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勝利の天使

フランス編、第2弾です。前回から、読んでくれる人が急に増えてうれしい!「勝利の天使」のご加護かしら?


「DCPJ(la direction centrale de la police judiciaire:刑事司法警察局)からルーブル美術館へ呼び出し?」

何事にも動じない高松にしては珍しく怪訝な表情になった。


ビルから降ってきた少女に遭遇した12月の夜から、年が明けた1月、高松は、局長室に呼ばれた。


「何かの協力要請ですか?」

高松は滅多に会うことも話すこともない局長に尋ねた。

「依頼内容は極秘とのことだ。直接、君に話したいと言っている」

局長は、不快感を隠しきれない様子で言った。恐らく同じ質問を先方にもしたのだろう。そして、答えてもらえなかったということだ。同じフランス国内の警察組織でも、局長の立場はDCPJの方が上らしい。


DCPJは、密輸、薬物取引、人身売買などを行う犯罪組織を取り締まるフランス国家警察だ。国際警察組織であるインターポールに協力要請があることは珍しくない。しかし、それは、日本の警察への情報照会や注意喚起がほとんどで、直接捜査に関係ない職員を、警察局以外の場所に呼び出すなど、まず考えられないことだった。


「なぜ俺なんですか?」

「そんなこと、儂が知るか!行って聞いてくればよかろう!」

局長は、不快感を押さえきれなくなってきたようだ。


高松は、これ以上、局長から話を聞くことは無理だと判断し、指定された時間にルーブル美術館へと向かった。


パリは浮足立っていた。パリ・オートクチュール・コレクションが数日後に迫っていた。いわゆる「パリコレ」の一つだが、日本人が思い浮かべるパリコレは、「パリ・プレタポルテ・コレクション」の方だ。「オートクチュール」は日本語に訳せば高級仕立服だが、正式にはパリのクチュール組合サンディカ加盟店が仕立てたブランド服のみが、その名を冠することを許されている。サンディカ加盟店には年に2回、1月と7月に作品発表が義務付けられている。これが、パリ・オートクチュール・コレクションである。


高松はパレ・ロワイヤル駅で地下鉄を降りた。駅から美術館までは歩いてすぐだ。その道すがらにも、笑顔で陽気に言葉を交わす人々とすれ違った。心なしか、いつもより人も多いようだ。さながら、お祭り前夜のようだった。


ガラスでできた巨大なピラミッドが見えてきた。


高松はピラミッド中央の入口から入り、ナポレオンホールで優先レーンを進み、受付で関係者証と身分証明書を提示すると、中へ入ることができた。右側のDENON(ドゥノン翼)と呼ばれる建物に入り、展示室をまっすぐ突き抜け、ダリュの階段に着いた。


首から上がない、巨大な有翼の女神像が展示されていた。ルーブル美術館の三つの至宝の一つ、『サモトラケのニケ』だ。ニケ(NIKE)は地中海のサモトラケ島から発見された正体不明の石像だ。「勝利の女神」の愛称で知られており、スポーツ用品ブランド『ナイキ』の語源になった。


首から上がない分、かえって想像力を刺激され、均整のとれた美しい体と相まって、圧倒的な美しさと力強さを伝えてくる石像だった。


高松がニケの石像を眺めていると、グレーのスーツ姿の男が近づいてきた。男は両手を軽く上げ、敵意のないことをアピールしていた。相手が警察関係者と知ってか、もしかしたら、単に高松のいかつい見た目が怖かったのかもしれなかった。


「高松さんですね。お待たせしました。私は依頼者から案内を仰せつかったものです。どうぞこちらへ」


男は物腰も丁寧で、特に怪しい印象を受けなかった。どんなときも警戒してしまうのは、職業病みたいなものだなと、高松は内心で苦笑しながら、男の後に続いた。


男は、美術館の建物を出ると、中庭を通って、別の建物に入った。そのまま、通路を抜けて一つの部屋に入った。そこは、パリ・オートクチュール・コレクションの発表会場の一つだった。


ファッションショーというと、日本では、どこかのホールに集まってやるイメージだが、パリコレは、メゾン(店)ごとに会場を設営して行う。プレタポルテの方は200近いメゾンが発表するため、パリ市中の至る所に会場が設営され、街中がお祭り騒ぎとなるのだ。オートクチュールを発表できるサンディカ加盟店は現在は5社まで減少しているが、伝統や格式ではオートクチュール・コレクションの方が上であり、話題性も十分に高い。


「こちらでお待ちください」

男は高松に一礼して、部屋の中にある扉から続く、別の部屋へと入っていった。


高松は、案内された部屋を見渡した。ルーブル美術館は世界的な美術館として有名だが、元は歴代フランス王家の宮殿で、一部(といっても6万平方メートルで東京ドームの1・5倍)が美術館として使用されている。その宮殿の一室、ルネサンス様式の豪奢な部屋の一角にステージが設置されていた。


ステージから続く隣の部屋から、女性が真っ白いドレスの裾をたくし上げて走り出てきた。


「じゃーん!」

高松の目の前で両手を広げてポーズをとった。白磁の肌に健康そうな朱色の唇。よく晴れた青空のような碧眼。幼く見える卵型の顔。少女が満面の笑みで顔を傾けると、腰まである絹糸のような長い金髪がさらさらと零れ落ちた。


