第十八話
アルフレッドは宮廷の庭園にいた。墜落してきた宇宙船を眺めていたのだ。宇宙船は真っ二つに折れて残骸と化している。
「しかしこれで宇宙を飛んできたのか」
「アルフレッド殿下」
誰かと思えば王女カイレリエスであった。服もパイロットスーツではなくこの世界のドレスを着ている。美しい、アルフレッドは思わず声が出そうになった。
「やあカイレリエス王女」
「船を見ておいでですか」
「あ、ああ……こんなマシンは見たこともないからね」
「この船ももう飛ぶことはないでしょう。動力部のコアパワーストーンも壊れてしまったし、機械部分の損傷もひどいものです。それに……」
「それに?」
「何と言っても母星が失われてしまったのですから……」
「ご家族は……やはり……」
「はい……兄と脱出するので精一杯だったのです」
「そうですか……」アルフレッドは言葉を紡いだ。「まあ、慰めにもなりはしないでしょうが、この宮廷を家だと思って下さい。必要なものは言って頂ければご用意しますから」
「ありがとうございます……」
カイレリエスは溢れる涙を抑えきれなかった。アルフレッドはハンカチを差し出す。カイレリエスは微笑んで、ハンカチを受取り、涙を拭いた。
「すみません。私ったら、何で泣いてしまったのかしら」
「私には故郷を失うことの重大性は分かりませんが……偉そうに語る資格などありません……」
「帰ることが出来なければ、私も兄も、この星での生を全うしなくては……。殿下を始め、皇帝陛下から頂いた待遇には何と感謝すればよいか」
「待遇だなんてとんでもない。宇宙人とは言え、王族だったのでしょう。賓客として遇するのは当然のことです」
「ありがとうございます……」
そんな二人の様子を茂みの中から観察している者たちがいた。セシリア公爵令嬢にキャサリン侯爵令嬢、ライラ侯爵である。
「あの宇宙人……まさか殿下に取り入る気かしら」
「このままでは帝室は侵されてしまうわ」
「最近ではクレアもヴィサ神と仲睦まじいと聞くし。このまま放置するわけにはいかないわね」
「どうすればいいかしら」
「噂を流しましょう。あのカイレリエスとか言う宇宙人と女神アリーサが殿下を巡って争っていると」
「そんな噂信じるかしら」
「噂の百や二百集まれば、事実の一つくらいにはなるわ。お父様や宮廷人たちに匿名文を送るのよ」
「それはいい考えね」
「うまくすれば殿下からあの女神も遠ざけることもできるかも知れない」
「では皆さま、行動開始よ」
そうして、三人のご令嬢は、いそいそと文を書き始めると、それらを宮中にばらまいた。
程なくして、宮中に噂が流れ始める。曰く、カイレリエス王女とアリーサ女神の仲はアルフレッド皇太子を巡って対立状態にあると。噂話に尾ひれを付けて楽しんでいる人々は、カイレリエスとアリーサの姿を宮廷で見るとさっと散っていった。
「どうも何か変な空気ね……何かしら」
アリーサは宮廷の廊下を歩きながら呟いた。
アルフレッドが皇帝マクシミリアンに呼び出されたのはそんなある日のことであった。
「アルフレッド」
「はい父上」
「お前に確認しておきたいことがある」
「何でしょう」
すると、皇帝は息子の傍にさっと近づくと、耳元で囁いた。
「宮中に流れる噂を総合するとだな、お前がカイレリエスとアリーサと二股かけているとか何とか聞こえてくるのだがな。実のところどうなんだ。お前はクレアよりもやはりアリーサを望むのか、それとも新しく現れた宇宙人の美しさに心を惹かれるのか。はっきりしろ。優柔不断はこの際無用だ。でなくてはこの父も安心して眠ることも出来んのだぞ」
アルフレッドは呆気にとられた。
「父上、一体何のお話をしているのですか?」
「しらばっくれるというのか? 何たることだ……己の行動に責任を持てぬのか、お前は皇太子なのだぞ」
「いやですから、私には何のことだかさっぱり。何です? 噂って」
