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第八話

 アルフレッドは、父や貴族の子弟らと宮廷の敷地に内にある森へ狩りに出かけていた。


「良い狩猟日和となりましたね父上」


「全くだ。鹿の大物を狙うか」


 アルフレッドとマクシミリアンは言葉を交わし、森に分け入っていく。


 他にアーロン、クリストファー、マイルズと言った公子らがいる。


「それにしても皇太子殿下、あのアリーサとかいう女神ですが、本当にかの娘を婚約者として迎え入れるおつもりか」


 アーロンの言葉に、アルフレッドは肩をすくめる。


「少なくとも、彼女は本気らしいからなあ」


「そは申しても」クリストファーが言った。「帝室の血統は伝統ある我ら貴族の中から選ばれるべきではありませんか。何と言っても、こう申しては何ですが、次代の帝位継承権を持つのは殿下しかおりませんからな」


 マイルズも口を開いた。


「左様ですな。殿下の他に年長の皇子がいるならともかくとして。今は殿下のみ。それをあのような得体の知れない神を名乗る娘を皇妃に迎えるというのは、我ら帝国貴族の間では、懸念の声が上がっておりますこと、殿下もご存じのはず」


「まあ私も何も考えなくもない。とは言え、今のところアリーサを拒む明確な理由もないしな」


「ですが……」


 そこでマクシミリアンが若者たちの声を遮った。


「声を低く。大鹿だ」


 一同姿勢を低くする。草の間から大鹿を確認する。


「余が仕留めて見せよう。見ておれ」


 マクシミリアンは銃を構えると、引き金を引こうとした。その時である。緑色の深い霧が急に立ち込めてきて、視界が遮られた。


「何だこの霧は」


 どこからともなく女性の笑い声が聞こえてくる。その声は反響してアルフレッドらを幻惑する。


 おいでなさい……さあ……武器を置いて、おいでなさい……。おいでなさい……。


 アルフレッドらは銃を落とすと、ふらふらと霧の奥へと歩き出した。


 そうして、五人の姿は霧の中へ消えた。



 宮中では、五人が狩りの時間をとっくに過ぎても帰ってこないことで騒ぎになりつつあった。


 近衛隊長カーティスは、連隊を率いて森に向かうことになる。


「皇帝陛下! 皇太子殿下! いずこにおわす!」


 近衛兵たちは大きな声を出して行方不明になった五人を捜索する。


「カーティス隊長!」


「どうした」


「銃が五丁、草むらに落ちておりました」


「何?」


 カーティスらは現場へ向かった。


「こちらです」


 部下の案内で、カーティスは銃を確認する。


「一体何事が起きたのか……」


 カーティスは周辺を重点的に調べ上げるように命令を下す。



 その頃、霧の中へ誘われた五人は、森の異空間において、美しい女性の姿をした精霊ドライアドの接待を受けていた。


「いやあ、最初は何事かと存じたが、よもや宮廷の森にかような精霊が宿っているとは知らなかった」


 マクシミリアンは言って、ワイングラスをあおった。


「私もこのような所に精霊がいるとは驚きました」


 アルフレッドは不思議な味のする果実を口にした。


 クリストファー、アーロン、マイルズらもワインと不思議な果実を食しながら、目の前のドライアドの美しさに目を奪われていた。


「かような美貌、見たこともございませぬな」


「いや、全くだ。森の精霊とは、かくも麗しきお方であったか」


「それにしても、何故私たちをお招き下さったのか」


 すると、ドライアドは微笑んだ。


「実を申しますと、私はもうすぐ枯れ果ててしまう身なのです。ですから、子孫を残すために生き物の精気が必要なのです」


 一同凍り付く。


「つまり……我々の命が必要と言うわけか」


 マクシミリアンの声は鋭かった。


「そう怖い顔をなさらないで、冗談ですわ」


「そろそろ帰してもらえないだろうか。捜索隊が出ているに違いない」


 アルフレッドは言った。


「それもまた冗談ですわ。せっかく取り込んだ殿方をそう簡単に帰すわけにはいきませんの」


 ドライアドは手をかざした。すると、アルフレッドらを取り囲むように大地から多数の小さなドライアドたちが出現した。


 遊ぼう! 遊ぼう! 遊ぼう! 遊ぼう!


「こ、これは……!」


「命までは頂戴しません。ですが、エネルギーを頂きますわ。死なない程度に。ふふっ」


 万事休すか……。誰もが諦めかけたその時。


 凄まじい轟音がして異空間が震動した。


「何だ!?」


 ドライアドは振り仰いだ。再び轟音がして、空間にひびが入り始める。


「馬鹿な! こんなことがっ」


 そして、三度目の衝撃で、異空間は砕け散った。


 白い光をまとって現れたのは、アリーサであった。


「アルフレッド! 父君! ご無事ですか!」


「アリーサ!」


 女神は五人の無事を確認して、踏み出してきた。


「お、お前は何者だ」


 ドライアドは狼狽えていた。


「森の精霊ね。全く、人騒がせなこと。私は女神のアリーサ。悪いけど、その方は大事なお方なの。返してもらうわ」


「女神……? なぜ女神が人間を助ける?」


「その方は私の婿殿なのよ」


「何だと? 人間を?」


「そういうわけだから。宮廷の森で貴人を狙うのは止めてくれる?」


 ドライアドは恐れをなした様子であった。


「女神様のお連れとは知らず……どうかお許しを……この通り」


「分かってくれればいいのよ」


 そうして、ドライアドは姿を消した。


 アリーサはアルフレッドの胸に飛び込んだ。


「無事だった? 何かされてない?」


「何とか間に合ったよ。もう少しで精気を吸われるところだった」


「きっともう大丈夫よ。あのドライアドは二度とこの森にはやってこないわ」


「君がいてくれて助かったよ」


 アルフレッドはアリーサの手を取った。アリーサはアルフレッドの視線に上気した。


「そ、そんな……私は出来ることをしただけよ。当たり前のことよ」


「いや、真に助かったアリーサ殿」


 マクシミリアンも礼を言った。


「とんでもありません父上」


 やがて近衛隊がやってきて、五人の身柄を確保する。


「さて、と。じゃあ帰るとしようか。アリーサの手料理が食べたいよ」


「じゃあ私張り切っちゃう」


 そうして、一行は近衛隊に守られながら宮廷に帰還するのであった。


 了

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