3歳であっても、女は女だし、男は男だ
今回は幼女からのスタートです。
「よしのちゃん、けんたくん、とるのやめて」
わたしはスケッチブックから顔を上げ、仁王立ちしている女の子を見た。
「とってないよ」
「うそ!あさ、けんたくんと、はなしてたでしょ」
「あれは、けんたくんが、はなしかけてきたから、こたえただけだよ」
わたしは、いたって冷静に答えた。「またか」という気持ちもあった。女の子たちは、わたしが男の子と話していると、すぐに、こうやって文句を言ってくるのだ。
目の前の女の子は顔をゆがめた、
「けんたくんは、りさのものだから、かってにはなすのやめて」
「おい、りさ、なにいってんだよ」
けんたくんが駆け寄ってきて、りさちゃんに声をかけた。
「けんたくんは、だまってて。これは、りさとよしのちゃんのもんだいだから」
けんたくんは、困ったように口を閉じた。ああ、いつもの流れだ。
「よしのちゃん、いい?やくそくだからね!」
りさちゃんは、一方的に「約束」とやらを押し付けると、ダメ押しとばかりに、わたしを睨みつけ、あわあわしているけんたくんを連れて去っていった。
こんな調子だから、幼稚園のときから、わたしに友達ができたことはなかった。自分で言うのもどうかとは思うが、わたしは容姿に恵まれていた。モデルとして人気のママ譲りの整った顔立ち、お日様の光を絹糸にしたようなさらさらの金髪、飛び抜けて真っ白ですべすべな肌、そして、何よりも、蒼天のような碧眼。日本人離れした特徴だけでなく、可愛すぎるのも「浮く」原因になった。可愛いのは得だよねって思うかもしれないが、大人にまで興味津々の視線を向けられるのは恐怖でしかない。同年代の男の子からは、次々に声を掛けられるけど、わたしに近寄る男の子は、同年代の女の子たちによって例外なく排除された。そして、女の子たちからは理不尽な憎悪を向けられた。揉め事になるのは、積極的な子たちばかりなんだけど、じゃあ、消極的な子たちは、どうなのかって言うと、びびって近寄ってくることはなかった。逆に、わたしから声を掛けようものなら「ひぃっ!」と悲鳴を上げてダッシュで逃げられたことも2度や3度ではなかった。先生たちは、「みんなと仲良くしなきゃだめよ」とは言うが、わたしに友達なんて、できようはずもなかった。
このとき、わたしは理解したのだ。3歳であっても、女は女だし、男は男だと。
そんな幼少期を過ごし、わたしはすっかり人間不信になっていた。小学校に上がると、男の子たちは急に意地悪になった。とっかえひっかえ、わたしに嫌がらせをしてきたけど、パパが授業参観に来てから、なぜかぴたりとなくなった。だからといって、仲良くしようと近づいてくる男の子はいなかったし、女の子なんて言わずもがなだ。学校帰りに、わたしが不審者を投げ飛ばして取り押さえたのも、ちょっとだけ関係してるかもしれないけど。
「蟻宮さん、好きです!俺と付き合ってください!」
だから、中学生になって急に男子たちが手のひらを返したように告白してくるようになったときも、わたしには不信感しかなかった。
「……あの?」
無表情に見つめ返すわたしに、男子は不安そうな顔で声を発した。
「わたしのことが好きって言うなら聞くけど」
男子がごくりと唾を飲み込んだ。
「わたしのどこが好きなの?」
「……え?」
「佐藤くん、小学生の時、わたしに嫌なこと言ったり、嫌がらせしたりしてきたじゃん。何で今になって、わたしに『好き』なんて言うの?」
「……」
佐藤くんは固まってしまい、その後、一言も発することができず、休み時間の終わりを予告する予鈴が鳴ると、走って教室に帰って行った。そして、わたしが答えを返してもらうことはなかった。会えば秒で目をそらすようになった佐藤くんなんか、まだ、いい方で、中には、あからさまに敵意を向けてくる男子もいた。そんなことが繰り返された結果、わたしには「氷姫」「ドライアイスの女」なんて渾名が付いた。
なんで!?
素朴な疑問を尋ねただけじゃん!わたしが悪いのか!?