「つまりだな……」皇帝は苛立ってデスクを叩いた。「ええいはっきりせんか! 皇太子ともあろうものが! それでも帝室の後継者か! 父は情けないぞ」
マクシミリアンは滝のように涙を流している。
そこへアリーサが衛兵を眠らせて入ってきた。マクシミリアンは蒼白になった。
「こ、これはアリーサ殿」
「失礼します皇帝陛下」アリーサはアルフレッドに向き合う。「どういうことですか殿下! 新しく現れたカイレリエスと私を天秤にかけるなんて、ひどい仕打ちです! つい先日、心を簡単に決めることは出来ないと仰ったけど、だからって二股三股かけていいってことにはなりませんわ!」
アリーサはアルフレッドに痺れ光線を撃ち込んだ。皇帝までも巻き込んで、痺れ光線は炸裂した。
「ひどいです! みんなから中傷されていたなんて……」
アリーサは泣いて皇帝の執務室から飛び去った。
「あ……アルフレッド」
「なん……でしょう父上」
二人はどうにか立ち上がる。
「分かっただろう。つまりはそう言うことだ。アリーサ殿が怒り狂うのも無理はない」
「成程、そういう噂が流れているというわけですか」
アルフレッドは冷静に考えた。これまでの例から見て、宮廷人が発信源とは思えない。彼らはすでに女神を受け入れている。とすると……クレア、セシリアなど、彼女たちの仕業ではないか。女神と自分の仲が壊れて最も得をするのは彼女たちだ。
そこでアルフレッドは一計を案じた。皇太子の名で宮廷に文を流したのである。昨今流れている噂の発信者を突き止めた、帝室の名を汚すこの行いに、自分は憤りを禁じ得ない、自ら名乗り出なければ、皇太子自ら赴き、この卑劣なる振る舞いに裁きを下すであろう、と。
数日後、セシリア、ライラ、キャサリンらがアルフレッドのもとへ参上してきた。三人はアルフレッドに謝罪した。小賢しい真似をして御心を騒がせたこと、まことに申し訳なかったと。アルフレッドは三人を許し、この件は不問に付すとした。その代わり、宮廷においては三人の名で、今回の騒動を引き起こしたことは自分達であることを明らかにし、アリーサとカイレリエスへの謝罪文を出すように言い渡した。
「よいか、三人とも。ことに人間関係のことについて軽率な噂を流して私までも巻き込むのはやめてもらいたい。それに、アリーサとカイレリエスにも気の毒なことをした」
だが一つだけセシリアは抗議した。
「殿下、ただ、一つ私たちにも言い分が御座います」
「何か」
「帝室の存続は、これまことに伝統ある我ら貴族の重大な関心事でございます。女神や宇宙人にそれを侵されるのを黙って耐えることなど、どうしてできましょうか」
「君たちの意見も分かるがね。私としてはまだ決断したわけではないし、このようなやり方が正しいとは少なくとも私には思えない」
そう言って、アルフレッドはセシリアらとの面会を打ち切った。
かくして、セシリアたちが事の発端に関する謝罪文を出したことで、一件はどうにか落着したのである。
アルフレッドはアリーサと庭園を歩いている。アリーサは言った。
「先日の件、アルフレッドは無実だったのね。ごめんなさい私ったら……」
その向かいから、カイレリエスがやってくる。
「殿下」
「カイレリエス王女」
「そちらはアリーサ神様ですね。先日来、どうもお互い不快な噂に流されてしまったようです」
「噂は噂よ。私も馬鹿だった。セシリアたちには殿下がお灸をすえてくれたそうよ」
「あら、それは気の毒なことですね」
三人は笑って歩き出した。
またしてもそれを見ているのはセシリアにライラ、キャサリンたちであった。
「うう……皇太子様ったら、ああは言ったものの、結局あの者たちと仲良しこよしじゃないの」
「私たちは伝統ある帝室を守らねばならないわ」
「黙って引き下がると思わないことね。例え殿下がお怒りになっても、私たちは諦めないわよ」
三人の令嬢たちの執念はまだ収まりそうになかった。また何れ、行動を起こすつもりであろうか。その日がいつ来るのか、それはまだ誰も知らない。
了