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第二十三話

 宮廷で皇帝一家が家族の時間を過ごしていた。マクシミリアンは新聞を読んでいて、アンジェリアとアルフレッドは紅茶を飲んでいた。時折会話を交わしながら、家族は静かなひと時を過ごしていた。


「家畜の大脱走が各地で頻発しているそうだ」


 マクシミリアンが言った。


「家畜が暴走しているとおっしゃるの?」


 アンジェリアの問いに皇帝は「ああ」と頷いた。


「だんだん帝都にも近づいている。警戒が必要かも知れん」


「しかし……家畜がなぜ暴走を開始したのでしょうか?」


 アルフレッドの問いにマクシミリアンは唸るように吐息するのみだった。


 と、そこへアリーサが入ってきた。


「皇帝陛下、皇妃陛下、皇太子殿下」


「おお、女神殿か。ご機嫌いかがですかな」


「おかげさまをもちまして、最近はよろしく過ごしております」


「アリーサ神、あなたが本気であることは分かりましたが、私は戸惑っていますよ」


 アンジェリアの言葉にアリーサは頷いた。


「それはむしろ当然でしょう。帝室に関わることですから。私も先を急ぐつもりはありません」


 そう言って、アリーサはアルフレッドに会釈する。女神の意図を察して皇子も笑みを浮かべて軽く頷く。


「ところで」とアリーサは話題を転じた。「昨今帝国内で家畜が脱走している件をご存じでしょうか?」


「無論知っているよ女神殿。各地の家畜暴走はこの帝都にも近付いている。まさか帝都の家畜まで暴走するとは考えたくはないが……」


「残念ですが陛下。家畜が暴走するのは時間の問題です」


「何ですと? それは一体……」


「家畜の神がこの一件に関わっているのです。その神は動物たちに生きる権利を説き、家畜たちを覚醒させてしまったのです。人間に食われるだけの存在に反旗を翻したのですわ」


「何だいそれは、家畜の神だって?」


 アルフレッドは呆気にとられた。


「間もなく帝都でも家畜たちの暴走が始まるでしょう。それを押さえることは不可能ですわ」


「そんな馬鹿なこと……」


 アンジェリアは言葉を失う。


 そこへ近衛隊長カーティスが駆け込んできた。


「陛下! 申し上げます! 帝都周辺の家畜たちが暴走を開始、一路、帝都中枢に向かっているとの報告が入って参りました! 準備は出来ております! 何卒ここから避難を!」


 皇帝はしばらく呆然としていた。


「父上、母上、お先に避難して下さい。私はアリーサと共に状況を見て参ります」


「どうする気だ?」


「まだ分かりませんが。アリーサ、私を空から連れて行ってくれ。現場を見たい」


「承知しました殿下」


 そうして、アリーサはアルフレッドの手を取って飛び立った。


「では我々は避難するとしよう。アンジェリア、行くぞ」


 皇帝と皇妃はカーティスの案内で宮廷から脱出する。



 アルフレッドとアリーサは帝都郊外に向かった。


「アルフレッド! あそこ!」


「むっ」


 眼下にはいよいよ本格的に暴走を開始した家畜の群れたちが帝都へと押し寄せようとしていた。


「アリーサ、あれを止める方法はないのか?」


「ただ一つ、あるとすれば……」


「何だ、あるのか」


「家畜の神様に談判することね」


「神様って、お前たちが暮らしている神界とやらに行かねばならんのか?」


「いいえ、多分この暴走のどこかにいるはずよ」


「しかし、どうやってこの群れの中から見つけ出すんだ」


「そう難しくはないわ。家畜の神は金色に光る牡牛の姿をしているの」


「よし、ではその神に談判するぞ」


「ただ、うまくいくとは限らないわ。家畜の神は人間を信用していないから」


「ではアリーサ、君が話してくれれば」


「無理よ。神は対等よ。他の神の請願なんて受け入れないわ」


「じゃあどっちにしても俺がやるしかないってわけか」


 それから二人は暴走家畜の大軍の上空を飛び回り、家畜の神を探した。そうこうする間に、全国から集まった家畜の軍団は帝都を包囲して突進を開始している。人々はパニックに陥り、市街地は家畜に踏み荒らされていく。


「くそ……どこだ、どこにいやがる家畜の神とやら」


「アルフレッド! 見つけた! あそこ!」


 金色に光る牡牛が、暴走集団の先頭にいて家屋をなぎ倒す勢いで進撃していた。


「降下しろ! アリーサ!」


 アリーサは家畜神の前方に降下した。アルフレッドは家畜神の目を見て言った。


「家畜の神よ! 鎮まれ! 鎮まり給え!」


 しかし家畜神はアルフレッドなど一顧だにせず、突撃を止めない。


「止むを得ん……アリーサ! 痺れ光線だ!」


「仕方ないわね……ごめんなさい!」


 アリーサは金色の牡牛に痺れ光線を撃ち込んだ。さすがの家畜神がのたうち回って倒れた。


「家畜の神よ。どうか許して欲しい。だが、私の話も聞いて欲しい」


 アルフレッドは家畜神に接近する。すると、よろめきながらも家畜神は立ち上がり、アリーサを見据えた。


「その女、人間ではないな」


 家畜神はそれからアルフレッドを見た。


「わしは人間の戯言に付き合うほど愚かではない。全世界の家畜の悲鳴が、私を突き動かしたのだ。人間滅ぶべし」


「神よ。家畜は私たちにとって必要なものだ。家畜なくして我々の食料は生産できない。確かに命を奪う行為が神の逆鱗に触れたのならそれは甘受しよう。だが、これは食物連鎖の成り行きであって、我々もまた太古の昔であれば狩りをしていた。我々も自然淘汰の波に晒されてきた。だがそれを生き抜き、進化を遂げてきたのだ。家畜は友であり、そして今となっては我々人類にとっては必然の必要不可欠な物だ。どうか神よ、我々の罪を認め、そして受け入れて欲しい。どうか鎮まり給え」


「…………」


 家畜神はしばらく沈黙していた。そして言った。


「言いたいことはそれだけか人間よ。どのように正当化しようと、お前たちにとって家畜は家畜。綺麗事を抜かすな。たわけが!」


 そして家畜神は天に向かって咆哮した。暴走する家畜の大軍は帝都中枢へ爆走していく。


「解き放たれし家畜たちよ! 人類の根拠地、帝都を破壊せよ!」


 それからおよそ四十八時間、家畜たちの怒涛が帝都を踏み潰した。


 それが終わると、家畜たちの興奮は鎮まり、どういうわけかめいめいに故郷への帰途へとついていった。


「どうなったんだ?」


 アルフレッドは、民家の屋根からその様子を眺めていた。


「家畜神が眠りについたようね。あれ見て」


「ん?」


 アリーサが指さした先、眠りについた家畜神がふわふわと空へと舞い上がっていく。それはやがて宇宙空間に出ると、この惑星から急速に離脱していった。


「何で?」


「分からないけど……多分エネルギーを使い果たしたのよ。永い眠りにつくでしょうね」


「そいつはありがたい」


「家畜たちも理性を取り戻したわ。みんな帰っていく」


「終わったのか」


 二人は言葉もなく、ただ、去り行く家畜たちを見送るのだった。


 了

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