。執筆にあたって、Vチューバーの、うら飯紺太さん、犬山たまきさん、珠乃井ナナさんの配信を参考とさせていただきました。ありがとうございました。

「ライブハウスでライブ配信!?」

すももちゃんが、驚いて声をあげた。


すももちゃんとの気まずい出会いの翌日、わたしは、ダンススクール『Charisカリス』のロビーの一角にあるミーティングスペースにいた。わたし、すももちゃん、マネージャーの依木よりきさんの3人が、バナナみたいな形のテーブルを囲んで座った。そこで告げられたのが、わたしとすももちゃんの「勝負」の方法だった。




すももちゃんは、会った時と同じ仮面のような無表情に戻っていた。


昨日あんなに感情露わに泣いていたのが噓のようだ。えるるさんが「殻を割るため」と言ったのがわかる。わかるけど、わたしの初対面のときに、あんなえぐいやり取りしなくてもいいんじゃないかな?きっと、すももちゃんは、わたしのこと、大嫌いになったに違いない。ほんとに気まずい。無表情だし、何も言われないので、こちらも反応しなくていいから助かるけど、取りつく島がない。同じグループのメンバーとしてやっていくのだから、できれば仲良くしたいけど、どうしていいかわからないよ。


「あの、ちょっと、いいですか?」

わたしは、恐る恐る手を挙げた。

「何かしら?」

依木さんが、ほっとした感じで笑みを向けてくれたので、こちらもほっとして質問を続けた。

「フリージアは、バーチャルユーチューバーアイドルユニットって聞いたんですけど、ライブをやるんですか?」


『バーチャルユーチューバー』は、キズナアイが、2016年12月1日の動画初投稿で、『普通のYouTuberと違うぞ! ……と思ったそこのアナタ! 中々するどい! 私……実は……二次元なんです! あれ? 3Dだから三次元? まぁとりあえず、バーチャルってことで、バーチャルYouTuberって響きカッコよくないですか?(Wikipediaより引用)』と発言したことから始まった。その後、Live2D(2次元の絵を動かすためのアプリ)とモーションキャプチャー(カメラで撮影した体の動きや表情の変化をデータに変換する機材)の組み合わせにより、安価にアバターを動かすことができるようになり、バーチャルユーチューバー人口は爆発的に増加した。


そういう経緯もあって、『バーチャルユーチューバー』はキズナアイの代名詞であり、「中の人がいる」ことを匂わせてはならないというおきてがあった。


「うーん、そうなんだけど……」

わたしの質問の意図を読み取り、依木さんが、ちょっと考え込んだ。

「最近は、Vも顔出しするのが流行りだし、私も社長も、もとはアイドルだから、顔出しすることに抵抗はないのよね」


V(バーチャルユーチューバーの略称:いろいろ定義があってめんどくさいので、そういうことにしておいてください)は、顔出ししないことで、誰でも可愛い女の子になりきって配信ができるのが長所だ。顔は個人情報であり、顔出しすることで、身元を特定されたり、悪用されたりするリスクもあった。バ美肉(バーチャル美少女受肉=男性が美少女アバターで配信するV)や両声類(男性が美少女アバターで女性らしい声で配信するV)なら、なおさらだ。「そういうの気持ち悪い」という人もいると思うけど、総じてVには「視聴者の夢を壊さない」ことが求められていた。


「社長が『師匠』と呼んでいる人が、プロデューサーなんだけど、『会いに行けるアイドル』を提唱した人でね。社長は、『Vに中身があるなんて、視聴者はみんなわかってるんよ。隠すから、中身がバレて炎上するよね。だったら、私は、最初から中身さらして、会いに行けるVを目指すよ!』ってね」

Vのガチファンが聞いたら、それこそ炎上しそうなせりふだった。

「そんな社長の意向に沿って、フリージアは、ライブはリアルで、配信はバーチャルでって企画されたユニットなのよ」

「アイマス(アイドルマスター:バンダイナムコが開発したアイドル育成アーケードゲームからスタートして、声優によるライブイベントも行うようになった人気タイトル)みたいってこと?」

