第二話
宮廷内では皇子アルフレッドが神と称する娘と婚約するとの噂で持ちきりだった。アルフレッドはやや居心地の悪い空気の中を歩いていた。
「全く……昨日の俺はどうかしていたな……。あの女神のキスとやら、用心しないと」
と、ひそひそ話をしていたメイドたちが慌てて散っていく。
「そう邪険にしたものでもないだろうに……。まあ殿下純粋なのですね、とか、それくらい言ってくれても良いじゃないか」
そこでアルフレッドの背後から声がした。
「まあ殿下、純粋なのですね」
アルフレッドは振り返った。公爵令嬢のクレアがいた。
「クレアか……。いつの間に後ろにいたんだ」
「まあ、殿下、純粋、なの、ですね」
「何だ君、怒ってるのか」
「怒ってませんわ」
クレアはぷりぷりして言った。
「どう聞いたってその声は怒ってるじゃないか」
「あらそうですか? だったら私、よっぽど嫉妬心が強いことを再確認したのですわ」
「昨日の女神の件なら、あれは事故だよ。女神のキスは魔法の力を持っている」
「あれが全部魔法の力だとおっしゃるの?」
「そうさ、俺は無実だ」
「あら、弁明なさる必要があるのですか? それって、私に気を遣って下さっているの?」
「そう言う言い方をしていたら喧嘩になるだろう」
「そうですわね!」
クレアはそっぽを向いてしまった。アルフレッドは肩をすくめてその場から離れた。
皇子は庭園の一角のベンチに腰を下ろすと、吐息した。その時だった。空から四つの光が降ってくる。アルフレッドはひっくり返りそうになった。
「何だ?」
光の中から、アリーサの他に三人の神が姿を見せる。
「アルフレッド様」
「き、君、アリーサ」
「今日は私の家族を連れてまいりましたの」
「家族?」
アルフレッドは、アリーサの背後に立つ三人の神を見やる。一人は偉丈夫、もう一人は美しい大人の女性、もう一人は青年だった。アリーサは彼らを紹介する。
「父のユリウス、母のシルヴァ、兄のヴィサです」
アルフレッドは呆気に取られていた。
「あ、あの……」
ユリウスがアルフレッドの手を取って皇子を立たせた。
「ユリウスだ。そなたが婿殿か。成程、アリーサが探しただけあって、中々の男前だな」
「ど、どうも」
「この度は娘が勝手に押しかけてしまって、申し訳なく思っています。でも、この子ったら、あなたを見付けるなり、飛んで行ってしまって。一目惚れというものですわ」
シルヴァが言ってお辞儀する。
「これはどうも」アルフレッドもお辞儀してしまった。
「これからは君の義兄と言うことになるのかな。ヴィサだ。よろしく婿殿」
「は、始めまして」
アルフレッドはどうにか気分を落ち着かせようとするが、うまくいかない。神のプレッシャーと言う奴だろうか。
そこへクレアが近衛を連れて駆け込んできた。
「殿下の危機よ! あの者たちを捕らえなさい!」
「ははっ!」
近衛兵がアリーサ達を取り囲む。アルフレッドは慌てて前に出た。
「待てみんな! この人たちは神だ! 人間が勝てる相手じゃない! 下がるんだ!」
「流石は婿殿、賢明な判断ですぞ」
ユリウスが言って、近衛たちを一瞥する。
「婿殿の言は正しい。我々に銃は効かぬ。というより、なぜ平和的な対話が望めないのだ。我々は娘の幸せを思えばこそ、このアスラミアに降り立ったのだ」
「そういうことだ。みんな、ここは退いてくれ。私のせいでけが人が出たら大事だ」
近衛たちは後退していく。
「殿下! 本当にそれで良いのですか!?」
「まあ待てよクレア。きっと時間をかければ解決できるさ。この人たちは悪い神様じゃなさそうだろう? 悪い神なら、もっと、そう、悪いことになってるはずだ」
アルフレッドはそう言って、クレアのことを紹介する。
