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ビルから降ってきた少女

今回だけは、最初にお断りをさせていただきます。


本作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは、一切関係ありません。


読みましたね?これ、大事よ!(どきどき)

では始めます!

「フランス!?」

真淵玄人まぶちくろとは思わず叫び声をあげた。細いが引き締まった身体にダークグレーのスーツ。俳優のような整った顔に細い銀縁眼鏡が知的な印象を与えていた。テーブルを挟んで向かい合っていたのは、2mを超える長身に、ごつごつした岩のような筋肉。武闘家のような風格をもった男だった。真淵は、その岩のような男、有川武流ありかわたけるが、何も言わずに自分を見ているのに気づき、慌てて口を押さえた。


京都の中心街から少し外れた古い路地にあるレトロな喫茶店。ここなら、京都中に溢れかえっている外国人観光客も来ることはない。時刻は19時を回ったところ。喫茶店に来るには遅い時間とあって客は真淵と有川の二人だけだった。


「この件は極秘だ」

有川の重厚な声は、何でもない世間話でさえ「うかつに口にすれば消されるのでは」と錯覚させる迫力があった。しかし、この日の話は、どうやら紛れもない重要機密のようだった。

「フランスで極秘となると……まさか、あれか」

真淵が声をひそめて有川に尋ねた。

「そうだ。インターポールに出向になった。しばらく帰れん」

有川の重々しい声を聞いて、真淵は、はあっと息を吐きだした。

「それは、おまえ、島流しになったってことだろ」

「任務に貴賎はない。俺はフランス語も英語もドイツ語も話せるのだから適任だ」

真淵は、有川が武骨な風貌にも関わらず、語学や伝統芸能に秀でた文化人であることを知っていた。淡々と答える有川の顔を見て、ふっと表情を緩ませた。

「どこまでも真面目な奴だよな、おまえは。まあ、タケが、そう思っているなら、俺がとやかく言うことじゃない。警察庁でも数少ない京都大学出身の友がいなくなることは寂しいが、まあ、お互い頑張ろうや」

「ああ」

有川は短く答え、コーヒーを一口飲んだ。

「おまえは、愛想がない。ただでさえ、東大出身の奴らは、東大かそれ以外かで人を分けているんだ。おまえ、無駄に優秀だもんなあ」

「俺は、ゲンほど愛想よくはできん。違うことは違うとはっきり言う」

真淵は、声を出して笑った。

「いいよ、おまえはそれで。愛想いいタケなんて見たくもない」

「そう言ってくれるのは、ゲンぐらいだ。ありがたいと思っている」

真淵は目を見張った。不愛想な友人が「ありがたい」などと声に出して言うのを初めて聞いた。

「おまえ、何か俺に頼みたいことがあるんじゃないのか?」

そう問いかけられても、有川は、言おうか言うまいか迷っているようだった。

「遠慮するな。何でも言えよ」

真淵は、いつもの作り笑いではなく、本当の笑顔で言った。

「すまん。俺がいない間、祖父に何かあったときは頼む」


真淵は「ああ」と思った。


有川の両親は有川が幼少の頃、祖父の厳しさに耐え兼ね、小学生の有川を置いて家を出て行ってしまったのだ。有川の祖父は、実の娘に愛想を尽かされたからと言って、気落ちする様子もなく、厳しく孫を育て上げた。その関係は、家族というより、師弟のようだった。実際、有川の祖父は合気道の達人であり、有川を道場や私邸に出入りする弟子達と同様に扱った。有川を小学生の頃から知っている真淵は、有川と祖父との仲がけっしてよくないことも知っていた。


それでも、この男は……


「当たり前だろ。任せておけ。東京から京都なんて新幹線なら近いもんだ」

真淵は力強く答えた。有川の表情がちょっとだけ和らいだように見えた。


「そんなことより、タケ」

「ん?なんだ?」

真淵は、いたずらっぽい笑みを閃かせた。

「せっかくフランスに行くなら、現地で可愛い嫁さんでも見つけて来いよ」

「俺が?あり得んだろ」

有川は苦笑した。

「いやいや、人生はどうなるか、わからんぞ。いい土産話を期待してるからな」




有川は、親友で幼馴染の真淵と言葉を交わした京都の夜を昨日のことのように思い出していた。


有川は、フランスに来てから寝る間も惜しんで仕事に邁進し、気が付けば日本を離れて3年も経っていた。その間、一度として帰国しなかった。数少ない同僚は次々と入れ替わり、有川の入省当時を知る者は、もはや一人もいなくなっていた。