女子は女子で、「ひどくない!?西臣くんに色目使っといて振るとか、あんた、どんだけ自己中なのよ!」とか言ってくるし。
「は?わたしは西臣くんに興味ないから、そう言っただけじゃん。ていうか西臣くんって誰?」って言い返したら、「うわーん」って子どもみたいな泣き方されて、どこからか湧いてきた他の女子たちにもっと責められた。わたしが何したって言うのよ!
小学生の頃は「蟻宮さん、もっとみんなと仲良くしないとだめよ」と言うだけ言ってきた先生たちも、中学生、高校生になると、さすがにもうそんなことは言わなくなった。友達をつくるなんて夢物語を、すっかり諦めたわたしは、学校では勉強に専念した。他にやることなかったからね。授業後は、合気道の稽古をしたり、たまにママの頼みでモデルをしたりしてたから、忙しくて部活にも入らなかった。
だから、スポーツは体育の授業ぐらいしかやらなかったけど、わたしは、そこそこ運動神経がいいらしく、初めての競技も難なくこなせた。ただ、チーム戦になるとボールが回ってこなかった。わたしが、小学生の時に不審者を投げ飛ばした話は尾鰭が付いて広まっていたし、なぜか「父親はヤクザ」ということになってたから、小学校の時みたいに、ちょっかいかけられることはなかった。だけど、そういう「静かな仲間外れ」は子ども心にも堪えた。寂しいとは思わなかったけど、修学旅行の時とか、お互いに気まずいじゃない?
歌は大好きだったから音楽の授業はしっかり声出して歌ったよ。でも、日本の学校の音楽って、なんで、みんな歌わないの?あれ、何なの?真面目にやってる子が白い目で見られるのは、おかしいと思う。貴重なお小遣い出して、カラオケに行って歌うぐらいなら、専門の先生が教えてくれるときに練習すれば?って思う。だからわたしは、全力で歌ったよ。誰も一緒に歌ってくれなかったけど、別にいいんだ。今さら仲よくしようなんて思わないから。そしたら、「空気読めない子」って思われた。
総じて学校ってところは自分には合わないって思ったよ。
大学は、さすがに付き合い悪い子に、わざわざちょっかい出すような、お子ちゃまはいなかった。わたしは、授業のあるときだけ出席して、空き時間は人気のない図書館や研究室に閉じこもった。ほとんど誰とも話すことはなかった。
そんなとき、モデルの仕事で知り合った大人の人に「アイドルやってみない?」って声かけられた。そこが、わりと名の知られた芸能事務所だったから付いていったの。大学は自由な時間がたくさんあったから、わたしも「何もしないよりは」って、好きな歌が歌えるならやってみようって思ったんだ。人間関係できてないと、部活やサークルになんて入れないしね。
でも、初日からセーラー服や水着を着せられて写真撮られたのが、ほんとに嫌だったから、すぐに辞めちゃった。ママが芸能事務所と話を付けてくれて「なかったこと」になったみたい。
その後、ママが、知り合いの芸能事務所を紹介してくれて、フリージアに入ったの。
「ねえ、エレーヌ。私、縁故採用って、いっちゃん嫌いなんだけど」
「知ってるわよ、えるる」
ママは、どんなときも笑顔を崩さない。どんなに年齢が上がっても少女のような瑞々しい華やかさが絶えない人だ。ママと二人で服を買いに行ったりすると、姉妹と間違われるぐらい。姉妹はいいとして、たまに、わたしの方がお姉さんに見られるのは、どういうわけ?
