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蟻宮、カフェに行く

何の前触れもなく夢を見ました。せっかくの日曜日だったのに、とんでもないセリフで目が覚めました。これって、もしかしたら、おもしろいかもって思ったから小説に書いてみました。

「すみませ~ん、すみませ~ん、誰かいらっしゃいますか~?」


鼻にかかったような甘い声。人が少ないとはいえ、それなりにざわざわしている店内に、大きくはないその声は不思議と響いた。


短いヨモギ色のスカートに、レモン色の薄手のセーター。イチゴ色のパーカーに斜めがけにミルクチョコレート色の小ぶりの肩掛け鞄をかけている。全身で春を表現したような、でも、ちょっと子どもっぽい格好をした女の子が店の入り口に立っていた。


とはいえ、誰も反応する者はいない。この場合、「誰か」とは、「誰でもいい」という意味ではない。特定の「誰か」を差しているのだ。だから、そこで、「僕でよければ……」的な受け答えをすれば、かかなくてもいい恥をかくことになる。そんなことは、みんなわかっているから返事をしない。日本語って難しいね。


「は~い、ちょっと待ってね~」


店の奥から、元気のいい女性の声がした。女の子は、少しほっとした様子で店内を見渡した。


どこから、どこまでが店舗なのかわかりにくい。「通路じゃん?ここ」と言いたくなるような立地だった。大型商業ビルの1階、路面から向かって左側の自動ドアから入ると、TVCMでよく見る大型家電用品店、右側の自動ドアから入ると、この地方の人にならよく知られた銀行がある。その家電店と銀行はビルの内部でつながっている。その間のスペースに棚やテーブル、カウンターを並べただけの、たまり場みたいな場所だった。当然、壁や入り口はない。窓もない。何なら、天井からは配管が見えている。それも、今風のお洒落なやつではなく、何かが滴り落ちてきそうな年期の入った配管だ。店の看板さえない。


コーヒーを飲みながらスマホをいじっている人、パスタやサンドイッチを食べながらおしゃべりしている人、テーブルに手芸用品を広げて何やら作っている人、機械の組み立てをしている人もいる。奥には、PCとモニターが並んでいて、何やらゲームをしているようだ。それほど広くもない店内は、広くないだけに、それなりに埋まっている印象だった。


「はい、お待たせ」

店の奥から出てきたのは、声の通りに元気よさそうな若い女性だった。

「そこ座って」

空いたテーブルの向かい側を指さすと、さっと座った。女の子は促されるままに、椅子を引き、座った。

「店長の芦原あしはらです」

「あ、蟻宮吉野ありみや よしのです。よろしくお願いします!」

「ありみやさんね」

店長は手に持ったボードに、名前を書き込んだ。

「で?うちで働きたいってことでいいのかな?」

「はい!よろしくお願いします!」

店長は、ちらりと目を上げた。

「何で、この店に来たの?」

「あの、ネット仲間から、わたしが引きこもりのニートだって言ったら、この店で働いたら?って教えてくれて……」

「ふ~ん」

さらにボードに何かを書き込んだ。

「で、何ができるの?」

「え?」

「働きたいんでしょ?何ができるの?」

「……えっと……あの……ここって、どういう店なんですか?」

「はあっ!?」

業務的な店長の声が一変した。

「は~~~~~~~~~~!」

長いため息の後、店長は店の説明を始めた。


カフェ・ミストラル。営業種別は喫茶店。店の前がバス停になっていて、雨の日や寒い日、暑い日には、バス待ちをする乗客が用事もないのに家電店や銀行に入り込んでうろつく。それが利益に結びつくなら、店側としても歓迎なのだけど、そういう人達が品物を買ったり銀行を利用したりすることは、ほぼない。むしろ、雰囲気が悪くなり、それぞれの店舗の利益を損なうような行為も起きた。困った両店は、「やからが多く滞留していた店と店の間のスペースに、出資金を出し合って飲食店を設置した。たまり場があれば、自然と「輩」はそこに集まるんじゃないかと考えたのだった。ところが、そういう「輩」は、お金を払ってまで休憩しようという種類の人間ではなかった。狙ったようなたまり場になることはなく、むしろ自由な滞留スペースが減ったことで居心地が悪くなったのか、「輩」が両店舗に入り込むこと自体がほとんどなくなった。同時に人口減少の影響なのかバスの利用客も減り、飲食店の客が増える見込みも完全に失われた。普通なら、この時点で、飲食店は役割を終えたとして廃業してもよかったのだろう。でも、おそらく、どこかの部署から左遷されてきたと思われる初代店長は無駄に有能だった。営業形態を柔軟に変えながら需要を取り込み、ぎりぎり赤字にならない採算を叩き出しながら、両店舗の本部の追求を、スペインの闘牛士のような応対でのらりくらりとかわして、店舗を維持し続けた。もともと「輩」対策という消極的な理由から始まった上に、全く違う業種の2社による協同出資だ。連携など取れるはずもなく、責任を押しつけ合うような形で「先に手を出した方が負け」という空気が生まれ、放置プレイのまま、現在に至る。


「わたしは、その2代目店長なのよ」

「初代店長はどうしたんですか?」

「ここに左遷されてきた段階で、もう定年間近だったのよ。店員として入社した私に全てを押しつけ、嬉々として定年退職していったわ」

「そうですか。それはお疲れ様です」

「は~~~~~~~~~~!」

店長は長いため息を吐き出した後、「もういいわ」と投げ捨てるように言った。

「それ、貸して」

店長は、蟻宮が持っていた書類をもぎ取り、封筒の中から履歴書と住民票を出してバインダーに挟んだ。

「あなた、採用ね」

「え?」

「ここで働きたいなんて奇特な人が、これから先、現れるとは思えないし、ここの仕事なんて誰でもできるからさぁ」

「え?え!?」

「悪い人じゃなきゃ、誰でもいいわ、ホント。できれば、わたしと店長、変わってくれないかなあ?わたしは、こんなところで人生すり潰したくないのよ!」

「や、それ、無理」

「あ~~~~~~~~~~~~~も~~~~~~~~~~~~~~!」

店長はテーブルに突っ伏してしまった。


こうして蟻宮のカフェ・ミストラルへの採用が決まったのだった。

「とんでもないセリフって何?」そう思ったあなたは正解です!

ごめん、入りきらなかったw

よかったら第2話も読んでね!

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