第十七話
その週末は何の変哲もない朝から始まった。
アルフレッドは朝食を終えて着替えると、休日と言うこともあって本を片手に庭園に向かった。ベンチに腰かけると、歴史書を開いて読書を始めた。
それからしばらく、アルフレッドは一人の時間を静かに過ごしていた。
そこへクレアとヴィサが姿を見せる。
「やあアルフレッド」
「こんにちは皇太子殿下」
アルフレッドは「珍しい組み合わせだね」と応じる。
するとヴィサが言った。
「なに、帝国の御令嬢に神々の美徳を説くのも私の務めだよアルフレッド」
「神々の美徳ねえ……あなたの仰る美徳は些かずれているような気がしますが」
「これは心外な。この私もアリーサと同じ神ですよ」
そこでクレアが口を挟む。
「アルフレッド殿下、ヴィサ様は欠点もおありだけど、神としては魅力的な方ですよ」
「ま、君がそう言うならそうなんだろう」
「アルフレーッド!」
空からやって来たのはアリーサだった。女神は降り立つと、クレア、ヴィサ、アルフレッドを見やり、その微妙な空気にしばらく無言だった。
「兄上、こんなところで何をしているのですか? また宮廷中の女性を口説くおつもりじゃありませんよね」
「そんなこともあったな。だが、それも遠い昔のことだ。今日の私の関心はクレア殿にあってね」
「クレアに? それ本当クレア?」
「ええ、アリーサ。今日はどういうわけか、ヴィサ様は私一人を独占なさりたいようですの」
「兄様、何を企んでるの」
「お前も心外だな。なぜ私がいつもトラブルを引き起こそうとしていると思うんだ」
「だっていつもそうでしょう」
「妹だからと言って、私を侮辱するのは許さんぞ」
ヴィサからオーラが立ち上る。アリーサは「望むところよ」と彼女もまたオーラを身にまとう。
アルフレッドは慌てて仲裁に入る。
「二人とも止めてくれ。大人げない。神様でしょう」
アリーサとヴィサはしばらくにらみ合い、オーラを収めた。
「アルフレッドは優しいわ」
アリーサはアルフレッドに歩み寄ると、その手を取った。
クレアは微かに表情を変えたが、それも一瞬のことであった。
「ヴィサ様、参りましょう。今日は喧嘩はよして下さいな」
「クレア殿に言われては仕方ない」
かくして激発は無事に収まった。
しかし、この日の事件はこれから発生することになるのである。
帝都上空に落下してくる物体があった。それは宇宙船である。動力部から火を出していて、制御不能のその物体は、見る間に地上へと接近していた。帝都の民は悲鳴を上げてパニックであった。しかし宇宙船は幸いなことに市街地へは落ちなかった。宇宙船が墜落したのは宮廷の庭園であった。
その間近にはアルフレッド、アリーサ、ヴィサ、クレアがいて、二人の神はアルフレッドとクレアの手を取って上空に退避した。
「宇宙船だわ」
アリーサが言って、ヴィサが「どこの船だ」と問う。
「分からないわ」
アルフレッドとクレアは呆気に取られていた。
「宇宙船て……」
「宇宙人なんてほんとにいるのかよ」
四人は着陸した。
第一軍団の軍団長クライヴ元帥が兵を率いてやってくるのにそう時間はかからなかった。皇帝マクシミリアンに皇妃アンジェリアが近衛隊長カーティスの護衛のもと、駆けつけた。
「とにかく火を消さないと。アリーサ、手伝え」
ヴィサとアリーサが消火に当たる。手から水流を放出すると、火は無事に消し止められた。
そして、ややあって、宇宙船のハッチが開いて、人影が姿を現す。見た目は人間の男性と女性の二人だ。アスラミアには存在しないパイロットスーツをそれぞれ着ている。
クライヴ元帥が二人に呼びかける。
「両手を上に! 地面に下りて膝をつけ!」
二人には言葉が通じたのか、言われたとおりに従った。
「我々はカイル星の王族だ。私はカイレリアン。こちらの娘は妹のカイレリエス。身の安全と保護を希望する」
男性が口を開いた。
マクシミリアンが勇敢にも歩み寄って、言った。
「一体どういうことか」
すると今度は娘が口を開いた。
「私たちの惑星カイルは隕石の衝突で壊滅しました。恐らく生き残ったのは我々二人なのです。ここがどこかは存じませんが、私たちには帰る道もなく、保護を必要としています」
皇帝はそれから彼らと何事か話し始めた。
アルフレッドはアリーサに問うた。
「君なら何か知ってるのだろう? カイル星とやらのことを」
「ええ……。カイル星人は穏やかな種族よ。高度な文明を持っているけど、戦闘を嫌うわ。でも、彼らは超能力を持っているの。神である私たちには及ばないけど、不思議な能力を有していることで知られているわ」
「あの二人に危険は無いと言えるのか?」
「嘘をついているとは思えないわ。後で確認するつもりだけど」
「アリーサ、ヴィサを呼んで来てくれ。父上に彼らのことを話して欲しい」
「分かった」
そうして、アリーサとヴィサがマクシミリアンにカイル星人のことを話して聞かせる。話し合いは三十分余りに及び、皇帝は納得し、カイレリエスとカイレリアンの保護を約束した。
翌日の新聞は、どれも不時着した宇宙船と、そこに乗ってきたカイル星人の見出しが一面を飾った。これに関しては、人心の安定のために皇帝が情報を新聞社に流したこともあって、真実が掲載された。
二人のカイル星人には、当面の住まいとして宮廷の部屋がそれぞれ与えられた。アルフレッドはアリーサとともに彼らのもとを訪れる。
「カイレリアンと、カイレリエスと言ったな。母星を失った件、こちらの女神から聞き及んだ。お悔やみを申し上げたい」
「女神……?」
カイレリアンは意表を突かれたようだった。
「ああ、アリーサはこの宇宙の神なんだ。ま、何だかんだあって、今はここで暮らしてるんだ」
「アルフレッド皇太子さまの婚約者なんです。殿下は中々認めて下さらないけど」
「ところでお二人ともどうかな。食事など、お口には合っているかな」
「ええ、驚きました。この惑星の食文化には驚かされましたよ。生物を調理するなんて、考えたこともない。ですが、美味です」
「以前はどんなものを食べていたのですか?」
「私たちの食事と言えば栄養を詰め込んだフードカプセルを水と一緒に飲むだけですよ」
「フードカプセル?」
「これです」
カイレリエスがポケットからカプセルの錠剤を取り出した。
「これが……食事ですか?」
「ええ。これを水で飲むだけです。お試しになりますか?」
アルフレッドはカプセルを受け取ると、水をグラスに注いで飲んだ。
「これは……」
何ともいえない。どういうわけか満腹感はあるが食事をした気にはなれなかった。
「正直言って、何とも味気がない」
「そうでしょうね」
カイレリエスは微笑んだ。
アルフレッドとアリーサはしばらく二人と歓談し、部屋を後にした。
「それにしても、母星を失うとは……とても想像がつかないね」
「この星は大丈夫よ」
「そうなのかい?」
「然るべき神に手を回してあるから」
「そうかい、神様に守られているというわけか。そいつは心強いね」
「だってあなたがいる星だもの」
「とても君には敵わないよ」
「今頃気付くなんて鈍感ね」
「時々君が神だってことを忘れてしまうんだよ。気を付けないとな」
「アルフレッド、可愛い」
アリーサはアルフレッドの首に手を回して彼の頬にキスをした。
「全く……」
本当に、やはり女神には敵わない。アルフレッドはそう胸の内でひとりごちるのだった。
了