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第六話

 アルフレッドは宮廷に戻ると、父と母にことの顛末を聞かせた。アンジェリアはめまいを堪えるかのように眉間に手を当てた。マクシミリアンは安堵の息を漏らした。


「ま、何だな、神の怒りを買わずに済んだだけ良かったのかも知れん」


 するとアリーサが言った。


「とんでもございません父君。兄の恥ずべき行為をどうかお許し下さい」


「許すも何も……。まあ、もう終わったことです」


「父君って……。あなた、今更済んでしまったことを言っても詮無きことだけれど、神を受け入れたのは得策とは言えなかったのではなくて?」


「ああ。確かに今更言っても仕方のないことだな」


 と、そこへ一人の男が現れた。宮廷お抱えの錬金術師ジェラルドである。


「これは皇帝陛下、皇妃陛下。丁度良かった。例の品が完成しましたぞ」


「まあ、それは本当?」


 アンジェリアはジェラルドの手を取ってその瞳を覗き込んだ。


「少なくとも、効果のほどは確認済みでございます。ただまあ、何と申しますか、反応にむらがあるようでして」


 そこでマクシミリアンが言った。


「アンジェリア、何の話だ」


「ふふ……。あなたにも秘密ですわ」


 その様子を見ていたアリーサは、ジェラルドの心を読んだ。惚れ薬。ジェラルドは惚れ薬を作り出したという。何ということだろう。それをアンジェリアは皇帝に使って反応を見る気のようだ。だが……。


「これは無視できない情報ですわ」


 アリーサは密かに呟いた。アルフレッドの横顔を見て、アリーサはくすっと笑った。絶対に手に入れなければ。


「ではひとまずこれで。皇妃陛下、では後ほど」


 ジェラルドは退室していった。アリーサはその後を付けなければならなかった。


「アルフレッド」


「うん?」


「私、ちょっと、散歩してきますね。気分転換に」


「ああ。じゃあまた後で」


「ええ」


 そうして、アリーサは気配を完全に消して、ジェラルドを追った。程なくして、ジェラルドは自分の実験室に入って行った。アリーサは咳ばらいをすると、ドアをノックした。


「どなたですかな」


「アリーサです」


「ああ、どうぞ」


 アリーサは実験室に入った。異臭が鼻をつく。アリーサは我慢してジェラルドの姿を探した。


「アリーサ殿ですな」


 アリーサのすぐ横にジェラルドはいて、この女神を驚かせた。


「あ、どうも……。ジェラルドさん」


「アリーサ殿と言えば、最近アルフレッド殿下と浮名を流しているとか何とか」


「ほとんどデマですわ。確かに私は殿下を愛してはいるけれど」


「それは結構ですな。それで、このような場所へ何用ですかな」


 ジェラルドは釜の中の液体をかき混ぜながら、問うた。


「あなたが惚れ薬を作っていると聞いて」


 そこで、錬金術師の瞳がきらりと光った。


「どうやってそのことを……いや、そうか、神にとって人の心を読むことなど造作もないこと」


「ごめんなさい。さっきつい、あなたの心を読んでしまって……」


 ジェラルドは吐息した。


「それで……目的は惚れ薬ですな」


「ええ。そのお薬、私にも分けて頂くことは出来ます?」


「断るという選択肢はないのでしょうな」


 ジェラルドが諦めたように肩を落とす。


「ジェラルド様、私、決して悪用しようなんて思っていませんわ」


「ま……どちらにせよ選択肢はないのでしょう」


 そう言うと、ジェラルドは部屋の奥の棚から瓶を一つ取り出した。


「これが惚れ薬です。よろしいですか。これを飲んでから、最初に見た異性のことを好きなる薬です。効果は二十四時間」


「まあ。素晴らしいですわ。それ、頂けますの? 皇妃陛下のことは?」


「まだ予備がありますから。どうぞお持ちください」


「ありがとうジェラルド様」


 アリーサはジェラルドの頬にキスをすると、部屋から出ていった。



 翌日、鼻歌を歌いながら、アリーサはアルフレッドのもとへ向かう。


「そうだわ、二人きりのピクニックにお誘いしよう。邪魔が入るかも知れないもの」


 アリーサは名案が浮かんでアルフレッドのもとへ急いだ。彼女は一度家に帰ってからお弁当を作ると、お昼になる前に皇子のもとを訪問した。アルフレッドはまだ昼食をとっていなかった。