「アリーサ、それに皆さん。こちらは公爵令嬢のクレアです。私の友人です。どうか無礼をお許し下さい」
「アルフレッド様、私たち別に怒ってませんよ。ご安心下さい。だって私たち、神ですから」
アリーサは言って微笑んだ。クレアに歩み寄ると手を差し出した。
「クレアさん、仲良くしましょう」
「うう……何なのよこの展開は……」
クレアは堪忍してアリーサと握手を交わした。アルフレッドはとにかくもこの場を収めて安堵する。
「アリーサ、君たちはどうするんだ? これからこの世界に残るのか? それともまた帰ってしまうのか?」
「お邪魔じゃなければどこかに住まいを頂けません? だってアルフレッド様は婚約者ですもの」
「わ、分かったよ。帝都の空いている邸を手配しよう。父上にも一応断りを入れておくとしよう。今からでも一緒に来るかい?」
「はい、喜んで」
アリーサは満面の笑顔であった。
マクシミリアンは休憩していて、アンジェリアとともに茶の時間を過ごしていた。そこへアルフレッドがアリーサたちを伴って現れた。
「父上、母上、アリーサと、彼女の家族がお見えになりましたので、お連れしました」
「何ですって?」
アンジェリアの瞳が殺気立った。マクシミリアンは喉に紅茶を詰まらせて咳き込んだ。
「は、母上、どうか気を静めて下さい」
アルフレッドは必死であった。神々の暴走などと言う事態を招かぬように、心を砕いていたのだ。ことは平和裏のうちに進めておかねば。
神々はマクシミリアンとアンジェリアと挨拶を交わす。そうして、アルフレッドが空き邸の件を持ち出した。
「確か、デイヴィー公が先日引っ越して、あそこはまだ空き邸ですよね。こちらの皆さんに提供してはと存じますが」
「全く次から次へと問題を持ち込んできおって」
マクシミリアンは呟いた。あの邸を購入したいという貴族たちが幾人かいるのだ。
「だがまあ仕方あるまい。神々を掘っ立て小屋に住まわせるわけにもいかん。私からデイヴィー公に伝えておこう」
「良かった。父上、有難うございます」
「わしは貴族たちからクレームを付けられるだろうな」
「すみません」
「気にするな」
そこでマクシミリアンがアルフレッドを招き寄せて声のトーンを落とした。
「ところでお前、本気でアリーサ神と付き合うつもりなのか?」
「それはまだ何とも……。ですが、またキス攻撃でもされたら、どうにもなりませんが」
「何か話してるんですか?」
アリーサがいつの間にか傍にいた。二人とも飛び上がりそうになった。
「いや、何、例の邸は人気物件ですからな。必ず気に入るでしょう。はっはっは……」
皇帝に敬語を使わせるのもこの世界には神々を置いて他にはいないであろう。
アルフレッドはアリーサたちと共に馬車に乗り、神々の住まいとなる邸へと向かった。王宮からは馬車で十分ほどである。馬車を降りると、神々は広大な邸に視線を泳がせた。
「この世界では一等地ですな。いや、かたじけない婿殿」
「い、いえいえ、良いんですよ、そんな」
触らぬ神に祟りなしと言うからな。
「内装などは変更したければお好きになさって下さい。執事や使用人を遣わせますので、身の回りのことや事務的なことは彼らに仰って下さい」
「承知した。ふむ、久しぶりだな人界で過ごすというのはな」
「全くです。しばらく羽を伸ばすとしましょうか」
そうして、ユリウス達は邸に入って行った。
「アルフレッド様」
アリーサは駆け寄ってきて、彼の頬に口づけした。
「また後で王宮に伺いますわ」
「あ、ああ……そうかい。良いんだよ別に、家でのんびりしていても」
「お邪魔じゃなければ」
「邪魔だなんて! とんでもない!」
「良かった」
アリーサは満面の笑みを残して家族の後を追った。
了