「お、蟻宮さん、フランス人なのに、よく知ってるね」

「……フランス人じゃないです。フランスでもアイマスのイベントはよく行われてましたから」

「へえー、そうなんだ」

「ママが、そういうの好きで、よく連れて行ってもらったんで」

「あー、わかる」

「ちょっと」

わたしと依木さんが、つい話し込んでしまったところに、すももちゃんが割って入った。

「あ、すももちゃん、ごめんね~。つい……」

依木さんが、慌ててすももちゃんに話しかけた。

「1万いいねってどういうことです?」

依木さんは、黙って、にこにこ……いや、へらっとした笑顔をすももちゃんに向けた。

「10万いいねって、すごいの?」

わたしの素朴な疑問は、すももちゃんにスルーされた。

「フリージアのフォロー数知ってますよね?」

「うん、もちろんだよー」

「なら!」

すももちゃんが、ぐっと身を乗り出した。

「10万いいねなんて、無理だってわかるでしょ」

「あらっ!大丈夫よ~、にじさんじなんて、毎回、動画再生数100万超えるし、いいねだって20万超えてるわよ~。ホロライブなんてもっと……」

わたしは、依木さんの額に浮かぶ冷や汗を見逃さなかった。

「それは、にじさんじやホロライブだからよっ!」

すももちゃんが、ぴしりと言った。

「フリージアなんて、同接(同時接続者数:配信時にリアルタイムで視聴している人数)100人前後、動画再生数も多くて1万なんだよ。絶対、無理でしょ!」

「え?え?でも、社長が、『これからは本気出す。1万いいねなんて楽勝』って……」

「バズった映画タイトルみたいに言うの止めてください!無理ですって!」

それを言うなら『まだ本気出してないだけ』じゃないの?とは思ったが黙っておいた。


依木さんは、ぴたりと口を閉じ、顔だけは笑顔を絶やさない。少し引きつっているが……

はぁーっと、すももちゃんが投げやりなため息をついた。

「じゃあ、何、歌うんです」

「あ、社長から預かってきたものがあるの」

依木さんは、ちょっと待ってね、と言い、ドラえもんがポケットを探るように、足元のビジネスカバンの中をかき回した。依木さんのビジネスカバンは、本物の杉板が貼られていて、とてもおしゃれだ。どういう作りになってるんだろ?