「高松さん、今日も行くんですか?」

同僚の二川にかわが有川に言った。今年の4月に着任したばかりの若い官僚だ。


有川はインターポールでは、高松隼人たかまつ はやとと名乗っていた。インターポールは国際犯罪組織に関与する場合があるので、自身や家族の身の安全を図るため、戸籍とは別の氏名を記載した身分証明書が発行されていた。ちなみに、フランスでは高松隼人、日本では蟻宮毅ありみや たけしと、それぞれ違う氏名が使われていた。そして、警察内部でのみ、高松隼人=蟻宮毅という情報が共有されていた。ここからは、ややこしいので有川のことは高松と呼ぶことにしよう。


パリでは、このところ、日本人旅行客が誘拐の被害に遭う事件が立て続けに起きていた。世界でも異常なぐらい治安のいい日本と違って、パリで犯罪が起きるのは日常茶飯事だが、多くはスリ、窃盗などの軽犯罪だ。特に観光目的の日本人は警戒心が薄いので、パリに到着した直後が一番狙われやすい。とはいえ、誘拐は、そう起きることではない。スリと違って一人ではできないので、犯罪組織が関与している可能性が高い。


「別に俺たちが現場に張り込む必要なんてないんじゃないですか?」

インターポールは、日本の某有名アニメのように、どこぞの怪盗を捕まえる組織ではない。複数の国にまたがって犯罪が起きた際、各国の警察組織が協力して捜査を行えるよう調整するための組織だ。二川が言うように、直接捜査に乗り出すのは、現地警察官の仕事だった。

「俺は自分の目で見たい。今日は俺一人でいい。特に動きもなさそうだしな」

「そうですか。では、自分は本来の職務に戻ります」

二川は、表情も変えずにそう言うと、執務室を出て行った。


高松は、内心でため息をついた。3年間で同僚は次々と入れ替わったが、どれも判で押したように同じようなタイプの人間だった。


まず、前提として、日本の警察組織は、警察庁と警視庁の二つで成り立っている。一般的に思い浮かべる警察官は警視庁の職員だ。警察庁は、警察組織全体を統括する行政組織で、幹部候補となる上級職員は、ほとんどが東大出身のエリートだ。そして、インターポールと呼ばれる国際刑事警察機構は、フランスのリヨンに本部が置かれ、日本からも職員が派遣されている。この職員は、警察庁の職員だ。


警察庁の幹部候補者は、まず現場を経験し、数年で官僚となっていく。出世コースは上に行くほど人数が減っていくピラミッド構造となっている。それぞれのステージで、より多くの実績を上げた者だけが、上のステージへと進める厳しい競争社会なのだ。この場合の実績とは、役に合った聞こえのよいものでなくてはならない。すなわち、本来の役目を逸脱した現場捜査に首を突っ込み、解決に貢献したとしても何も評価はされない。逆に、失敗して責任を負わされることにでもなれば目も当てられない。


ハイリスク・ノーリターンなことがわかっている二川は、当然、捜査に行きたくないだろう。だからといって、この種の人間は「やりたくありません」といったストレートな物言いをして不興を買うようなことはしない。高松に「来なくていい」と言わせることで、リスクを回避したのだ。高松は、それがわかっていて、「来なくていい」と言った。その理由は単純だ。高松は、出世にはあまり興味がなく、官僚的な立場とはいえ、警察官となったからには、事件を解決したいと思っていた。そんな人間にとって、二川は協力者となりえなかった。




パリ10区、北駅ガール・デュ・ノールから少し北に行った裏路地。世界的な観光都市パリは安全なイメージがあるが、地区によっては非常に危険だ。地下鉄は乗らない方がいい。10区も足を踏み入れてはいけない。巨大なターミナル駅がある交通の要衝だが、移民が多く、ぞくっとするような剣呑な空気が漂っている。高松は、薄汚れた古い裏路地を足早に歩いていた。二川が同行していれば、高松は、この裏路地を通ることはなかった。箱の中で大切に育てられたお坊ちゃんは、ここでは悪目立し過ぎるのだ。高松の動きには迷いがない。隙もない。道に迷えば、たちどころに標的になってしまう。