ヒマワリのようなママの笑顔は、時には太陽のように輝き、時には無性に怖いときもあった。
「……わかったわよ。でも、使えなかったら、使えないって言うからね」
「ええ、もちろんよ」
そんなわけで、わたしは、神座えるるという人の前で、歌ったり踊ったりさせられた。
「どうかしら」
ママは笑顔で尋ねた。
「ああ、もう!わかったわよ!」
神座えるるさんは、忌々しそうに吐き捨てた。
「まず、歌はど下手」
「ひどっ!」
わたしは、思わず声をあげた。そりゃ、専門的なレッスンは一度も受けたことがないし、歌を人に評価してもらったこともない。だからって、こんなはっきり言われたのは生まれて初めてだ。
「だってさあ、音程は外れてるし、伸びも足りない。歌詞だってはっきり伝わらないし……まあ、それはいいんだ。練習すれば、何とかなるからさ。でも、これじゃ、気持ちを届けるなんてできないでしょ。あんた、歌うってどういうことなのか、全然わかってないよ」
えるるさんの言ってることは、よくわからなかった。ママは相変わらず、にこにこしている。
「それで、えるる、どうなのかしら?」
「合格よ」
「え?」
驚きの声が喉からこぼれた。だって、だって、さっき……
「さすがエレーヌの娘よね。こんなひどい歌い方なのに、聴いていて引き込まれるわ」
ひどい言われような気がする。
「えるる?」
「あー、ごめんねー。親とか娘とかって言い方はよくなかったね。それは謝る」
えるるさんは、素直に頭を下げた。なぜ、謝るのかは、よくわからなかったけど。
「だってさあ、親子そろって、これはないでしょ。見てるだけで、聴いてるだけで、人を惹きつけるなんてさあ。さすが『勝利の天使』と謳われたエレーヌの子だけあるって、そう思っちゃったから」
「ありがとう、えるる。この子は、えるるに育ててもらいたいって思ってたから、うれしいわ」
「ずりぃよ、エレーヌ。そんなふうに言われたら、断れないじゃん」
「あら、だから、えるるが合格って言ってから言ったのよ」
ママは、ずっとにこにこしてる。
「吉野ちゃん、えるるは、口は悪いけど、すごく苦労してトップアイドルになった人だから、きっと、吉野ちゃんが悩んでいることに答えをくれる人だと思うのよ」
「エレーヌ、余計なこと言わなくていい。頑張るのはわたしじゃなくて、その子なんだからさ。あと、口が悪いは余計じゃ!」
照れたように早口で言うえるるさんを見ながら、わたしは、「わたしの悩みってなんだろう」と思った。友達ができないこと?将来の夢が見つからないこと?でも、それって、普通のことじゃないのかな?
わたしのこと「好き」って言ってくれる男子はたくさんいたけど、男子の「好き」は、わたしの見た目が「好き」ってことだった。だって、わたしのこと、何も知らないのに「好き」って言えないよね。まるで、ブランド物の服を欲しがるみたい。わたしじゃなくて、わたしが彼女だって言いたい、わたしというトロフィーを手に入れたいだけなんじゃないの?って思う。
ちゃんと、わたしのことを「好き」って言ってくれる人は、たくさんいる。パパ、ママ、フランスのおじいちゃん、パパの友達のくろとおじさん、それから、たぶん日本のおじいちゃんも。だから大丈夫。それでいいじゃんって思う。別に困ってないし、悩んでもいない……はず。
「じゃあ、さっそく明日、事務所に来てくれる?アントちゃんに会わせたい子がいるんだ」
「アントちゃん?」
「そう。蟻宮吉野さん。蟻だからアントちゃんね。正式名はアント・ワ・ネット」
「えるるちゃん、相変わらずネーミングセンスないね。フランス人とのハーフだからって、あまりにも安直じゃないの?」
ママが珍しくジト目になった。
「うっさい!」
えるるさんが顔を赤らめた。
こうして、わたしは、神座えるるに見初められて、『VirtualYouTuberアイドルユニットFREESiA』のメンバーとなったのでした。
前回のあとがきで「即興で書いている」と書きました。それは、どういうことなのかというと、例えば、今回のエピソードで言えば、前話を書き終わったときに、うっすらとあった構想が、だんだんいろいろなものを取り込みながら、今日の朝午前2:30に、ぽーんとお話が頭に浮かんできて、でも、そこから書いてたら、寝る時間とか、今日のお仕事とか、大変なことになっちゃうので、すぐに寝ました。翌日、起きて、お仕事の合間、合間で、どんどん書いていきました。この書いている(正確にはWindowsのメモ帳に入力している)ときは、考えるとか、書き直すとかのタイムラグは一切無くて、頻繁に仕事で中断されながらも、そのたびに続きから再開して、躊躇無く書いていきます。書いている間、うっすらとお話の流れはあるものの、せりふや細かい描写は文字になってからわかる感覚です。従って、内容もわからない、ゴールさえ見えない状態でフィニッシュを迎えます。「あ、終わった。書けてる。投稿しようっと」という感じです。1年前まで、こんな書き方はできなかったので、やっぱり数を書くというのは、人に変革をもたらすのですね。非公開のものも含めたら、このアカで113本目の日記となります。ファイナルファンタジー14の公式サイトThe Lodesoneで書き続けた経験が、わたしにとってプラスになったのは間違いないようです。