「あ、これです」

依木さんは、譜面を取り出して、テーブルに置いた。

「これって……」

わたしは思わず声をあげた。

「オリ曲(オリジナル曲:初めて世に出る曲)じゃん」

すももちゃんも驚きの声をあげた。


オリジナル曲を作るには、時間も人も金もかかる。「歌ってみた動画」のようにカバー曲を出すのとは、大変さが別次元なのだ。

「フリージアのデビューに向けて、前から用意してたのよ」

依木さんが胸を張った。

「しかもこれ、相当な腕の人が作ってるよ」

「さすがね、すももちゃん。見ただけでわかるなんて」

依木さんが、そわそわし始めた。

「誰がこんなものを……って、社長の人脈しかないわよね。でも、これって、売れないとやばいやつなんじゃないの?」

依木さんの汗がすごい。

「しかも、この曲、ボーカルが指定されてないじゃない。どうやって勝負付けるのよ」

すももちゃんが、依木さんを、じっとりした目で見た。

「どのフレーズをどう歌うかは、お二人に任せるとのことです」

すももちゃんが、信じられないものを見るような目で依木さんを見た。

「勝負については、お二人のどちらにいいねを付けるか選べるようにするので、その結果を見て判定するって……」

「丸投げじゃない!」

すももちゃんが、声を荒げた。淡々と話していた依木さんは、すももちゃんの反応を予測していたように首をすくめた。

「プロデューサーはそれでいいって言ってるの?」

「お金ないので、プロデューサーは社長自らやるそうだよー」

依木さんは、あわあわしながら言った。

「ああ、そう」

すももちゃんは、納得したようにつぶやき、大きなため息をついた。

「なんか、はめられた気分だわ。あの人、絶対、何かを企んでいるでしょ?」

「存じません」

答える依木さんの目からは感情が失われていた。

「でしょうね。知ってても言わないわよね」

依木さんは一言も口を開かなかった。汗がすごかった。


オリ曲の譜面は重要機密なので、依木さんに預け、帰るときに事務所に寄って受け取ることにした。


「じゃあ、とりあえず歌ってみるよ」


ダンススクールの一角にある防音室まで移動する間、すももちゃんは、ひと言もしゃべらなかった。怒っているのかどうかもわからない。いや、きっと、怒ってるんだろうな。こんな、素人と組んで、デビューしろなんて無茶な話だ。しかも、わたしの方がメインボーカルって言われちゃったし。あれ、でも、歌割り(歌唱パートの割振り)は任せるって言われたよね。だったら、メインボーカルがどっちなんて、そもそも、関係ないんじゃ?


部屋には、ドラムやキーボード、エレキギターなどの楽器があり、1段上がっただけの簡易なステージの中央には、プロが使うようなマイクとスタンドが置かれていた。わたしが、そのマイクの前に立つと、よく知っている曲が流れ始めた。大丈夫。これなら歌える。わたしは、初めて握るマイクに声を送り込んだ。


「蟻宮さん」

歌い終わると、すももちゃんが静かに呼びかけてきた。

「なに?」

「下手くそね」

「ひどっ!」

専門的なレッスンは受けたことがないので素人と言われればそこまでだが、学校の音楽の授業では、先生に絶賛されていたのに。

「依木さん」

「なに?すももちゃん」

すももちゃんの静かな声に依木さんはびびっていた。

「空きスケジュールを全て二人の練習のために押さえてほしい」

「いいよー」

返事が軽いな。ようやく自分の領域の仕事の話になって、ほっとしているようにも見えた。

「蟻宮さん」

「はい」

今度は、すももちゃんの静かな声がわたしに向けられた。わたしは背筋を伸ばして即答した。

「基本からやるよ」

静かな声が、かえって怖かった。

「ご、ごめんね。わたし、音楽の授業ぐらいでしか、歌ったことなくて……」

わたしが、しどろもどろに言うと、すももちゃんは手で額を押さえた。

「いい。言ってもしょうがないから」

そして、わたしは、出会ってから一度もすももちゃんを名前で呼んでいないことに気づいた。こんなときにかける言葉じゃないかもしれないけど……

「すももちゃん?」

「ちゃん?」

怒られた!

「あ、ごめん、すもも、さん?」

言い直したが、なぜか、すももちゃんは、不満そうな顔をしていた。

「……ちゃんでいいわよ!」

なぜ、そんなことを言われたのかはよくわからなかった。




わたしが、すももちゃんに嫌われているのは、どうやら間違いないようだけど、すももちゃんは、わたしに稽古をつけてくれるらしい。合気道では、稽古の相手は、よほど信頼している人でないと難しい。なぜ、競争相手のすももちゃんが、わたしに稽古をつけてくれるのかは、全く理解できなかった。


やっぱり歌と合気道では違うってことなのかな?

この小説は、第3者の視点から書くように努めていたのですが、前話から、蟻宮吉野視点で書いています。16話を読んでもらったら、そろそろ、読者の皆様にも人物を把握してもらえたかなって、混乱しないよねって思ったから。1話ずつ読み切りの形で書いているので何とかなっていますが、もし全話をまとめるとしたら、大混乱かもしれません。時間軸も飛躍が過ぎますしね。


第16話と第17話は、第6話のなぞり書きです。描写が、より詳細になっているのは、2回めだからということではなく、蟻宮の感性がすももと違っているからだと書いていて気が付きました。

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