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第三話

 神々に家が与えられたことは貴族たちに波紋を投げかけた。邸の価値にではなく、得体の知れない神を名乗る者が帝都に住まい、そのうち一人がアルフレッドを婚約者にと申し立てているのだ。そもそも、神ならば、地上に住まうことを由とするだろうか、人間の心など自在に操ることが出来るのではあるまいか、皇家は神の傀儡になるのではないか。だとすれば、帝国は神を名乗る者たちに乗っ取られることになりはすまいか。そうした疑念が、貴族たちの間に急速に蔓延していた。だが、近衛隊の銃も通用しない傍若無人な輩相手に迂闊に手を出しようがないのも事実であった。


 当のアルフレッドは、一応の落ち着きを見せてはいて、アリーサともうまくやっていた。二人は庭園にいて、ピクニックをしていた。


「アルフレッド様、今日はサンドイッチを作ってきました」


「へえ……何だか変わった具材みたいだね」


「はい。この世界ではちょっと難しいかもしれません。これがツナマヨネーズサンド、これがレタスとハムのサンド、こっちはコールスローサンド、それからこれがチキンの照り焼きとトマトのサンド、でこれがトンカツサンドです」


「ふーん……聞いたこともないものばかりだね。具材はどうやって集めたの?」


「他の星々を回って手に入れてきましたの」


「他の星々……」


 アルフレッドは苦笑した。もはやこの女神のすることにいちいち反応していては神経が持たぬ。


「さあ召し上がれ」


「うん」


 アルフレッドはトンカツサンドに手を伸ばした。一口食べる。体験したことのない美味が口の中に広がる。


「美味しい!」


「良かった。お口に合いました?」


「こんな美味しいものは食べたことないよ」


「紅茶も淹れてきました」


 アリーサは魔法瓶の水筒を取り出した。アルフレッドは魔法瓶を見て「何それ?」と問うた。


「これですか? これは魔法瓶と言って、保温が利く入れ物なんです」


「ふーん……やっぱり神様の文明は進んでるんだね」


 アルフレッドはそれからサンドイッチを食べ、アリーサと雑談に興じた。


 と、そこへ大公ブランドンの長男コーディが姿を見せる。


「やあアルフレッド」


「やあコーディ」


「どこで何をしているかと思えば、婚約者とピクニックか。いい気なものですな。宮廷は混乱しているというのに」


「アルフレッド様、こちらの方、どなたですの?」


「ああ。こいつはコーディ。大公の長男さ。まあ僕の従兄だな」


「まあ、それでは私にとっても大切な方ですね。コーディ様、サンドイッチをいかがですか?」


「む……ま、まあ頂きましょうか。女神の好意を無に帰するわけにもいきませんしね」


 コーディはサンドイッチを食べて衝撃を受けた。


「いかがですか?」アリーサは微笑んだ。


「お……美味しいです。一体これは……」


 コーディはアリーサを見つめるが、女神は微笑むばかり。コーディは全身が熱くいなるのを感じて視線をそらした。


「美味いだろ?」


 アルフレッドは言って、またサンドイッチに手を伸ばす。


 三人の空気はぎこちなかったものの、徐々にサンドイッチ効果もあってでほぐれていった。


「いやあ、しかし、幾ら皇子だからと言って、アリーサ様はアルフレッドしか目に入らないのですか? 宮廷には神の寵愛を喜ぶ男はいくらでもいますよ」


「まあそんな。私たちの交際は清いものですよ」


「コーディ、滅多なことを言うものじゃないよ」


「あ、ああ……これはしまった。私としたことが。失言をお許し下さい、アリーサ様」


 コーディが謝罪すると、アリーサは笑った。


 しかし、次に現れたのは、殺気立った一団だった。宮廷の令嬢たちが銃を持って押し寄せてきたのである。クレア公爵令嬢を始め、セシリア公爵令嬢、キャサリン侯爵令嬢、ライラ侯爵令嬢などなど、他にも伯爵家以下、帝国の名家の令嬢たちの集団であった。彼女たちは、拳銃の銃口をアリーサに向けていた。


 クレアが先頭に立つと、口を開いた。


「神を僭称する妖怪女! 殿方達の眼は誤魔化せても、私たち帝国貴族の目は誤魔化せないわよ!」


 そうよ! この妖術使い!


 アルフレッドと、コーディは慌ててその場を取り繕う。


「まあみんな! 落ち着こうよ! まずはそんな物騒なものはしまい込んで。ね? ほら」


「とんでもない。ね? じゃございませんわ殿下! 私たちはその女の姿をした奸賊を痛めつけないと気が済みませんの!」


 令嬢たちの殺気は本物だ。こいつはやばい。すると、アリーサはアルフレッドとコーディの制止をよそに、銃口の前に立った。


「みなさんとは仲良くしていきたいのですけれど……それは無理な相談なのでしょうか?」


「仲良くですってえ?」セシリアが激発した。「皇子殿下のみならず大公子殿下まで誑かすなんて……許せないわ! みんな! この不貞な女に思い知らせてやるのよ! 銃は通じないそうだけど、痛みぐらいは感じるんでしょう! 撃て!」


 拳銃が火を噴いた。何十発もの弾丸がアリーサを襲う。アルフレッドは女神の名を呼んだ。


 果たして。


 何と、銃弾は全てアリーサの前で静止して、空中に浮いていた。


「な、何ですって!?」


 令嬢たちは驚愕する。これが神の神通力か。銃弾はパラパラと地面に落ちた。


「少し、むかっときましたわ」


 アリーサは言うと、手をかざした。


「出でよ夢幻回廊!」


 すると、突如として空間が虹色に変色し、ぐるぐると回転し始めた。そしてその空間は令嬢たちを飲み込んだ。


 アルフレッドは咄嗟に駆け出して、クレアの手を取った。直後にアリーサは腕を振り上げた。アルフレッドも吸い込まれる。令嬢たちの悲鳴が響く。


「アルフレッド様! いけない!」


 しかし、虹色の空間は令嬢たちとアルフレッドとともに消滅した。


 コーディは腰を抜かした。


「アリーサ! 君何をしたんだ!」


 大公子は女神の腕を掴んだ。


「いえ……ちょっとの間だけ、女性たちを異空間に閉じ込めてしまおうと思ったんですけど……まさかアルフレド様が……」


「みんなは生きているんだろうね!」


「勿論です」


「今すぐ呼び戻して」


「それは出来ません」


「出来ないって、どうして」


「向こうから自力で異空間の扉を開いてもらうしか夢幻回廊から出る方法はないんです」


「全くもう君って子は……」そこでコーディは思い立った。「その夢幻回廊に、僕たちも後を追うことは出来るかい?」


「それは何とも……異空間は無限の広がりを持っていますから」


「でも行かないと。みんなが消えてしまったことが発覚したら大騒ぎになるよ。アリーサ、僕らも行くんだ」


 コーディの真摯な瞳に、アリーサは折れた。


「分かりましたコーディ様。そうまで仰るなら」


 そうして、アリーサとコーディも夢幻回廊へとみんなを追った。



 続く

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