第四話
「何だここは?」
アルフレッドは目を覚ました。周囲には令嬢たちも倒れているが、彼女達も目を覚まし始めている。
不可思議な景色だ。空は虹色で、大地も虹色、それに散見される草木も虹色だった。
「これが夢幻回廊か……」
「アルフレッド様!」
令嬢たちが駆け寄ってくる。
「殿下! ご無事なのですね!」
「ああ、まあ無事なんだけど……どうやら夢幻回廊とやらに放り込まれたようだ」
「あの女……! 許せないわ!」
「そうですわ! 帰ったらこの報いは受けさせる!」
そうよそうよ! 何が女神よ! ふざけるんじゃないわ!
アルフレッドは何とか令嬢たちを落ち着かせる。
「とにかく、ここを出る道を探そう。アリーサだって、まさか永遠に閉じ込めようと思ったわけじゃないはずだ」
「どうだか。でも、アルフレッド様を巻き込むのはあの女の本意ではなかったはず。殿下を探しにやってくるかもしれませんわね」
セシリアが言うのに、令嬢らも頷く。
「とにかく、手分けして手掛かりを探そう。全てはそれからだ」
彼らは分散して周囲の探索に向かった。
どこまでも続く虹色の大地と森。最初はすぐにでも出られるのではないかと言う期待から足も速かったが、数時間経っても何も成果が得られないと、令嬢たちは疲れて坐り込んでしまった。
「少し休憩しよう。この世界には水もないのかな……尤も、人間が食べられるものなんてないのかも知れないな」
しばらく彼らは休んでいたが、そこへ訪問者がやってくる。
巨人だ。五メートルはあるだろうか。
令嬢たちの中には巨人を見て気を失ってしまうものがいて、彼女らを放置しておくわけにもいかなかった。
巨人は彼らのところまでやってくると、見下ろして口を開いた。
「なあんね、こんなところに小さき人がいるかね」
「言葉を放すのか」
アルフレッドは警戒しながらも、巨人に話しかけた。
「あなたはここの住人か」
すると、巨人は頷いた。
「仰る通り、あっしはここの住人クリストッフェルだ。あんたらどこから来たね。人間が自分たちの力で来るのは不可能なはずでし」
そこでアルフレッドは巨人に経緯を話した。
「クリストッフェルとやら、ここから出るにはどうしたらいいんだ」
「そいつは、幻の扉を探さないといけねえな」
「幻の扉? それは何だ?」
「一定時間の間、この夢幻回廊に現れる扉だね。そこから元いた世界に帰ることが出来る」
「で、卿にはその心当たりはあるか」
「無いでもないがね」
「では案内してくれ」
クリストッフェルは思案して、「ま、いいか」と頷いた。
「ついてきなされ。わしは幻の扉の位置を正確に掴んでいるけえの」
そう言うと、巨人は首から下げた珠を持ち上げた。
「また扉が移動したようだな。こっちだ」
クリストッフェルは歩き出した。
「信用できますの? あの魔物を」
キャサリン侯爵令嬢が囁く。
「信用するしかないだろう」
アルフレッドは肩をすくめた。そうして、気を失った令嬢たちを起こして、彼らは巨人の後を追った。
その頃、アリーサとコーディはさしたる手掛かりもなく、回廊の中を探索していた。
「何という世界だ……」
コーディは呟きながら歩調を速める。
アリーサは上空を飛行して、アルフレッドらを探していた。
そうして、アリーサがクリストッフェルを発見する。巨人の後からみんなが歩いている。幻の扉に向かっているに違いない。アリーサはそのことをコーディに告げる。
「分かりました! 良かった! 急ぎましょう!」
二人は急いだ。
「見えてきたべ」クリストッフェルが指差す。「あれが幻の扉だ」
白亜の大理石で出来たようなアーチが見える。アーチの向こうは光にあふれている。
「みんな! 帰れるぞ!」
アルフレッドの声に、令嬢たちから歓声が上がる。
「クリストッフェル、本当に助かった。何と礼を言えばいいか」
「ま、これも人助けのうちだね。礼など無用」
そこへアリーサとコーディがやってきた。
「みんな! 無事だったか!」
大公子はみなに駆け寄る。
アルフレッドはその後ろで浮かんでいるアリーサに声をかけた。
「アリーサ、君も来ていたのか」
「ごめんなさいアルフレッド様。……悪気はなかったんですの。ただちょっと苛ついてしまって」
「あんまりみんなを怖がらせるなよ」
「アルフレッド様」
「さあ、君も帰ろう」
令嬢たちの刺すような視線を受け流しながら、アリーサはクレアたちに微笑んで見せる。
「良かったですねみなさん。帰ることが出来て」
「あなたねえ、怖いものなしなんでしょうけど……」ライラ侯爵令嬢は言って吐息した。「でも、あんまり喧嘩ばかりしたって仕方ないのかもね」
「そうですよ。皆さん仲良くしましょう」
クリストッフェルがそこで言った。
「早くしねえと、また扉が移動してしまうだ。帰るなら早くした方がいい」
「有難うクリストッフェル」
アルフレッドは言って、幻の扉をくぐった。
アルフレッドは先刻アリーサとピクニックをしていた庭園に帰還した。他の令嬢も、コーディとアリーサも帰ってきた。
「何とか帰ってこれたか。やれやれだな。アリーサ、もうこんな真似はしないでくれよ」
アルフレッドは婚約者に言った。
「はーい、ごめんなさい、旦那様」
旦那様!? また令嬢たちが気色ばむ。
アリーサはアルフレッドに抱きつくと、頬にキスした。
「全く……苛つくわねえ……。はあ……でも何だかどうでも良くなってきちゃった」
クレアが言ってこめかみをさすった。
「アリーサ」クレアは言った。「アルフレッドとばかり仲良くしてないで、私たちの方にもいらっしゃいよ。サロンでお茶でもいかが?」
すると、アリーサは見開いた。
「まあ、誘って下さるの? 嬉しい」
「あなたが神だとかそんなことはどうだっていいわ。殿下の婚約者になるなら、宮廷人として、看過できないのよね。それに、まだ私たちもあなたに負けたわけじゃないし」
「あら、怖いこと仰るのね」
「行きましょう。でも魔法は無しよ」
「分かってますよ」
アリーサはくすくすと笑ってクレアたちと一緒にその場から立ち去った。残されたアルフレッドとコーディは、向き合うと、肩をすくめた。
「これで一時停戦かな」
「さてね、僕としては、恒久的な平和を望みたいところではあるんだがね」
「全くだ。おい、サンドイッチがまだ残っているじゃないか。俺は何だか腹ペコだ」
「僕もだよコーディ」
二人は雑談を交わしながら、サンドイッチを食べて恒久的平和について語り合うのだった。
了