「アルフレッド」


「やあアリーサ」


「ピクニックへ行かない? 今日はお弁当を作ってきたの」


「そいつは楽しみだな。いいとも。行こうか」


 二人はまた庭園に出て、アリーサの弁当を食べながら雑談を交わし始めた。


 そして、アリーサはいよいよことに及ぶことにする。惚れ薬入りの紅茶をアルフレッドに勧める。これで二十四時間彼を独占出来るわ。アリーサは内心歓喜に震えていた。アルフレッドは何の疑問も抱くことなく惚れ薬入りの紅茶を飲み干した。


 アルフレッドは紅茶を飲むと、視線を泳がせた。そこで目に飛び込んできたのが、庭園を掃除していたメイドの娘エイミーであった。アルフレッドは雷に打たれた様にエイミーに釘付けになった。


「は?」


 アリーサはアルフレッドの視線の先を見やる。メイドが掃き掃除をしている。まさか……。アルフレッドは立ち上がると、エイミーのもとへ駆け出した。


「ちょっと! アルフレッドどこへ行くの!」


 アルフレッドはエイミーの手を取ると、真剣な眼差しで彼女を見つめる。


「皇子殿下……あの……私に何か御用でしょうか?」


 エイミーは怯えていた。


「怖がることはないよエイミー。私はそなたを妃に迎えようと思う」


 アルフレッドの言葉にエイミーは愕然とした。お遊びにしては笑えないジョークだ。


 アリーサは二人の間に慌てて飛び込んで、彼らを引き離そうとする。


「アルフレッド! 私を見て!」


「すまないアリーサ、私は今、エイミーのことしか考えられない」


「駄目!」


 アリーサは痺れ光線をアルフレッドに叩き込んだ。皇子が地面に崩れ落ちると、アリーサがエイミーの手を取って上空に舞い上がった。そして、彼女に惚れ薬のことを話した。


 エイミーは話の筋をすぐに理解した。


「では明日の昼まで、薬のせいで殿下は私に好意を寄せるということですか?」


「そう言うことなのよ。あなた、今日はお帰りなさい。このまま家まで送ってあげるわ」


「ことがことだけに仕方ありませんね……。分かりました。ではお願いします」


 そうして、アリーサはエイミーを自宅まで送り届けた。


「全くとんだことになってしまったわ。まさかメイドを好きになるなんて」


 アリーサは苛々して吐息した。庭園に戻ったが、アルフレッドの姿が見えない。お弁当はそのままであったが、紅茶を入れた魔法瓶が無くなっている。


「惚れ薬が……誰かが持っていった?」


 とにかく、今はアルフレッドを探さないと。アリーサは宮廷内に戻った。しかしどうも様子が変だ。あちらこちらで仕事もせずに男女のカップルがくっついている。


「まさか……」


「アリーサ!」


 声の主はクレアであった。クレアは魔法瓶を持っていた。


「クレア……まさかあなた」


「さっきあなたがエイミーに話していた惚れ薬のこと聞いちゃった」


「じゃああなたが?」


「これ面白いわね。惚れ薬なんて眉唾ものだと思っていたけど」


「全部使ったの!?」


「えへ。ええ。全部使っちゃった」


「アルフレッド知らない?」


「エイミーを探しに町へ向かったみたいよ」


「全くもう!」


 アリーサは町へ飛んで行った。


 クレアはその様子を見て口許を緩めた。



 町の上空を飛び回っていたアリーサは、人々に尋ね歩いているアルフレッドを発見した。


「アルフレッド、見つけた!」


 皇子は誰彼構わず問うていた。


「誰かエイミーを知らないか。宮廷で働く使用人だ」


「で、殿下、申し訳ございません。存じ上げませぬ……」


「アルフレッド!」


「ああ、アリーサ、さっきのエイミーを探しているんだ。君、知っているんだろう?」


「とにかく、王宮に戻るのよ」


 アリーサは強引にアルフレッドを掴んで上空に舞い上がった。


「エイミー! 必ず君を見付けて連れ戻すぞー!」


「何てこと……大失敗だわ……どうしてこんなことになっちゃうのかしら。うまくいくと思ったのに……」


「エイミー!」


「アルフレッド! うるさい!」


 そのころ王宮ではクレアのいたずらでカップルがあちらこちらで誕生して、仕事どころではなくなっ


ていたのだった。


 了

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