12月にビルから降ってきた少女が、そこにいた。あのときは、暗くてよく見えなかったが、改めてみると並外れた美少女だった。明るい光の下で、天使のように輝いて見えた。


「せっかく見せてあげたのに、誉め言葉の一つもないのかしら」

高松が我に返ると、少女は不満そうな表情で高松の顔を覗き込んでいた。

「あ、いや、おきれいです」

「まあ、ありがとう」

少女はドレスの裾をつまむと優雅に一礼した。

「でも、誰にも言っちゃだめよ。未発表のドレスは極秘なんだからね」

少女は唇に人差し指を当てると、いたずらっぽく碧い瞳をきらめかせた。

だったら見せるなよ、と高松は思ったが、口には出さなかった。賢明な判断だった。

「ちょっと着替えてくるから待ってね」

少女は、そう言うと、来たときと同じように、ドレスの裾をたくし上げると、部屋の奥へと駆けて行った。どうやら、本当に、ドレスを見せるためだけに出てきたようだ。


「ハヤトには、わたしの護衛を頼みたいのです」

「護衛?」

少女、エレーヌは、ライトグレーのパーカーにジーンズというラフな格好に着替えて出てきた。客席として設置された椅子に、高松と並んで座り、最初に切り出したのが護衛の依頼だった。

「わたしは見ての通り、今回のパリコレのモデルなんだけど」

高松は改めて少女を見た。モデルにしては小柄だ。しかし、最近は、長身の美女だけをモデルにするのではなく、様々な人種や個性をもった人を採用していると聞いた。

「また、誘拐されちゃいそうなのよ」

「誘拐!?」

エレーヌの口から突然飛び出した剣呑な言葉に、高松は思わず声をあげた。

「ハヤトと会った時も、わたし、誘拐されちゃって、閉じ込められた部屋の窓から逃げ出したんだけど、非常階段の床が腐ってたみたいで抜けちゃって」

「……なるほど」

高松は、何がなるほどなのかもわからないまま、他に答えようもなく答えた。

「この会場は、わたしのため、というより、未発表の衣服デザインを守るために、厳重な警備が敷かれているの」

確かにこの部屋に来るまでに何人もの警備員を見かけた。

「だけど、発表の時は、不特定多数の人が入ってくるから心配なのよ」

「それなら、フランス警察に護衛を依頼された方がいいのでは?」

エレーヌは高松の顔をじっと見た。

「12月の時は、フランス警察に護衛を依頼していたのよ」

高松は目を見張った。

「会場の場所もスケジュールも秘密になっていたのに、あいつらは、わたしが会場を出た瞬間を狙ってきたわ」

ファッションショーの関係者か警察のどちらかに内通者がいるということか。

「なぜ、俺に?」

高松の戸惑い交じりの問いに、エレーヌはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「あら、日本人は、信用できるわ。士は己を知る者のために死すのでしょう?」

「……それは昔の話です。今は武士も忍者もいませんよ」

思わず高松が突っ込むと、エレーヌは笑った。

「わたしは、人を見る目はあるつもりよ。あなたが悪人だったら、あの時、わたしをギャングに引き渡すか、そこまでしなくても、わたしを置いて逃げ去ったのではなくて?」

高松は返す言葉に詰まった。

「しかし、フランス警察を差し置いて、日本の警察が……というのは問題があるのでは?」

「大丈夫よ」

高松の最後の抵抗は、エレーヌの次の言葉に打ち砕かれた。

「わたしのパパはDCPJの局長なの。パパはわたしの考えに賛成してくれたわ。すでに、あなたのところの局長さんも了承済みなの」

高松は、はーっと息を吐きだした。インターポール局長の身勝手な保身が透けて見えたからだ。


「わかりました。あなたの護衛を務めましょう」

高松は、想像の中で局長をぶん殴ってから、エレーヌに了承を伝えた。

「よかった!ハヤトなら快く引き受けてくれると思ってたわ!」

エレーヌは両手を顔の横で合わせると満面の笑みで言った。

「それと……」

エレーヌは高松の手を取った。

「わたしのことは、あなたじゃなくて、エレーヌと呼んでくださいね」




冬の日差しが天窓から降り注ぎ、太陽を紡いだような金髪に反射した。400年の歴史ある薄暗い部屋の中、エレーヌの笑顔は光り輝いて見えた。勝利を確信していた天使の笑顔だった。

「ハヤトとエレーヌがパリで出会う」というモチーフは、ハヤトがインターポール職員だとわかった第4話で決まっていました。まさか、ビルから降ってくるとは思わなかったけれど。


前話では、ハヤトはともかく、エレーヌの性格は決まっていなかったの。そして、わたしの脳は、エピソードをロールアウトしないと、次のエピソードを紡ぎ出してくれないのです。今回の話を書きながら、「エレーヌってこんな性格だったんだ~」と初めて知りました。


この小説は即興で書いています。この先、どんな展開になるのか、ぼんやりとは見えているんだけど、作者にもはっきりはわかりません。この先も、わたしと、未知の旅を続けてくれますか?


(このお話の会話は全てフランス語です。でも前話と同じようにフランス語を併記するとテンポが悪くなるため、雰囲気を優先して日本語のみの表記としました)

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