ビルの上から人が降ってきた。


さすがの高松も、これには一瞬、戸惑った。しかし、反射的に体が動き、落下地点に瞬時に移動すると、落ちてきた体を両腕で包むようにして受け止めた。小柄で華奢な感触は子どものようだった。ライトブラウンのコートがはだけると、中から薔薇のような真っ赤なドレスが現れた。目深に被っていたフードが外れ、絹糸のような金髪が零れ落ち、中から陶磁器のような肌の美麗な女性の顔が現れた。

「Je suis désolée. Je suis désolée.(ごめんなさい)」

高松は、フランス語は理解できたが、咄嗟に言葉を返せなかった。女性は、黙った高松の顔を見て、日本人であることに気付いたようだった。

「Êtes-vous japonais ? Comprenez-vous le français ?(あなたは日本人なの?フランス語はわかる?)」

「Oh. Je comprends le français.(ああ、フランス語はわかる)」

高松の流暢なフランス語を聞いて、女性は目を見張ったが、いたずらっぽく微笑んだ。

「Maintenant, monsieur le Japonais. Voulez-vous me conduire à la gare ?(じゃあ、日本の紳士さん。わたしを駅まで連れて行ってくださる?」

「D'accord, d'accord.(わかった)」

高松は短く肯定すると、女性を抱きかかえたまま走り出した。背後からは複数の足音が迫っていた。

「Attendez.(待て)」

「Arrêter. N'utilisez pas d'armes à feu dans un endroit comme celui-ci.(やめろ。こんなところで銃を使うな)」

「Merde !(くそ!)」

高松は背後を振り返らなかったが、どうやら複数の男に追いかけられていて、銃を向けられたようだった。


高松は、複雑なパリの路地を、迷うことなく疾走する。角を2回、3回と曲がるうちに、足音は聞こえなくなった。


高松は女性を路上に下した。

「Pouvez-vous marcher ?(歩けるか?)」

「Oui. Je peux marcher.(ええ、歩けるわ)」

女性は着衣を軽くはらって整えると、ドレスの裾をつまんで貴婦人のように優雅にお辞儀をした。

「Sauvé par. Merci beaucoup.(助かりました。ありがとう)」

すっかり落ち着きを取り戻した様子の女性を見て、高松は当然の疑問を投げた。

「Pourquoi êtes-vous tombé de l'immeuble ?(なぜビルから落ちてきたんだ?)」

「Je ne peux pas dire cela.(それは言えません)」

女性は短く答えた後、薔薇の花びらのような唇に人差し指を当てて「Aujourd'hui.(今はね)」と、いたずらっぽく付け加えた。


「Quel est votre nom ?(名前を教えてくださる?)」

女性は駅に向かって数歩歩いた後、高松に問いかけた。

「Je m'appelle Takamatsu Hayato.(高松隼人だ)」

「Takamatsu Hayato.(タカマツ ハヤト)」

女性は、発音しにくいのか、一音一音確かめるように、高松の名前を繰り返した。

「Je m'appelle Hélène.。わたしはエレーヌよ)」

エレーヌは、高松の目をしっかり見て言った。

「Eh bien, à bientôt.(じゃあ、またね)」

そして、ひらっと手を振ると、駅の雑踏へと消えていった。


「On se revoit?(また会う?)」

高松は首を傾げた。


パリも日本と同じく秋の日は短い。薄青い宵闇に巨大なシャンデリアのように煌めくターミナル駅を。高松は夢でも見たかのように呆然と見つめた。


この話から読んでいる人いますか?大丈夫ですよ。しばらくフランス編が続きます。ここから読んでも理解できる内容になっていると思います。


第1話から読んでくれている人いますか?急に場面転換してごめんね。、


即興で書いているので、お話が一区切りすると、次はどこに飛んでいくのか、作者にも予測がつきません。「よくわからなかった」という人のために解説すると、物語は、前話から一気に20年ほど時間を遡ります。この時点で高松隼人とエレーヌが誰なのかわかった人は、間違いなく、わたしの熱心な読者です。いつもありがとうございます。


え? Vチューバーはどうなったかって?

しー!ですよ、しーっ!


なんとか時間をつくって、続きを書いていきますので、よかったら、続きも読んでね。

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